第43話 教祖としての『日常』
授業と授業のあいだの、
短い休み時間。
僕は人気のないトイレの個室から地獄の拠点へとワープし、拠点発展の進み具合をこまめにチェックしている。
いまから見に行くのは、
最近完成したばかりの『発電施設』だ。
まぁ発電施設といっても、現世から引いている水を使った水車と、拾ってきたドラム缶で作った小型の火力発電装置しかないんだけどね。
ただ、これのおかげで拠点のすべてに電灯をつけることができた。
確実に、文明は進歩している。
(1年後くらいには、
映画館やゲーセンもできてるかも?)
働いてばかりだと息が詰まるだろうし、教団メンバーが楽しめる娯楽も充実させていきたいところだ。
「お、菊千代ちゃん、おつかれ!」
発電施設で、菊千代ちゃんを発見した。
彼女はたくさんの餓鬼たちに指示を出して、
なにやら大掛かりな作業を行っていた。
「あ、灯弥くん!」
僕に気づいた菊千代ちゃんが、
パタパタと手を振って駆け寄ってくる。
「今はなにを作ってるの?」
「ふふっ、その話の前に、
灯弥くんに見てほしいものがあるんよ。
餓鬼さんたち、少しそこどいて〜」
菊千代ちゃんの合図で、
作業をしていた餓鬼たちがサッと道を開ける。
そこにあったのは――。
「これは――自動車ですか?」
そこには、分解されてバラバラになった黒い車のパーツが山積みにされていた。
ヴェルファイアみたいな、
大型の高級ミニバンだ。
(こんなん、どこから拾ってきたねん)
「情報あつめに行ってた餓鬼さんが、妖怪に襲われているドライバーを見つけて助けたんよ。
そしたらその見返りとして、廃車同然になったこの車を譲ってくれたんじゃと」
(へぇ〜、そんなことがあったんだ)
たしかに、車のルーフ(屋根)の板金に大きな穴が空いている。
妖怪にガッツリやられたんだろう。
あれでは、廃車にするしかないのも頷ける。
「だから今、この車を分解して、
使えそうな部品を取り出しとるんよ」
「なるほど、それはナイスアイデアですね。
たとえばバッテリーを発電機と繋げたら、
電気を貯められるようになって、
電力供給が安定しますね」
他にも、エアコンやライトの部品なんかは色々と使い回せそうだ。
ただ、
僕は車については素人なので、
詳しいことはよくわからない。
「うん!
それにインバーターも回収できれば、
直流を交流に変換できるんよ。
そしたら、家電製品も使えるようになるけぇね」
(ん、インバーター?
なにそれ、シューティングゲームかな?)
※それはスペースインベーダー。
最近、菊千代ちゃんの博識っぷりがヤバイ。
現在、ゴミステーションから色んな本を拾ってきて『図書館』を作っている最中なのだが、彼女はそれを片っ端から読み漁っているらしい。
そして、
そこで得た知識を拠点開発に役立ててくれている。
ガチで賢い。
頭の良さは、たぶん僕より上だ。
※ちなみに、本の検閲は僕がしています。
エ◯チな本はちゃんと弾いてます!
「家電が使えるようになるのは、
めちゃくちゃ便利ですね!」
「そうなんよ〜、これから、地獄にクーラーとか持ち込めないか実験してみるけぇね」
これは期待できる。
僕がいなくとも、
拠点はどんどん近代化していきそうだ。
「ウチはそんな感じじゃけど、
灯弥くんは最近どうなん?」
「あいかわらず、一色先生にしごかれてますよ。
なんで僕だけ、目の敵にされるんですかね?」
「そんなに辛いなら、一回分からせればええんよ。
灯弥くんなら、先生と戦っても絶対勝てるけぇ」
ニコニコしながらとんでもないことを言う。
一色先生の理不尽さに、
僕の代わりに腹を立ててくれているようだ。
「できないことはないと思いますけど、
やってもあまりメリットはないですね。
変に悪目立ちして自分の評価を下げるだけです」
「そんなら、餓鬼さんたちを使って、
夜道でバレないように……」
(なにその物騒な提案!
ありがたいけど、気持ちだけ貰っときます!)
「大丈夫です、そこまでしなくても平気ですから!」
「そう?
なんかあったら、いつでもウチに言うてね」
(悪い話ばかりしても、心配させるだけだな。
学校での良い話もしないと)
「心配してくれてありがとね。
でも、悪い話ばっかりじゃないんですよ。
そういえば今日、
学校の友達が誕生日会に誘ってくれたんです。
同級生とは仲良くやれてますよ!」
乃愛ちゃんに誘われたことを話す。
「――その子は、女の子なん?」
声のトーンが、1オクターブ下がった。
「え、よく分かりましたね。
乃愛ちゃんっていう――ッ!?」
ゾワッ。
背筋に冷たいものが走った。
「ど、どうかしました?」
菊千代ちゃんは、口元ではニッコリと笑っている。
だが、瞳の奥に光がない。
ハイライトが完全に消え去り、
深海のような暗い目をしていた。
「ううん、なんでもあらへんよ。
ちなみに、その誕生日会はいつあるん?」
「ええと、まだ詳細は決まってなくて。
それがどうかしたんですか?」
「ううん、別に。
いつあるかわかったら、
ウチにもちゃんと教えてね?」
「わ、分かりました……」
(なんか不穏だから、別の日を教えよう……)
※後日、適当な嘘の日程を教えた結果、ちょうどその日に、菊千代ちゃんから絶対に断れない教団の仕事を入れられた。たぶん、本当の日程を教えていたら、乃愛ちゃんの誕生日会には出られなかった。
(なんかよく分かんないけど、耐えたね!)
◆
ひとまず、
拠点開発のほうは菊千代ちゃんに任せて。
次に、僕は修行場へと向かった。
そこでは、200体以上の餓鬼がズラリと並んで修行を行っている。彼らは、教団の規模拡大にあわせて新しく調伏した新人たちである。
僕の姿に気がついた餓鬼たちが、
一斉に直立不動になり、ビシッと敬礼した。
『教祖サマ! オツトメ、ゴ苦労様デス!』
「うむ、苦しゅうない。
よきにはからえ」
毎度のことなので、
最近はその場のノリでテキトーに返している。
「灯弥よ、よくきたのぅ」
ミニサイズの儺流ちゃんが、空からフワフワと降りてきて、僕の肩にちょこんと乗っかった。
「お疲れ様です。
餓鬼たちの調子はどうですか?」
「新人たちは、まずまずといったところじゃな。
何体かは、すでに術を使えるようになっておる。
第一期の300体に至っては、
一人前の術士と比べても負けておらんぞ」
「お〜、いいですね!」
「彼らは十分、単独で行動しても問題ないじゃろう。
そろそろ教団の活動範囲を広げる頃合いじゃな。
もちろん、現世と地獄、両方でじゃ」
現世と、地獄。
「つまり、現世では諜報を行う範囲を広げつつ、地獄では『第2の門』の先へ進出する。
そういうことですね?」
「うむ、そうじゃ」
たしかに、
現世の諜報活動には行き詰まりを感じている。
僕たちの地道な活動のおかげで、この数ヶ月、県内の重犯罪率および妖怪被害の総数は5分の1以下にまで激減している。
たいへん素晴らしいことなのだが、逆に言えば、もう僕たちの県には倒すべき悪党がほとんど残っていないのだ。
儺流ちゃんの言う通り、
範囲を広げて活動する頃合いなのだろう。
だが一方で、
成果が上がりすぎた結果、僕たちの活動が表に出始めているという心配事もあった。
県内の事件が激減したことは、
ネットのニュースでも取り上げられている。
テレビ局や幕府は、
まだ僕たちの存在に気がついておらず、
原因究明には至っていない。
だが、市民の間では、すでに都市伝説の類として噂になり始めているのだ。
『妖怪たちが徒党を組んで潜伏し、
百鬼夜行の準備をしている』とか。
『秘密裏に悪を裁く正義の断罪者が現れた』とか。
けっこう、注目が集まっている。
今、むやみに活動範囲を広げると、
僕たちの存在が公になってしまうリスクがある。
それに、第2の地獄への進出に関しても心配なことがある。
以前ちょっとだけ足を踏み入れたあそこは、
敵の数も多いし、敵の力も強い。
極寒の吹雪という、環境の悪さもある。
僕1人なら、自分の身を守りながら探索できる。
しかし、餓鬼も一緒に連れて行くとなると、
彼らの安全までは保証できない。
第2の地獄への進出も、慎重にならざるを得ない。
「そうですね、ちょっと考えてみます」
時間はたっぷりある。
安全に、堅実に行動していくのが一番だ。
「そういえば、
そろそろ休み時間が終わるんじゃないかぇ?」
儺流ちゃんが、時計を指差しながら言った。
「――あ、ヤバい!
時間ぜんぜんないやん!
授業に遅れたら、一色先生にどやされる!」
僕は慌てて、現世へつながる門を開いた。
◆
(危ねぇ、なんとか間に合った!)
間一髪。
授業開始のチャイムが鳴る直前に、
僕は自分の席に滑り込んだ。
「なんだ、そんなに息を切らして?」
教卓の前に立っていた一色先生に、
ジロリと睨まれる。
「いえ、ちょっとトイレに行ってて。
遅れそうになっただけです」
「そうか。
よし、全員集まったから、
授業を始める前に1つ連絡をしておく。
再来週の水曜日に行われる、
『稚星祭』についてだ」
稚星祭。
西稻地方の5県すべてにある術士学校から、甲クラスの生徒だけが集まるお祭りだ。
つまるところ、
優秀なエリート術士たちの交流会である。
「当日は5つのグループに分かれて、
他校の生徒とレクリエーションを行う。
今日のホームルームでグループ分けを行うから、
その前に各自で、ある程度決めておけ」
(他の学校の子たちとレクレーションかぁ。
正直めんどくさいけど、
これは名前を売るチャンスだな)
――名前を売るチャンス。
僕は自分の名前を売るつもりだったが、
とある予想外の出来事によって、
その目論見は僕の予想していなかった、
まったく別の方向へと進んでしまった。
名前が売れたのは僕ではなく、
僕が教祖として活動している、
『百鬼弥教』だったのだ。




