その1(全3回) その者たちは「科学と真理のために」奮闘する
「士の信ずべきを知り、人をして之を離しむる毋れ。」
(信頼できる人物を見つけたなら、他人から離間されないようにする。)
『孫臏兵法』「殺士」篇より
ハナ皇姫とクリーは、気がつくと、小さな部屋にいた。2人とも、どうして、ここにいるのか、よく分からない。
ハナ皇姫は、全身がけだるい。筋肉痛もする。
クリーは、鳩尾のあたりがズキズキする。ちょっと痛い。でも、どうして痛くなったのか、よく覚えていない。
2人は手錠をはめられ、イスに縛られていた。目の前には、占い師の老人がいる。お医者さんのような白衣を着ている。
その左右には、2人の屈強そうな男がいた。2人とも無表情だ。
「いやはや元気なお姫様じゃ」
老人は言った。
ハナ皇姫は、さっきまで「離せっ!」だの、「変態っ!」だの、悪態をつきながら、わめいていた。
でも、どうにもならないので、さすがにあきらめたらしい。ちょうど今、おとなしくなったところだ。
「だいたい、あたしたちを誘拐した目的はなによ?」
ハナ皇姫は、老人をにらみつけながら言う。
「身代金? それとも、からだ目的?」
ふふんっ。
老人は鼻で笑うと、おもむろに言った。
「わしらの目的は、世界平和だ」
「は?」
(うわぁ、なに、それ? こいつ頭おかしいの?)
ハナ皇姫は、ゾクッとした。生理的に拒否反応を示す。
クリーは、無表情だ。黙って、警戒している。
「どうでもいいけど、あたしたちを解放してよ」
「ちょっと待て。まずは話をきけ」
「はぁ?」
(なに、こいつ? 語りたがり屋さん?)
ハナ皇姫は、気もち悪い虫を見たときのような目で、老人を見つめる。
「この世は、人の努力によって、進歩してきた」
(うわっ、マジ語りだしたし)
「では、どうして人は努力するのか? 分かるか?」
(なに、それ?)
ハナ皇姫は、じとっとしたような目で、老人を見ている。
「答えてみよ」
「はぁ――」
(うざいわね……)
「――人はなんのためにがんばるのか、ですって?」
「うむ。そうじゃ。答えてみよ」
「そんなの決まってるじゃない。自分のためよ。自分がそうしたいから、そうするだけ。以上よ」
老人は、目を丸くした。
「人は自己中で、利己的なものじゃが、そこまでキッパリ言うと、むしろ小気味よく聞こえるから、不思議なものじゃ。ふふふ」
笑いながら老人は、クリーを見た。
「侍女殿は、どうか?」
「……」
「答えてみよ」
「……」
老人の目つきが、だんだん凶悪なものに変わっていく。
(こいつ、やばいかも)
「クリー、なんでもいいから、答えてあげて」
ハナ皇姫は、クリーを横目でチラ見して、ぼそっと言った。
クリーは、ハナ皇姫を見て、老人に目を向けてから、おもむろに口を開く。
「わたしは、こんなふうに聞いたことがある――」
地位のためにがんばる人もいれば、給料のためにがんばる人もいる。
賞罰のためにがんばる人もいれば、信仰のためにがんばる人もいる。
とにかく飲み食いしたいという人もいる。
「――がんばる理由は、人それぞれだと思う」
「ほう、侍女殿は、賢明だ」
老人はうれしそうだ。
「侍女殿の言ったこと。それこそが問題なのじゃ。努力する理由は、人それぞれ。人によって利害が異なる。利害が異なるゆえに人は争う」
「「……」」
「だからこそ価値観を統一し、人びとの利害を一致させる必要があるのじゃ。それでこそ、この世から争いが一掃され、世界は平和になる。そのために、わしらは活動しておる」
「……えっと、あなたたちって宗教団体かなにか?」
「宗教じゃとっ!?」
いきなり興奮しだす老人。
「バカにするなっ! 断じて違うっ! わしは科学者じゃ!」
「「?」」
「よく聞け。だれもが反対できぬもの、この世で絶対的に否定できぬもの、それは科学的に証明された真理じゃ――」
ドヤ顔で語る老人。
「――その真理に裏打ちされた人権、それこそが宇宙で唯一絶対にして、最高の価値観じゃ。ゆえに人権を世界に広めることこそ、世界平和の第一歩なのじゃ」
「……? なによ? “じんけん”って?」
「は? ……これじゃから、封建主義者は困る」
老人は、ヤレヤレといった感じだ。
ハナ皇姫は、その態度にムカついたが、とりあえず黙っていた。
なお、封建主義とは、王制や帝制など、国王や皇帝が君臨して国を治める政治のしくみをとる主義のことだ。
「人権とは、“人を人として大切にする”という意味じゃ」
「へぇ。そうなんだ。なにか変なものかと思ったら、まともな教えじゃない」
「じゃろ?」
老人は得意げだ。
「――姫様も賢明な方じゃな」
「……。まあ、それはともかくとして、あたしたちを誘拐するのと、人権を広めるのと、どう関係があるのよ。あたしたち関係ないじゃない」
「関係あるっ!」
いきなり老人が強い口調になった。どうも感情の起伏が激しい。情緒的に病んでいるのだろうか。
「人権を広めるためには、王制や帝制といった封建主義が邪魔となる。打破せねばならん。じゃから帝国の姫様は、わしらにとって利用価値があるのじゃ」
「ちょっと、よく分からないんだけど……。つまりは、あたしを人質にして帝国を脅迫するつもり?」
「そんなことはせん」
「じゃあ、どうするつもりよ?」
「姫様には、自爆兵器になってもらう」
「“じばくへいき”?」
「姫様の探しておるテロリストこそが、自爆兵器じゃ」
「あの、さっぱり分からないんだけど、あなたがテロリストの親玉なの?」
「おもしろいものを見せてやる」
老人が目で合図すると、男たちがハナ皇姫とクリーの縄をほどいた。
ハナ皇姫とクリーは、ふたりして男たちに連行され、室外に出た。男たちに小突かれながら、老人のあとに続く。
2人のいた部屋は、高いところにあったようだ。らせん階段をしばらく下っていく。まもなくして暗い廊下に入り、しばらく進むと広い部屋に出た。
なにかの工場跡のように見えるが、詳しいことは分からない。
そこにはいくつもの檻があり、人間がとじこめられていた。だれもが無気力な目をしている。生きた屍のようだ。
「あれが自爆兵器の材料じゃ」
「材料? どう見たって人間じゃない?」
「そうだ。人間に加工を施して、自爆兵器がつくられる」
ハナ皇姫も、クリーも、わけが分からず、声も出ない。
老人が「あっちを見ろ」と言わんばかりに指さした。
そこにはイスに縛られた中年男性がいた。その前には白衣の男性が立っている。紐のついたガラス玉を揺らしていた。中年男性はそのガラス玉を注視している。
「あれは催眠術――人に暗示をかけて、心をあやつる技術じゃ」
「心をあやつる?」
「姫様もあやつられたじゃろ」
ハッとするハナ皇姫。
(まさか、知らぬ間に公園に移動してたりとか……?)
老人は、ニヤリとしただけで、なにも言わず、再び歩き出す。
部屋のすみには、たくさんのリュックサックが置かれていた。
「持ってみよ」
言われてハナ皇姫は、手錠をはめられたまま、リュックを持ってみた。
すさまじく重い。びくともしない。
「中には200キロ爆弾が入っておる。催眠術をかけた人間に背負わせる」
「背負わせるって? こんな重いもの、背負えるわけないじゃない」
「人は脳力の10パーセントしか使っておらん。じゃから、催眠術で、残り90パーセントの脳力を引き出すのじゃ――」
ドヤ顔で語る老人。
「――さすれば、非常識な力を出せるようになる。いわゆる“火事場の馬鹿力”ってやつじゃな。その力があれば、200キロ爆弾を背負って、全力疾走するのも、たわいない」
「そんなバカげた話なんて……」
「姫様も、ひょいと侍女殿をかついで、全力疾走したのじゃぞ。まあ、覚えとらんかもしらんがな」
「……」
「催眠術をかけられ、この爆弾を背負った人間が、ターゲットに自爆攻撃をしかける。ターゲットをどこまでも追尾していくので百発百中じゃ。これこそが自爆兵器の真骨頂! スゴイじゃろ?」
老人は自慢げに語る。
「スゴイじゃろって……。人の命をなんだと思ってるのよ!」
激怒するハナ皇姫。クリーは、キッと老人をにらんでいる。
「さっき言ったわよね。人権が最高に真理だって。言ってることと、やってることが違うじゃないっ!」
「封建主義に染まった人間なぞ、人間ではない。その命に価値などない。むしろ世界平和のため、封建主義を打倒する道具となれるのじゃから、光栄なことじゃろう」
(こいつは狂人だ)
「もちろん姫様にも、この光栄な任務を遂行していただくつもりじゃ」
「?」
「姫様は皇族じゃて、皇族なら警戒されることなく宮殿に入れる。じゃから、姫様を自爆兵器として宮殿にさしむけ、皇族どもを殲滅するのじゃ」
「!?」
「自爆兵器を製造するため、帝国の愚民どもを誘拐しておったのじゃが、いきなり北部辺境守備軍が――あの皇太子めが臣民に協力を求める布告を出しおった。そのせいで、周囲の監視の目が厳しくなり、動きがとりづらくなった。誘拐も、以前より難しくなってしもうた」
「……」
「じゃが、ちょうどそこへ皇族の姫様がとびこんできた。まさに“飛んで火にいる夏の虫”じゃな。いや、むしろ鴨ネギとでも言ったほうがよいかもしれんのう」
「……」
「せっかくじゃから、姫様には数十個の自爆兵器を引き連れ、宮殿にご帰還いただく予定じゃ。あと1週間ほどで必要な人数を調達できる見込みじゃ。そうすれば、自爆兵器の数がそろう。それまで姫様は、こちらでごゆるりとおくつろぎくだされ。ははは」
そのころフミト皇太子たちは、北部辺境守備軍の総力をあげて、ハナ皇姫を捜索していた。しかし、ハナ皇姫の足どりは、いっこうにつかめない。




