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その少女は異世界で中華の兵法を使ってなんとかする。  作者:
第24話 義将=将軍に必要な6つの資質~正義、仁愛、道徳、信用、知恵、決断力
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その2(全4回) 正義感があって、やさしいから、みんなに慕われる

 田園都市・トシマは、帝都ヒラニプルから南に数百キロほど下ったところに位置している。人口はおよそ3万人の小さな都市だ。


 この周辺は農業が盛んであり、軍隊が食料を手に入れるのには最適だった。だから今回、帝国軍はここを兵站(へいたん)基地の1つとしていた。


 フミト皇太子たちは、戦いが終わると、ここに司令部を移す。ここなら南部に近く、南部の動きを監視しやすいからだ。


「とりあえず現状を整理しよう」


 フミト皇太子は司令部の一室で、地図の置かれたテーブルを前にして言った。部屋には他に総司令官、ヤマキ中将、クリーとアルキンがいる。


「南部をスパイしている百人隊の報告によると、こうなります」


 アルキンが報告する。


 第1に、ウーダーイー総督は、連邦から数万の兵力を南部に招き入れ、南部5侯が遠征に出て領地をカラにしているスキに南部全土を制圧してしまった。


 第2に、南部5侯の一族は、全員がウーダーイー総督の軍勢に「保護」され、中央都市・ストウに監禁されている。人質や傀儡(かいらい)として利用できるので、ウーダーイー総督にとっては都合(つごう)がいい。


「こうなると南部は、連邦の手中にあるのも同然だね。さしずめ連邦の海外領土――植民地の1つになったと言うか……」


 フミト皇太子はたんたんと感想を述べた。


「しかも敵はタケト皇子殿下をリーダーとしてかつぎあげています」


 総司令官が言うように、今回、ウーダーイー総督は、タケト皇子の名のもとに宣言していた。


『われらはタケト皇子の命にしたがい、逆賊フミトによって監禁された皇帝陛下を救い出すために立ち上がる』


 これを伝え聞いた帝国軍の将兵は、思わず躊躇(ちゅうちょ)するだろう。「皇太子につくべきか?」それとも「皇子につくべきか?」と迷う恐れがある。


 つくべき相手をまちがえば、「逆賊」となる。そうなれば不敬罪どころではすまない。大逆罪に問われ、場合によっては一族皆殺しにされかねない。


 その後の人生を大きく左右するのだから、将兵たちが迷うのも無理はない。


「将兵に迷いがあれば、戦いに集中できなくなりますから、わが軍としては戦いにくいこと、この上なしですなぁ。はぁ……」


 ヤマキ中将は、思わず嘆息する。


「こうした状況からすれば、われらは圧倒的に不利であります」


 総司令官は深刻そうに言うが、フミト皇太子にあせりは見られない。それはクリーも同じだった。


 もっともフミト皇太子の場合は、部下を心配させないため、意識してあせりを見せないようにしていた。


 いっぽうクリーの場合は、あせる必要がないから、あせりが見えないだけだ。


「その余裕ぶりからして、軍師殿には策があるのではないか」


 ヤマキ中将は期待のまなざしをクリーに向けた。


「はい。ある。あのときはきちんと説明できなかったけど、やっぱり殿下そのものが必勝の策につながると思う」


「それは買いかぶりだよ」


 フミト皇太子は照れ笑いしながら否定するが、ヤマキ中将は同感だった。


「その点につきましては自分も軍師殿の言うとおりであると思います」


「だが中将、ただ殿下がいれば勝てると言うだけでは、まったく具体的に目途(めど)が立たないのではないか? 精神論だけでは(いくさ)に勝てぬぞ」


 総司令官は現実的なツッコミを入れた。


「はい。総司令官閣下のおっしゃるとおりであります――」


 そう言うヤマキ中将の顔には自信があふれていた。


「――ですが、われらには軍師殿がついており、軍師殿が采配(さいはい)してくれますので問題ありません。われらは軍師殿の策を実行しさえすればよいのであります」


 クリーとしては、期待されすぎると思わずとまどってしまうが、とにかく気をとりなおして言葉をつなぐ。


「わが一族に伝わる教えだけど、名将は6つの資質を身につけていると言われている。正義、仁愛、道徳、信用、知恵、決断力の6つ」


 クリーの見立てによれば、フミト皇太子は6つの資質を身につけているから名将であり、名将だから勝てるとのことであった。


(なんとも抽象的(あいまい)な物言いだが、クリー大佐のことだから、これを具体的な策にまでおとしこんでいくのであろうな。ともあれ、お手並み拝見といくか。こんなにワクワクするのは、いく年ぶりであろうか)


 総司令官は、その(いか)めしい顔つきとは裏腹に心が躍っていた。


「策はすでに殿下のなかにある。殿下のもつ6つの資質が、おのずと必勝の策を導き出してくれる」


 これがクリーの見解だ。まるでコーチングのような考え方だが、それとは似て非なるものであることはまちがいないだろう。


 そのとき司令部に2人の伝令が駆けこんできた。シン辺境伯とヒラ辺境伯からの伝令であった。


「わが主君は、ウーダーイー総督から一族を人質にとられ、人質を助けたければ降伏するように脅迫されております。しかしながら、わが主君には、皇太子殿下に背くつもりはありません」


 ◆ ◆ ◆


 シン辺境伯とヒラ辺境伯は、旧南部5侯連合軍の陣地に残り、敗残兵――主としてカワ辺境伯やトウドウ辺境伯のもとにいた将兵を自軍に組み入れる作業にあたっていた。


「敗残兵を放置すれば、野盗となり、地域の治安を悪くしかねない」


 だから、帝国軍司令部は、シン辺境伯とヒラ辺境伯に敗残兵を集めるように命じたのだった。こうして再編成される南部5侯連合軍は「新南部軍」と命名され、帝国が南部に進軍する際の先鋒としての役割を与えられることになる。


 そこにウーダーイー総督が、タケト皇子の名のもとに軍使をさしむけてきた。人質をネタにして、シン辺境伯とヒラ辺境伯に降伏を迫るためだ。


「いよいよ敵が人質を使って諸侯を脅迫してきたとなれば、われらとしても他人事(ひとごと)ではすまされません」


 総司令官が深刻そうに言うと、フミト皇太子もいつになくまじめに応じた。


「たしかにね。諸侯らも困り、悩んでいることだろう。なんとかしてやらないとな。かつては敵でも、今では大切な仲間だからね」


 フミト皇太子は正義感がある。強きをくじき、弱きを助けようとする。だから諸侯が大事な一族を人質にとられて弱っているなら、助けてやりたいと思う。


(あいかわらず殿下はお人よしであられる)


 ヤマキ中将はほほえましく思うだけだが、総司令官は違っていた。


「いえ、殿下、そういうことではありません。人質のせいで諸侯がわれらを裏切り、皇子側――連邦側に寝返る恐れがあります。そうなれば、われらも危なくなります。ですから、他人事(ひとごと)とは言えません。そういう話であります」


「あ、ああ、なるほど……」


 フミト皇太子は、ちょっと申し訳なさそうな顔になる。


「――そういうことなら、諸侯らと個別に会ってみて、とりあえず(さぐ)りでも入れてみるか?」


「まあ、それもよいかもしれませんが、しかし、つねに最悪の事態を考えて動くのが危機管理の基本であります。ですから、諸侯らが裏切るという前提でお臨みください」


 しかしながら、総司令官の心配は杞憂(きゆう)だった。


 シン辺境伯は、疑心暗鬼になりやすい性格だけあって、猜疑心(さいぎしん)が強い。


「あいつらは“辺境伯”の地位と領地を狙っている。ゆめゆめ油断できない」


 一族に対して、こんなふうに考えていた。一族はファミリーではない。むしろライバルだ。


 だから、一族が人質にとられても、まったく気にならない。むしろ、悩みの種が減ったと喜び、どうやって領地を取り戻すかばかりを考えていた。


(方法は1つしかない。フミト皇太子のもと帝国軍の一員として戦い、力ずくで領地を取り返すまでだ)


 シン辺境伯は、改めて覚悟を決める。自分の地位と領土を守るため、一族を犠牲にする気が満々であった。


(フミト皇太子は、連邦「百万の大軍」を退けた。しかも、あの天下無敵とさえ思えた空中戦艦をあっけなく撃破した。これだけの実力をもっているのだから、フミト皇太子についていけばまちがいない)


 シン辺境伯は、ほくそえむ。そして言う。


「わたくしめは、心を入れ替え、どこまでも殿下につき従う所存であります」


「それはありがたいが、本当に一族のことはよいのか?」


 フミト皇太子は本気で心配しているようすだが、シン辺境伯にとっては「どこ吹く風」といった感じだ。平然と言う。


「小の虫を殺して大の虫を生かすという言葉もありますが、帝国の存亡に比べれば、わが一族の生死などちっぽけなことです。なにをためらうことがありましょうか。このシンは不義不忠を討つためなら、一族の犠牲など安いものだと考えます」


 フミト皇太子は心になにか引っかかるものを感じていたが、


「うむ。よい心がけだ。ならば殿下のため、忠勤に励まれよ」


 総司令官が言うので、


(そんなものなのだろう)


 フミト皇太子はとりあえず納得した。


 なお、のちに総司令官は、フミト皇太子に語っている。


「シン辺境伯は損得で動きますが、損得で動く人間というものは向背を予測しやすいものです。こちらが有利なら、こちらに従います。こちらが不利なら、こちらに背きます。こちらが有利だと本人が思っている間はその発言どおりに動くでしょうから、信用してもさしつかえがありません」


 このあたりは、ヒラ辺境伯も似たようなものだった。一族を人質にとられたというのに、さほど気にしているようには見えない。


「ぼくの場合、疫病が流行したとき、おじいさま、おばあさまだけでなく、父上、母上も()くしていますし、それに兄弟姉妹も病魔に命を奪われました――」


 ヒラ辺境伯は悲しい目をして苦笑いする。


「――ですから、一族と言っても疎遠(そえん)な者たちばかりですし……。あ、もちろん一族ですからね、助けるべきだとは思いますよ。ですが、そのせいで殿下にご迷惑をかけるわけにはいきませんし。あ、でも、一族に累を及ぼさないための方法も、いちおうは考えています」


「ん?」


 フミト皇太子がけげんそうにすると、ヒラ辺境伯は居ずまいを正した。


「実は今回の件で、肩の荷がおりた気がしています。せっかくですから、この機会に“辺境伯”の地位と領地を帝国に返上できないでしょうか?」


「これまた思い切ったことを言うな」


 思わず目を丸くするフミト皇太子。ヒラ辺境伯の言葉は続く。


「――ぼくが地位と領地を捨てれば、ぼくを脅迫しても意味がなくなります。ぼくは南部とは無縁(むえん)になるのですから」


「それも一理あるな」


「はい。ですから結果として、殿下にご迷惑をかけないですみます。ぼくの一族も人質にされずにすむでしょう」


「なるほど。貴侯が地位と領地を放棄したなら、貴侯の一族を人質として殺すより、傀儡(かいらい)として生かしたほうが、貴侯の放棄した領地を統治しやすくなるな」


「たしかに一石二鳥の方策でありますな。殿下に迷惑をかけず、一族も無事でいられるという」


 ヤマキ中将も感心した。


「まあ、そういうことなら、貴侯の言うとおりにしよう」


「ありがとうございます、殿下。ところで、もう1つ殿下にお願いしたいことがあります」


「なんだい?」


「ぼくを帝国の貴族として帝都に住まわせていただけないでしょうか? ぼくは帝都の大学で学びたいのです」


 もともとヒラ辺境伯は学者タイプだったので、辺境伯として人びとの上に立つよりも、研究室や図書館にこもって学問に励みたいと考えていた。


(だから、帝国の最高実力者が目の前にいる今は、お願いするチャンスだ)


 ヒラ辺境伯はそんなふうに考えた。


 もちろんフミト皇太子は快諾する。そのための手続きをとるようにとの命令を部下に伝えた。


 というわけで、ウーダーイー総督のたくらみ――一族を人質にとってシン辺境伯とヒラ辺境伯を従わせるというたくらみは、すっかり思わくがはずれてしまった。


 シン辺境伯とヒラ辺境伯は、今回の件をつうじてフミト皇太子を裏切るどころか、かえってフミト皇太子に好感をいだくようになる。


「われらは敗軍の将であるにもかかわらず、殿下はわれらのことを心配してくださる。なんとお人よしなことか」


 シン辺境伯は、あきれるようにつぶやく。しかし、その表情は、いつになく爽やかに見える。いつもの神経質そうな顔つきは、少しも見られない。


「本来なら、ぼくらのことを憎んで、殺そうとしてもおかしくありません。それなのに、ぼくらのことを気づかってくださる。なんていい人だろう」


 ヒラ辺境伯は、すなおに感謝していた。


 フミト皇太子の正義感、とりわけ弱きを助けたいという思いが、2侯の心をつかむことにつながった。もはや2侯がフミト皇太子を裏切ることもないだろう。


 フミト皇太子のもつ名将としての資質の1つ「正義」が、問題をおのずと解決へと導いたわけだ。


 ◆ ◆ ◆


 ウーダーイー総督のたくらみは、想定外の方向に影響を及ぼしていた。諸侯の一族が捕らわれたと知ると、ヒラ辺境伯が思わず動揺したのだ。


「忠義を尽くそうと思えば孝行を尽くせず、孝行を尽くそうと思えば忠義をつくせないと申しますが、まこと人生とはままならぬものでございます」


 フワ辺境伯は、みずからのかかえるジレンマをこのように表現した。


 忠孝――忠義と孝行は、帝国に古来より伝わる徳目の1つだ。古めかしい徳目であり、今どきの若者はそれほど気にかけない。


 しかしフワ辺境伯は、若いけれど頑固な性格だったので、そんな古めかしい徳目を今でも(かたく)なに守っていた。言わば「古風な女性」だった。


 フワ辺境伯の一族は、疫病のせいで、その多くが亡くなっていた。身近な家族について言うなら、母親しか生き残っていなかった。


(わたくしが皇太子殿下への忠義を貫くなら、母上を見殺しにすることになる。これでは孝行にならない。不孝となる)


 フワ辺境伯の母親は、疫病で一族が次から次に亡くなっているとき、苦労して一族を守り、フワ辺境伯を育てあげた。


 フワ辺境伯にとっては大恩のある人物であり、かけがえのない存在だった。その母親が殺されるかもしれない。


 そう考えると心が苦しくなる。胸が痛くなる。


(だが、母上は言っていた。領主として大切なことは、滅私奉公の精神です。公務に私情をさしはさんではいけませんよ。……母上の言うとおりだ。)


 だから、フワ辺境伯は決然として言った。


大義(たいぎ)(しん)(めっ)すと申します。たとえ一族に危害が及ぼうとも、わたくしは帝国に忠義を尽くします」


 しかし、とまどいは隠せない。フワ辺境伯は、表情こそはキリッとしているが、その瞳はうるみ、その身体(からだ)小刻(こきざ)みに震えているようにも見える。


 悲しみをこらえて気丈(きじょう)にふるまっているのは一目瞭然(いちもくりょうぜん)だ。


「わたしに義理(ぎり)()てして、無理をする必要はないぞ。一族が大切なら、大切だと言ってほしい。善処する」


「いえ。つい余計なことを申してしまいましたが、なにとぞお忘れください。孝行よりも忠義が大事であることは、疑いようのないことにございます」


「本当によいのか?」


「はい。武人(さむらい)二言(にごん)はございません。他になにかございますか?」


「いや。これだけだ。ご苦労だったな。ありがとう」


「いえ。臣下たる者、主君の呼び出しに応じるのは当然のこと。感謝される(たぐ)いのものではありません。それでは御免いたします」


 フワ辺境伯は、勝ち気な顔つきで、スタスタと立ち去っていく。本人は気づいていないようだが、その背には悲壮感がただよっていた。


健気(けなげ)と言うか、見ているだけで、つらくなる。なんとかしてあげられたらよいのだが……」


 フミト皇太子は、フワ辺境伯の苦しみを思うと、やるせない気もちになる。


 このようにフミト皇太子が他人の苦しみに共感できるのは、フミト皇太子のなかに「仁愛(やさしさ)」があるからだった。もちろん「仁愛」は、名将としての6つの資質のうちの1つだ。


 これは美徳かもしれないが、戦争に美徳はいらない。だから、総司令官は、バッサリと斬り捨てるように言う。


「当人がよいと申しているのですから、殿下が気にすることはありません。それよりも殿下の気にすべきは、フワ辺境伯の謀反(むほん)にあります」


「どういうことか?」


「あのようすを見れば、その心に迷いあるのは必定(ひつじょう)。いつ裏切るか分かりません。ですから、将来に禍根(かこん)を残さぬためにも、今ここでフワ辺境伯を逮捕し、監禁すべきであります」


「うーん……」


 さすがのフミト皇太子も、悩んでしまう。


(フワ辺境伯としては、孝行もしたいけど、忠義も尽くしたい。でも、現状からすれば両立できない。フワ辺境伯の気もちとして、どうしたいだろうか?)


 フワ辺境伯は武人(さむらい)であると同時に、女性でもある。


 ところがフミト皇太子は、これまで女性と交際したことがない。思春期のころは読書ばかりで引きこもりがちだったし、成人してからは軍務に忙殺されてきたからだ。


(困ったことに女心(おんなごころ)というものがイマイチ分からない。どうするのが、フワ辺境伯にとって最適なのか?)


 女性のことが分からないなら、女性に相談すればよい。ちょうど近くには頼りになる女の子がいるではないか。そう、クリーだ。


 フミト皇太子は、しばらく考えてから、そのことに気づいた。チラッとクリーを見る。


「わたしも総司令官の言うとおりにしたほうがいいと思う」


 ただクリーの言うことは、総司令官のものよりも過激だった。フワ辺境伯軍とその側近を見せしめとして公開処刑すべきと言うのだ。


「そうすれば、すべて解決すると思う」


 この世に人間ほど尊いものはない。


 これを信条としているはずのクリーにしては、珍しい発言だ。


 あまりに意外だったので、クリーを知るだれもが思わず目を丸くしていた。


 ◆ ◆ ◆


 田園都市・トシマの中央広場には、大勢の人だかりがしている。これから賊軍の一味が公開処刑されるということで、やじ馬が集まってきたのだ。


 広場はフェンスで囲まれ、その中に数本の柱が立っている。フワ辺境伯と数名の将校――フワ辺境伯の側近たちが、軍服のまま目隠しをされ、その柱につながれていた。


「フワ辺境伯らは、帝国に謀反(むほん)を起こした。ゆえに処刑するものである」


 憲兵隊長が高らかに宣言する。


 すぐさま十数名の兵士が隊列を組んで入場してきた。フワ辺境伯らをつなぐ柱から一定の距離をとり、柱の並びに対して平行になるように整列する。


「構え!」


 隊長が号令をかける。兵士たちは銃を構え、フワ辺境伯たちに狙いを定めた。


「撃て!」


 隊長の号令一下、兵士たちの銃が一斉に火を吹く。フワ辺境伯たちは血まみれとなり、うなだれた。


 すぐさま憲兵隊が柱に駆けより、死体を担架(たんか)に乗せて運んでいく。その死に顔は、意外に安らかであった。


 ちょうどその頃、軍使がフミト皇太子の司令部から、中央都市・ストウに向け、軍用トラックで出発した。だいたい2~3日の道程になる。


「フワ辺境伯は陛下に刃を向けた。これは大逆罪である。ゆえに処刑した。だが、その罪は一族皆殺しに相当する。フワ辺境伯の一族を引き渡されよ」


 軍使はメッセージを読みあげた。


 もちろんウーダーイー総督は、その要求を蹴る。


「笑止! タケト皇子殿下になりかわり、このウーダーイーが返答する――」


 ウーダーイー総督は、堂々と言う。


「――フワ辺境伯は、皇帝陛下を救わんとして最後まで忠節を貫いた忠臣である。ゆえにその一族は厚遇されてしかるべきである」


 かくしてウーダーイー総督は、フワ辺境伯の一族を優遇するようになる。


 クリーの思わくどおりだった。


 ◆ ◆ ◆


 フミト皇太子は、ヤマキ中将をともない、フワ辺境伯たちの亡骸(なきがら)を収容している遺体安置所をひそかにたずねた。


 遺体安置所のベッドには、血まみれのフワ辺境伯と将校たちが横たわっている。なんとも痛ましい光景だ。


 それなのにフミト皇太子の表情には神妙さが感じられない。いつものおだやかな表情をしている。


「いいぞ」


 フミト皇太子が言うと、フワ辺境伯たちの亡骸(なきがら)がむくりと起き上がる。


 ゾンビ!? ではない。フワ辺境伯たちは死んではいなかった。


 クリーは言っていた。


「大逆罪でフワ辺境伯を公開処刑し、ウーダーイー総督に対してフワ辺境伯の一族を“罪人として処罰する必要がある”という理由で引き渡すように要求するといい。そうすれば、敵の敵は味方だから、ウーダーイー総督はフワ辺境伯の一族を大切に扱うようになる」


「まあ、たしかにウーダーイー総督の側からすると、“フワ辺境伯の(とむら)い合戦だ”と言えば、ちょうどよい戦争の口実になる――」


 総司令官はうなずきながら言う。


「――ゆえにウーダーイー総督は、みずからの大義名分を増やすためにも、フワ辺境伯の一族を厚遇するようになるだろうな。大義名分が多ければ多いほど、将兵の士気も高まるものだ」


「はい。だから、フワ辺境伯を公開処刑にすれば、フワ辺境伯の一族を守ることができる。しかも、殿下を裏切らずにすむ」


「つまり、孝行もできるし、忠義も尽くせると……?」


 そう言うヤマキ中将は悲しそうだった。


「はい」


 クリーはクールに言った。


「しかし、それではあまりにもフワ辺境伯が不憫(ふびん)ではないか?」


 フミト皇太子が真顔で言う。


「もちろん、フワ辺境伯は殺さない」


「「「?」」」


 その場にいた一同は、意味が分からない。フワ辺境伯を処刑しろと言いながら、今度は殺さないと言う。言っていることが支離滅裂(しりめつれつ)だ。


「殺したように見せかけるだけ」


 クリーの説明によると、こういうことだった。


 フワ辺境伯たちに血糊(ちのり)弾着をしこみ、処刑役の兵士たちにはゴム弾を撃たせる。


 すると、処刑場のフワ辺境伯たちは、ゴム弾が命中すると血糊(ちのり)弾着がはじけて血しぶきをあげることになる。だから、(はた)から見れば銃殺されたように見える。


 もちろんフワ辺境伯たちとは事前に示しあわせておき、ゴム弾で撃たれたら死んだふりをしてもらう。そうすれば、ギャラリーはまちがいなくフワ辺境伯たちが銃殺されたと思いこむ。


 このニュースはウーダーイー総督にも伝わる。その結果として、「フワ辺境伯は罪人なので処刑した」という話をウーダーイー総督は本当だと思うようになる。


 この段階で「フワ辺境伯の一族を罪人として処罰したいから引き渡せ」と言えば、ウーダーイー総督はもちろん拒否する。


 かえってフワ辺境伯の一族を大切にしてくれるようになる。敵の不利益は、みずからの利益になるからだ。


 あとは、フワ辺境伯たちには今回の件が片づくまで身を隠してもらえばいい。そうすればフワ辺境伯の一族を無事に助けられる。


「おかげで、わたくしは殿下に対する不忠をはたらかずにすみ、母上を見殺しにするという不孝も犯さずにすみました」


 フワ辺境伯は、ジレンマから解放され、感動のあまり意外にも目をうるませていた。


「わたくしは、かつて殿下に刃を向けた大罪人です。それにもかかわらず殿下は、わたくしのために手間のかかることをしてくださいました。この恩は山よりも高く、海よりも深いものです」


 フワ辺境伯は、ベッドから降りてフミト皇太子の前に(ひざまず)いた。


「わたくしは、この人生を()して殿下にお仕えいたします」


 するとヤマキ中将が、なにを思ったか、たしなめるように言った。


「フワ辺境伯殿に一言(ひとこと)だけ申しあげたい。感激のあまり心のタガがゆるんだのやも知れぬが、この場に男女のことをもちこむのはいかがと思いますぞ」


 フワ辺境伯はキョトンとしていたが、すぐにハッとした。


 人生をかけて仕える。


 臣下が主君に言うなら、忠誠の誓いだから、この場にふさわしい。


 しかし、女性が男性に言うとすれば、どうだろうか。


 血まみれとは言え、フワ辺境伯も女性だ。今回の誓いは、うら若い美女が若き貴公子に「人生をささげる」と言っているわけだから、(はた)から見れば逆求婚(プロポーズ)しているようにも見えないことはない。


 だから、ヤマキ中将は、フワ辺境伯がフミト皇太子に感謝して好意をもち、プロポーズしたのだと勘違いしたのだろう。


 しかし、とんだボケボケ中将ではないか!


 フワ辺境伯は、すごく恥ずかしくなってきた。どういうわけか胸が高鳴る。なぜか心地よい恥ずかしさではあった。


 だが、勘違いは、勘違いだ。


「な、なにを……た、たわむれなど、申されますな。わたくしは、臣下として、主君に忠誠を誓ったまでにすぎません。他意などございません」


 フワ辺境伯は、顔を真っ赤にして言う。言いながら、フミト皇太子の表情をチラっと確認するように見る。その所作(しぐさ)武人(さむらい)と言うよりも女性だった。


 ともあれ、フミト皇太子が身につけている名将としての資質の1つ「仁愛」が、フワ辺境伯の困難を解決し、その忠誠を得た瞬間だった。


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