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第5話:深層の神殿

第5話:深層の神殿


「——記録(アーカイブ)同調率、四八パーセントに上昇」


頭根を刺すような無機質なアナウンスが、乱れた意識の底でリフレインする。


第3区画の瓦礫と文字の塵を越えた先に待っていたのは、見渡す限りの漆黒と、そこに浮遊する白亜の柱群だった。天空も大地も存在しない無の空間。そこに鎮座するのは、古代ギリシャの神殿を想起させつつも、その表面を無数の光ファイバーのような繊細な幾何学ラインが蠢く、異形なる『神殿の記憶』だった。


トムは途切れがちな息を整えながら、ゆっくりと一歩を踏み出した。

足を踏み降ろすたびに、存在しない床から水面のような光の波紋が波及する。


胸の奥深くに回収した二つの共鳴球が、共鳴のピッチを強めていた。

それは熱く、冷たく、彼の脈動と完全に同調して命を苛んでいる。


「アレックス、聞こえるか」


……応答はない。


通信機からは、ただザーという冷たい静寂のノイズだけが流れていた。第5区画——深層神殿の領域は、外部とのあらゆる波長を完全に遮断している。ここでは、アレックスのサポートも、外部からの観測も届かない。完全なる孤立。


「一人か……問題ない」


トムは視線の前方、神殿の最奥に位置する祭壇を見据えた。


そこには、青白く燦然と輝く第三のコア——『神話の核(マイソス・コア)』が漂っていた。

これまでに回収した歴史や忘却の概念とは異なり、その球体から溢れ出しているのは、人類が紡いできたあらゆる神々、英雄譚、創世の記憶という『神話』そのものの概念圧だった。


神殿の空気が重く沈み込み、トムの全身に強烈な負荷がかかる。

膝が震え、関節が悲鳴を上げる。適合率の上昇は彼に力を与える一方で、肉体を精神ごと『物語の器』へと改造しようとする負荷を強めていた。


「これ以上……呑み込まれてたまるか……!」


トムは歯を食いしばり、右手の概念装甲を強く握りしめた。


その時、祭壇の周囲に幾重もの光の輪が広がり、一騎の騎士が姿を現した。

全身を純白の甲冑で包み、手には星の輝きを宿した大剣を携えている。だがその顔面は無であり、兜の奥にはただ青い炎が揺らめいているだけだった。


人間が神話を創り出した時から存在する、最強の概念——『英雄の幻影(ヘロイク・レムナント)』。


『……退け、候補者よ……』


直接、脳へと響く重圧ある声。


『ここは人間が立ち入るべき記録の聖域。汝の脆弱なる肉体と自我では、神話の質量に耐えかねて霧散するのみ……』


「退くわけにはいかない」


トムは剣を構え、脚に全身の力を込めた。


「俺が退けば、歴史も、記憶も、人間が歩んできたすべてがこのアーカイブの中で永久に凍りつく。アダムから始まるすべての足跡を、俺は未来へ繋ぐ」


『ならば——試させてもらおう』


白銀の騎士が一瞬で間合いを詰めた。

音すら置き去りにする神速の一閃。


トムは反射的に概念装甲でそれを受け止めた。

激しい火花とエーテルの爆風が神殿を吹き荒れる。衝撃波だけで浮遊する巨柱が次々と粉砕され、虚無の彼方へと崩れ落ちていく。


「ぐぅっ……!」


腕の骨が軋む音。踏み留まった足元から空間が裂けていく。

あまりの概念の質量差。個人の戦術や技術を越えた、『物語としての圧倒的強度』が襲いかかる。


「検索要求(リクエスト)——対象:『神殺し』の概念史!」


脳裏の書架が限界を超えて高速回転を始める。

古代の英雄が神を穿った槍、巨人を屠った鉄槌、神々の黄昏を招いた炎の剣。


「適合概念を選定——記録コード:0000『終焉の反逆』!」


トムの手に握られた刃が、漆黒と赤蓮の相反する光を放ち始めた。


騎士の大剣を弾き返し、トムは一歩踏み込む。

神話という強固な物語に対し、それを終わらせる『終焉の物語』をぶつける。


一瞬の静寂。

そして、二つの概念が交差し、神殿全体が眩い光の中に呑み込まれた——。

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