その2(全3回) 奇策縦横! 正攻法で戦い、奇策で勝つと孫子は言っている
シン帝国が連邦に対して宣戦を布告した日のことだ。
薄暗い部屋のなかには、ガリガリと歯車の回転する音が響いている。壁にいくつもある大きなステンドグラスからは光が入ってこない。すっかり日も暮れてしまったのだろう。
壁のところどころにある電灯の黄色い光だけが、室内をぼんやりと照らしていた。
「ここ最近のシン帝国の手口をすべて、人工知能に入力して計算したところ、シン帝国は緒戦でエイハイを狙ってくると出た」
白衣をまとった白髪の人物が、パンチングされて穴のあいた紙を読みながら言った。
異端の高級技術官僚こと、カンチ博士だ。
カンチ博士は、一段だけ高いところにある祭壇――正確には祭壇の跡にあるコントロールデスクの前に立っている。そこから2人の人物を見下ろしている。
ギルド長とヤオ党首だ。
ギルド長は昼間、カンチ博士に「シン帝国が連邦に宣戦を布告した」と報告したあと、対策を相談した。
すると、カンチ博士から「では今から計算しよう。12時間後にヤオ党首を伴い、出直してきてもらいたい」と言われる。そこで今回、深夜だが、ヤオ党首を連れ、カンチ博士を再訪したのだった。
「海から襲来するわけですか?」
ギルド長がカンチ博士を見上げながら不思議そうに言う。
「――猛将ヤマキ中将が北部辺境守備軍の指揮をとり、北上することになっているという情報もあります。それからすると、シン帝国はターレン街道を経由して攻めこんでくるつもりではないでしょうか?」
北部辺境守備軍は、わずか数万の兵力で連邦の「百万の大軍」を撃退した精鋭だ。しかも、ヤマキ中将と言えば、猛将として名高い。
連邦では「泣く子も黙る北部軍」と渾名されている。連邦にとって、これほどの脅威はない。
しかも、北部辺境守備軍はときとして奇想天外な策略を使ってくる。そのせいで、難攻不落を誇るターレン要塞も、あっけなく陥落してしまうかもしれない。
そう考えると、ギルド長は心配でならない。
しかし、カンチ博士は、涼しい顔をしている。少しの不安も感じられない。
「疑問を呈するのはよいが、人工知能の解答は正解しかありえない」
「それに、人をだますのが、やつらの常套手段です――」
ヤオ党首が横から口をはさむ。
「――今回もまた陸路からくると見せかけてボクらをだまし、海路から攻めてくるつもりなのでしょう」
「つまり、シン帝国がニセ情報を流していると?」
「はい。そうです」
ヤオ党首は自信たっぷりに断言する。
カンチ博士は、ふむと満足げにうなずくと、おもむろに言った。
「人工知能もようやく運用が試験的に開始されたばかりであり、ギルド長が心配するのも分かる。だが、この前の実験でも明らかなように、条件に応じて確実に正解を出してくる。まちがいはない」
「まあ、たしかに……。では、海から襲来するとしまして、どのように襲来するのでしょうか?」
「くりかえすが、シン帝国はエイハイを狙ってくる」
「あそこは交通の要衝でもありますからね。ボクだってそうします」
ヤオ党首がドヤ顔で言うが、カンチ博士は聞き流していた。
「そして、シン帝国がエイハイを狙うなら、南で陽動し、北で奇襲する」
「よくよく考えてみますに――」
ギルド長は納得したようすで言う。
「――かつてターレン街道の戦いでは、シン帝国は一方に注意を引きつけ、そのスキに他方で一夜城を築き、わたくしどもを出しぬきました。そのような感じでしょうか?」
「計算のプロセスは分からないが、結果からすればそうなる――」
そう前置きしたうえで、カンチ博士は私見を述べる。
「――ふつうに考えるなら、シン帝国としては、宣戦を布告すると同時に連邦を攻撃したほうが、成功しやすくなる。連邦の反撃準備もととのっておらず、奇襲できるからだ。しかし、それをせず、いまだに攻撃を始めていないということは、おそらくシン帝国の動きを我らに見せたいということだろう。すなわち、ウソの動きを見せて、我らをあざむくつもりだとは考えられまいか?」
「なるほど――」
ギルド長は合点がいったと言わんばかりにポンと手を打つ。
「――分かりました。それでしたら、防衛方法としては、南では適当にあしらい、北では本腰を入れて取り組む、という形でよろしいでしょうか?」
「ふむ。それでもよいが――」
言いながらカンチ博士は、机上にちらばっている書類の束を無造作にかき集め、つかみとった。そのまま祭壇をおり、ギルド長のほうに差しだす。
「――これを渡しておこう。今回の作戦に関するフローチャートだ」
ギルド長は、カンチ博士から書類の束をうやうやしく受け取る。
雑然とした書類の束を整理してみると、ちらばっていた割には、2人分の資料がそろっていた。そこで1部を自分がもらい、もう1部をヤオ党首に手渡した。
「ヤオ党首、よろしく頼みましたよ」
「お任せください。やつらの策略も、ボクらの科学力の前には無力だと思い知らせてやりますよ」
ヤオ党首は嬉々として言った。
シン帝国のやつらには大恥をかかされてばかりだったが、ついに雪辱できる。吠え面をかかせてやれる。
そう思うと、ヤオ党首は楽しくて仕方がなかった。
「ふむ。ところで、そこにも書いているが、情報収集だけはもれなく行ってもらいたい」
新たな情報があれば、それを人工知能に入力して計算することで、敵の出方をさらに正確に予測できるようになる。
そういうことらしい。
「了解です。このボクに安心してお任せください」
「この資料にもありますが、作戦としては、南の敵は東洋艦隊で対処し、北の敵は阻塞気球で対処するという形でよろしいのですね」
ギルド長は書類に目をとおしながら言った。
「そうだな。だが、あくまでも基本方針にすぎない。我は現場を知らない。現実に適合しないところもあるだろう。従って諸君らでアレンジしてもらってかまわない」
「はい。その旨をさっそく大統領に伝え、参謀本部に命じます」
ヤオ党首は調子よく応じた。
かくしてエイハイ基地では、さっそく東洋艦隊の出撃準備が進められ、阻塞気球の展開がなされた。兵力の増員も行われる。
阻塞気球とは、シン帝国に飛行兵器が登場したことをうけ、その対策として開発された防空兵器だ。飛来してくる敵機の侵入を防ぐことを目的としている。カンチ博士が設計した。
どういうものかと言うと、気球と気球の間にワイヤーを張り、そのワイヤーから網をぶらさげる。そうした気球を等間隔でいくつも並べることによって、まるで定置網のような網の壁ができあがる。
網には一定の間隔で爆薬がしかけてあり、敵機がぶつかると爆発し、ダメージを与えることもできる。
気球の下にはワイヤーがぶらさがっていて、それは地上の機械式ウインチにつながっている。ウインチを使ってワイヤーを延ばしたり、巻いたりして気球の高度を調節する。
気球は、だいたい1800~2800メートルの高さまで上昇できる。その下を行く飛行物体なら、やたすく捕捉できる。
「飛行兵器で断崖絶壁をこえて侵入しようと試みても、阻塞気球につかまって墜落するのがオチだ。落ちるオチだ。ふふ」
エイハイ基地の司令官は、うれしそうにオヤジギャグをつぶやいた。勝利を確信して上機嫌なのだろう。
「飛行兵器は、奇襲を成功させるため、闇夜に乗じて飛来する」
カンチ博士の――正確には人工知能の予想だ。
だから、日中は阻塞気球を地上におろして秘匿し、日が暮れてから上昇させるようにしていた。もちろん夜明けがくれば、再び地上におろす。
阻塞気球の存在を知られたら、シン帝国に対策を立てられてしまう。そうなれば失敗する。だから、連邦は、あらゆる手を使って、情報セキュリティーを強化した。
その甲斐あって、シン帝国は予定どおり、新月がくる――闇夜になるのをまってから、気球母艦から熱気球を発艦させた。
少しでも積める資材を増やすため、乗組員は操縦士だけとしていた。また、30機のうち20機は武装――機関銃すら取り外している。もちろん軽くするためだ。
熱気球は、いずれも運搬用の特製コンテナを吊り下げている。このコンテナは特製のもので、荷物を出したあとは「即席の城」の城壁としても利用できるようになっていた。
総数30の熱気球が、資材を満載し、風に乗ってエイハイ北部の断崖絶壁を目ざしていく。
闇夜は、夜陰にまぎれることができるので、敵に見つかる心配がない。しかし、視界が悪いので――と言うか、まったく周囲のようすが見えない。
もちろん目が慣れてくれば、星明かりのおかげで少しは視界もきくようになる。しかし、それでも先が見えにくいことには変わりがない。
だから、操縦士は、六分儀を天に向け、星の位置から現在地を割り出しながら、熱気球を飛ばしていく。
飛行は、順調だった。
(今夜が晴れてくれて、本当によかった。もし雨でも降ったなら、星が見えないので、エイハイの街明かりから現在地を推測するしかなくなるから、大変な飛行になっただろう)
操縦士のだれもが、満点の星空を見上げながら、そのように思った。
まもなく断崖絶壁をこえる。
そのときだった。熱気球がグワンと揺れ、急停止した。その瞬間、ボンと爆発音が響き、気球に穴があいた。
阻塞気球に引っかかったのだ。
「?」
操縦士は最初、わけが分からなかった。しかし、目を凝らしてみると、目の前に網が張られているのが見える。
(こんな高いところに網を張っていた!?)
(網にからめとられた!?)
穴から熱気が抜けていく。熱気球は、ゆっくりと落下していく。
その際、網をこするようにして落下したことから、いくつもの爆弾にふれてしまった。次から次に爆発が起き、熱気球は満身創痍となっていく。
こうして熱気球30機は、すべて墜落した。落下速度を速めながら、そのまま断崖絶壁の下、真っ暗な海に飲みこまれていく。
「まさに一網打尽だな」
エイハイ基地では、司令官が作戦成功の報告を受け、ホッとしていた。
シン帝国の閉塞作戦で東洋艦隊の動きを封じられた。そのうえ、防空作戦にも失敗したとなれば、粛清は免れない。
しかし、閉塞作戦で失敗したが、防空作戦で成功した。だから、失敗も成功で帳消しにしてもらえるはず(ただし希望的観測)。やれやれだ。
「あとは地上にネズミがいるのだろう?」
司令官は不敵な笑みを浮かべながら言う。
アルキンたち百人隊の潜入について、連邦は情報をつかんでいたらしい。
「――夜が明けたら爆撃を開始しろ。やつらを絨毯爆撃であぶり出し、地上部隊を行かせて殲滅しろ」
まもなくエイハイ基地にサイレンが鳴り響く。日中の哨戒任務を終えて繋留塔につながれている2隻の空中戦艦では、発進準備がはじめられた。
連邦の領内なら、敵機(熱気球)が襲来する心配もない。しかも、たった今、敵機の侵入を防いだばかりだ。今や思いのままに空中戦艦を飛ばせる。空中戦艦も、その威力をフルに発揮できる。
◆ ◆ ◆
その頃、アルキンたち百人隊は、民本党の義勇軍と一緒に、エイハイ郊外にある高原にいた。
頭上には満点の星空が広がっている。ぼんやり眺めていると、その神秘的な美しさのあまり、つい戦争に来ていることを忘れてしまいそうだ。
アルキンたちは今「奇襲部隊」として、ここで熱気球の到着をまっていた。目の前には、今は闇夜なのでよく見えないが、草原が広がっており、熱気球も着陸しやすい。
ここにいる義勇軍の兵力は総員200名で、土木建築作業を担当することになっている。すでに近くの森のなかに待避所をつくり終え、今は「即席の城」を建てるために資材の到着をまっているところだった。
義勇兵たちはいずれも民本党の党員であり、もともと労働者ばかりだったので、土木建築作業に慣れている。だから、その仕事も速かった。おそらく「即席の城」だって、今回はプレハブ工法を採用していることもあり、夜明けまでに完成させてしまうだろう。
すると、エイハイ基地の近くに「一夜城」が出現することになる。
「エイハイ基地にいる将兵は、その目と鼻の先に突如としてシン帝国の城が姿をあらわせば、度肝をぬかすだろう。敵の士気を弱めることもできる」
アルキンたちは、そのように考えていた。
もちろん空中戦艦が出張ってきたら、熱気球を飛ばして反撃すればよい。
武装をそのままにしている10機の熱気球が戦闘に使用できる。総員30名の操縦士が、1機につき3人ずつで乗り組み、空中戦に臨むことになる予定だ。
空中戦艦が目の前でハデに燃えあがりながら墜落すれば、エイハイ基地にいる連邦軍の士気もさらに下がるだろう。そうなれば、シン帝国の勝ち目も高まる。
ところが、である。
いつまでたっても熱気球は飛んでこない。そうこうしているうちに夜もあけた。
「7時の方向に飛行物体!」
双眼鏡で四方を警戒していた歩哨の1人が報告する。
見ると南のほうから、2つの黒点が飛んできているのが見えた。どう見ても熱気球ではない。そもそも方向からして違う。
ブルブルブルブル!
どこかで聞いたことのあるようなエンジン音も聞こえてきた。
「空中戦艦だ!」
だれかが叫ぶのと同時に、その場にいた将兵全員に動揺が走る。
今いる草原には、身を隠す場所などない。上空から丸見えだ。もちろん反撃の手段もない。危険だ。
「隠れろ! 森に走れ!」
アルキンはすばやく指示を出し、だれもが近くの森を目ざして一斉に走り出す。
空中戦艦が上空にくるまでには森のなかに逃げおおせたが、しかし、発見されてしまったのだろう。近くに爆弾がふってくる。
すさまじい爆音が轟きわたり、爆風が木々をなぎたおす。爆発の勢いで舞い上がった土が、バラバラと雨のように辺り一面に降りそそぐ。
アルキンたちは、とにかく森のなかにつくっていた待避所にかけこみ、爆撃をしのぐ。ただし待避所といっても簡易的な防空壕にすぎないので、直撃されたらおしまいだろう。
「これは、どういうことですか?」
義勇兵たちを統べるレン隊長がひきつった顔で、アルキンに問いかける。
「おそらく熱気球になんらかの問題が生じたのだろう」
アルキンは、あっさりと答えた。あわてたようすは見られない。平然としている。
そのとき、爆撃のなかを伝令が走ってきた。
「敵の地上部隊が接近中!」
このときアルキンたちは詳細な規模を把握できなかったが、連邦が出してきたのは旅団の規模であり、5000人の部隊だった。
ふつうに考えれば、上空から爆撃され、地上から大軍に攻められ、それに対してまともに対抗できない状況だ。絶体絶命のピンチとは、このことを言うのだろう。
レン隊長は恐怖のあまり真っ青になる。義勇兵たちも同様だった。恐怖のあまり、おびえてガクブルしている者もいる。まあ、当然の反応だろう。
しかし、アルキンたち百人隊は、冷や汗をうかべながらも、すずしい顔をして見せる。
「ピンチはチャンスだ」
言いながらアルキンは、フッと笑った。
◆ ◆ ◆
クリーが知っているかどうか不明だが、『孫子』に「半渡を撃つ」という教えがある。敵が上陸している途中で攻撃をしかければ楽勝できるというものだ。
言いかえるなら、これほど上陸作戦は難しいということだ。
「だから、ハンシンは上陸作戦を行うにあたり、“暗渡陳倉”という策略を使った――」
クリーの故地に伝わる話らしい。
それによると、ハンシンはA地点に上陸したかったが、対岸に敵が陣取れば大きなダメージを受けてしまう。場合によっては大敗しかねない。
そこで、まったく別方向のB地点を通って攻めていくようなそぶりを見せた。
敵はそれにつられてB地点に軍隊をさしむける。もちろんハンシンが実はA地点に上陸するつもりだとは夢にも思わない。だから、A地点は無警戒になった。
その結果、ハンシンは上陸作戦に成功する。
「――この故事にならって、エイハイ南方の砂浜に上陸する動きをして見せ、そちらに連邦の注意を引きつける。そのスキに北方で熱気球を飛ばして資材を運び、断崖絶壁の向こうに即席の城をつくってしまえばいい」
もちろん連邦も手をこまねいたりしないだろう。空中戦艦で空爆をしかけてくるかもしれない。
「でも、輸送に使った熱気球を使って反撃すればよいわけだね?」
「はい。目の前に一晩で城があらわれ、しかも空中戦艦があっけなく撃墜されるのを目の当たりにすれば、さすがに連邦軍の将兵も戦う気をなくすと思う」
「そうなると、エイハイ基地にいる多くの兵士――民本党の党員たちも勇気づけられ、ためらうことなく事前の打ち合わせどおりに反乱を起こしてくれるわけだね――」
フミト元帥が笑顔で言う。
「――こうして内外から攻めたてれば、エイハイ基地もたやすく陥落する、と」
「はい」
「いやはや、いつもながら軍師殿の策略には舌をまいてしまいますな」
ヤマキ中将が目を丸くしながら言った。その隣では総司令官が同意するようにうなずいていた。
以上は、事前に作戦を打ち合わせたときの話だ。
ところが、熱気球は、文字どおり一網打尽となり、全滅した。
シン帝国は、奇襲を成功させるために無線封鎖をしていたので、熱気球には緊急連絡の手段として伝書鳩を乗せていた。
熱気球がゆるやかに落ちていくなか、操縦士のうち、何人かは急いで状況をメモし、伝書鳩に足にくくりつけて飛ばした。伝書鳩は気球母艦に戻る。
気球母艦の艦長は、無線封鎖となっていたが、状況が状況なので特例に従って無線を使い、海港都市・ゴトーの司令部に連絡を入れた。ゴトーからは電信で、大本営に連絡する。
「熱気球全機墜落!」
大本営に衝撃が走る。しかし、あわてる者はいない。だれもが落ちつき、自分の持ち場を守っている。
大本営とは、戦時に置かれる帝国の最高意思決定機関だ。今回は、フミト元帥が摂政代理となり、指揮をとっていた。
今は首都・ヒラニプルにある帝国軍の司令部に置いているが、まもなく海港都市・ゴトーに移動する予定になっている。
フミト元帥は、そっと目を閉じて黙祷をささげ、犠牲になった熱気球の操縦士たちの冥福を祈った。
クリーによると、ミン族の故地で名将と言われた人物の多くが、たとえ一介の兵士であっても戦死者が出たなら、必ずその死を悼んでいるらしい。リーシーミンしかり、ユエフェイしかりである。
一将功成りて万骨枯る。
1人の将軍が成功した裏には、無数の兵士たちの死がある。
すぐれた将軍は、そのことを理解している。だから、成功したとしても、手柄を誇ったりしない。むしろ今回の成功のため、多くの兵士が犠牲になったことを思い、その死を悼み、遺族を労う。
だからこそリーシーミンも、ユエフェイも人望があり、兵士たちから「この将軍のためなら死んでもかまわない」と思ってもらえたのである。それが士気の高さにつながり、軍隊の強さを引き出していた。
フミト元帥は、そうした名将たちに共通するところがある。だから、人望が厚いのだろう。クリーの分析だ。
黙祷を終えたフミト元帥は、悲しげな表情をしているが、作戦の失敗に動揺しているようすは見られない。
「つねに最悪の事態を想定して備えておくことが危機管理のポイントです」
総司令官の口癖だが、今回も最悪の事態――熱気球が全滅した場合の対策も考えてあった。だから、あせらずにすんでいたのだ。
「わが一族の故地に伝わる話だけど――」
タン国の名将グオズーイーは、反乱軍に奪われた首都を取り戻す戦いで、3段構えの陣をしいた。
第1陣が撃破されても、第2陣がいる。第2陣が突破されても、第3陣がいる。こうしていれば、そう簡単には負けないですむ。
「――これと同じように、この手がダメなら、あの手でいくという感じで、次の手を用意しておくことが大事になる」
というわけで、もし「即席の城」が失敗したときに備え、「次の手」が用意してある。
「これより上陸作戦を開始する」
フミト元帥は、断として命じた。
無線封鎖は解除され、司令部から海港都市・ゴトー経由で、輸送船団――上陸部隊に対して「上陸開始」の命令が伝えられる。
◆ ◆ ◆
エイハイの南側には、砂浜が続いている。上陸しやすいところが、いくつもある。
ところどころには王国時代に築かれた砦があり、要塞砲が海をにらんでいる。射程も長いので、シン帝国の艦船も近づくのをためらうだろう。
しかし、それ以外は無防備に近い。シン帝国が多くの上陸用舟艇を出し、一斉に上陸をしかけてくるなら、必ず撃ちもらしが出てくるだろう。上陸を許すことになる。
「シン帝国の主力部隊は北側から攻めてくる。南側には陽動部隊が現れるにすぎない。従って、北側の守りに注力すればよい」
連邦政府がエイハイ基地に伝えていた予測だ。
だが、しかし――。
エイハイ基地の司令官は思う。
(たしかに“虎の子”の東洋艦隊を出撃させれば、シン帝国の艦隊が現れても行く手を阻むことができる。だが、万が一の上陸に備えて、南側の守りを無防備なままにするわけにはいかない)
というわけで司令官は、エイハイ基地の兵士を大量に動員し、さらに近隣の住民も数多く駆り出して、上陸阻止のための突貫工事を行わせた。それくらいの権限は与えられているので、「軍規違反」にはならない。
砂浜には障害物として、無数の杭を立てる。鉄条網も敷いたし、防御柵も張った。水際には陣地をつくり、機関銃をすえ、大砲も置く。
連邦軍は、物量作戦を基本方針としている。だから、今回の突貫工事も、人海戦術で行われた。そのため短期間で工事を仕上げることができた。
(まだ不十分とはいえ、敵の上陸を邪魔するには十分だろう。あとは追い追い陣地を強化しながら、敵の上陸に備えればよい)
シン帝国の輸送船団――おそらく上陸部隊は、輸送船20隻、護衛艦10隻の規模だ。事前に連邦の水際陣地に対して艦砲射撃を加えるにしても、護衛艦10隻の火力だ。たかが知れている。水際陣地を無力化できないだろう。
ふつうに考えれば、水際陣地を無力化できないなら、上陸作戦は失敗する。上陸阻止作戦が成功する。だから、司令官の思ったとおり、現状でも「敵の上陸を邪魔にするには十分」だった。
しかも、開戦初頭で閉塞作戦を行われ、東洋艦隊が軍港に閉じこめられた今となっては、司令官のとった措置は正解だった。
(不幸中の幸いとは、このことだな)
だが以上は、あくまでも「ふつう」に考えての話だ。司令官にとって不幸なことには、シン帝国は「ふつう」ではなかった。
連邦の水際陣地からシン帝国の輸送船団が目視できるようになったとき、輸送船団のいる方向から飛行物体が飛んでくるのが見えた。
熱気球? ではないようだ。スピードが速い。
横一列になって飛行しており、鳥のような形をしている。左右に大きく翼を広げ、強い海風に乗るようにして飛んでいる。
「発砲せよ!」
水際陣地では、現場の指揮官たちが大声で命じ、各所から空に向かって発砲が開始された。銃声が響きわたり、砲音が轟きわたる。
しかし、まったく命中しない。それでも銃撃や砲撃は続く。
まもなく鳥形の飛行物体は、水際陣地の近くまでくると急に高度を下げた。それに伴いスピードも増していく。少なくとも時速100キロ以上は出ているだろう。
水際陣地の手前で、飛行物体の胴体下部にある扉を開く。そこから丸い球を次から次に落とし始めた。直径30センチくらいの大きさはあるだろうか。
丸い球は地上に着地したところで、燃えあがる。導火線に火がつけられていたようだ。もうもうと大量の煙をあげながら燃え続けた。発煙弾だ。
鳥形の飛行物体はと言うと、発煙弾をばらまきながら、連邦の陣地の上を勢いよく飛びこしていく。そのまま北の空へと飛んでいく。
しかし、そのあとは分からない。なにしろ大量の煙によって視界が遮られていたからだ。今や連邦の陣地は、砂浜に沿って広い範囲にわたり煙につつまれている。
(煙幕を張って目をくらまし、そのスキに上陸するつもりか!?)
その場にいた連邦兵のだれもが思った。もうもうと立ちのぼる煙のせいで沖のほうが見えないが、もしかするとシン帝国の上陸用舟艇が目の前まで迫っているのかもしれない。
急いで配置につき、シン帝国の上陸、突撃に備える。
しかし、煙が目に染みる。次第に涙が止まらなくなってきた。しかも煙を吸ったせいで、喉が焼けるように痛い。咳も止まらない。激しく咳きこみ、小銃さえ構えられない者まで出てきた。
もちろん近くにあった砦の砲台にも、鳥形の飛行物体が飛んできて、発煙弾を落とし、そのまま飛び去っている。
砲台は、もちろん密閉構造ではない。ふつうに内部まで煙が入ってくる。だから、そこにいた将兵も、程度は軽いが、似たような状況にあった。
そうこうしているうちに連邦兵たちは激しい頭痛に襲われ、一部は嘔吐しはじめた。
(これって、まさか毒ガスじゃね!?)
気づいたときには手遅れだった。
もっとも早目に気づいたところで、連邦兵は防毒装備をもっていないので、どうにもできなかっただろう。
連邦兵は将校も兵士も苦しさのあまり悶え、あえぎ、次から次に意識を失って倒れていく。
意識のある連邦兵は、きれいな空気を求めて逃げようとするが、どこに逃げても同じだった。最後には意識を失い倒れて終わりだ。
まもなく煙も晴れてきた。
そのとき砂浜にはシン帝国の20隻の輸送船が乗り上げていた。両舷についた大きな水車のような車輪をガリガリと回しながら、グイグイと上陸してくる。
まるで巨大なセイウチがのっそのっそと陸にあがってきているようだ。
そう言えば、クリーの故地に伝わる話だが、かつてハン王朝から帝位を簒奪したワンマンは、全国からアイデアを募集したことがあった。
そのとき提出されたアイデアのなかに「水陸両用車」もあったらしい。歴史書『漢書』に記録されているそうだ。
その図面がミン族に伝わっているという話なので、シン帝国はクリーかアルキンをつうじて図面を手に入れ、それを参考にして「水陸両用車」として使える輸送船を建造したのだろうか。
それはそれとして、輸送船は、ある程度まで上陸したところで、力尽きたようだった。エンジンはうなりをあげるが、車輪が回らなくなった。
「オリジナルのものよりも船体をかなり大きくしたから、いちおう高出力の内燃機関を使っていたにはいたんだけど、それでも重くて動けなくなったみたい」
輸送船の建造に関わったハナ摂政は、のちに語っている。
動けなくなった輸送船では、作業員たちが数人がかりで大きなギアを切り替え、内燃機関の動力を車輪から別系統にふりむけた。
すると、船首甲板に大きくて長い梯子のようなものが立ち上がる。摺疊橋と呼ばれるそれは、ミン族の故地ではメジャーな攻城兵器だった。堀を渡るために使われる。
摺疊橋は、そのまま前方にドスンと倒れた。中折れ式になっているらしく、そこからさらに同じくらいの長さの橋が立ち上がり、前方に倒れる。
シン帝国の摺疊橋は、ミン族の故地で使われているオリジナルとは違い、機械式に改良されていた。人力ではなく、内燃機関で動かす。だから橋をかける作業も速やかだった。
こうして砂浜にある障害物――杭、鉄条網、防御壁などの上に橋がかけられた。ただ防御壁は高さがあったので、摺疊橋が落ちてきてペシャリと押しつぶされている。
シン帝国の兵士たちは、障害物を気にせず上陸できるようになった。
「では、まいりましょう!」
軍装の麗人が、まるでオルゴールの音色のように美しいが、芯の強さを感じさせる重みのある口調で言った。船主に立ち、軍刀を抜き、前方を指し示している。フワ辺境伯だ。
ブオーッ!
輸送船が汽笛を鳴らす。突撃の合図だ。
「おーっ!」
兵士たちは、一斉に元気よく鬨の声をあげた。そのまま小銃を構え、次から次に摺疊橋の上を走り、連邦の水際陣地に突入していく。
連邦兵は「毒ガス」のせいで戦闘不能におちいっているので、反撃してくることはなかった。あっけなく水際陣地は制圧され、シン帝国は橋頭堡の確保に成功した。
なお、このときシン帝国が使った発煙弾は、毒葯烟球という毒ガスを発する爆弾だったそうだ。
ミン族の故地に伝わる爆弾で、なかに毒物が詰めこまれていて、燃えて毒性の煙を出すというものだ。オーソドックスな毒物としては、乾燥した動物の糞、香辛料、ヒ素などを燃焼性の火薬に混ぜ合わせたものが使われる。
ヒ素は致死性が高く、場合によってはショック死する。ただし今回の毒葯烟球は、今後のことを考えて、致死性の低い配合になっていたらしい。
◆ ◆ ◆
その頃、アルキンたち百人隊と民本党の義勇兵たちは、森のなかにある待避所に身を隠していた。首をすくめたカメのようにじっと耐えている。
上空には空中戦艦が飛び、あちこちに爆弾を落としている。さらに森の南からは、布陣を終えた連邦の地上部隊が激しく砲撃を加えてきた。
森じゅうに「鉄の雨」が降りそそぐ。あっちでドッカーン! こっちでドッカーン!
すさまじい爆音が轟き、猛烈な爆風が周囲の草木をなぎ倒していく。
「これだけの爆撃、砲撃を受ければ、生きているほうがおかしいだろう」
地上部隊の指揮官は、ニヤニアしながら独りごちた。
ただし連邦軍は、今のところアルキンたちの位置を正確につかめていない。「だいたいこの辺りだろう」と見当をつけて攻撃しているだけだ。
だから、アルキンたちも今のところは直撃されずに済んでいる。しかし、「下手な鉄砲も数打ちゃ当たる」と言う。このままでは、いつかは直撃されるだろう。
たとえ練度が低くても、成功の確率が高まる。これが連邦の物量作戦のもつ威力だ。
レン隊長は生きた心地がしない。すっかり青ざめている。しかし、それでも指揮官だけあって、恐怖を口にはしない。
「すぐに敵の攻撃も終わる。今しばらくの辛抱だ」
レン隊長は、退避する途中、アルキンから言われたことをそのまま部下たちに言っていた。
いっぽうアルキンはと言うと、あいかわらず平然としており、懐中時計を見ながら、つぶやく。
(そろそろだな)
ドッドーン!
まもなく上空で、すさまじい爆発音がした。
「なんだ!?」
なぜか空爆や砲撃の勢いも弱まってきた。
どこの待避所でも、カメが恐る恐る首を甲羅から出すように、代表がそっと防空壕の外のようすをうかがって見る。
周囲を確認してから上空を見上げてみると、1隻の空中戦艦が火だるまになって落ちていくのが見えた。
その周辺には鳥形の飛行物体が乱れ飛んでいる。
先ほど水際陣地を爆撃した飛行物体だ。
「あれは?」
レン隊長たち義勇軍の面々は、あ然としながら問う。
「木鵲だ」
アルキンたち百人隊の面々は、誇らしげに答える。
クリーは『孫臏兵法』を学んでいる。
その兵法を生み出した孫臏は「登雲履」を発明したとも言われている。
それは雲を登っていくための靴だ。空を飛ぶための道具だと言ってもよい。
雲を登ると言えば、かつて葛洪は人から飛行のメカニズムを問われたとき、こう答えている。
鳶は、龍が雲を梯子にして登るように上昇していく。あとは翼を広げているだけでよい。上空には「万里剛風=やむことのない強風」があるので、それに乗ることによって、どこまでも飛んでいける。
その鳶を模して作られた滑空機が木鳶であり、実際に飛行に成功した鳥形の滑空機が木鵲であった。
木鳶は、墨子が3年がかりで完成させたが、一度の飛行でダメになったらしい。
木鵲は、天才技師の魯班が製作したもので、3日にわたって飛び続けることができたと言われている。
雲を梯子にして登るとは、上昇気流に乗ることだと考えてよい。滑空機は、上昇気流に乗ることで飛行を継続できる。
だからこそ魯班の木鵲は、3日間も飛び続けることができたのだろう。
今回、シン帝国は、ミン族から「技術供与」という形で木鵲の図面をもらい、木鵲のレプリカを製造していたのだった。
ちなみに滑空機は、うまく風に乗れば、かなりのスピードを出すことができる。場合によっては時速180キロ近くで飛ぶことも可能らしい。
だから地上から狙い撃ちしようとしても、たやすく命中しない。わがもの顔で空を舞い、思いのままに空中戦艦を攻撃していた。
どの木鵲も、空中戦艦に機首を向けると、火を噴射しながら飛んでいく矢を放っていた。おそらく火箭だろう。
火箭とは、ミン族の故地に伝わる伝統的な兵器で、火薬ロケットで飛んでいく矢を言う。だいたい300メートルくらいの射程距離があるらしい。
空中戦艦の装甲は弱い。布張りだ。だから、火箭が当たれば、かんたんに貫かれてしまう。
しかも、その内部には水素を充満した気嚢がたくさんある。水素は燃えやすくて爆発しやすい。
そこに火を吹いている火箭が1本でも命中すれば、たやすく引火して爆発する。だから、空中戦艦は、あっけなく火だるまとなり、墜落していったわけだ。
1隻目が撃沈されてまもなく、2隻目も木鵲に屠られた。あっけなく火だるまとなり、ごうごうと燃えながら落ちていく。
地上部隊の連邦兵は、その凄まじい落ちっぷりに気をとられ、思わず固まっていた。呆然自失となり、攻撃することすら忘れたようだ。砲撃もやんだ。
その頃、森では、アルキンたち百人隊が行動を起こしていた。
全力で走っているように見えるが、息づかいは静かだ。息を殺し、気配を消している。まるで一陣の風のように、ささーっと木々の間を駆けぬけていく。
その目つきは、まるで獲物を狙う猛獣の目のようだ。その視線の先には連邦軍の地上部隊がいる。
ミン族の故地に伝わる話だが、かつて少林拳法の達人タンゾンは、戦争中、わずか13名で敵陣を襲撃し、敵将を生け捕りにしている。
その敵将は、ただの敵将ではない。敵の君主ワンシーチョンの息子ワンレンズァだ。ワンレンズァは、ワンシーチョンのお気に入りだったから、もちろん大軍を与えられていたことだろう。
それでもタンゾンたちは、だれ1人として殺されることなく、13人だけでワンレンズァを捕らえている。少林拳法のすごさを物語るエピソードだ。
「それに比べたら、おれたちは101人いる。一人百殺の勢いをもって、1万人くらいの敵なら互角に戦える」
突撃の前、アルキンたち百人隊の面々は、心配するレン隊長たち義勇軍の面々に向かって、そんなことを言っていた。
それに今は、アルキンたち百人隊に勝機がある。この勝機を見逃すわけにはいかない。
今、連邦軍の地上部隊は、空中戦艦が盛大に燃えながら落ちていくのを目の当たりにして、だれもがポカンとしている。戦うのを忘れている。
(おれたちの科学力って、世界一だったんじゃなかったのか?)
(シン帝国の飛行兵器は一網打尽にされたって、言ってなかったか?)
その場にいた連邦軍の将兵は、これまで上官から教えられてきたことと、現実の違いを見せつけられ、すっかり自信を失っていた。
(政府は連邦が勝つと言っていたが、絶対ウソだろ)
連邦軍の間にたちまち不信感が広がる。そして、恐怖にとらわれる。こうなったら、もはやまともに戦えない。スキだらけだ。
だから、アルキンたちには勝ち目が十分にある。
殺っ!
アルキンたち百人隊は、気合いのこもった声をはりあげ、宙を舞うように柵を飛びこえ、敵陣に殴りこんでいった。
付近にいた連邦兵は、ハッと我に返り、あわてて銃剣で身を守ろうとするが、ムダだった。だれもがアルキンたちのすばやい正拳突きを受け、はじき飛ばされていく。
小銃を発砲しても、あざやかな身のこなしでかわされる。次の瞬間、激痛に見まわれ、血反吐をはき、その場に倒れておしまいだ。
連邦軍の将兵は、反撃を試みたところで、みずからの無力さを思い知らされるだけだった。まったくかなわない。
「こいつら、人間じゃねぇ!」
連邦兵は、もはや生きた心地がしない。
死にたくない。生き残るためには、とにかく全力で逃げるしかない。
パニックが地上部隊にまん延していき、だれもがわれ先にと逃げ出しはじめた。潰走だ。
アルキンたち百人隊は、追撃しながら、さらに連邦兵を打ち倒していく。ただし、ある程度のところで止めて逃がしてやった。
「逃げ帰った連中は、おれたちの強さを戦友に話して聞かせるだろう。そうなればエイハイ基地の士気も下がる」
これがアルキンの狙いだ。そして、シン帝国・奇襲部隊の任務でもあった。
しかも今回は、はじめは圧倒的な優位にあったはずなのに、終わりにはたやすく劣勢に追いこまれている。そのギャップの大きさが、連邦兵に与える恐怖感を増幅していた。
まさにピンチがチャンスになったわけだ。




