第32話 第2の門『開門』
「っていうことがあったんだよね!」
「「「いや、意味わからん」」」
現在、作戦本部の会議室。
凍凝婆を倒し、無事に拠点へ帰還した僕。
これはかなりの進捗があったと思い、
すぐに皆を集めて報告会を開いたのだが……。
結果、急展開すぎる僕の話に、
全員が置いてけぼりを食らっていた。
「つまり、じゃ。
探索中に見つけた特別な妖怪を倒したら、
そやつが持っておった術式と、
次の地獄につながる門を開く術式を、
新たに手に入れたと、そう言うんじゃな?」
儺流ちゃんが、呆れたように額を押さえる。
「はい、だいたいそんな感じですね」
「では、おぬしは固有術式を3つも持っているということになるのかぇ?」
「うーん、まぁ、そうなるんですかね?」
「いかんせん、初めて聞く事例じゃ。
妾にもさっぱり分からん」
首をかしげる儺流ちゃん。
何百年と神様でさえ分からない、
初めての出来事だ。
固有術式は、数千人に1人という貴重な能力。
それを僕は、新たに2つも手に入れてしまった。
いいんですか、こんなにチートを重ねがけして?
いいよ!
「それで、教祖様はもう新しい地獄に行ったん?」
菊千代ちゃんが興味津々といった様子で、テーブルに身を乗り出す。
「いや、まだです。
頭に流れてきたのは術式の情報だけで、
詳しいことはまださっぱりでして」
というわけで、
さっそく調査に向かいたいところだが。
僕はふと、現世の時間を計算した。
地獄に来て、すでに18時間が経過している。
つまり、現世では18分が過ぎている計算だ。
(トイレという名目で抜け出しているけど……。
18分は、さすがにちょっと長いな)
そろそろ帰らないと、ママンが心配してトイレのドアをこじ開けにくるかもしれない。
僕の理性は、新しい地獄の探索は明日にして、今日はもう帰った方がいいと言っている。
でも、そんなの完全な蛇の生殺しだ。
僕が耐えられるわけない。
(よし、今日は重度の便秘だったことにしよう!)
腹は決まった。
「じゃあ、ちょっくら行ってきますね」
僕はぐっと伸びをして、軽くストレッチをした。
「おぅ、安全そうだったら、
わしらも後で行くけぇな」
赤洛が手を挙げて見送ってくれる。
僕は「OK!」とサムズアップで返し、
『開門・邪魅之氷室』
新たな術式を紡いだ。
虚空に、見慣れた黒い澱みが出現する。
「よし、灯弥いきます!」
僕は大きく息を吸い込み、勢いよく飛び込む。
澱みを抜けると、そこは——。
◆
「うわっ、寒むッ!」
あまりの冷気に、思わず声が漏れた。
猛烈な吹雪が、刃物のように頬を切り裂く。
おまけに、分厚い雪雲のせいで周囲は真っ暗だ。
いつもの灼熱地獄とは真逆の、
完全なる極寒の世界。
(寒すぎる……。
今度はちゃんと防寒装備を整えてから来よう)
僕は身震いしながら、右手をかざした。
「とりあえず、明かりをつけないと。
『迷える鬼火』」
西海魔術の呪文を唱える。
ふわりと、僕の頭上に光の玉が浮かび上がり、周囲の雪景色を明るく照らし出した。
「よし、これで周りを確認でき——」
——ギョロリ。
闇の中で。
巨大な『目玉』と、視線が合った。
『こいつ、仕舞っちまおうか』
『殺して、凍らせて、穴に入れよう』
『そうしよう、そうしよう』
一つ目、一本足。
ボロボロの蓑をまとった巨大な怪物が、
僕の目の前に寝そべって、
こちらをじっと観察していた。
しかも、前だけじゃない。
左右にも、同じ怪物が2体。
開始早々、すでに完全に包囲されている。
「一本だたらさん、こんちゃす!」
一本だたら。
雪山に片足だけの不気味な足跡を残す、
一つ目一本足の妖怪だ。
瞬時に状況と敵の正体を判断した僕は、
先手必勝で術式を放つ。
『火竜炮』
——ボォォォォォォッ!
西海魔術の中でもかなり上位の炎が、
目の前の一本だたらの目玉を直撃した。
『がぁぁぁぁぁぁッ!』
怪物は叫びながら目を押さえる。
(やったか?)
『貴様ァ、殺してくれるぅ!』
目を瞑ったまま、
一本だたらが巨大な両腕を振り回す。
そして。
——ガシィッ!
「うおっ……!」
僕は丸太のような腕に、
ガッチリと捕まってしまった。
(今のが効いていない!?
あれだけ至近距離で食らわせたのに!)
——ググググググッッ!
万力のような握力が、
僕の体をミシミシと締め上げる。
闘気で防御していなければ、
内臓がトマトのように破裂していただろう。
「なんの!」
僕は力任せに、怪物の太い指を掴み返した。
——バキッ!
『ギェァァァァァァッ!』
強引に指の関節をへし折り、拘束から抜け出す。
(炎が効かない……。
いや、よく考えてみれば、たしかにそうだ)
一本だたらの生い立ちは、過酷な製鉄作業で片目と片足を失った『鍛冶師』だと言われている。
炎を扱うプロフェッショナルなのだ。
炎に耐性があっても、なんら不思議じゃない。
『殺せぇぇぇッ!』
『ガァァァァアッ!』
『よくもやったなァ!』
1匹では手に負えないと判断したのだろう。
3匹がいっせいに、
雪を蹴り立てて飛びかかってきた。
「やっぱ、斬撃が1番ですね。
真影颯流・弍の太刀。
白八雲」
——ザザザンッ!
抜刀と同時に放たれた疾風の斬撃が、
3匹の巨体をまとめて三枚おろしにした。
ドサリと崩れ落ちた怪物たちは、
やがて黒い霧となって僕の体へ吸い込まれていく。
(おぉ、力がどんどん湧いてくる!)
流れ込んでくる経験値が、餓鬼の何倍も多い。
敵が強い分、手に入る力も桁違いだ。
「さて、探索を続けようか!
門を開けばすぐに帰れるし、
もう10分ほど——うおっ!」
——ガシッ!
突然、肩に鋭利な何かが食い込み、
体がふわりと宙に浮いた。
——バサバサバサッ!
『捕まえた、捕まえた!
ケケケケケケケケケケケッ!』
見上げると、
そこには鶏と孔雀をかけ合わせたような、
巨大な赤い鳥がいた。
蛇の舌のように、
チロチロと口から火を吐いている。
婆娑婆娑。
「ばさばさ」と羽音を立てて人々を驚かせる、
知名度の低いマイナー妖怪だ。
(イタタタタタタ!)
闘気で守ってはいるが、
鋭い爪が肉に食い込み血が滲む。
僕は、空高く持ち上げられていた。
「クソッ、おいこら離さんかい!」
『ご馳走だ、ご馳走だ!
勿体ないから少しずつ食ってやる!』
ぜんぜん話を聞いてくれない。
(やばい、体勢が絶望的に良くない!)
肩を掴まれてぶら下がっているため力が入らない。
しかも、鳥類は物を掴む握力がとてつもなく強い。
力技で振りほどくのは不可能だ。
(上手く行くか分からないけど、やるしかない!)
僕は残された左手を、上の鳥に向けてかざした。
手に入れたばかりの、新しい術式を発動する。
『凍凝咒法・刻凪』
——ひゅぅぅぅぅぅぅぅ!
僕の手のひらから、真っ白な風が吹き荒れる。
それが婆娑婆娑の巨体を包み込んだ瞬間。
——ガチン!
『小僧、何しやがったぁぁぁぁぁあッ!?』
怪鳥の霊力と闘気が固定され、
巨大な羽がピタリと動かなくなった。
揚力を失った僕たちは、
真っ逆さまに雪山へと落下し始める。
婆娑婆娑がパニックになって激しくもがく。
その瞬間、
僕を掴んでいた爪の力がフッと緩んだ。
(いまだ!)
僕は空中で体をひねって拘束から抜け出し、
素早く小太刀を鞘から抜いた。
『真影雷流・肆の太刀
釛遠雷』
——バリバリバリリッ!
雷光をまとった刺突が、
一直線に婆娑婆娑の胸を貫く。
真影雷流の、一撃必殺の突き技だ。
『が……がが……』
婆娑婆娑は雷に痺れながら息絶え、
そのまま黒い霧となって消滅した。
——ボフッ!
僕は分厚い雪のクッションに落下し、
積雪のなかに深く沈み込んだ。
「あ、危なかったぁ……」
雪のおかげで落下の衝撃は殺せたが、
早く抜け出さないと窒息死してしまう。
(雪なら、炎の術式で溶かせば——)
——ゴゴゴゴゴゴゴゴ!
一息つく暇もなく、
今度は足元からすさまじい地響きが鳴った。
「今度はなんだ!?」
——ドォォォォンッ!
雪が爆発するように吹き飛ぶ。
地中から現れたのは。
『ギィィィィィィィッ!』
体長30メートルを超える、
赤黒い巨大なミミズ。
大蚯蚓だ。
そいつが、すり鉢状に開いた巨大な口で、
雪ごと僕を噛み砕こうと迫ってくる。
——ガキンッ!
僕は咄嗟に小太刀を横に構え、
その巨大な牙をギリギリのところで受け止めた。
ミシミシと、腕の骨が悲鳴を上げる。
暗闇。極寒。
次から次へと襲いくる、
巨大で凶悪な妖怪たち。
息をつく暇もない、文字通りの死地。
僕は、必死に牙を押し返し、
「なんだこの妖怪のバーゲンセールは!
あまり僕をワクワクさせないでください!
絶頂しちゃうんだから!」
——アハハハハハハハハハハハハッ!
狂気に身を任せる。




