第10話:深化する侵食
第10話:深化する侵食
第四の核——『時間の断層核』がトムの胸中へと吸い込まれた瞬間、世界が激しく反転した。
「ぐっ……ぁあああっ!」
トムはその場に膝をつき、胸を強くかき抱いた。
四つの共鳴球が体内で暴走し、互いに干渉し合いながら凄まじい密度の情報圧をまき散らしている。古代の戦乱、忘れ去られた神々、過去の候補者たちの無念、そして時間の歪み——人類史のあらゆる記憶が、トムの神経系を直接焼き切らんばかりの勢いで駆け巡る。
『トム! 応答しろ! 適合率が六二パーセントに達した! 警告領域を完全に突破している!』
アレックスの悲鳴に似た通信が、ノイズの嵐を抜けて届く。
『これ以上の侵食は危険だ! 君の肉体の三分の二が、すでに物理的な物質ではなく『情報データ』へと置換され始めている! 今すぐ回収プロセスを中断しろ!』
トムは自分の右手を見つめた。
手袋を透過し、指先が半透明の青い光粒子となって揺らめいている。皮膚の輪郭が曖昧になり、周囲の空間へと溶け出しそうになっていた。
「ハァ……ハァ……中断など……できるか……」
「ここまで来て……足を止められるわけが……ない……」
視界が明滅する。脳裏に、彼自身の幼少期の記憶や、大切だったはずの誰かの顔が浮かび上がっては、砂城のように崩れていく。
自我の崩壊。自分が誰であり、なぜ戦っているのかという『根幹の記憶』すらも、アーカイブの膨大な記憶の海へと呑まれかけていた。
『落ち着け、トム! 自分を繋ぎ止めろ! 名前を思い出せ! 君の目的は何だ!?』
「俺の……目的……」
トムは歯を強く食いしばり、薄れゆく意識の淵で踏みとどまった。
自分が消えれば、この世界は完全にアーカイブに呑み込まれ、人類の歴史は「終わった記録」として閉じられる。未来へ繋ぐための鍵を、誰かが持ち続けなければならない。
「検索要求——拒絶。自己定義の再構築……!」
トムは全身のエーテルを限界まで巡らせ、体内の四つの共鳴球を強引に抑え込んだ。
光粒子化しかけていた右手が、荒い光を放ちながら再び実体へと繋ぎ直される。
「適合率……六四パーセントで固定。……まだ、俺はここにいる」
『……正気じゃない。だが、持ちこたえたか……』
アレックスは安堵と恐怖の混ざった息を吐いた。
『だがトム、休む時間はない。第6区画の崩壊に伴い、最深部である『第7区画:創世の回廊』への扉が開いた。そこに……最後の核が存在する』
トムは立ち上がり、霞む視界の先、圧倒的な光が漏れ出す巨大な亀裂を見据えた。
肉体と精神が削れゆく限界の中、物語はついに最終局面へと加速していく。




