第40話 クラス分け『試験』・4
――ガラガラガラッ!
蹴り飛ばされた僕ががれきの山に突っ込み、
もうもうと砂ぼこりが舞い上がった。
「ちょっと、一色先生!
いきなり何をするんですか!?」
女性教師が慌てふためいて抗議する。
だが、強面教師、一色は、
わるびれる様子もなく言い放った。
「なに、やる気のない生徒に喝をいれただけだ」
「や、やる気のない?
彼は真剣に取り組んでいましたよ!
い、いや、そうではなくて!
こんなの絶対に問題になります!
あんなの食らって無事なわけありません!
はやく助けないと!」
「なに言ってる、俺は手加減したぞ」
「どこがですか!?」
「はぁ、よく見ろ」
一色がため息をついて、
クイッと顎でがれきの山を指す。
その場にいた全員の視線が、
砂ぼこりの奥へと集まった。
すると。
「鼻血くらい出した方がよかったですかね?」
――ガラガラッ。
僕は岩をどかしながら、ひょっこりと姿を現した。
無傷である。
顔面に重たい一撃をくらったはずなのに、
鼻血すら出ていない。
みんな、絶句している。
「だ、大丈夫なの……?」
女性教師が、おそるおそる声をかけてきた。
「はい、残念ながら」
服についた砂をパンパンと払いながら、ニコリと笑う僕。
そう、残念なのだ。
(ああもう、力を隠すつもりだったのに)
僕としたことが、
突然の攻撃にビックリして、
反射的に闘気でガードしてしまったのである。
実力を隠すなら、
ここは大人しく鼻血を吹き出して、
しっかりと気絶するべきだった。
ふぅ、まんまとしてやられたぜ。
「それで、おまえ、名前は?」
僕の内心の悔しさなど知る由もなく、
一色が低い声でたずねてきた。
「僕の名前は、篝灯弥です。
では、僕からも1つ質問を。
なぜ、僕は蹴られたのでしょうか?」
僕の立ち回りは完璧だったはずだ。
適度に手を抜いて、
目立たないように式神を倒す。
たしかに、普段はここまで手を抜いて戦ったことがないので、ほんの少しだけ霊力と闘気に『揺れ』が生じたかもしれない。
力を押さえつけた時に生じる、
霊力と闘気のゆらぎ。
でもそれも、ほんの少しのはず。
手を抜いていることがバレるなんて――。
「俺は、真面目にやれと言ったはずだ。
手を抜いていいなんて一言も言ってないぞ」
あれま。
しっかり手を抜いていることがバレていた。
(……これは困ったな)
ここはなんとか、煙に巻くしかない。
「『善く戦う者は、
これを九地の下に蔵し、
これを九天の上に動かす』。
能ある鷹はなんとやら、です。
僕は、力を隠すことも立派な力だと考えます」
とりあえず、
孫子の兵法を引用して、
それっぽいことを言ってみた。
しかし、
一色はそれを聞いて、さらに表情を険しくした。
「お前の言っていること自体は正しい。
が、2つ致命的な問題がある。
1つは、俺に実力を見破られたこと。
霊力と闘気の流れにかすかな澱みがあった。
無理やり力を押さえているのが隠しきれていない。
そして2つ目。
力を隠すのはあくまで『手段』の1つだ。
今回の試験の目的は、
制限時間内に式神をできるだけ多く倒すこと。
お前は力を隠すという『手段』に固執するあまり、
試験の『目的』を見失っている」
(――たしかに)
見事に論破されてしまった。
ぐうの音も出ない。
ちょっと恥ずかしい。
「愚か者は、この国に不要だ。
お前の成績は、俺の権限で最下位にする」
「……え、ちょ、それは」
「それが嫌なら、
お前が『ただの愚か者』ではないことを、
今、ここで証明してみせろ」
(僕的には愚か者でもなんでもいいんだけど。
――最下位はちょっと話が違うなぁ)
僕にもプライドはある。
戦略的にとる最下位ならいいが、意図せずに押し付けられた最下位は受け取りかねる。
やられっぱなしも嫌だ。
それに、僕は期待されているのだ。
パパンやママン、祖父母、いろんな人から。
彼らをガッカリさせるのは……気が引ける。
すでに色んなものを貰ってるし。
せめて、その分には応えないと。
「……なら、証明しましょう。
僕が『ただの愚か者』ではない、
『とんでもない愚か者』であることを」
僕は、抑え込んでいた力のリミッターを少しだけ外した。
出力はたったの20%。
されど、そのエネルギーは圧倒的だ。
莫大な霊力と闘気が、
僕の体から一気にあふれ出す。
「地上を地獄に――。
真影焔流・祀界の太刀。
夢幻陽炎・虚ナル塵界」
――ドォォォォンッ!
試験会場全域の大地が、赫く染まる。
標的を焼き払う苛烈な炎が、
大地からマグマのように噴き出す。
標的は当然、式神だ。
疾狗は逃げ惑い、
大甲童子は防御術式を展開するが、
強大な力を前に、そんなものは無駄な足掻きだ。
――ボォォォォォッ!
彼らは1体も残らず、
瞬く間に炎に包まれ焼失していく。
当然ながら、試験を受けている同級生たちには火傷1つ負わせていない。
標的だけを選んで燃やし尽くす。
それくらいの術式操作は朝飯前だ。
こうして残る式神は、
空を飛んでいる天魔鴉のみとなった。
「舞うは胡蝶、夢の終わりは、燃ゆる穹。
真影焔流・漆の太刀。
呑舟焔波浅黄胡蝶・闇喰ラウ蟲」
――シュッ。
空へ向けて、炎をまとった刀をひとなぎする。
小さな火花が無数に舞い、
それがあっという間に膨張して、
何千何万もの炎の蝶に変わった。
大地の次は、空を赫く染め上げる。
『ギ、ギギィ……ッ!』
数多の蝶が、優雅に標的へ襲いかかる。
疾狗、大甲童子につづき、
天魔鴉までもことごとく灰燼に帰した。
「……篝ッチ、ヤバすぎだろ」
あの陽気な雷堂千景でさえ、
空を見上げて息をのんでいる。
「やば……超かっこいい」
カースト上位の金髪ギャル、黄金井乃愛は、
自身よりもはるか上位の存在を目の当たりにして、
すっかり魅了されているようだ。
「あぁ、すごく綺麗だなぁ……」
1位をとって友達をつくる野望が潰え、
テンションが下がっていた神代悠里も、
顔を上げて炎の蝶に見とれている。
「……やっぱり、そうなのね」
ただただ静かに僕を見つめていた旭白玖は、
口元が歪むのを隠すように、
そっと口元を手で覆った。
「おい、どういうつもりだ?」
一色が、呆れたように眉をひそめる。
「言ったじゃないですか。
僕は『とんでもない愚か者』だと。
ここからは、エキシビションマッチです」
(よし、決めた、計画を変更する。
こうなったら注目されるのを承知で行動しよう)
変に実力を隠そうとするからボロが出る。
闘気も霊力も人並み以上に正確に操れるが、
極限まで抑え込んだまま技を出そうとすると、
どうしても不自然さが出てしまうのだ。
それならばいっそのこと実力を隠すのをやめて、ある程度は操作しやすい出力を維持したほうがいい。
まぁそうなると当然、
めちゃくちゃ目立ってしまうが、
それも覚悟の上だ。
むしろ、
名を上げ続けて人脈を広げたほうが、
世に出回らない裏の情報も手に入るかもしれない。
我が地獄の教団『百鬼弥教』の目標は、
この理不尽な世界に救済をもたらすこと。
表舞台の名声は、目標達成の一助になるだろう。
(そうと決まれば、やることは1つ)
まずは、この昭和の価値観に染まりきった暴力教師を打ち負かし、僕の力を世に知らしめる。
この国の国是は、『弱肉強食』。
勝たなければ、自分の意志を突き通せない。
逆に言えば、勝てばよかろうなのだ。
勝って勝って勝ち続けて、
僕の名前を世に知らしめてやんよ!
「俺に殺気を向けるってことは、
つまりはそういうことだな?」
一色が、腰に帯びた太刀に手を伸ばす。
「べつに死人が出るまでやるつもりはないですよ。
これはあくまで、試験の一環です。
自身の力がどこまで通用するか、
試したいだけです」
「ふん、いいだろう。
篝灯弥、今から特別試験を開始する」
一色はそう言って、帯刀していた刀を抜いた。
「おい、お前ら、全員離れていろ」
周囲の生徒たちが一色の視線に射抜かれ、
慌てて端へと退避していく。
「い、一色先生、何をする気ですか!?」
女性教師が悲鳴のような声をあげる。
「そんなの決まってるだろ。
剣豪と剣豪が相対したら、
まずは祀界の押し合いだ。
真影礫流・祀界の太刀。
龕函峰宮・炯眼刺ス山閣」
――ガラガラガラガラッ!
一色の立っている地面が、急速に盛り上がる。
僕を見下ろすように、断崖絶壁の岩山が出現した。
そしてそれと同時に、
一色の背後に瓦礫でできた社がそびえ立つ。
「来い、女媧」
――ギィィィィィィ。
一色が何かを口にすると、
それに呼応して社の扉が重々しく開いた。
そして、その中から。
――ズズズズズ!
土でできた下半身が蛇の巨大な女が、
まるで脱皮をするように、
社の中から這い出してきた。
蛇女の鋭い眼光が、僕の姿を捉える。
(――いいね、とことんやろう!)
「顕現せよ、祝融!」
僕も対抗して、
背後に鎧をまとった炎の巨人を呼び出した。
――ゴゴゴゴゴ!
互いの祀界の押し合い。
すさまじい霊力と闘気が、
祀界の境界で激しく衝突する。
霊力と闘気の総量は、圧倒的に僕のほうが上。
このまま出力を上げて領域の押し合いで勝つこともできるが、それでは面白くないだろう。
ここはあえて拮抗させて、
純粋な剣術勝負に持ち込む。
「では、胸をお借りします。
真影焔流・陸の太刀。
煉獄しら――」
「お前の力、試してやる。
真影礫流・伍の太刀。
祇具じゅう――」
「――そこまでじゃ!!」
――パァァァァァァァァァアンッ!
両者が、今まさに斬りかかろうとした瞬間。
鼓膜が破れるような爆音が、
試験会場にこだました。




