第4話 職場『見学』
時は流れ、僕は3歳になった。
和風ファンタジーへのリハビリ(マタキチ吸い)も順調に進み、ある程度の刺激には耐えられるようになってきた今日この頃。
母上が作ってくれた美味しい朝食を食べ終わり、リビングでテレビを見ていたところ、父上が急にこんなことを言い出した。
「灯弥、今日はパパの職場見学に来るか?」
父上の職場。
つまり、剣術道場。
侍(警官)たちが汗を流し、技を磨く聖域。
行かない理由があるだろうか、いやない(反語)。
「いきまぁす!」
「お、おぉ、予想以上に食いついたな。
じゃあ、行く準備し――もう準備完了しとる!」
僕はその場で瞬時に外行きの服に着替え、直立不動で整列した。その間、わずか十数秒。いつもはママンに服を着せてもらっている甘えん坊だが、本気を出せばこんなもんよ。
(何度かテレビで見たけど、この世界の剣術ってエフェクトマシマシでカッコいいんだよなぁ)
さすが、和風ファンタジー世界。
前の世界では『アニメ』でしか見られなかった胸躍る剣技が、この世界では『実写』で楽しめるのだ。しかも今日は、それを『生』で見ることができる。
(灯弥、ワクワクするます!)
ちなみに、父上も何度かニュースに映ったことがある。僕の父親は、けっこう有名人らしい。
「よし、じゃあ今日はパパのカッコいい姿をいっぱい見せちゃうぞ〜」
「いざ出陣じゃ〜!」
「ふふ、ママも出陣するわよ〜」
「……どこでそんな言葉覚えたの」
こうして、僕たち親子3人は仲良く出かけることになった。
やって来たのは、儺流岳の麓にある広大な敷地。警察庁が保有する『県本部道場』だ。
道場といっても、そこらの町道場とはスケールが違う。野球ドームのような、半球体の建物だ。
「お父さんの仕事場、とっても広いわねぇ」
(おぉ、想像していたのと違うな)
母上に手を引かれながら中に入ると、そこは一面の砂地になっていた。天井は高く、バスケットコートが6面くらい入りそうな広さがある。
父上いわく、「木製の床はすぐに燃えたり亀裂が入る。それに真影礫流は砂を操るから、こうして地面をむき出しにしてるんだ」とのこと。
ここは焔流以外にも、様々な流派の剣士たちが稽古場として使うらしい。
構造としては、屋根だけつけた野外と同じだ。
だったらこんなドーム状の大層な建築物にする必要ないのにとも思ったが、これにもちゃんと意味があるらしい。
なんと、このドームそのものが強力な結界装置になっているのだ。演習用に解き放った妖怪を外へ逃さないようにするため。そして、万が一技が暴発しても、周辺住民に被害が及ばないようにするため。
ファンタジーな設定が、現実的な危機管理と融合している。こういう細かい設定、大好きよん。
「「「おはようございます、火矛累さん!」」」
道場に入ると、日頃、父上から指導を受けている警官たちが一斉に頭を下げた。
中には父上よりも年上の隊員もいるようだが、この国は実力主義だ。師範である父上には絶対の敬意を払っているらしい。
「もしかして、そちらの方々が、普段話されている火矛累さんの奥様と御子息でしょうか?」
一気に注目が集まる。
「そうだ、可愛いだろ〜。
自慢の嫁と息子だ」
父上が鼻高々に言い放つ。
彼らの口ぶりからすると、普段から僕たちの話をしているようだ。いったい、どんな話をしているんだろう。僕が時々、ビクンビクンと白目剥いて痙攣することとか?
恥ずかしいからやめて欲しいな。
「妻の静江です。
夫がいつもお世話になっています」
母上が、お淑やかにお辞儀をする。
ママンは元々、いいとこのお嬢様だったらしく、普段から立ち居振る舞いに気品が溢れている。
そんなお嬢様の結婚相手が、この見た目ホスト崩れの父上とは。育ちが良いほど、対極に位置するチャラ男を好きになるのだろうか?和風ファンタジーに特化しすぎた僕は、そこんとこ疎い。
(って、僕も挨拶した方がいいのか)
「息子の灯弥です!
父上がいつもお世話になっています!」
とりあえず、母上の真似をして頭を下げた。
「……3歳にしてはすごい大人びていますね」
警官の一人が、目を丸くして呟く。
「そこらへんは静江ちゃんに似たんかな?
でも、戦いの才能は俺に似たみたいだぞ。
なんたってこいつ、もう闘気を操れるからな」
「おぉ、それはすごい!」
父上は僕の頭をワシワシ撫でながら、我が子を自慢する。警官たちも、「さすが火矛累さんの息子さんだ」とヨイショしてくれた。まぁ、悪い気はしない。
そういえば。
なぜか、闘気が使えることがバレている。ちゃんと隠していたのに。使っていたのはせいぜい、マタチキを捕まえる時だけなのに……。
ちなみに『闘気』というのは『霊力』と対をなす生命エネルギーで、身体能力や体の強度を上げるバフのような力だ。僕は転生してからの3年間、とある特別な方法で闘気と霊力を鍛えていた。
そんなこんなで、
警官の皆さんと、一通り挨拶が終わる。
「じゃ次は、この道場の神様に挨拶するぞ。
神様つっても、ぜんぜん怖くないから安心しな」
(え、神様!?)
その単語に、僕のハートが跳ねた。
めっちゃ興味湧く。
「父上、神様はいずこに!?」
キョロキョロとあたりを見渡す。
(あれだ!)
道場の最奥、上座にあたる場所に、それっぽい荘厳な襖が見えた。
「あそこですね!」
全力ダッシュ!
「え、ちょ、灯弥!?
なんでそんなテンション高いん!?」
父上が背後で驚いている。
でも、そんなのお構いなしだ。
「たのもー!!」
僕は襖をガラッと勢いよく開け放った。
普通に罰当たりである。
前の世界の神社で同じことをやれば、神主さんに怒られるし、天罰を喰らっても仕方がないだろう。
だが、礼儀や天罰のことを気にしていられるほど、僕の和風ファンタジーに対する探究心は小さくない。気になったら、即行動。その姿はまさに、ホラー映画とかで最初に死ぬ奴。
僕は、真っ先に死ぬ彼らのことを愛している。
彼らがいないと、物語が始まらないからね。
それに、だ。
僕は昔、隠れて神社の中に入ったことがある。
前科持ちなのだ。
改心なんてしていない。
(んー、よく見えないな)
中は、明かりがなく薄暗かった。部屋の四隅には灯台が設置されているが、今は火がついていない。
そしてよく見ると、部屋の一番奥に『巨大な岩』が鎮座していた。山の中にありそうな、ゴツゴツした巨岩。注連縄が巻かれた、高さ2メートルはありそうな磐座だ。
「何をしとるんだ、お前は!」
――ペチィィンッ!
「あ痛ったぁい!」
追いついた父上に、背後からスパーンと頭をはたかれた。勢いよく滑り込んだので、慣性が働いて結構いい音&衝撃がした。
と、その時。
「よう、火矛累。
今日は妻と息子の同伴かえ?」
涼やかな女の声が響いた。それに合わせて、四隅の灯台にボッと青白い火が灯る。
(な、なんだ急に!
――って、いつの間にか)
岩の上に、先ほどまではいなかったはずの女性が、チョコンと腰掛けていた。
巫女装束を崩したような、神職風の着物。透き通るような白い肌。顔は布で隠されている。また、その手にはなぜか煎餅が握られており、バリボリと齧りながら片手を上げてきた。
「あぁ、紹介するよ。
嫁の静江ちゃんと、息子の灯弥だ。
そんで、こいつは『儺流磐比売』。
この道場で祀られている神様だ。
鍛錬の補助もしてくれる、良い神様だぞ」
「うむ、妾のことは『儺流ちゃん』と呼んでくれ」
(おぉ、ええやん……!)
僕は心の中で感嘆の声を上げた。
物腰は柔らかいが、肌でビリビリと感じとれるほどの神気を放っている。平常時でこれなら、本気を出したらどれほどのものなのだろう。
さすがは神様。
あと、登場の仕方がめっちゃ僕好み。
ちゃんと和風ファンタジーのツボを分かっている。
「初めまして、儺流磐比売様。
火矛累の妻、篝静江と申します。
今日は夫の見学に来させていただきました」
母上が一歩前に出て丁寧に挨拶をする。
完璧な礼儀作法だ。
僕も、母上に習って慌てて姿勢を正す。
「篝灯弥です!
よろしくお願いします!」
僕がペコリと頭を下げると、神様――儺流ちゃんはフッと笑って岩からふわりと飛び降りてきた。重力を感じさせない動きは、まさに超常の存在。
「うむ、良い子だ。煎餅をやろう」
儺流ちゃんはそう言いながら、僕に食べかけの煎餅を差し出してきた。普通なら、出会ったばかりの子供に自分の歯形がついた食べ物を渡したりはしないだろう。
――そう、普通なら。
「えぇ……」
現に、父上も若干引いている。
でも、僕は知っている。
これが『直会』であることを。
神様にお供えしたものは、神事が終わったあとに下げて、みんなで食べるのが良しとされている。これは、神様と同じものをいただくことで、神様の力を体内に取り込むための儀式であるからだ。
つまりこの煎餅には、呪術的な意味合いが込められている。これを受け取らないのは、失礼というものだ(←ついさっき失礼をはたらいている件について)。
僕は膝を曲げて、丁寧に拝借する。
「ありがとうございます!
後生、大切にします!」
僕は煎餅を丁寧にハンカチに包む。
そして、ポケットの中へしまった。
「いや、普通にカビるから。
今、食べておくれ」
儺流ちゃんに真顔でツッコまれた。
うん、僕も食べようと思ったんだけど、どうしてもコレクターの血が騒いじゃって、食べられませんでした。
【儺流ちゃん煎餅】。
僕のコレクションに加えよう。
「さて、紹介も済んだことだし……。
灯弥、俺の剣術、見るよな?」
父上がニヤリと笑いながら腰の刀に手をかけた。
「見たい!見たいです!」
そうだった。
これが本来の目的だった。
神様登場のインパクトで忘れかけていたが、今日はパパンの職場見学なのだ。
「よし、儺流ちゃん、敵を出してくれ」
「はいはい。人使いが荒いねぇ」
儺流ちゃんが、やれやれと面倒くさそうに地面に手を触れる。
『山怪之法・湧泥戎夷』
――ボコォッ!
地面の砂が盛り上がり、人の形を成していく。
現れたのは、土でできた蛮族だった。身の丈2メートル弱。精巧に作られたその姿は、ザ・太古の日本人(蝦夷)そのものだ。
(なにその術式!
僕も使いたい!)
「いくぞ」
父上の空気が変わった。チャラい優男の雰囲気は消え失せ、張り詰めた剣鬼の気配が漂う。
――チャキッ。
抜刀。美しい刀身が露わになった。




