第35話 同級生との『出会い』・前編
【煌星小学校】
外観は、まるでヨーロッパの大学である。
創立114年。
この国が、まだ西海(西洋)の国々をリスペクトしていた頃に建てられた、美しいレンガ造りの校舎に、手入れの行き届いた広大な庭園。
海外旅行に行った気分になったが、
じっくり周りを観察してみると、
茶室や弓道場、ちいさな祠など、
ちゃんと日本っぽい建物も存在する。
明治・大正を彷彿とさせる、
和と洋が調和した学舎だ。
県内に2つしかない、
術士専門の小学校のひとつであり、
毎年100名以上の術士適性を持つ子供が入学する。
いわゆる、お坊ちゃま学校というやつだ。
「もしかして、火矛累さんですか?」
「静江さん、お久しぶりですわね」
学校の敷地内を歩いていると、
両親がいろんな人から声をかけられる。
うすうす気が付いてはいたが、
どうやらパパンとママンはかなりの有名人らしい。
挨拶されるたびに、僕もペコリと頭を下げる。
なんかもう、
すでにめちゃくちゃ注目を集めている気がする。
(僕の『陰キャ系主人公』計画、
開始早々、暗雲が立ち込めている件について)
両親がイケイケオーラを発している分、
僕は必死に、気配を消す。
少しでも目立たないように。
しかし、そんな僕の努力むなしく、
「これはこれは、静江様」
背後から、ねっとりとした声がした。
恰幅のいい、丸みを帯びた男だ。
仕立ての良い高級スーツを着こなしているが、
お腹周りが少し窮屈そうである。
ギラつく高級時計と、
身からあふれ出る『成功者』のオーラ。
「えぇと……貴方様は?」
ママンも、彼に見覚えはないらしい。
「申し遅れました。わたくし、旭商事の社長を務めております、旭絢人と申します。錦乃宮家とは、ひごろからお取引をさせていただいておりまして」
錦乃宮は、ママンの旧姓だ。
旭商事。
その名前には、僕も聞き覚えがある。
最近テレビのCMでよく見る、
急成長中のベンチャー企業だ。
「あら、それはいつもお世話になっております」
ママンが、そつなく上品な挨拶を返す。
「そちらのご立派な坊ちゃんが、ご子息で?」
旭が、僕を見下ろす。
僕が取引相手の親族ということもあり、
その表情はとてもフレンドリーである。
しかし、ほんの一瞬だけ、その瞳の奥に、
暗く淀んだ影がさした気がした。
いや、気のせいかな!
「はじめまして、篝灯弥です」
僕も、ていねいに挨拶をする。
「灯弥くんですね。
煌星小学校に入学するということは、
君にはしっかりと術士適性があるのでしょう。
とても素晴らしいことです。
——わたしには術士適性がなかったので。
まぁ、商才と努力で一財産を築くことができましたが」
(おぉ、それは素直にすごいな)
僕は心の中で感心した。
この世界は、とても不平等だ。
全人口のたった2%を占める術士が、
あらゆる権益を独占している。
現に、『世界全体の個人資産の8割は術士が独占している』という統計結果もあるくらいだ。
この世はまさに、
術士の、術士による、術士のための世界だ。
術士か、非術士か。
生まれた瞬間の2択で、すべてが決まる。
そんな中、彼は非術士の身で、
術士顔負けの富を手に入れたのだ。
並大抵の努力と才能ではない。
「それでは、私の娘を紹介しましょう。
白玖、ご挨拶を」
旭の大きな背中のうしろから、
ひとりの少女が姿を現した。
「はい、お父さま。
旭白玖と申します。
以後、お見知りおきを」
透き通るような白い肌に、
色素の薄い真っ白な髪。
儚げで、どこか影のある子だ。
「ここだけの話ですがね。白玖はすでに、術士としてかなり高い実力を持っております。今年の入学生のなかでも、1〜2を争うほどの逸材だと自負しております。
——ええ、私の、最高の『宝物』ですよ」
男はそう言うと、
白玖の細い首筋に手を這わせ、
ねっとりと撫で回した。
(……うわっ)
僕は、思わず背筋がゾワッとした。
父親が娘を見る目じゃない。
まるで、課金しまくって手に入れたSRキャラを見せびらかすような。あるいは、自分のコンプレックスを埋めるための『トロフィー』を愛でるような、ひどく歪んだ視線。
撫でられながらも、
白玖は笑顔を崩さない。
——キィィン、コォォン。
その時、
入学式の始まりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「おや、そろそろ時間のようですね」
旭は名残惜しそうに白玖の肩から手を離すと、
僕たちに向かってうやうやしく頭を下げた。
「それでは、会場へ向かいましょうか」




