その2(全2回) 虚勢を張る
集落のある場所は、小高い丘になっている。その周囲をぐるりと塹壕のような堀で囲んであり、ちょっとした土塁の上に柵がしつらえてあった。
柵は竹を組んで作ってある。材料となる竹は、小高い丘が竹林なので、豊富にあった。集落の住人たちは、竹の子を食べる習慣があり、干し竹の子を作って保存食ともしていた。食料確保の観点から、竹林に集落を設けたのかもしれない。
集落の出入口は、正面に一か所だけしかない。出入口が多いと、それだけ防御力も低下するからだ。出入口には門扉だけでなく、竹製の拒馬槍も置かれている。
拒馬槍とは、9本の槍を等間隔で並べ、それを横棒でつなぎ、そこに支柱をつけたものだ。刃先を外側に向け、敵の騎馬による突撃を防ぐ。集落のそれは、竹槍を使って作られていた。
馬賊の使者は、この門前まで来て宣言した。
「抵抗なんかしないで、金品を差し出せ。そうすれば命だけは助けてやる」
「勝手なことを言うな――」
小柄だけど体格のよい色黒の中年男性が強気に答える。集落長だ。集落の代表を務めている。
「――おまえらにくれてやるものなど、一つもない。さっさと立ち去れ」
「ふん。威勢だけはいいな。まあ、どこも最初はそうだが、最後は泣きながら詫びを入れることになる。一日だけ待ってやる。ゆっくり考えるんだな」
馬賊の使者は、ゆうゆうと言った。馬賊としても、戦って余計なダメージを受けたくない。だから、まずは脅して、言いなりにさせるようとする。
うまくいけば、「戦わないで勝つ」ことができる。まあ、チンピラの常套手段だ。
金品を要求して相手が従えば、今度は「集落内で酒食を出して接待しろ」と要求する。それに相手が従えば、今度は「女を出せ」と命じる。心理学で言うところの「フット・イン・ザ・ドア」という手法だ。
もちろん、馬賊が心理学を知っているわけではないが、これまでの駆け引きの経験から、人の心理を経験的に知っている。
馬賊の使者は、言うだけ言うと、馬首をめぐらし、去っていった。遠巻きに集落を囲んでいる馬賊のもとに戻る。
集落では、集落長を中心にして、大人たちが話しあった。
「どのみち略奪されることになる」
「だったら一か八か、戦うしかない」
「ちょっと待て。金品を出せば、馬賊も引き下がると言っているではないか」
「よく考えてみろ。これまで馬賊に襲われ、無事にすんだ集落があったか?」
「ない。だが、戦うにしても、どうやって?」
「ちょうど軍人さんも来ているから、相談してみては、どうだろうか?」
「そうだな。そうしよう。餅は餅屋だ」
「でもさ、軍人なんて、あてになるのか? あいつらだけ逃げることだって、できるだろ?」
「そうだな。たしかに軍人なら、あのくらいの馬賊なら、たやすく強行突破できるだろう」
「とにかく憶測だけで悩んでいても仕方がない。まずは軍人さんに相談してみようじゃないか」
集落長がまとめるように言うと、一同はうなずく。
いっぽうクリーは、馬賊に囲まれた時点で、すでに対策を考えていた。
「とりあえず、こうしたいと思う」
集落長ほか数名の代表に対して、立て板に水を流すようにスラスラと作戦を提示した。もともとは即座に対処するための作戦も考えていたが、今回、少しは時間をとれそうだったので、より巧妙なものにして成功の確率を高めることにしたそうだ。
話を聞いた代表たちは、驚くやら、あきれるやら、その反応はさまざまだった。が、とにかくクリーの指示に従い、さっそく行動を起こす。
その夜、アルキンと百人隊の戦士たち総勢11名は、馬賊の野営地に夜襲をかけた。騎馬にまたがり、まっしぐらに敵陣に向かって突入していく。
馬賊たちは、夜襲など想定していない。だから、奇襲もたやすかった。
「抜刀っ! 突貫っ!」
アルキンの号令一下、全員が軍刀を抜き、馬賊の野営地に突撃した。馬賊たちを斬りつけながら、その野営地を蹂躙する。まるで鬼神のような戦いぶりだった。
不意をつかれた馬賊たちは、パニックにおちいり、ろくな反撃もできない。あたふたして逃げまわるばかりだ。
もっとも馬賊たちは、たとえ不意をつかれなくても、同数なら、アルキンたちに勝てないだろう。
なにしろアルキンたちは、片田舎に住む少数民族の部隊とは言え、もともと帝国軍の援軍として送り出されたミン族の精鋭部隊だ。しかも、だれもが少林拳法の使い手でもある。
少林拳法は、ミン族の故地で「天下の武術は少林より出ず」と言われるほどに強力な武術だった。
ミン族の故地での話になるが、かつて明国では海賊の襲撃により、多くの住民が困っていた。海賊は強く、政府軍でも勝てない。
このとき万表は、ふだんから付き合いのあった少林寺に頼ることにした。少林寺には少林拳法の使い手がそろっている。そこから200名を派遣してもらったのだ。
この200名はめっぽう強く、海賊たちをあっさりとフルボッコにしてしまう。少林拳法の強さを物語るエピソードだ。
アルキンたちは、この少林拳法を身につけている。だから、その戦闘能力の高さは、馬賊の比ではない。
しばらくすると、馬賊たちも態勢を立て直し、反撃の気配を見せた。しかし、「時すでに遅し」だ。そのころには、すでにアルキンたちは集落に引きあげているところだった。
あとには馬賊の死体が多く残されていた。
翌朝、馬賊たちは隊列を組み、いつでも集落を襲える構えを見せる。しかし、なかなか近づいてこない。おそらく夜襲を受けて、恐れが生じたのだろう。
いっぽう集落には、帝国軍の所在を示す青い旗が天高くはためいていた。
集落の門はあけはなたれており、拒馬槍も撤去されている。
「突入したいなら、ご自由にどうぞ」
そう言わんばかりだ。
その先には大砲が見えた。少なくとも3門はあるようだ。
「開拓民の集落に大砲!?」
馬賊たちは、ギョッとした。
小銃くらいなら、どこの集落にもある。だから、見慣れているし、開拓民との銃撃戦もやり慣れている。
でも、大砲のある集落を襲撃するのは、これが初めてだ。不慣れなので、思わずひるむ。
刹那、大砲の1つが轟音をあげて火を放つ。砲弾が勢いよく風を切りながら、馬賊たちの頭上を飛びこえていき、その背後に着弾した。砂ぼこりが軽く立ちのぼる。しかし、爆発はなかった。
「今の一発は、慈悲深き、われらが皇帝陛下の御心である!」
アルキンが門前に立ち、高らかに宣言する。
「――だが逆賊に容赦するつもりなどない! あくまでも歯向かうと言うなら、次は遠慮なく炸裂弾を使わせてもらう!」
アルキンは、大男なので、威風堂々として見える。しかも、その背後には、屈強な10人の戦士たちが居並んでいた。ビジュアル的に馬賊たちを恐れさせるのには、十分な迫力がある。
クリーも、近くにいたが、小さくて迫力もないので、残念ながら目立たない。
いっぽう馬賊たちは、ためらっていた。
「あいつらの強さは、ハンパねぇ」
「門をあけているのは、きっとなにかのワナじゃねぇか?」
「だいたい正規軍だからよ、オレたちなんか目じゃねぇってこったろ」
「大砲まで装備してるとなると、かなり大きな部隊じゃね?」
「どうするよ?」
「どうするもなにも、勝てるわけねぇだろ」
そんなこんなで、しばらくすると馬賊たちは馬首をめぐらし、走り去っていった。
固唾を飲んで見守っていた住民たちは、ホッとすると同時に喜んだ。わっとクリーたちに駆け寄り、だれもが惜しみない賛辞を贈る。
その近くにある大砲は、よく見ると「木砲」だった。竹の筒を縄でぐるぐる巻きにした木製の大砲だ。
ちなみに木砲は、別に竹だけが材料ではない。ふつうの材木を使っても、つくることができる。
その「木砲」が荷車の上に載せてあるのだが、いちおう炭で全体を黒く塗ってあるので、遠目には本物の大砲に見える。
しかし、当然のことながら性能は本物よりも劣る。砲弾(大きな石)を一度発射すれば、もう使えない。使い捨ての大砲だ。
ものによっては数発を発射できるものもある。しかし、今回の木砲は、取り急ぎで素人が製造したものなので、それほど強度がなかったのだろう。
今回、クリーはこんな作戦を立てていた。
「わが民族の故地に伝わる“無敵竹将軍”を作ろうと思う」
クリーからそう言われ、その説明を聞いたとき、集落の住民たちはあっけにとられた。
「竹で大砲をつくる?」
「は? マジかよ?」
住民たちがあきれた様子でも、クリーは気にしなかった。急いで製作に取りかかるように指示する。
作り方は、簡単だった。まず裏山から大きめの竹を採取して、約1メートル50センチの長さにカットする。中の節をくり抜いて、一本の筒にする。
その竹筒を太めの縄でぐるぐる巻きにして補強したうえで、中に爆薬と砲弾の代わりになる大きな石を詰める。それを荷車の上に載せ、炭で黒く塗れば完成だ。
こうやって3門の大砲が用意された。
そう言えば、ミン族の故地に伝わる昔話だが、かつて宋国で地方の知事をしていた陳規は、盗賊団に襲撃され、町を囲まれたとき、竹を使って「使い捨ての散弾銃」を大量に製造した。それは「無敵竹将軍」と命名され、盗賊団を撃退するために大いに役立った。
オリジナルの「無敵竹将軍」は、竹の筒をそのまま使っている。これに縄を巻いて強度を高め、大砲として使えるように改良したものが、クリーの「無敵竹将軍」だった。
こうして馬賊を威嚇するための兵器を用意するいっぽうで、クリーはアルキンに夜襲を頼んだ。
「たぶん馬賊は、この集落を甘く見て、油断していると思う。だから、夜襲も成功しやすいと思う。だから、アルキンには馬賊を夜襲して、その戦意を低めてほしい」
「承知した」
アルキンは即答した。
「とにかく馬賊どもが休息しているところを襲い、かき乱し、こわがらせればよいわけだな?」
「うん。すばやく襲ったら、反撃される前にさっと戻ってきてほしい」
「任せろ」
かくして行われたのが、あの夜襲だった。みごとに成功したことは、すでに紹介したとおりだ。
そう言えば、ミン族の故地には次のような戦例が伝わっている。
かつて東漢国の班超は、とある西の国に使者として出向いた。最初は厚遇されていたが、途中から冷遇されるようになる。
なにがあったのか?
班超が調べてみると、東漢国の宿敵である匈奴族の使者が西の国に来ているらしい。その使者は多数だが、班超たちは少数だ。だから、西の国は匈奴族を厚遇するようになったようだ。
しかし、班超はひるまなかった。
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」
危険を怖がっていたら、成功は見こめない。
そう言って、匈奴族の野営地を夜襲することにした。班超たちは、野営地に火をつけ、その混乱に乗じて斬りこみ、多くの匈奴族をフルボッコにしてしまう。
これに恐れ入った西の国は、班超に従うことを決めた。
もしかするとクリーは、こうした戦例にヒントを得て、今回の作戦を思いついたのかもしれない。
異世界での話になるが、かつてドイツの鉄血宰相ことビスマルクは「賢者は歴史に学ぶ」と言った。
ミン族の故地で活躍した范仲淹も「歴史を知らない指揮官は、野蛮な指揮官になる」と言っている。
クリーはスン族長のもとで歴史をよく学んだので、すぐれた軍師として活躍できるようになったのだろうか。
ところで、クリーたちが帝国軍の軍旗を高らかと掲げて見せたのも、もちろん馬賊の戦意を喪失させるための工夫の一環であった。
ちなみに、クリーは、馬賊がすぐにでも襲撃してきそうな場合には、ただ軍旗を立て、城門を開くだけにして、あたかもワナがあるように見せかけるつもりだったらしい。
これを「空城の計」と言うらしいが、そうやって馬賊を疑心暗鬼にさせ、退却させるつもりだったそうだ。これは、ミン族の故地では何度も使われてきたオーソドックスな戦法とのことであった。
「ところで、一つ疑問があります。余計なことを言って、見捨てられると困るので、今まで黙っていたのですが――」
馬賊を撃退したあと、集落長が言った。
「――もし馬賊がひるまず、襲撃してくれば、あなた方がいくら強くても、しょせんは多勢に無勢です。あなた方も殺されることになったでしょう。でも、あなた方だけなら、騎馬で包囲を強行突破して逃げることもできたはずです。それにもかかわらず、逃げようとしなかった。危ない橋を渡った。どうしてでしょうか?」
言われてクリーは、キョトンとしていた。
「どうして……?」
クリーは質問の意味が分からず、しばらく思案していた。
「――えっと、逃げなかったのは、軍人だから。軍隊は住民を守るためにあるから、住民がいたら勝手には逃げられないから。それが軍人としてのモラル」
クリーは、たんたんと原則論を答えた。
「まあ、たしかに建前としてはそうですが……」
集落長は、苦笑いしながら、頭をかく。
「……いやはやシモダ准将のほかにも、それを実践される軍人さんがおられるとは、御見逸れしました」
集落の住民たちは、今回の事件をとおして、たとえ弱くても工夫次第でいくらでも強くなれることを学んだ。
その結果、軍事訓練を受け、武器を支給されたときには、かなりの自信をもてるようになった。もちろん、それだけの実力も身につけていたことは言うまでもない。
戦意があり、実力があるなら、十分に自衛できるだろう。
全文訳『孫臏兵法』五教法
孫子は言いました。
教練のうまい人は、もとからやっています。いざ実戦というときになって、場当たり的に対処したりしません。そこで、5つの教練を言いますと、国内で処理すべきこと[編成の仕方]を教練するのが1つ、行軍において行うべきこと[行軍の仕方]を教練するのが1つ、軍隊において処理すべきこと[駐屯の仕方]を教練するのが1つ、陣地において処理すべきこと[布陣の仕方]を教練するのが1つ、隠れていて互いに見えないときに戦いを有利に導くこと[隠密行動の仕方]を教練するのが1つです。
国内において処理すべきことを教練するとは、どのようなものでしょうか。それは、こうです。~孝、悌、良の5つの徳性について、軍人は一つでもなくてよいでしょうか。射撃の腕がよくても(それらの徳性に不足があるなら)戦車の乗員にふさわしくありません。そういうわけで、射撃のうまい人が左に乗車し、馬を操るのがうまい人が御者となり、いずれでもない人が右に乗車します。そうであれば、3人が戦車に配置され、5人が伍[5人の部隊]に配置されます。十人が列という部隊を編成し、百人[10列]が卒という部隊を編成し、千人[10卒]が鼓という部隊を編成し、一万人[10鼓]が戎という部隊を編成します。こうして(兵士を組織化することで)人数が多くても使いこなせるようになります。国内において処理すべきことを教練するとは、以上のようなものです。
行軍するときに行うべきことを教練するとは、どのようなものでしょうか。戦車を廃棄し、軍馬を処分するのは、軍隊を指揮している人が必ず担当します。これは~率~する所以です~
~険しく、力が弱い~将軍はここに自立します。これは~敬~する所以です~
~足~行軍するときに行うべきことを教練するとは、以上のようなものです。
~です。軍隊において処理すべきことを教練するとは、(以上の)ようなもの(です)。
(陣地において処理すべきこと)を教練するとは、どのようなものでしょうか。武器、防具、戦車、甲冑は、布陣の道具です~
~することでベストな状態ができあがります。そうして陣形が有利となり、陣容が充実します。陣地において処理すべきことを教練するとは、以上のようなものです。
隠れていて互いに見えないときに戦いを有利に導くことを教練するとは~
五教法
※その他、残っている言葉
~道すがらに防塁を築き、全軍の兵士がすべて必死になって、姑息に生き残ろうと考えません。これは~する所以です~
~銅鑼~これは合図を聞いて動く方法を教練する方法です~
~歩き方を教える方法です。5つの教練ができあがれば、見る目はますます向上しますし~




