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第33話 小学校入学『前夜』

「教祖様、大丈夫じゃろか?

 ぜんぜん戻ってこんのじゃけど……」


 菊千代が、心配そうに空を見上げる。


 灯弥《とうや》が第2の地獄『邪魅之氷室《じゃみのひむろ》』に入ってから、すでに地獄の体感時間で15時間がすぎていた。


 いくら彼の強さを信じているとはいえ、

 不安になるのもしかたがない。


「あいつのことじゃけぇ、死にはせんじゃろうが。

 ちいとばかり、心配ではあるのう」


 赤洛《しゃらく》も、腕を組みながらむずかしい顔をする。


「2人とも、霊力に乱れが生じておるぞ。

 修行に集中せい」


 儺流《なる》ちゃんの、ピシャリとした声が飛ぶ。


 現在、赤洛と菊千代ちゃんは、真影流奥義の要《かなめ》となる『祀界《しかい》』の押し合いを行っていた。


 赤洛が放つ、


『真影焔流《しんえいほむらりゅう》・祀界の太刀

 夢幻陽炎《むげんかげろう》・虚ナル塵界』


 それに対抗して菊千代ちゃんが放つ、


『真影霖流《しんえいながめりゅう》・祀界の太刀

 霞仙郷《かすみせんきょう》・泡沫ノ禁足地』


 炎と水。


 2つの領域が激しくぶつかり合い、

 あたりには大量の水蒸気が立ち込めている。


「儺流ちゃんは、心配じゃないん?」


 まるで灯弥のことなど気にしていない様子の儺流ちゃんに対し、菊千代は少し眉をひそめた。


 しかし、儺流ちゃんは涼しい顔のまま、


「おそらく、灯弥は大丈夫じゃ」


 心配ないと断言する。


「どうしてそう言い切れるん?」


「——勘、じゃな」


 儺流ちゃんはそう言うと、

 少し間を置いて言葉を続けた。


「これは妾《わらわ》の予想じゃが。

 もしも灯弥に最悪の事態が起きれば、

 この空間は、現世から完全に切り離される」


 現世と地獄をつなげているのは、

 灯弥の固有術式『死門遊観《しもんゆうかん》』だ。


 ゆえに、彼の命が尽きれば、その術式も解け、

 現世と地獄を行き来することはできなくなる。


 つまり、


「そうなれば、現世から思念体を飛ばしておる妾は、ここにはいられなくなるじゃろうて」


「なら、儺流ちゃんが急に消えちゃったら……?」


「まぁ、そういうことじゃな」


 菊千代ちゃんの言葉に、

 儺流ちゃんは静かにうなずく。


 嫌な想像が、3人の頭をよぎった。


 その時だった。


——ズズズッ。


 空間がゆがみ、見慣れた黒い澱《よど》みが出現した。


「灯弥!」

「おどれ!」

「灯弥くん!」


 3人がパッと顔を輝かせた、次の瞬間。


——ドサッ!


 澱みの中から、灯弥が勢いよく飛び出してきた。


 そして、受け身をとることもなく、

 そのまま地面に倒れ込んだのだ。


「教祖様!?」

「おい、大丈夫か!」

「まさか……!」


 3人は血相を変えて駆け寄った。


 一番にたどり着いた菊千代ちゃんが、

 彼の肩におそるおそる触れる。


「きゃっ、冷たい!」


 菊千代は悲鳴をあげた。


 灯弥の体は、驚くほど冷え切っていたのだ。

 そう、まるで死体のように。


 みんなの顔から、さぁっと血の気が引いた。


「ま、まずは体勢をあおむけにするんじゃ!」


 儺流ちゃんの指示で、

 赤洛が震える手で灯弥の体をひっくり返す。


 うつ伏せから、あおむけへ。


 見えた僕の表情は——。


「——って、なんて幸せそうな顔してんだ!」


 赤洛が、思わず大声でツッコんだ。


 苦しむ表情でも、

 死の恐怖にゆがんだ顔でもない。


 よだれを垂らし、

 ふにゃふにゃとだらしなく口角を上げた、

 至福の『絶頂顔』だったのだ。


     ◆


「いや〜、死ぬかと思いましたね!」


 てへへ、と。

 僕は頭をかきながら笑った。


「おう、わしらはマジで死んどると思ったわ」


『邪魅之氷室』に入ってからの15時間。


 僕は、次から次へと襲いくる妖怪の猛攻と、

 吹きすさぶ極寒の吹雪に耐え続けた。


 さすがに体力も絶頂ゲージも限界というところで、

 なんとか門を開いて帰還したのである。


 まさに、試される大地。


 ドキドキとハラハラが止まらない、

 アトラクションみたいな場所だ。


「とりあえず無事でよかったわ。

 それで、向こうはどんな感じじゃったん?」


 菊千代ちゃんはホッと胸をなでおろし、第2の地獄について質問した。


「第2の地獄はココと違ってすごく寒いし、

 妖怪の強さと数もハンパじゃないです。

 まずは向こうにも安全な拠点を作らないと、

 危なくてまともに探索できませんね」


 話し合った結果、

 まずは第1の地獄の拠点作りを完成させる。


 第2の地獄の開拓は、その後で。

 という話に落ち着いた。


 一歩一歩、着実に。

 時間はたくさんあるからね!


     ◆


「そういえば、灯弥。

 おぬし、来年度から小学校に通うのじゃろ?」


 僕がそろそろ現世に帰還しようと立ち上がった時、

 思い出したように、儺流ちゃんが話しかけてきた。


「そうですね。

 4月からピカピカの1年生です」


 この世界には、幼稚園というものが存在しない。


 『幼児の教育は母親の仕事である』という固定観念が根強く残っているからだ。


 前世でいうところの、昭和の価値観に近い。


 だから、子供は小学校に入ってはじめて『同級生』というものに出会うことになる。


 なんだか、緊張するよね!


「それなら、表の世界でも本格的に術士としての教育がはじまるわけじゃな。

 一応言うておくが、今のおぬしの力は、小学生の域をゆうに超えておる。

 ちゃんと実力を隠さないと怪しまれるぞ」


 儺流ちゃんの忠告に、僕は深くうなずいた。


 僕はすでに真影焔流をマスターし、

 他の真影流にも手を出している。


 結界術や式神術も、ある程度使える。


 それに加えて、『死門遊観』『刻凪』という固有術式まで持っている。


 正直、『規格外』すぎる。


 下手をうって、変に目立ちたくはない。


 注目が集まるということは、それだけ人目を気にして行動しなければならないということだ。


 それは、百鬼弥教の活動に大きな支障が出る。

 そんなの、絶対に面倒だ。


「ありがとう、儺流ちゃん。

 ちゃんと気をつけるよ!

 目指せ、陰キャ系主人公ですね!」


「うむ、陰キャ系主人公というのはよく分からんが、とにかく頑張るのじゃ!」


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