その1(全2回) 山賊と馬賊を討伐せよ
「善く教える者は、本においてす。陣に臨んで変ぜず。」
(兵士の教育がうまい者は、もとからやっている。いざ実戦というときになってから、臨機応変にやろうとはしない。)
『孫臏兵法』「五教法」篇より
海港都市・ゴトーにある西部辺境守備軍の司令部。
その執務室の大きなテラスからは、輝く海と、澄んだ空をのぞむことができる。
テラスの席では、司令官のオウツカ少将がイスに腰かけ、美しい景色を楽しみながら、紅茶をたしなんでいた。
「そうなんだ。あのテロ事件と、海賊は関係なかったんだね」
オウツカ少将は、どうでもよさそうだ。
「はい」
シモダ准将は、背すじをのばして立っている。その手にしている分厚いファイルには、捕虜とした海賊たちを取り調べた結果がメモされていた。
「そう言えば、艦隊の生存者からの報告だと、旧式だけどレアな兵器を持っていたって言うけど、あれはどうして?」
「旧式のレアな兵器? ……魚雷艇のことでしょうか?」
すでに紹介したことだが、海賊たちは、10隻近くの内燃機関を搭載した中型船--魚雷艇を所持しており、帝国の戦艦2隻、巡洋艦6隻を撃沈していた。
「そうだよ」
「海賊のなかには、ハン王国の遺臣がいくらか紛れこんでおりました。ちょうど10年前に連邦で王政派が最後のレジスタンス戦争に敗北したおり、その者たちが魚雷艇等の残存艦艇で脱出をはかり、そのままワンジーのもとに身を寄せたとのことであります」
シン帝国の西にある大国「連邦」は、30年前に革命政府が樹立され、「ハン連邦」と名乗るまでは、「ハン王国」という名の王政の国だった。
「ところで、残党とか、いるの?」
「海賊でしたら、今回の討伐で、ほぼすべての構成員を逮捕しております。ワンジーの海賊団が最大勢力でしたから、残る海賊は弱小勢力ばかりであります。おそらく通常の警察業務で十分に対応できるものと考えております」
「よかった。安心したよ。もう討伐とか、面倒なことに巻きこまれるのはイヤだからね」
オウツカ少将は、満面の笑みで答えた。
(面倒なことって? それが司令官、あなたの仕事なのですが……。どこまで怠惰な御仁だ。それに引きかえ……)
シモダ准将はあきれたが、表情には出ない。出さない。あいかわらず能面のような表情をしている。
そこへ通信兵が現れた。通信兵は姿勢を正すと、さっと敬礼して言った。
「ムトウ総司令官閣下より来信であります!」
「なにか?」
シモダ准将が言う。
その来信は、長ったらしいものだったので、要約して紹介すると、こうなる。
『陛下は、海賊討伐の成功を喜んでおられる。だが、まだ山賊や馬賊の横行がやまないと聞く。西部の開拓は、帝国の繁栄にとって不可欠なものである。よって、この機に山賊や馬賊を討伐し、西部の治安を確実なものとせよ』
オウツカ少将は、あからさまにイヤな顔をした。
「ご苦労だった。下がってよいぞ」
シモダ准将は、通信兵を退室させた。
「准将さぁ、どうするんだよ、これ? キミが余計なことをしたから、余計な仕事を押しつけられたじゃんか」
オウツカ少将は、不愉快そうに言った。
「余計なこと……でありますか?」
(いやいや西部の治安維持は、西部辺境守備軍の本来業務でありますから、決して余計なことではありますまい)
シモダ准将は、そう思っても言わない。表情にも出さない。
「そうだよ。無難に任期を終わらせ、中央の近くに転勤したかったのに。これで失敗したら、左遷されちゃうし。そうなったら、どうしてくれるんだよ?」
「しかしながら、陛下は閣下の海賊討伐成功を嘉しておられるとのことであります。そのうえでの今回のムトウ総司令官閣下から直々のご命令。これは閣下に期待しているということでありますから、名誉なことであります」
「まあ、そういう見方もできるか……」
オウツカ少将は、ちょっと思案しながら、まんざらでもない表情になった。
「でもさ、どうするの? 海賊と違って、山賊や馬賊って、そのアジトの位置はもちろん、その規模すらも把握できてないんでしょ?」
「ただ、これまでの被害状況から、わが守備軍の管轄地域の北西部から北東部にかけてが、山賊や馬賊の主な活動地域となっております。ですから、そのあたりにアジトもあるものと推測されます」
「それでも、けっこう範囲が広いよね? それって大きな砂場の中に紛れこんだ麦粒を見つけるみたいなものでしょ? それってすごく大変じゃん」
「それでも上官の命令とあらば、われら軍人は忠勤に励むしかありません」
「だったら、シモダ准将、この件はキミに一任するから、うまくやってよ」
一瞬あっけにとられたシモダ准将だったが、すぐに気をとりなおす。
「了解いたしました。全力で任務にあたります」
こうした経緯を話したうえで、シモダ准将はシャオ隊長に相談した。
「貴殿らは、先の海賊討伐で、みごとな軍略を示してくれた。その軍略をもってすれば、今回の討伐はいかようにすればよいだろうか?」
ここは海港都市・ゴトーにある民族自治会の事務所だ。
ゴトーには珍しい高層建築のなかにあり、そのうち3フロアを借りきっている。なにしろ20万人近い開拓民のことを管理しているので、事務員の人数も多くなる。だから、その事務所もそれなりの大きさが必要だった。
ちなみに今、シモダ准将らがいるシャオ隊長の執務室は、ちょっと狭い。シモダ准将とシャオ隊長のほかに、クリーとアルキンがいるが、あと2人くらいしか入れないだろう。
「なにしろ山賊も、馬賊も、どこにいるのか、まったく見当もつかない。まさに雲をつかむような話で申し訳ないのだが、自分のような老いぼれで石頭の古い軍人には貴殿らのような柔軟な思考ができない」
「准将さんが老いぼれかどうかは別として、オレらの知恵でいいんなら、いくらでも貸してやるぜ」
「おお、それは頼もしい言葉だ。かたじけない」
「困ったときはお互い様だしな。気にすんなって」
シャオ隊長は調子よく言いながら、クリーに視線を向けた。
「というわけだからよ、軍師殿の知恵でなんとかなんねぇかな?」
「うん」
クリーは、話の流れからして「おそらく話をふられるだろう」と予想していたので、いちおう対策を考えていた。
「いつ、どこから襲撃されるのか分からないから、いつ、どこから襲撃されても対応できるようするといい」
クリーはさらっと言った。
「こちらから頼んでアドバイスをもらっておきながら、こう言うのも心苦しいのだが――」
シモダ准将は、気づかうように言う。
「――わが西部辺境守備軍には、それほどの広範囲に分散して配置できるほどの兵力がない。たとえ無理して分散配置したとしても、そのときにはそれぞれの兵数がきわめて少なくなる。これでは各個撃破されておしまいだ」
「だぜ。オレら民族自治会からも、そんなに人を出せねぇしよ」
「その点は、大丈夫。だれも出さなくていいから」
「「?」」
「北部から移住してきた開拓団は、もともと軍人だから、山賊や馬賊を自力で撃退できている。被害を受けているのは、ふつうの開拓団ばかり。だから、その開拓団の人たちに軍事訓練をほどこし、自衛のために武装させる」
「つまり、山賊や馬賊に襲撃されても、開拓団が自力で対処できるようにするわけか」
「なるほどな。だったら、こっちから兵隊を出す必要はねえな」
「うん。自分たちの生活を守るためだから、みんな必死に戦うと思う。だから、強い自警団ができあがると思う」
「それは名案であるな。では、その段取りはどうする?」
「その前にお願いがある」
「なんだ?」
「開拓団の人たちは、開拓もはじまったばかりで、今のままでは軍事訓練に取り組めないと思う。生活の心配があるから。だから、訓練に参加した住民は免税してあげるなどして、住民のやる気を高めてほしい」
「免税とな? となると税収が減るゆえ、主計将校がうるさく言いそうだな……」
「難しい?」
「いや。安心されよ。費用対効果で考えるなら、賊に対処する費用が将来的に節約できるようになるゆえ、今の負担が増えても、あとで十分に回収できる。この線で、主計将校らを説得しよう」
「ありがとう。それでは段取りだけど、無理のない範囲でいいから、教育するための部隊をいくつか編成してほしい。各部隊には、各集落をまわってもらい、手分けして住民たちを訓練してもらう。それで、教育の終わった集落から成績の優秀な人たちを選抜して、他の集落を訓練してもらう。すると、短い間にたくさんの集落を訓練できると思う」
「なるほど。まず軍隊が訓練し、それから訓練の終わった住民にも手伝ってもらって訓練をすすめていく。訓練がすすめばすすむほど、訓練を担当する者も増えるゆえ、加速的に訓練のスピードも上がっていく。そうなれば訓練も早く完了できる。そういうことだな」
「はい」
「ならば、さっそく手配して、住民のための教育隊を組織しよう。ところで、これだけは訓練しておきたいということはあるか?」
「えっと……。ない。たぶんプロに任せたほうがいいと思う」
「そうか」
「あ、でもよ。ほら、軍師殿の一族に伝わる教えとか、なんかあるだろ?」
「うん。わが一族に伝わる教えでは、編成の仕方、行軍の仕方、駐屯の仕方、布陣の仕方、隠密行動の仕方の5つを教えなさいって言われている」
「ほう――」
シモダ准将が、興味深そうな顔つきになる。
「――さしさわりなければ、それを教えてもらえまいか」
「はい。まず編成に関しては、モラルとチームワークをメインにして教えてほしい」
「戦うときにはチームワークが大切ってのは分かるけどよ、戦争なのにまたモラルか……」
ちょっとあきれ気味に言うシャオ隊長。
「――しかしよ、軍師殿の部族って、おもしろい考え方するよな。ふつう戦争にモラルなんか持ちこんだら、思うぞんぶん戦えなくなりそうなもんだがな」
「説明しにくいけど、モラルがないと真剣に戦えなくなる。えっと、たとえば……、仲間を助けるためには戦うしかないとか、そういう正しい目的をもっていると、どんなに苦しくても逃げなくなるみたいな感じ」
「うむ。なるほど。私利私欲のためではなく、弱きを助けて強きをくじくために戦うなら、たしかに将兵らの戦意も鼓舞されるであろう。それに大勢から支持されやすくなる。そうなれば戦いやすくなるものだ」
「そんな感じ。それから行軍だけど、指揮官の率先垂範が大切になると教えてほしい」
率先垂範とは、たとえば掃除をするとき、ただ「掃除をしろ」と他人に命令するのではなく、みずから掃除道具をもって「いっしょに掃除をしよう」と言い、みんなの先頭に立って掃除をするようなことを言う。
「それは常識だな。上官が部下に対し“オレに楽をさせるため、貴様らは苦労しろ”という態度であれば、部下はついてこない。そうなれば、チームワークも悪くなり、まともに戦えなくなってしまうものだ」
言いながらシモダ准将の頭の中には、オウツカ少将の顔が浮かんでいた。
「それと教えるときは、言って聞かせるより、やって見せたほうが分かりやすくなる。だから、教育隊には、ぜひ見本になってほしい」
「承知した。徹底しよう」
「ありがとう。あとは布陣に関してだけど、十分に兵器を支給して、その使い方を教えてほしい。そうしないと、いくら有利なところに陣取っても、まともに戦えなくなるから」
「もちろんだ。善処させてもらおう」
「わたしからのお願いは、これで終わり」
「ん? あと駐屯と、隠密行動の仕方が残っているが、これはよいのか?」
「よくないけど、これだけは教えが失われてしまっていて、わが一族に伝わっていない。だから、帝国軍の常識を教えてほしい」
「あい分かった。そうしよう」
「あ、でもよ、あの“即席の城”とか、駐屯のときに役立つんじゃねぇか? あのロジン砦をつくったときのやつだけどよ」
そう言ってシャオ隊長は、シモダ准将に“即席の城”について説明した。
「なるほど――」
シモダ准将は感心する。
「――そういったこともあったのか。これは勉強になる」
「だろ? あとは隠密行動だけど、それは“連邦百万の大軍”と戦ったとき、軍師殿が用意した伏兵とか、それに近いんじゃねぇか?」
この伏兵については、その報告が帝国軍内にトップシークレット扱いで回覧されていたので、シモダ准将も知っていた。
「たしかに、伏兵による奇襲を成功させるためには、隠密行動が欠かせぬものであるな」
「はい。たぶんシャオ隊長の言うことは、まちがってないと思う」
「まちがってない?」
シャオ隊長は、ちょっとふざけるような調子で言った。
「そうじゃなくて、“正しい”って言ってくれよな」
「いやはやクリー大佐は、なかなかの兵法家であられるな」
シモダ准将は、感心しながら言った。
「そのうえ実戦でも、成果を出しておられる。われらが帝国軍も、もはや世代交代の時期やもしれん。老兵は去るのみ」
「でも、実戦経験がないと、現場の指揮はうまくできない。海賊討伐も、准将閣下が指揮をとったから、急襲が成功した」
「ははは」
シモダ准将が珍しく笑った。
「若者の柔軟な発想と、年寄りの豊富な経験のコラボか。それもまたチームワークであり、役割分担であるな。クリー大佐と話していると、この年寄りも元気になる」
(しかしながら、シャオ隊長と言い、クリー大佐と言い、皇太子殿下のもとには、若い才能がそろっておる。名君のもとには名臣が集まると言うが……)
かくしてシモダ准将は、西部辺境守備軍から100人を選抜し、20隊の教育隊(5人の教官から構成)を編成した。雑用や運搬などを担当する人員については、民間業者から雇うことにする。
訓練の成果については、定期的に西部辺境守備軍から将校が巡回に出向き、テストすることに決まった。
「わたしも巡回する」
クリーは、シモダ准将に申し出た。
「それには及ばん。それに北のほうは危険が多いのだ」
「でも、わたしが言いだしたことだから、責任がある。わたしは率先垂範が大切と言った。だから、わたしも率先垂範しないと、全体の士気にかかわると思う」
――若い割に責任感もあるな。
「わかった。許可しよう」
「ありがとう」
「ただし十分な護衛をつけること。よいかな?」
「はい」
クリーは、さっそく騎馬に野宿の道具などを積みこむなどして、旅支度に取りかかる。
護衛としては、アルキンの他、百人隊のうち10人が同行することになった。ちなみに百人隊のうち他の90人は、別件で不在にしている。
西部は、開拓がはじまったばかりなので、ほとんどが荒涼とした大地だ。いちおう森林や竹林などもあるが、草原や砂漠のほうが圧倒的に多い。まさに文字どおりの「荒れ地」だった。
開拓民の集落は、たいてい森林や竹林の傍らにあった。林があれば、夏の暑さよけや風よけにもなるし、薪などを集めるのにも便利だからだ。
これらの集落だが、北のほうに行けば行くほど、山賊や馬賊の被害が大きく、荒れ方もひどくなってくる。どの集落も塹壕と柵をめぐらし、守りを固めているものの、襲撃されるとたやすく突破されることが多かった。
そんな集落の一つにクリーたちが野営するために立ち寄ったとき、事件は起きた。
300名近い馬賊の集団が現れ、集落を包囲したのだ。
集落にいるのは、元連邦の軍人ではない。ふつうの開拓民とその家族であり、総勢50人いるかいないかの人数である。
「抵抗なんかしないで、金品を差し出せ。そうすれば命だけは助けてやる」
馬賊からの使者が、集落の長に言った。
そうは言うものの、おとなしく金品を渡したとしても、婦女子が暴行されるのは、よその集落の例でも明らかだった。
しかし、戦おうにも、あちらは戦い慣れた300名だ。こちらは戦い慣れていない人間が50人くらいしかいない。この集落は、まだ訓練されていなかった。
もちろん軍人として、クリーたち12名がいる。しかし、さすがに300名を相手に戦うのは無茶というものだ。
このような状態では、まともに戦っても、勝てる見込みはないだろう。




