その2(全3回) シャオ隊長は、裏切った
「キミらがグズグズして進まないから、負けたんだよ」
オウツカ少将は忌々しそうに言った。
その目の前には、シャオ隊長が跪いている。
オウツカ少将の左右には、数十名の守備兵が銃をかまえ、護衛にあたっていた。
ここは海港都市・ゴトーの中央広場。周囲には、たくさんのやじ馬が群がって、興味深そうに推移を見守っている。
やじ馬の前には守備兵がいて、シャオ隊長らのいる広場中央に近づけないように警備していた。
「処分を言いわたす!」
シモダ准将は、おもむろに進み出て、文書を高らかに読み上げた。
「民族義勇軍・指揮官シャオは、わざと進軍速度を落とし、帝国軍の作戦行動を阻害した! その罪は重い! よって、ここに仗刑50を言いわたすものである!」
数人の守備兵が、シャオ隊長を押さえる。
シャオ隊長は無念の表情で、オウツカ少将をにらみつけた。しかし、抵抗はしない。そんなことをしてもムダであると分かっているからだ。
守備兵の一人が、「軍人精神注入棒」と記されたバットのような棍棒を振り上げる。
棍棒がシャオ隊長の臀部を目がけて勢いよく振り下ろされた。鈍い打撃音が響く。
あまりもの激痛に思わず顔をゆがめるシャオ隊長。
「ふふん。よい見せしめになるね」
オウツカ少将は、ニヤニヤしながら言った。
「はい。善戦健闘できぬ者がどうなるか、目に見える形で示すことができます」
シモダ准将は、能面のような表情で、シャオ隊長を見ている。
仗刑が後半に近づくころにはシャオ隊長の臀部の皮が破れ、ズボンから血がにじみ出てきた。
その威力は、仗刑が終わったとき、一人で立ち上がれないほどだった。守備兵たちは、そんなシャオ隊長を抱えて放り出す。その場に倒れこむシャオ隊長。
「「「隊長っ!」」
民族自治会のメンバー数人が駆けよってきて、シャオ隊長をかかえあげた。
「本来ならば死罪にあたるところ、司令官閣下のご恩情により、この程度で許されたことを忘れるでないぞ」
シモダ准将は、たんたんと言った。
「今後は心をいれかえ、忠勤に励め」
そう言うオウツカ少将は、汚らわしいものでも見るかのような目つきをしていた。
シャオ隊長は黙って激痛に耐えながらオウツカ少将を睨みつけるしかできなかった。
オウツカ少将は、敗戦後、これ以外にも「戦後処理」を矢継ぎ早に打ち出していた。
その一つに「商人が海賊と商売することを禁じる」というものもあった。
海賊たちは高価な金品ばかりを強奪して、食料品を強奪することはしなかった。海賊行為は、すばやく襲い、すばやく奪って、すばやく逃げる必要がある。そうしないと、救難信号を見つけた帝国軍の軍艦が救援に駆けつけてきて、戦闘になる恐れがあるからだ。
だから、単価が安い食料品を強奪するのは、割にあわない。わざわざ身の危険を冒してまで手に入れる価値がない。商人から買ったほうが安くつく。
ちなみに、武器弾薬などの軍需品も、かさばるし、重いし、強奪するのが大変なので、武器商人から購入することが多かった。
そこで、商人と海賊との商売を禁じ、それを取り締まれば、海賊は食べるものに困るようになる。戦い続けることもできなくなる。
「兵糧攻めだよ。こうすれば、海賊は自滅する。まさに戦わずして勝つ妙手だ」
オウツカ少将は、自慢げに言っていた。
しかし、しょせんは机上の空論だった。西部は、未開拓の地域であり、帝国の威令がゆきわたっていない。海賊、山賊、馬賊が横行している。
「賊と取り引きしている商人は、襲わない」
これは賊(海賊、山賊、馬賊)たちの暗黙の了解だった。いずれかの賊と商売している商人なら、どの賊も襲わない。
たとえば馬賊と商売している商人は、馬賊だけでなく、海賊や山賊からも襲われることがない。商人の安全は保障される。もし商人たちが来なくなれば、どの賊も必要なものを手に入れられなくなり、困るからだ。
だから西部で商売する商人としては、帝国の命令に従うよりも、賊との関係を保ったほうが安全に商売できる。
というわけで、商人たちは、密かに賊との商売を続けた。この日も、海賊に依頼された食料品を満載したキャラバン隊が、海賊のアジトに向かっていた。
キャラバン隊(荷馬車40台)は、砂州を通り、海賊のアジト――半島に向かう。砂州には丈夫なシートが臨時に敷かれ、車輪が砂に沈まないようにしてあった。
先の戦いで戦死した民族義勇軍の兵士たちの死体は砂州に放置されたままで、鼻をつくような腐臭が辺り一帯に漂っている。その光景は、おぞましく、目を背けたくなる。
キャラバン隊のうち1台を見ると、大柄の男性が馬車を運転していた。その隣には、小柄な少年が助手として御者台に腰かけている。
「痛ましいな……」
大柄の男性がぽつりと言った。
「うん」
小柄な少年はこくりとうなずく。
「だが“勝敗は兵家の常”と言う。だから、気にするな、クリー」
「ありがとう、アルキン……」
今回、クリーとアルキンは、海賊のことを知るため、運搬人のふりをして、キャラバン隊に同行していた。
二人は死者を弔いたかったが、そんなことをすれば海賊に目をつけられかねない。だから、心の中で冥福を祈った。
今回のキャラバン隊を取り仕切っていた商人も、皇太子のもとにいる軍人に協力すれば、たとえ西部辺境守備軍の命令に背いて海賊と商売し、それがバレたとしても「皇族からの命令」とすれば言い訳がつく。だから、2人に協力することにしたのだった。
人は損得で動かせる。そんな教えが『孫子』の兵法にあったと思う。
キャラバン隊は砂州を渡り終えると、そのまま緩やかな山道を登っていく。
中腹までくると、火口縁――外輪山が屹立していて、断崖絶壁が行く手を阻む。その断崖絶壁には、大きな門扉があった。
キャラバン隊が近づくと、そこを警備していた海賊が商人の身元を確認する。そのうえで門扉を開く。なかは大きな鍾乳洞を利用したトンネルになっていた。路面は平坦に削られていて、馬車が通りやすくしある。
トンネルと抜けると、そこは火口跡の内部だった。ぐるりと断崖絶壁に囲まれた大きなくぼ地の端っこにあたる場所だ。目の前には、ちょっとした田畑が広がっている。海賊のアジトのある集落も見えた。
海賊の集落は、意外と人数も多く、広くてにぎわっていた。ただし無計画に建物の増改築や、集落の拡張をしてきたようで、集落内は雑然とした感じがする。
商人は、海賊のアジトに1週間ほど滞在して、海賊に食糧品を受け渡し、海賊の強奪品を買い取る。そのための商談を毎日のように行っていた。
その間、運搬人たちは、集落の一角にある宿泊施設に滞在することになる。
海賊の性格がズボラなのか、それとも「ここまで敵が来ることはない」とタカをくくっているのか、運搬人たちは集落内を自由に出歩くことができた。
だから、クリーとアルキンも、できるだけ目立たないように注意しながら、集落内を歩き回り、情報を集めた。
――ワンジー船長は、親分肌の豪傑で、いくつもの海賊を束ねている。清濁をあわせのむ人物で、来るものは拒まない。ただし、去る者には厳しい制裁を課す。
――シューハイ副長は、良家の出身らしいが、詳細は分からない。なかなかの策士である。今はなきハン王国の貴族の血筋だという話もある。
――商人のうち、武器商人だけは、帝国軍との取り引きのほうがもうかるので、すなおに西部辺境守備軍の命令に従い、海賊との取り引きを停止している。
――海賊には、先の戦いで武器弾薬を大量に消耗しており、あと2回くらいしか大がかりな戦闘をできない。
――海賊たちの首脳部は、帝国軍との次なる戦いに備え、必死になって策をねっている。
――小型ボートによるテロ行為は、どうも海賊の仕業ではないらしい。
そんなことが分かった。
なお、今回のように商人のふりをして敵地に潜入し、スパイするというやり方には先例がある。
ミン族の故地での話だが、明国の熊景は、政府に反抗的な少数民族の内情をさぐるため、部下に商人のふりをさせて潜入させている。
このスパイ活動は成功し、少数民族を平定するために役立った。
では、今回のクリーたちの潜入捜査は、どうだったろうか?
「どうだ? 収穫はあったか?」
アルキンが、こっそりたずねる。
「うん。少しはあった」
クリーは、こくりとうなずく。
ところで、商人は予定どおり1週間で商売を終わり、帰路についた。
行きの馬車には食料品が満載してあったが、帰りの馬車には高価な工芸品などが積みこまれていた。いずれも海賊から買い取った「強奪品」だった。
クリーとアルキンも、もちろん一緒に帰還する。
それから数日後のことだった。
海港都市・ゴトーは、こんな話題でもちきりだった。
「シャオ隊長が、民族義勇軍の数十名をひきつれ、帝国軍の倉庫から大量の武器を持ち去ったらしいぞ」
「聞いた話じゃ、その中には最新鋭の武器もあるって話だ」
「あいつらは、それらの武器を手土産にして、海賊のもとに走ったそうだな」
「連中も、今回の処分が、よほど気に食わなかったのだろう。まあ、たしかに、あれは“とんだ言いがかり”みたいなもんだったしなぁ」
海港都市・ゴトーの住民たちは、だれもがシャオ隊長に対し、同情的だった。
これはシャオ隊長に人望があったというより、オウツカ少将に人望がなさすぎたからだろう。




