第6話 ぼくの『固有術式』
父上の超絶カッコいい剣術を見た次の日。
僕は居間で、母上と一緒にテレビを見ていた。
画面に映し出されているのは、4年に1度の祭典。
『WMC』
各国を代表する術師たちがその技を競い合う、いわば魔術版オリンピックのような世界大会だ。
現在、決勝トーナメント『東陽VSメルア連邦』戦が佳境を迎えている。
あ、東陽(大東陽帝国)が、僕の生まれた国ね。
ちなみに、この世界の世界地図は、前世とビックリするくらい一致している。
大東陽帝国は前世でいうところの『大日本帝国』で、メルア連邦は『ソビエト連邦』だ。
名称は違うけど、ヨーロッパもあるし、アメリカ大陸もある。パラレルワールドみたいなもんだと考えてくれればいい。
そんな感じで、この世界はすごく馴染み深い場所なのだが、前の世界と決定的に異なる点が2つある。
1つは、魔術(呪術)が存在していること。
これは、和風ファンタジー世界だから当然。
肝心なのは、もう1個のほう。
それは、『日本(東陽)が第二次世界(魔術)大戦に勝利している世界線』であることだ。
WW2で、日本が勝利した世界線だと思ってくれればいい。
その影響で、社会構造や世界情勢がちょっと複雑怪奇になっているのだが……正直、今はそんなことどうでもいい。
試合が、すごく良いところなんだ。
「イッゲェぇぇぇッ!竜宮ァッ!」
僕は飼い猫のマタキチ(死んだ目)を抱き締めながら、奇声を上げて応援する。画面の中で、東陽代表の竜宮選手が目にも止まらぬ速さで印を結んだ。
『纏・青蓮娑伽羅』
臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前。
九字の印を結び終えた竜宮選手の全身から青い闘気が奔流となって噴き上がり、青龍の形となって彼を包み込む。
そして、放たれた一撃。
『――玖裁』
圧縮された高圧の水刃が、メルア連邦が召喚した巨大な妖怪を一瞬にして賽の目に切り刻んだ。ズズズンッ、と画面越しにも伝わる轟音と共に、妖怪の巨体が崩れ落ちる。
会場がワァァァァァッと沸いた。
(世界よ、刮目しろ!
これこそ、Japanese Magic!)
僕が目を輝かせていると、横でリンゴの皮を剥いていた母上が、ふふっと笑いながら話しかけてきた。
「竜宮家の『固有術式』はやっぱり圧倒的ね」
固有術式。
その単語に、僕はピクリと耳を反応させる。正直、まだその辺の詳細が分かっていないので、ここは子供のフリをして聞いておこう。
「コユウジュツシキってなぁに?」
「あら、そうね。
灯弥はまだ知らないわよね」
母上はウサギの形に切ったリンゴを僕の口に放り込みながら、優しく教えてくれた。
「『固有術式』っていうのはね、生まれた時からその人の魂に刻まれている特別な術式のことよ」
母上の説明を要約すると、こういうことらしい。
まず、霊力や闘気を持って生まれる人間は全体の約2%。それ以外の人たちは基本的に術が使えない。
そして、選ばれた2%の術士たちは学校で『汎用術式』と呼ばれる一般的な魔法を覚える。父上の『真影焔流』や、母上の『式神術』などは、才能と血の滲むような努力があれば、術士なら誰でも習得できるものだ。
しかし、ごく稀に例外が存在する。
それが『固有術式』だ。
血統、あるいは突然変異によって魂に刻まれた、オンリーワンの異能。その機構は現代魔術科学をもってしてもブラックボックスで、他人が真似することは不可能に近いらしい。
「でも、固有術式を持ってる確率はすごく低いし、あまり期待しない方がいいわ。それに、固有術式なんかなくてもパパは強いでしょ?灯弥も将来、きっとすごい剣士になれるわ」
母上はニコニコと微笑み、僕の頭を撫でた。どうやら母上は、僕にはそんな特別な才能はないと思っているらしい。
まぁ、普通の親ならそう思うだろう。術者の中でも固有術式を持って生まれる確率は、実に5000分の1。期待するだけ無駄というものだ。
――だけど、ごめん、母上。
実は僕、持っちゃってるんだ。
その『固有術式』とやらを。
深夜、草木も眠る丑三つ時。
僕は隣で寝ている母上や父上を起こさないように、こっそりと布団を抜け出した。忍び足で廊下を渡り、トイレへと向かう。
「……よし、今日も行きますか」
トイレに入り、鍵をしっかりとかける。そして、タンクの裏に隠していた包丁(台所からこっそり拝借したもの)を取り出し、深く息を吸い込んだ。
意識を、へその下あたりに集中させる。使い方は分かっている。生まれた時から僕はこの力の使い方を知っていた。
(まさか、転生特典がこんな術式だとはなぁ……)
僕は虚空に手をかざし、その名を紡ぐ。
「――死門遊観」
ズブブブ……ッ。
僕が手をかざした空間が飴細工のようにねじれ、黒い澱みのような穴が空いた。直径2メートルほどの、ダークで禍々しいワープホール。
この穴の向こうは――『地獄』である。
そう、僕の能力は、現世と地獄を自由に行き来できるという、とんでもない代物だったのだ。
このことはパパンやママンには話していない。話そうかとも思ったが、どう考えても『地獄への扉を開く』なんて能力、邪悪すぎる。
もしバレたら、「忌み子だ!」なんて言われて神社に連れて行かれたり、最悪、悪の組織やらに捕まって解剖されたりするかもしれない。それに何より、僕は「実は最強だった!?」系のムーブをかますために、実力を隠しておきたいのだ。
だから僕は、こっそりとこの力を使う。すべては、理想の和風ファンタジーライフを送るために。
(……よし、行くか)
覚悟を決めて、僕は黒い穴へと足を踏み入れる。
視界が暗転し、世界が裏返るような浮遊感。次の瞬間には、ムワッとした熱気と共に、赤黒い荒野が目の前に広がっていた。
地面から噴き上がる炎。
鼻をつく強烈な硫黄の臭い。
空は分厚い噴煙によって遮られている。
そして、
『グルァ……ッ』
岩陰から、ガリガリに痩せ細った小鬼が這い出てきた。異常に膨れ上がった腹に、死人のようにこけた頬、ギョロリとした目玉。
そう、昔、妖怪図鑑で見た『餓鬼』だ。
「初めて遭遇した時は(絶頂したせいで)危うく殺されそうになったけど、もう慣れたな」
初めて地獄に来た時、餓鬼が歩き回っているのを見た僕は興奮のあまり絶頂し、何もできない無防備状態になってしまった。
――ビクビクビックン!
『……コイツ、食ベラレルノカ?』
『毒トカナイカ?』
餓鬼たちが『キモい顔で痙攣する僕』を食べるか躊躇している間に、なんとか現世に逃げ帰れたから良かったものの……いやぁ、マジで危なかったね。
回想はこのくらいにして、僕は包丁を構える。
『人間!美味ソウナ肉ダァ!』
お腹を空かせた餓鬼は涎を垂らしながら、鋭い爪を振り上げて襲いかかってくる。速い。でも、見えないほどじゃない。
「本日1匹目の被験体は、君に決定!
いくぞ、真影焔流・初の太刀
闇夜蛍火ッ!」
父上の動きをイメージして、包丁に霊力と闘気を込める。
――が、
「――あ、ダメだ、ぜんぜん光らない」
刀身に炎が宿ることもなく、ただの物理攻撃になった。それでも、包丁は餓鬼の首筋を的確に捉える。
――ザシュッ!
「ギャ……ッ!?」
断末魔も上げず、餓鬼の首が宙を舞った。体はボロボロと崩れ、黒い煙となって消滅していく。
その瞬間、
――ドクンッ。
心臓が大きく跳ねる。倒した餓鬼から立ち上った黒いモヤが、僕の体の中に吸い込まれていく。
「……くぅ、きたきた!」
体の中に、熱い力が流れ込んでくる。霊力と闘気が増えるとともに、筋肉の繊維が一本一本強化されていくような感覚。
そう、これが僕の固有術式の真骨頂。『地獄で倒した妖怪の力を吸収し、自分のステータスに変換する』能力だ。
おまけに!
地獄と現世は時間的に隔絶されているらしく、時間の流れが極端に遅い。体感だが、地獄での1時間は、現世での1分程度。
つまり!
僕は超効率的にレベル上げができるということだ。
我ながら、チートが過ぎると思う。
だが、それでいい!
「時間はたっぷりあるし、今日はあと30匹はいっとこうか」
僕は包丁を握り直し、ニヤリと笑った。最強の術師への道は、すでに始まっているのだ!




