その1(全3回) 奇策に勝てるのは奇策だけだ
「凡そ卒を処し、陣を利し、甲兵を体する者、官則を立てるに身の宜しきを以ってす。」
(およそ兵士を配置し、布陣をよくし、武器を整えようとする者は、公的な基準を決めるときには、身の丈にあったものにする。)
『孫臏兵法』「官一」篇より
ここで話は少しさかのぼる。
クリーが西部に来てから海賊討伐に出るまで、わずか1か月くらいの準備期間しかなかった。
それでもクリーは、その短期間のうちに、55部族から徴兵された人たちを「即戦力」とすることに成功した。
その秘訣は、事前の用意が周到だったことにある。まさに軍師としての面目躍如といったところだ。
クリーは、西部に到着してすぐ、民族義勇軍の前で「必勝」を宣言したあと、シャオ隊長の執務室で打ち合わせた。
「いくら大勢の兵士を集めてもよぅ、ただの寄せ集めなら、それは烏合の衆にすぎねぇから、戦って勝てるわけがねぇ」
シャオ隊長の言葉には、あせりが感じられた。
「うん」
クリーは、平然と答える。
「“うん”って、軍師殿は、あいかわらず緊張感がねぇよな。――あ、でも、その余裕ぶりというか、その口ぶりだと、なんか策があるんだな?」
「策というか、あまり心配ないと思う。だって、シャオ隊長は、すでに“節制の兵”をつくれているから」
「せっせいのへい? なんだ、そりゃ?」
きょとんとするシャオ隊長。
「わが一族の故地に古くから伝わる言葉で、チームづくりのできている軍隊のこと。みんなが連携して、助け合って戦うようにすることが大切という意味がこめられてる」
「つまり、チームワークのいい軍隊をつくれってことだな?」
「うん」
「どんなふうにすりゃいい?」
「わが一族に伝わる教えでは、ポイントが3つにしぼれる。まず1番目は、住所の近い人たちを集めて部隊を編成し、本人の能力に応じて仕事をわりふり、その業績に応じて昇格や降格を決める」
「つまり、1つの部族を1つの部隊として、兵士の適性にあわせた役割をもたせ、手柄をみて賞罰を決めろ、ってことだな。これはできてるぜ」
「うん。それから2番目は、地域での上下関係に応じて階級を決め、上下関係を明らかにするために階級章を配り、その身分を証明するために認識票を持たせる」
「つまり、部族の中での先輩が上官となり、後輩が部下となれば、部隊の上下関係もスムーズにいくってことだな?」
「うん」
「で、階級章を身につけさせれば、だれの目から見ても上下関係がすぐに分かる。そんでもって認識票があれば、敵のスパイがまぎれこんでも、分かりやすくなるってことだな?」
「うん。そう」
「とりあえず今は部族の上下関係がそのまま部隊の上下関係になってるから、現状でOKだな――」
シャオ隊長が確認するように言う。
「――あとは階級章も帝国から支給された軍服についてるし、身分証も兵士にもたせてある。これが認識票がわりになるよな?」
「うん。大丈夫だと思う。あとは3番目だけど、部隊ごとに軍旗を持たせ、軍旗を基準にして整列させる。それからラッパとか、鐘とか、太鼓とか、そういった鳴り物を使って合図を出し、夜間には松明も使って連絡をとりあう」
「だれの目にも見える軍旗とか、だれの耳にも聞こえる鳴り物とかを使えば、合図が伝わりやすくなるよな。で、きちんと合図が伝わるからこそ、連携もうまくいくってわけだな?」
「そう。この3つのポイントは、すでにシャオ隊長ができている。だから、烏合の衆になる心配はないと思った」
「なるほどな。ちっとは安心できたぜ」
シャオ隊長は、ほっとしたような顔つきになった。
「だったら、このまま戦場に出て行っても、大丈夫ってことか?」
「えっと。まだ、そうは言えない。これから先の話だけど、戦場に出るときには、行軍して布陣することになるから、この行軍と布陣をうまくやる必要があると思う。あと補給も大切」
「だったら、ぜひ教えてくれ――」
シャオ隊長は、ペンとメモ帳を手にしながら言う。
「――なにかアドバイスとか、あるか?」
「うん。まず行軍だけど、歩調をあわせて隊列を整え、ときおり整列しながら隊形が乱れないようにする」
「たしかに雑然としていたら統制がとれなくなるから、まともに戦えねぇよな」
「うん。軍隊は整然としていないと、奇襲とか受けたときに対応できなくなる」
「だよな」
「それから、行軍中の安全確認として、草木が生い茂っていたら刈り払いながら進み、山林を通過するときには一部隊ずつ進むようにする」
「たしかに、見通しの悪いところでは、敵が隠れて待ち伏せてるかもしんねぇしな。そういうことだろ?」
「うん。あとは布陣だけど、身を隠す場所のないところでは、第一陣、第二陣、第三陣という感じで、多段階の陣形をとる。布陣を多層化すれば、たとえ奇襲されて第一陣が突破されても、無傷な第二陣が食い止められるというように、突発的な事態にも対処できる。あと、射撃するときは、射撃に適した陣形をとるといい」
「なるほど。いきなり全力をつぎこむのも考え物だな」
というわけで、すでに紹介したように、今回の海賊討伐では、民族義勇軍5千人が、前軍2千人、中軍2千人、後軍1千人という三段構えの布陣をしくことになった。
「参考までに補給の関係だけど、補給がないと戦いを継続できなくなる。だから――」
敵軍の物資を焼き払うためには火攻め用の車を使う。
作戦を有利にするために敵地の物資をおさえる。
「――そんな教えも、わが一族に伝わっている」
そう言えば、『孫子』にも「補給がなけれが軍隊が滅びる」といった教えがあった気がする。クリーたちが知っているかどうかは分からないが。
「たしかに“腹が減っては戦ができねぇ”って言うしな。補給の問題も、おろそかにできねぇってことか」
「うん」
「ところでよ、布陣するときのコツってのも、なんかあんのか? なんかアドバイス的なことで、大切なこととかよ」
「えっと……。兵力の配置に関して言うなら、分散と集中とか大切だと思う」
「ほう!」
シャオ隊長の目が期待にあふれる。
「まず分散だけど、これは散らばるってことで、火攻め――たとえば砲撃とかも火攻めになるけど、その火攻めから逃げたり、山にいる敵を攻撃したりするときには、散らばったほうがいい」
「砲弾が撃ちこまれたとして、そこに兵士が集中していれば、壊滅的なダメージを受けるしな。散らばるのも大切だな」
実際、海賊討伐で民族義勇軍・前軍が海賊からの激しい攻撃を受け、退却するときは、できるだけ散開して逃げた。
ちなみに、シャオ隊長がふれなかったので、補足しておく。山に逃げこんだ敵を掃蕩するときは、兵士を散開させて「山狩り」をするのは、戦いの定石でもある。
「次の集中だけど、兵力が少ないときは兵力を集中し、兵力を集中すれば包囲を突破するために役立つし、包囲を突破するには波状攻撃をしかける」
「昔のえらいやつが“雨だれが石をうがつ”とか言ってたよな。それみたいなもんか。たとえ頑丈な城壁でも、一点を何度も攻撃していれば、いずれは破壊できるよな?」
「うん。そんな感じ。それから、味方が集まるのを援護するためには精兵を使い、救援に駆けつけるにあたっては遠くから近づいて包囲する」
「だよな。兵力が集まるまでは弱い。そこをねらわれたら各個に撃破されちまう。だから精鋭部隊で守ったり、敵をけん制したりするわけだな?」
「うん。そう」
しかし、今回の海賊討伐では、海賊よりも帝国軍のほうが大軍であったので、兵力の集中については考慮しなくてよかった。
まあ、最初から兵力を集中していたとも言えるが。
「ところで、シャオ隊長に忘れないでほしいことがある」
「なんだ?」
「シャオ隊長は、男らしく、がむしゃらに戦うのが大切だって考えている。だから、敵に背を向けようとしない。勇敢に立ち向かう。それはスゴイと思う」
「な、なんだよ、いきなりほめやがって。照れるじゃねぇか」
シャオ隊長は珍しくモジモジしながら顔を赤らめた。
「でも、ときには敵に背を向けてほしい」
「ん?」
「つまり、兵力を温存するため、敵から逃げることも覚えておいてほしい。シャオ隊長とか、みんなには死んでほしくないから」
クリーは、しんみりとシャオ隊長の目を見つめながら言う。
「お、おう……」
「それで、逃げるときだけど、そのときには連携が重要で、互いに守りながら撤退し、とりわけ夜間には手紙で連絡をとりあうようにする」
「たしかに困ったときは、仲間どうしで助けあったほうが、うまくいくもんだしな」
実際、今回の海賊討伐でも民族義勇軍・前軍は、海賊の猛攻にさらされて退却することになったとき、総崩れにならず整然と退却できた。
だから、あれだけのピンチにおちいりながらも、被害を最小におさえることができた。事前にクリーが兵法を教えていたからだろう。
ふつうなら、だれもが恐怖にかられ、われ先にと逃げ出しかねない。そうなれば、戦線が崩壊し、被害も大きくなったはずだ。
「ところでよ、反対に敵が逃げ出したら、追撃してもいいのか?」
「うん。敵が平地で逃げているなら追撃するけど、追撃には軽快な部隊を使う」
ちなみに、見えにくいところがあれば、そこに伏兵を置き、そこまで誘いこむために、わざと負けたふりをして逃げる場合もある。
その点は要注意だが、クリーは言わなかった。すでに伏兵に注意すべきことを言っているし、戦いの常識だからだろう。
「ついでだけど、敵から襲撃されたとしても、負けないようにするためには、タフさとすばやさが重要になる。部隊のタフさを高めれば反撃しやすくなるし、部隊のすばやさを高めれば迎撃しやすくする。すばやさは、狭いところで戦うときにも有効になる」
「そういや、今回の戦場も狭い砂州からはじまるからよ、すばやさは欠かせねぇってことだな」
「うん」
そう言えば、今回の海賊討伐でも、クリーたちはすばやさを発揮している。
クリーはすばやく指示を出すことができたし、民族義勇軍もそれにすばやく対応できた。たとえば、遅く進むように指示を出せば、さっと遅く動くようにできたし、疑兵を出すように依頼すれば、さっと準備して出してくれた。
だから、ピンチでも大敗せずにすんだのだろう。
「ちょっと話を戻すけどよ、行軍して布陣し、布陣したら戦いだよな?」
「うん。ふつうなら、そうなると思う」
「だったら、戦うときに大切こともあるのか? ポイントとか、コツとか」
「うん。ふつう戦うときは先鋒から戦い、敵の先鋒をたたくには道路を封鎖する。こうして白兵戦に入ったら防御しながら戦い、たゆまず攻撃して敵軍を粉砕する」
海賊討伐の陸上戦において、民族義勇軍は先鋒として戦端を開いたわけだが、このときには先頭に戦車――兵士を守るための盾を取りつけた荷車をおしたて、防御しながら進攻している。それは、この教えの実践だったのだろう。
「あと、わが一族の教えでは、こうも言われている――」
戦うときには、武芸の達人をそろえて突撃し、尖鋭的なフォーメーションを組めば鋭くなる。
城壁に囲まれた都市を攻撃するときには、勢いをためてから一気に攻める。
敵が要害――高いところや、けわしいところにいる場合には、必要な兵器をそろえる。
「――そして、戦勝したら軍容を整えて国威を示すとよいって言われている」
海賊のアジトは、自然の城塞のようなところにあり、まさに要害だった。だから、クリーたちは、戦車など、必要な兵器をそろえている。
ちなみに、強力な軍艦や、多数の陸上部隊をそろえて戦った点では、「勢いをためてから一気に攻める」ことができたとも言えなくはない。
しかし、海賊の奇策の前に大敗を喫した。
まさに『孫子』に「正攻法で合戦し、奇策で勝つ」と言われているように、とっかかりは悪くなかったが、仕上げの段階――奇策でしくじったわけだ。
もちろん、奇策の重要性は、クリーも十分に心得ている。
「これまで正攻法を紹介したけど、勝利を確実なものにするためには、どうしても奇策が必要になる」
「お! 軍師殿の得意技だな」
「えっと、得意というわけじゃなくて、これまで必要だったから使っただけ」
クリーは、さらっと言った。
「奇策には、いろいろあるけど、とりあえず3つのポイントを紹介してみる。まず1番目だけど、急襲するためには不意をつき、奇襲するためにはすばやく勇ましく突撃する」
「これって、オレらが連邦にいて、“百万の大軍”で帝国を攻めたとき、軍師殿の伏兵が不意をついたり、殿下が勇ましく突撃してこられたけど、これだよな?」
「うん。ただ伏兵については、2番目になる。それは“敵を惑わすためには部隊を広げて旗を立て、こちらが通過したと誤認させたいならわざと枝を折る”っていう教え」
「なるほどな。いきなり帝国の軍旗がたくさん出てきたときには、大軍に挟み撃ちされたって、オレもあせったぜ」
言いながらシャオ隊長は、ひやひやしたような顔つきになった。当時のことを鮮明に思い出したのだろう。
「それから最後に3番目だけど、敵をおびき出すためには陰謀をめぐらし、敵を釣るにはわざと貴重品を捨て、敵を誘うには武装を解いてのんびりして見せる。弱く見せかけて伏兵をおくことは、山地で戦うときにも役立つ」
「そう言えば、連邦の司令官だったラエンの野郎も、まんまと殿下の、と言うか、軍師殿の策にはまって、おびき出されたみたいなもんだったよな」
シャオ隊長は、海賊討伐の初戦に失敗し、退却したあと、こんなクリーとの兵法談義を思い返していた。
「オレらは、正攻法でいった。兵法の定石とやらから考えても、落ち度はなかったって思う。だけど、奇策の点で至らない点があったってことだろうな」
「うん。わたしも考えが足らなかった。海賊のことを知らなすぎた」
クリーは、真剣なまなざしで言った。
「でもよ。それは軍師殿の責任じゃねぇ。オレらの調べが悪かった。軍師殿には時間がなかったんだしよ――」
「ありがとう。でも、わたしの注意不足が悪い。そのせいで犠牲者を出した。これは紛れもない事実。わたしには“軍師”としての責任がある」
しかし、クリーは、へこんだりはしていない。
「わが一族の故地には、こんな言葉が伝わっている――」
直を以って怨みに報ゆ。
やられたら、それ相応のことをして返すことが大切だ。そんな意味になる。
「――だから、奇策には、奇策で返すしかないと思う」
クリーは、まなじりを決して言った。




