第31話 地獄開拓『次なる深淵へ』・後編2
「真影焔流・伍の太刀
赫灼流影・星堕チル夜」
空から流星のごとく降り注ぐ、
超高熱かつ鋭利な斬撃。
煌々と光を放つ5柱の炎の刃が、
凍凝婆めがけて一斉に襲いかかる。
『これはこれは。
まっこと美しきかな。
これほどの大技、
消えてしまうは勿体なかろう』
巨大な老婆は、またしても大きく息を吸い込んだ。
『刻凪之凍吹』
——ひゅぅぅぅぅぅぅぅ!
降り注ぐ斬撃に向かって、
真っ白な息を吹きつける。
すると、
——ガキンッ!
凍凝婆の吐息に触れた斬撃が、
カチコチに固まり、勢いを失う。
——ドドドドドォォォォォン!
霊力と闘気で生み出されたはずの『形なき炎の刃』が、まるで巨大な氷の柱のように物理的な質量を持って固定され、そのまま無様に地面へと激突したのだ。
(——なるほど、カラクリが見えてきたぞ)
今の現象を見て、僕は冷静に分析する。
動かなくなった右腕に、
そっと意識を集中させた。
たしかに腕は動かないが、
感覚がなくなったわけではない。
血の巡りも、
脈の鼓動も、
ちゃんと感じ取れる。
時間を止められたわけではない。
(さっき闘気は動かせなかったけど、
霊力はどうだろうか?)
右腕にめぐっているはずの霊力。
だが、それもピクリとも動かせない。
つまり、凍凝婆の術式の正体は、
——『霊力と闘気の凝固』だ。
右腕が動かせなくなったのは、
腕を覆っていた闘気が固定されたことで、
副次的に肉体も縛られてしまったにすぎない。
「だったら、凝固された闘気を、
さらに超える闘気でぶち破ればいい!」
僕は莫大な闘気を、
動かない右腕へと一気に集中させた。
すると、
——パリィィンッ!
氷が割れるような甲高い音とともに、
固まっていた闘気と霊力が霧散する。
「ふぅ」
右腕が、完全に自由を取り戻した。
術式の正体と対処法さえ分かってしまえば、
もうなにも恐れることはない。
「よし、右腕も自由になったことだし。
他に術式を持っていないのであれば、
そろそろ終わりにしましょうか」
(そろそろ帰らないとママンに怒られちゃうしね。
最後に、新しい技を試してフィニッシュしよう)
僕は小太刀の切っ先を、老婆へ突きつけた。
『マサカ、本当ニ凍凝婆ヲ倒シテシマウノカ!?
流石、我ラガ教祖サマ!
倒ス前ニ、チョット乳ヲ飲マセテクダサイ!』
271号が、目を輝かせて叫ぶ。
なんて呑気なやつだ。
戦闘中なんだから、
もう少し気を引き締めてほしい。
だが、その言葉を聞いて、
凍凝婆の顔から一瞬だけ笑顔が消えた。
『まさか、こうも簡単にわしの術を破るとは。
——ならば、仕方がない』
凍凝婆の視線が、僕から271号へスッと移動した。
『刻凪之凍吹』
——ひゅぅぅぅぅぅぅぅ!
「エ、チョ、私デスカ——!?」
白い息が、一直線に271号を包み込む。
逃げる間も無く、271号の闘気が固定され、その場にカチコチに固まってしまった。
『ひょいっとな』
凍凝婆は長い腕を伸ばし、
固まった271号をつまみ上げた。
まさかの、人質である。
(あんのバカ!
ほら言わんこっちゃない!)
『ひっひっひ。
こやつの命が惜しかったら、
逃げ回るのはやめて、
わしの足元まで歩いて来い。
さぁ、どうするね?』
凍凝婆が、下卑た笑みを浮かべて脅してくる。
(いや、「どうするね?」って言われても。
……見捨てることはできんよなぁ)
正直に言うと、
餓鬼はいくらでも替えのきく存在だ。
まだまだ地獄にはたくさんいるし、
調伏方法もカンタン。
271号を助けるために、
危険を冒すメリットはどこにもない。
(あいつが可愛い女の子だったら話が早いんだけど。
……いや、僕は恋愛よりも友情をとるタイプか)
271号は餓鬼のなかで1番関わりの深い仲間だ。
諜報部門は僕の直轄の部隊だから、
アイツとはよく一緒に仕事をした。
なんだかんだ、友情が芽生えている。
それに何より、
我が身可愛さに仲間を見捨てるようでは、
僕の思い描く『理想の主人公』にはなれない。
「いいでしょう」
僕は地面に降り立ち、
ゆっくりと凍凝婆のほうへ歩を進める。
『止まりな。
そこを動くんじゃないよ。
動いたら、こやつを握り潰す』
僕は無言のまま、その場にすんと立つ。
完全に、相手の術式の射程圏内である。
それを見た凍凝婆は、
裂けた口をより一層歪め……、
最大の息を吸い込んだ。
『これで終わりじゃ!
刻凪之凍吹!』
——ひゅぅぅぅぅぅぅぅ!
すべてを固定する真っ白な息が、
僕を完全に飲み込んだ。
これで僕の全身の闘気は固まり、
身動き一つとれなくなる。
『愉快や、愉快!
見事にあっけなし!』
老婆は勝利を確信し、
真っ赤な口を大きく開いて喜ぶ。
——しかし、
「真影雷流・弍の太刀。
雷騰金兎」
——バリバリバリバリッ!!
白い霧が晴れた後、
そこに、僕の姿はなかった。
『……な、なんじゃと!?
どこへ消え——』
「お婆さん、足元には気をつけないと」
『——!?』
凍凝婆が視線を落とすと、
そのすぐ足元に僕がいた。
僕の全身は、黄金の雷光に包まれている。
霊力を雷の性質に変化させ、
強制的に筋肉を活性化させる技。
真影雷流の使い手は、
他の真影流よりもスピードがずば抜けて速い。
雷のごとき神速の動きで、
息をすり抜けて懐に潜り込んだのだ。
「単純明快、それゆえに頂」
僕は、小太刀を静かに振り下ろす。
使うのは、焔でも雷でもない。
霊力を一切使わず、
純粋な『闘気』のみを超圧縮して放つ、
真影流の原点にして極地。
「真影覇流・極の太刀。
断龍神閃」
はるか昔、真影覇流の始祖は、
一太刀で地下深くの龍脈を断ち切り、
大陸で最も栄えていた帝国を没落させたという。
——ザンッッ!
音すら置き去りにする、神速の抜刀。
圧縮された闘気の刃が、
老婆の巨体をすり抜けた。
一拍の静寂。
『……あ、り?
わしの、体が……?』
凍凝婆が、呆然と自分の体を見下ろす。
次の瞬間。
——ズパァァァァァァンッ。
巨大な老婆の体が、
腰のあたりから綺麗に真っ二つに分かれ、
地響きを立てながら崩れ落ちた。
断末魔の悲鳴すら上げる間もなく、
その肉体は黒い煙となって消滅していく。
「これが、主人公の『格』だ」
小太刀を鞘に納め、
カチャリと心地よい音を響かせる。
完璧な締めくくりだ。
「教祖サマ! アリガトウゴザイマスゥ!」
術者が死んだことで固定が解け、
271号が地面に落ちた。
涙目&鼻水を垂らしながら、
僕の足元にすがりついてくる。
「おい、離れろ。
僕にそんな気はない。
あと、鼻水で大事な一張羅が汚れる」
やがて、
凍凝婆から立ち上った黒い煙が、
渦を巻きながら僕の体に吸収されていく。
突然、ズキリと鋭い頭痛が走った。
『刻凪』
『開門・邪魅之氷室』
僕の脳内に、新たな術式が刻み込まれたのだった。




