第7話 儺流ちゃん『先生』
地獄の業火が燃え盛るなか、僕は餓鬼の首を跳ね飛ばしながら溜息をついた。
「……やっぱり、父上のようにはいかないなぁ」
深夜の地獄巡りを続けているおかげで、ステータスは順調に伸びている。霊力と闘気の操作も、体の一部のように馴染んできた。だが、肝心の『霊力の属性変化』がうまくいかない。
父上の技、『真影焔流』。
その真髄は、己の霊力を『炎』という事象に変換し、刀身に宿す点にある。
今の僕は、ただ単に包丁に闘気と霊力を纏わせているだけ。これでも切れ味は抜群だし、そこらの下級妖怪なら一撃で葬れる。けれど、それじゃダメなんだ。僕が目指しているのは、あの炎を纏ったカッコいい剣技なのだから。
(我流じゃ限界があるか……。
ここは素直にプロに教えを請うべきだな)
次の日の夕方。仕事から帰ってきた父上を出迎えるため、僕は玄関で正座待機していた。
ガチャリ、とドアが開く。
「ただいま〜。いやぁ、今日は会議が長引いて……って、んんっ!?」
靴を脱ごうとした父上が、三指をついて待ち構える三歳児(僕)を見てギョッとした声を上げた。
「おかえりなさいませ、父上!」
「あ、あぁ。ただいま、灯弥。
どうしたんだ、そんな改まって」
父上が鞄を置き、困惑した顔でしゃがみ込む。
僕は玄関マットに額を擦り付けんばかりの勢いで頭を下げた。
「どうか、私めに剣術をご指導ください!」
「えっ」
「父上の『真影焔流』を見て感動しました!
僕もあんな風に強くなりたいです!」
父上は悪い気はしなかったようで、「おぉ、そうかそうか」と目尻を下げた。
「灯弥も男の子だもんなぁ。パパみたいな剣士になりたいか〜。うんうん、俺はいいぞ?休日に少しずつ教えて――」
「だーめ」
父上のデレデレ発言を遮ったのは、背後から現れた絶対権力者――母上だった。
「静江ちゃん……」
「あなた、灯弥はまだ3歳よ?
刃物を持たせるなんて早すぎるわ」
「じ、じゃあ、木刀くらいなら……」
「木刀だって打ち所が悪ければ怪我をするわ。それに、術の基礎もできていないのに属性剣術なんて教えたら、暴発して大火傷よ?」
母上の大正論パンチが炸裂する。
父上も「そ、そうだよなぁ」と、及び腰。
このままでは計画は頓挫してしまう。
「やだやだー!
剣術やりたいー!
パパに教えてもらうんだー!」
僕は床に寝転がり、手足をバタつかせて駄々をこねる作戦に出た。幼児特権、イヤイヤ期の発動だ。精神年齢的にはほとんど成人なので、正直、「何やってんだ俺」と思う。だが、背に腹は変えられないのだ。
しかし、
「だーめ。ほら、パパはお仕事で疲れてるんだから、ご飯にしましょ」
母上は慈悲のない笑顔で僕をひょいと抱き上げると、そのままリビングへと連行していった。父上が背後で「ごめんなぁ、灯弥……」と申し訳なさそうに手を振っていた。
……ちっ、ダメか。
我が家のヒエラルキーは『母>50mの壁×3>父』なので、基本的にママンの言うことが絶対なのだ。いわゆる『惚れた男の弱み』ってやつだな、知らんけど。
こうして。
父上から剣術を学ぶ作戦は失敗に終わった。
◆
正規ルートが絶たれた以上、
もう裏ルートを使うしかない。
僕は夜中にこっそり台所へ向かい、冷凍庫の奥に隠していた『アレ』を取り出した。
『儺流ちゃん煎餅(冷凍)』。
父上の道場で祀られている神様、
儺流磐比売の食べかけの煎餅だ。
コレクションとして鮮度を保つために、ジップロックに入れて冷凍保存しておいた。
これには儺流ちゃんとの『縁』がこもっている。
僕の勘が正しければ、『依代』として使えるはず。
僕のやろうとしていることは、こうだ。
この煎餅を依代に、儺流ちゃんを召喚する。
そんでもって、
儺流ちゃんに僕の先生になってもらう!
(神様から直々に教えを乞う。
これぞファンタジーの醍醐味!)
神様との修行とか、めっちゃ憧れる。
正直、パパンに教わるよりもテンションがあがる。
しかしこれは、正規ルートではない裏ルート。
2つ、大きな課題がある。
まず、1つ目。
『僕が普通の子供ではない』ことを、
儺流ちゃんに悟られるということ。
3歳児が独学で、神様を召喚する。
どう考えても異様である。
この時点で、僕の異常性は隠しきれない。
そんでもって、2つ目。
両親に内緒の非公式な修行なので、
家の中で堂々とやるわけにはいかない。
となると、
時間と場所を確保するためには、
儺流ちゃんを『地獄』に招待しなければならない。
これが一番の問題だ。
儺流ちゃんは、パパンの道場で祀られている神様である。最悪の場合、彼女の口からパパンに僕の秘密(地獄通い)をバラされる可能性がある。
リスクはめちゃくちゃデカい。
――でも。
秘密がバレるリスクよりも、『神様と地獄で秘密の特訓』という激アツイベントへの欲望が完全に勝ってしまう。
僕は理性を欲望でねじ伏せると、
そのままトイレへ向かい、鍵をかけた。
「――死門遊観」
空間を切り裂き、地獄へと足を踏み入れる。
ムワッとした熱気と、温泉のような硫黄の臭い。
僕は業火の燃え盛る荒野に立ち、
カチカチに凍った煎餅に、
己の霊力を全集中で流し込んだ。
(繋がれ、繋がれ、繋がれ……!)
「神様、仏様、儺流ちゃん様!
どうか僕の声を聞き届けて!」
すると、手の中の煎餅が青白い光を放ち――ぽんっ、と煙を上げて、煎餅の上に小さな人影が浮かび上がった。
巫女装束を崩したような着物姿。
デフォルメされた妖精のようなサイズ感。
でも、間違いなくあの神様だ。
「……ふぁぁ、なんじゃ、誰かと思えば。
火矛累の倅か」
ミニサイズの儺流ちゃんが、
欠伸をしながら現れた。
依代を通した神降ろし、成功である!
「って……なんじゃここは!?
熱っ! 臭っ! 瘴気が酷すぎるぞ!
それに、あちこちにおるあれは……餓鬼か!?」
地獄の光景を見渡した儺流ちゃんが、
目を丸くして驚愕の声を上げた。
さすがの神様も、呼び出された先が地獄のど真ん中だとは思っていなかったらしい。
「ここは僕の秘密の修練場、地獄です!
早速ですが、儺流ちゃん、お願いがあります!
僕に『真影焔流』の剣術を教えてください!」
「待て待て、状況がまったく分からぬ!
一からちゃんと説明せい!」
「了解しました。
実はですね――っと、ちょっと失礼」
説明を始めようとしたその時、
背後から腹を空かせた餓鬼が飛びかかってきた。
僕は振り返りざまに包丁を一閃。
ザシュッ、と餓鬼の首を跳ね飛ばす。
「――どこから話しましょう。まず、僕の術式は『地獄の門を開く』という能力でして」
「……お主。
今、息を吸うように餓鬼の首を落としたな?」
すっかり手慣れた作業である。
僕は事もなげに笑って返した。
「殺らないと殺られますからね。
話を戻して。
僕はここで毎晩、修行をしてるんですが、
なかなか剣術のコツが掴めなくて……」
襲い来る餓鬼をサクサク倒しながら、
自分の固有術式のことや、
地獄で修行していることを手短に説明した。
話を聞き終えた儺流ちゃんは、呆れた様子で、僕と餓鬼の死骸を交互に見比べた。
「事情はわかったが……お主、ぶっ飛んどるのぅ」
「あはは、光栄です」
「褒めておらんわ」
儺流ちゃんがジト目で突っ込む。
僕は包丁についた血を払いながら、ペコリと頭を下げた。
「あ、今話したことは両親には内緒でお願いします。
隠しておいた方が色々と都合が良いので」
儺流ちゃんは、じっと僕を見つめ、
――やがて、ニヤリと口角を上げた。
「言うつもりはない。
最初は驚いたが、けっこう面白そうな見世物じゃ。
誰かにチクって終わりになどせん。
ちょうど夜中は1人で退屈しとるし、
特等席で見物させてもらおうか」
「本当ですか!
やったぁ!」
「ただし、この体は思念体ゆえ剣は握れん。
手本は見せられんし、口出ししかせんぞ?」
「口頭での指導だけで十分です!
僕が教えの通りに実践しますから!」
かくして、神様直々の特別レッスンが幕を開けた。




