その1(全3回) シン帝国はついに遠征を開始する
「雄城なり。攻むるべからず。……牝城なり。撃つべし。」
(守りの固い城だ。攻めてはならない。……守りの弱い城だ。攻撃すべきだ。)
『孫臏兵法』「雄牝城」篇より
シン帝国が連邦に宣戦を布告してから、数日後のことだ。
『哨戒任務中の空中戦艦6番艦より入電。シン帝国の輸送船団が多数、南方海上を西進中』
拡声器を通じて、室内に情報が伝えられる。
ここは連邦の海港都市・エイハイの郊外にある連邦の基地――エイハイ基地の指令室だ。まるで工場の制御室のように多くの計器類が並び、壁にはたくさんの地図も掲げられている。
広い室内には多くの将兵がいて、さまざまな機器を操作していた。その全体を見渡せる高い位置に司令官の席がある。
「規模は?」
司令官が手元の入音機に向かって言った。
『現在、確認中であり、連絡あり次第、報告いたします』
「分かった」
(政府からの作戦計画のとおりだな)
司令官は、おもむろに立ち上がる。そして、全体を見まわす。
「予定どおり、艦隊を向かわせろ」
シン帝国南部攻略作戦のときは、作戦が秘匿作戦だったこともあり、連邦も表立って動けなかった。
だが今回は違う。宣戦を布告され、正式に開戦した以上、堂々と出撃できる。
「世界でも屈指の規模を誇る、わが東洋艦隊にかかれば、さしものシン帝国海軍も赤子のようなものだ」
司令官は、ひとりごちながらニンマリとした。
東洋艦隊は、エイハイ基地を母校とする連邦の艦隊だ。質ではシン帝国海軍に劣るが、量では圧倒している。
連邦は物量作戦を想定しているので、たとえ質が劣っていても、数が多ければ最終的に勝てると考えていた。だから司令官も余裕だったわけだ。
「わが東洋艦隊と、このエイハイ基地があれば、敵がどんなに強くても、東の守りは万全だ」
司令官がそれほどの自信をいだくほど、エイハイ基地は難攻不落だった。全体として要塞化されていたからだ。
とりわけ海側の守りは鉄壁だ。いくつもの堅牢な砲台が築かれ、口径が大きくて射程の長い大砲が鎮座し、にらみを利かせている。
敵が攻めてくるとすれば海側になるので、海側の守りを厳重にしているわけだ。
エイハイ軍港は、入り組んだ湾内にあり、船を停泊させるには最適な地形をしていた。湾も広く、多くの軍艦を停泊させることができる。
外界とつながっている水路は狭く、その両岸には砲台がズラリと並んでいたので、敵艦も突入できない。だから、たとえ敵艦との交戦で艦が傷ついても、ここに逃げこめば安心して修理できる。
まさに守りやすく、攻められにくい良港だった。
しかも、エイハイ基地の陸側には、空中戦艦の係留場がある。
南部攻略作戦の際に1番艦から4番艦までを喪失していたので、現在は近ごろ完成した5番艦と6番艦の2隻だけが稼働しているにすぎない。
しかも、シン帝国には「空中戦艦の天敵」とも言うべき熱気球がある。これまでのように気安く爆撃に出せない。
「それでも空中戦艦の優位性が否定されたわけではない。なにごとも使いようだ」
司令官は、空中戦艦を哨戒任務にあてていた。空中戦艦は、高いところから広く見渡せるので、見張るのには便利だ。今回もあっさりとシン帝国の船団を発見することができた。
『続報です。敵は護衛艦10、輸送船20。ゆっくりとした速度でわが本土に向かって航行中とのこと』
「ゆっくりとした速度……? やはり陽動か。ふふ。南に気をひき、そのすきに北に上陸するつもりだろうが、おまえらの手のうちは、すべて計算済みだ」
司令官は、勝利を確信し、余裕の笑みを浮かべていた。
東洋艦隊は、いつでも出航できる状態にあった。だから、司令官の出撃命令があると、すぐさま動きはじめる。
今回は、東洋艦隊に所属する軍艦のうち、戦艦8隻、巡洋艦8隻、駆逐艦16隻が出航した。
図体の大きな艦が多いので、まとまって一斉に動くと、まるで鋼鉄の大きな城が動いているようにも見える。
艦隊は、航行しながら縦列になっていく。まるでわがもの顔で道行く巨人のように、戦艦4隻がその巨体で海をおさえつけながら先陣切って進んでいく。
そのあとには、これから狩りに向かう猟犬のような猛々しさを周囲に漂わせながら、巡洋艦4隻、駆逐艦4隻がついていく。
さらには巡洋艦8隻、駆逐艦8隻、戦艦4隻、駆逐艦4隻が、あたかも騎馬武者がパレードしているかのような重厚さをもって続いた。
「まったくもって頼もしい」
司令官がほれぼれとして言うように、その威風堂々たる光景は、見ただけで気圧されるほどだ。
これだけの規模があれば、いくらシン帝国海軍の練度が高くても、連邦の圧勝だろう。しかも今回の相手は、護衛がついているとはいえ、しょせんは輸送船団だ。こわくもなんともない。
艦隊は、悠然と波をかきわけながら、そのまま整然と水路に入っていく。しばらくして先頭を行く戦艦が外海に出る。
というところで異変が起きた。
ガコンッ!
湾外に出ようとした戦艦が異様な音を出し、ガクガクと大きく振動する。推進装置が急停止した。同様なことが、湾外に近づく軍艦に次から次に生じていく。
少なくとも先頭を行く4隻の軍艦と、それに続く巡洋艦のうち3隻で、同様のトラブルが発生しているようだった。緊急信号を出している。
「なにごとか!?」
提督が問いかけると同時に、沖あいにいた2隻の商船から、いく筋もの白い航跡が艦隊に向かって走ってくるのが見えた。
『魚雷……!? 雷撃です!』
通話装置を通じてブリッジに報告が入る。
「回避行動だ!」
提督は命じるが、先頭にいる軍艦はいずれも思うように動けない。
警戒警報が鳴り響くなか、次から次に魚雷が命中し、大きな爆音が轟き、高い水柱があがる。艦底に大穴をあけられた軍艦は、次から次に沈んでいく。
ただし水路は深くないので、沈んでいく艦も完全に海のなかに消えていくことはなかった。
戦艦4隻は、ブリッジを海面に残すような形で着底した。3隻の巡洋艦は、メインマストが海面に残っている。
これらの艦が水路の出入口を塞いでしまったせいで、後続の軍艦は1隻も外海に出られなくなった。
後続の軍艦のなかには、上手に停船させることができず、近くの僚艦にぶつかる軍艦も出る。
今や水路は大渋滞で、大混乱だ。そこに追い討ちをかけるように魚雷がいくつも走りこんできて、いくつかの軍艦に命中した。
「閉塞作戦……か?」
提督はキツネにつままれたような表情をしていた。
その頃、沖あいにいる2隻の商船では――。
「よっしゃーっ!」
多くの「ならず者」たちが歓声をあげていた。よく見ると、どこかで見たことのあるような顔が多い。
と思ったら、かつて西部辺境守備軍に討伐された海賊たちだった。
どうして海賊が?
シン帝国に逮捕されたのではなかったのか?
そう逮捕されていた。そして今回、フミト元帥から協力を求められたのだった。
海賊のなかには、ハン王国の遺臣が多く、その末裔も多かった。こうした人たちは、連邦に対して――革命の首謀者である資本家に対して憎しみを抱いていた。
「自分たちが苦労するのは、すべて資本家のせいだ」
フミト元帥は、そうした遺臣や末裔たちに話をもちかけた。
「連邦に遠征するので、諸君らの力を貸してくれないだろうか? 協力してくれるなら、諸君らの罪を赦し、帝国の臣民として生活を保障しよう。どうだ?」
海賊たち――ハン王国の遺臣と、その末裔たちにとって悪い話ではない。資本家に復讐できるうえ、シン帝国で安心して暮らせるようになるのだから。
だから、だれもが二つ返事で応えた。
「そういうことでしたら、元帥殿下のため、喜んで連邦と戦います」
かくして遺臣と末裔たちは、同じく獄中にいた海賊仲間にも声をかけ、今回の閉塞作戦に参加したのだった。
海賊たちは、かつてシン帝国の連合艦隊にしかけたのと同じように、エイハイ基地の湾口に多くの網をしかけ、湾内から出てくる軍艦のスクリューにからませる。
こうして動けなくなった軍艦を魚雷で狙い撃ちにして沈める。軍艦を沈めて水路を塞ぎ、東洋艦隊が外海に出られないようにしてしまえば、制海権はシン帝国のものだ。
「……」
エイハイ基地の指令室では、報告を受けた司令官がショックのあまり、イスにへたれこみ、呆然としていた。
◆ ◆ ◆
開戦前の話になるが、フミト元帥は緒戦でエイハイ基地を攻略しようと考えていた。
「エイハイを攻略し、そこを拠点として民本党と連携し、連邦の中枢を制圧する。そうして革命党政権を打破し、民本党政権を樹立する。そのうえで民本党政権と和睦して兵を引きあげる」
これがフミト元帥の戦略だ。
連邦は広大なので、その全土を力ずくで制圧してしまうのは難しい。もちろん数年をかければ可能かもしれないが、数年も戦争を続ける力など今のシン帝国にはない。
だから、同盟を組む民本党を政権の座につかせる。そうすれば連邦の全土が民本党になびく。
民本党が連邦を統治するようになれば、シン帝国との友好関係を構築してくれる約束になっているので、シン帝国としては連邦と戦う理由がなくなる。連邦の全土を制圧する必要もなくなる。
「この方向でいけば、連邦との戦争もすぐに終わるだろう。だから兵法的にも最適じゃないかな?」
フミト元帥は、笑顔でクリーに問いかけた。
ここは帝国軍総司令部にあるフミト元帥の執務室だ。室内には、総司令官とヤマキ中将、それからアルキンもいる。
「はい。戦争が長引けば長引くほど、お金や人の命も失われていくから、早目に戦争を終わらせるのは正解だと思う。でも、城を攻めるのはよくない」
「城……エイハイ基地のことかな?」
「はい。あそこは難攻不落だと聞いているから、攻めたら多くの将兵が死ぬ」
そう言えば、『孫子』にも城を攻めるのは最悪だという教えがあった。
「わたしも将兵を死なせたくない。だが連邦に攻め入るにあたり、橋頭堡を確保するためにもエイハイ攻略だけは避けられないと思う。どうだろうか?」
「必要だと思う」
「だったら、兵法的には、どうしたらよいかな?」
「えっと……できるだけ犠牲を少なくしたほうがよいと思う。わが一族に伝わる教えだけど、城を攻めるなら、立地条件のよい城を避け、立地条件の悪い城を攻めたほうがいい。立地条件のよい城と言うのは――」
たとえば、城が水に囲まれているので近づきにくい。周辺に高い山がないので城内が見えないし、近辺に深い谷がないので逃げ道もある。そして城の四方には城を守りやすくしてくれる高台がある。
たとえば、城は高い山を背にして、深い谷に面している。
たとえば、城にたてこもる将兵は、きれいな湧き水を利用できる。城内について言うなら、まわりよりも高くなっているし、城を守りやすくする高台もある。
「――こんな城は立地条件がよいので、攻められない」
「つまり、守りやすいところにある城は立地条件がよいというわけか。まあ、クリー大佐に言われるまでもなく、常識ではあるな」
総司令官は、思ったことをそのまま口にした。もちろん、クリーをけなすつもりなどない。すなおに感想を述べただけだった。
「はい。兵法と言うのは“あたりまえ”のことが多い。でも、“あたりまえ”を“あたりまえ”だからと軽く見るから、大切なことを見落として失敗することが多くなる」
「なるほどな。油断大敵みたいなものか」
総司令官は言いながら、あごをなでる。
クリーは、フミト元帥に目でうながされ、話を続けた。
「えっと、それから立地条件の悪い城と言うのは――」
たとえば、城のある土地は荒れ地だし、その水場は汚れている。
たとえば、城が泥沼のなかや山の間にあり、水はけをよくする深い谷がなく、守るのに便利な高台をもっていない。
たとえば、深い谷があるにしても、それが背後にあるので、退路をふさぐ形になっている。そのうえに左右に高い山をもたないので守りにくい。もしくは城が高い山に面していて低いところにあるので攻められやい。
たとえば、城から討って出て布陣や野営をするにしても、まわりに堀の代わりになる川がなく、疲れるし弱気になる。
「――こういう場合は立地条件が悪いので、攻められる」
「要するに、さっきとは反対で、守りにくいところにある城は立地条件が悪いということになりますな」
ヤマキ中将は真顔で言った。
「では、エイハイ基地の立地条件だけど、軍師殿はどう思う? よいかな? それとも悪いかな?」
フミト元帥がおだやかに問いかけた。
「エイハイ基地は、難攻不落の要塞として知られている。軍港となっている湾を取り囲むように山や丘があり、多くの砲台も築かれている。近づくことすら容易ではないから、立地条件のよい城だと思う」
「となると、攻めないほうがよい、ということかな? なんか堂々めぐりだね」
フミト元帥は思わず苦笑いした。
総司令官も、ヤマキ中将も、思わず悩まし気な表情をしている。
3人とも兵法から「名案」が導き出されると期待していたのに、結論がこれだったので、がっかりしたのだろう。
「だけど、立地条件がよいのは、あくまでも海側の話」
「「「?」」」
「連邦は陸側からの攻撃を想定していないので、陸側から見れば立地条件はよくない。平地が広がり、ちょっと離れたところに山や森もあるので、攻めこむほうとしては布陣しやすくなっている」
エイハイ基地の陸側は、もちろん連邦の領土だ。こちらから敵が攻めてくるなんて考えにくい。
だから、陸側の守りは弱かった。場所によっては、「立入禁止」を示すためのフェンスしかないところもあるくらいだ。
こうした一方は強固だけど、他方は貧弱になっている城塞の例は、よくある。
たとえば、東ローマ帝国の首都・コンスタンティノープルがそうだし、イギリス植民地・シンガポールもそうだ。
コンスタンティノープルは、海に突き出た半島にあり、陸側には「テオドシウスの城壁」と言う3重の城壁があって、難攻不落と思われていた。
しかし、海側は、海が天然の堀になっているということで、ふつうの城壁しかなかった。
だから、オスマン=トルコ帝国は、コンスタンティノープルを攻めるにあたり、海側から奇襲して成功している。
シンガポールは、マレー半島の先端にあり、海側には堅牢で強力な要塞などがあって、難攻不落と思われていた。
しかし、陸側は、シンガポールを攻めるなら海側になるということで、海側ほどの守りをしていなかった。
だから、日本軍は、シンガポールを攻めるにあたり、陸側から奇襲して成功している。
「難攻不落に見えたとしても、どこかに必ず弱点がある。だから、それを見つけて、そこを攻めたらよいと思う」
「つまり、エイハイ基地の場合で言うなら、陸側の守りが弱いから、陸側から攻めたらよいというわけだね?」
「はい。だから、こんな作戦がよいと思う――」
エイハイの北側は断崖絶壁が続いて上陸が難しいけど、南側は砂浜が続いているので上陸しやすい。だから、上陸部隊を南側に向かわせる。
上陸部隊を陽動部隊として敵の注意を引きつけ、そのスキに北側に気球母艦を出す。気球母艦とは、熱気球を海上から飛ばすための専用の輸送船だ。
夜陰に紛れて熱気球を飛ばし、北側の断崖絶壁をこえる。熱気球には積めるだけの資材を積みこんでおき、エイハイ基地の背後――陸側に「即席の城」を築き、そこを根城としてエイハイ基地を奇襲する。
「――こうして背後から不意をつけば、エイハイ基地も攻略しやすくなると思う」
「だが兵力はどうする?」
総司令官が難しい顔をして疑問を呈する。
「――陸側から攻めるにしても、そもそも陸側に軍隊を行かせること自体が難しいのではないか?」
「えっと、兵力については、戦いに先立って、まずアルキンと百人隊に旅人のふりをして定期船で連邦に渡ってもらい、“即席の城”をつくる候補地の近くに待機してもらう。それなら目立たず、連邦内に兵力を送りこめる」
「だが、それでも100名くらいの兵力でしかないぞ」
「その点でしたら、問題ありません」
アルキンが口を開く。
「自分たち百人隊は、各自が“百人力”でありますので、1万人の兵力に相当する働きをしてご覧に入れましょう」
「だけど大尉、そんなムチャをして、本当に大丈夫なのか?」
フミト元帥が心配そうに言う。
これまでのアルキンたちの働きぶりからして、おそらく十分に勝算はあるのだろうと思う。
それでも、わずか100人で敵の要塞を攻略するなど、まともな作戦ではない。
しかし、アルキンは余裕しゃくしゃくといった感じだ。
「エイハイ基地にいる兵士になかには、民本党の党員となっている者も多くいます。その者たちに連絡をつけ、自分らの奇襲に呼応して内部で騒ぎを起こしてもらえば、たやすく攻略できるものとふんでおります」
「そうか……。ならば、その方法で作戦を練ってみようと思うけど、どうだろうか?」
もちろん総司令官も、ヤマキ中将も、フミト元帥がそうと決めたのなら、特に異存はなかった。あっさりうなずいて同意する。
こうして話しあい、立案された作戦は、次のとおりだ。
開戦に先立って、アルキンたち百人隊が連邦にもぐりこみ、民本党と連携して作戦の開始に備える。
開戦となれば、元海賊たちを使って閉塞作戦を実施し、制海権を奪う。
それに並行する形で、エイハイの南側に上陸部隊を向かわせ、連邦の目をひきつける。そのスキに北側から熱気球で資材を後背地に輸送し、即席の城をつくって根城とする。
根城をつぶそうとしてエイハイ基地から軍隊が出てきたら、その裏をかいてエイハイ基地を急襲する。エイハイ基地では、民本党員の将兵が呼応して反乱を起こす。ただちに指令室を占拠して、基地の幹部をすべて捕らえる。
「大まかな流れは、こんなものでいいかな?」
フミト元帥は笑顔でクリーに問いかける。
クリーはいくつかアドバイスしたうえで同意した。
作戦は定まった。となれば、次は準備だ。フミト元帥の陣頭指揮のもと、数週間をかけて準備を行い、ついに開戦をむかえる。
「閉塞作戦もうまくいったし、出だしも順調のようだね」
フミト元帥が帝都ヒラニプルの司令部で報告を受け、安心したように言った。
隣にいた総司令官も笑顔でうなずく。
そのときだった。緊急電が入る。
「熱気球全機墜落!」




