その1(全4回) 連邦は南部に帝国進攻の足がかりをつくる
「将は、以って義ならざるべからず。」
(将軍は、正義がないといけない。)
『孫臏兵法』「将義」篇より
「南部を攻められるのは、地理的に見て連邦と帝国だけだ。今回、連邦は味方についているし、遠征先は帝国だ。だから、帝国への遠征に全兵力をつぎこんで南部をカラッポにしたとしても、南部が攻められる恐れはない」
イチマツ宰相は今回の遠征にあたり、そう説明したうえで「南部5侯には全軍をあげて帝都に進軍されたい」と要請した。
「それもそうだ」
というわけで、南部5侯は今回、後顧の憂いもなく、全軍をあげて北上していった。目ざすは帝都・ヒラニプルだ。
南部の留守については、それぞれわずかな予備兵力だけを残し、あとは警察に一任していた。
しかし、それは帝国をねらう連邦にとって、帝国南部に橋頭堡――帝国攻略の足がかりを築くための千載一遇のチャンスだ。
「わが連邦は両国の平和のため、われらの友人であるイチマツ宰相閣下を全力で支援いたしましょう」
連邦の最高権力者・ヤオ党首は、イチマツ宰相から援軍の要請を受けると快諾した。
そして、イチマツ宰相から求められるがままに空中艦隊を差し向け、さらにウーダーイー総督を派遣した。
ウーダーイー総督は南部に到着すると、すぐさま「援軍」と称して次から次へと傭兵たちを雇い入れる。その大半は連邦の正規兵だったが、だれも気づかない。
「こうすれば南部に難なく派兵できる。十分な兵力がそろったところで南部全土に兵力を展開すれば、たやすく南部を制圧できる。なにしろ警察力だけでは、軍事力には歯が立たないからな」
ウーダーイー総督は、人工都市・ストウにある「会盟宮殿」にいて、ほくそえんでいた。
会盟宮殿とは、南部5侯が話しあうための大きな会議場だ。宿泊施設も備えているので、滞在するのにはちょうどよい。タケト皇子も、ここに滞在していた。
人工都市・ストウは、南部5侯が会議するため、南部の真ん中あたりに計画的に建設された都市だ。もともと無人の地だったので、住民は役人とその家族しかいない。
街は真上から見ると円形をしており、城壁と堀が丸く取り囲んでいた。その円形の中心に会盟宮殿がある。
その見晴らしのよい一角に、タケト皇子の滞在場所もあった。高級ホテルの広いスイートルームのようなつくりになっていて、居心地は悪くない。
そこでタケト皇子は、南部5侯が手配してくれた多くの家宰や侍女たちに世話をしてもらいながら、勝報をまっていた。
「まるで学校でテストが終わって、合格発表をまっているような気分だ。ドキドキして落ちつかない」
タケト皇子は、そんなことを家宰や侍女たちに語っていた。落ちつかないのは本当らしく、室内をウロウロしていることが多い。
そんなある日、ウーダーイー総督が報告にやってきた。
「それは本当か……?」
タケト皇子は、ウーダーイー総督の報告を聞いたとたん青ざめた。
「空中戦艦が墜落し、イチマツたちが死んだと……?」
「はい。惜しい方がたを亡くしました――」
言いながらウーダーイー総督は、改めて哀悼の意を示すべく、深々と頭を垂れた。
「――わたくしども連邦の不手際による事故であり、責任者は厳重に処分いたしましたが、しかし、イチマツ宰相閣下がたが生きかえるわけでもなく、誠に申し訳がございません」
空中戦艦の墜落は、連邦の威厳を保つため、「撃墜」ではなく、「事故」として告知されていた。
南部はタケト皇子にとって「異郷の地」だ。しかも、まわりにいるのは、南部人や連邦人といった「見ず知らず」の人間ばかり。
近しい者と言えば、イチマツ宰相と数名の護衛しかいなかった。それなのに、その全員が空中戦艦の事故で命を失う。
(残されたのは、おれ1人かよ……)
そう思うと、タケト皇子はまるで迷子のように不安になる。
(これから、どうすりゃいいんだよ……)
不安が思わず表情にあらわれてしまう。しかし、タケト皇子本人としては、その動揺を知られたくないと思い、平静を装っているつもりだった。
「事故はだれにも予測できない。気にするな。それよりも戦況はどうなった?」
タケト皇子が問うや、ウーダーイー総督の顔が曇る。
「誠に申しあげにくいのですが、空中戦艦の事故によって作戦に狂いが生じまして、皇太子軍を撃破するには至りませんでした」
「なに!? まさか負けたのか!?」
「負けたと申しますか、シン辺境伯とヒラ辺境伯が裏切り、カワ辺境伯、トウドウ辺境伯、フワ辺境伯の3侯が戦死されたとのことでありました」
「裏切りだと!?」
タケト皇子の顔つきが怒りのあまり、みるみる真っ赤になっていく。
「――まさかの裏切りで、わが軍は負けたと言うことか?」
「まだ前線からの情報も乏しく、断定はできませんが、そのように考えたほうがよろしいかもしれません」
ウーダーイー総督は、ていよく敗戦の責任をシン辺境伯とヒラ辺境伯になすりつていけた。
「おのれ! シンとヒラめ!」
「いかがいたしましょうか?」
「もちろん討伐しろ!」
「かしこまりました。では、討伐の手始めといたしまして、まずはシン辺境伯とヒラ辺境伯の領地を没収いたしましょう。そのついでと申してはなにでありますが、この機会に善後策をはかるため、いっそのこと南部を制圧してはいかがでしょうか?」
「どういうことだ?」
「はい。3侯が亡くなり、2侯が裏切って外地にいる今、南部は無主の地も同然です。そこで、皇太子軍との決戦にのぞむためにも、この機会に南部を完全に掌握しておいたほうがよろしいのではないかと思った次第であります」
「それも一理あるな。それで成功の見こみがあるのなら、おまえに任せる。好きにしろ」
「かしこまりました。お任せください」
ウーダーイー総督は、口元に不敵な笑みをたたえつつ言う。深々と頭を下げると、そそくさと退出していった。
それからのウーダーイー総督の動きは、すばやかった。まるで事前に用意が整っていたかのようにテキパキと事を進めていく。
ウーダーイー総督は、配下の軍勢を総動員して、まず人工都市・ストウを制圧した。
人工都市・ストウには、役人が5百人しかいない。南部5侯が都市の維持管理のため、それぞれ百人ずつを選抜して派遣していた。
いちおう軍隊や警察のなかから選ばれていたので、危機管理能力は高いほうだ。
しかし、ウーダーイーの軍勢は、この頃には6万人にまで膨れあがっていた。わずか5百人の役人に勝ち目はない。あっけなく制圧される。
その6万人は、その全員が帳簿上では「傭兵」となっていた。しかし、実際は連邦軍の正規兵だ。ちなみに、南部5侯の加勢に行かせた5万人の傭兵は、ほとんどが本物の傭兵だった。
ウーダーイー総督は、人工都市・ストウを制圧すると、すばやく南部の制圧にとりかかる。1万人の進駐軍を5つ編成すると、各軍を南部5侯の領地へと向かわせた。
いずれの領地も軍隊が出はらっている。領地を守るのは警察だけだ。
「警察では軍隊に勝てない――」
進駐軍は、各領地で警察を威嚇するように告げる。
「――皇太子軍との決戦に備えるため、われらが領地を防衛する。貴官らはおとなしく領地を明け渡されよ」
進駐軍は、警察に告げた。
「勝手なことを言うな。領主さまから留守を任された以上、領地を死守して見せる」
警察は威勢よく反論して見せた。
「その心意気は称賛に値する。だが現実を見よ。くりかえすが、警察では軍隊に勝てない」
しばらく進駐軍と警察の間で押し問答が続くが、ついに進駐軍はしびれを切らし、実力行使に出る。進駐軍は力ずくで警察を排除した。
もちろん警察は抵抗する。しかし、軍隊を相手にして勝てるわけがない。多数の死傷者を出し、あっけなく制圧された。
かくして南部5侯の領地は、すべてウーダーイー総督の管轄下に入る。南部5侯の一族は、その全員が「保護」されて人工都市・ストウへと移送された。
「この狭いストウに諸侯の一族を集めて、なんとする? さらに狭くなって不便になるではないか。ただでさえ散歩する場所すら限られているというのに……」
タケト皇子は不満そうに言った。
「これは南部の統治を容易にするための措置であります――」
ウーダーイー総督は、ニヤニヤしながら言う。そこにはタケト皇子に対する畏敬の念が少しも感じられない。
「――その一族を人質とすれば、われらを裏切ったシン辺境伯も、ヒラ辺境伯も、われらに歯向かうことができなくなります」
「まあ、たしかに……」
「また、その一族を傀儡とすれば、戦死したカワ辺境伯、トウドウ辺境伯、フワ辺境伯の後釜にわれらに従順な人物をすえることができ、その領地をわれらの思いのままに統治することができます」
「だからこそ、諸侯の一族をここに集めて、まとめて管理するわけか。たしかに合理的で効率的だが……」
言いながらタケト皇子はふと思う。
(って、おれも諸侯の一族と同じで、なんかストウに軟禁されてないか?)
だんだん不安になってくるタケト皇子。
「おまえの言いたいことは分かった。ところで、諸侯の領主館はどうした?」
「はい。わが軍が接収し、厳正に管理しております」
「ならば、その1つをおれに使わせろ。こんな狭いところにいると、気が滅入りそうだ。おれは領主館に移り、そこから指揮を執る」
すると、ウーダーイー総督は、あからさまにイヤそうな顔をした。
「申し訳ございませんが、殿下には今後ともストウにご滞在いただきます。もちろん作戦の都合上、移動が必要となれば、移動していただきます。それまで移動は、ご辛抱ください」
「は?」
タケト皇子は、ウーダーイー総督をにらむ。しかし、ウーダーイー総督は、まったく気にしていない。
「もちろん殿下は、われらが帝国を攻めるための大義名分であります。ですから、今後とも厚遇いたします」
帝国の臣民は、皇族を敬うように「洗脳」されているので、皇族には逆らえない。「皇族の命令とあらば、聞くしかない」と考える。
だから、タケト皇子を前面に押し立て、こう宣言しながら進軍していけばいい。
『逆賊フミトは、帝都に兵を向け、あろうことか陛下を監禁した。われらがタケト皇子は、陛下を救い、帝国を正すべく、立ち上がった』
この大義名分があれば、帝国軍の将兵はひるみ、まともに戦えなくなる。タケト皇子――皇族に弓を引けば、逆賊となりかねないからだ。
その結果、ウーダーイー総督も、帝国を攻略しやすくなる。
「このような次第で、わたくしもこれから帝国攻略作戦の指揮をとるため、多忙をきわめます。ですから、殿下におかれましては、わたくし目を今後はあまりお呼び出しにならぬようにお願い申しあげます」
「な、なにを……!?」
タケト皇子は怒り、ウーダーイー総督に詰め寄ろうとする。
すると、すばやく家宰たちが動き、タケト皇子の前に立ちはだかった。
「どけ!」
タケト皇子は目の前の家宰を突き飛ばそうとするが、逆に突き飛ばされた。
「おいおい、あまり殿下に手荒なマネをするものではない。ケガでもされたら、どうするのか?」
ウーダーイー総督は、床にころんでいるタケト皇子を見下ろししながら笑顔で言った。
「「「はっ」」」
家宰たちは、さっと脇に控える。
かくして帝国南部は、ウーダーイー総督に――連邦にやすやすと乗っ取られてしまった。
スパイを通じて、こうした状況を知ったクリーは言う。
「族長から“反客為主”という計略のことを聞いたことがあるけど、連邦のやり口はこれと似ている」
この計略は、最初は客人として入りながら、最後には主人になるというものだ。
ウーダーイー総督は、最初は「客人=援軍」としてイチマツ宰相から招かれて帝国南部に入った。そして、「援軍」を名目にして、多くの兵士を帝国南部に引き入れる。その結果、最終的には帝国南部の「主人=支配者」となった。
「となると、ウーダーイー総督は、兵法の使い手と言うことかい?」
フミト皇子が問いかけると、クリーはあっさり答えた。
「それはないと思う。ちょっとでも策士の才能がある人なら、すぐに思いつくことだから、たまたま偶然“反客為主”の計略に重なっただけだと思う」
「だが相手が策士となれば、油断できなませんな」
ヤマキ中将は真顔で言った。
「うん。もしかすると厄介な相手かもしれない」




