第27話 仲間集め『 in 亀甲沼』・後編
悪い妖怪をサクッと退治したあと、
僕は、報告にあった沼へとやってきた。
そこは、これまで誰も訪れたことがないような、深い深い森のさらに奥深く。
木漏れ日がきらきらと反射する、
エメラルドグリーンのきれいな水面。
まさに『秘境』と呼ぶにふさわしい、
どこか神聖な雰囲気がただよっていた。
だが、そんな清らかな場所に響き渡っていたのは、小鳥のさえずりでも、風の音でもなく——。
『ハッケヨイ——ノコッタァッ!!』
——ドォォォォンッッ!
——ワァァァァァァァッ!
肉体と肉体が、激しくぶつかり合う音。
そして、それに熱狂するギャラリーの歓声。
(あれ、間違えて国技館にワープしちゃった?)
僕はそっと茂みをかきわけ、
沼の様子をのぞき込んだ。
大きな沼の中心。
そこには、亀の甲羅のようにぽっかりと浮かんだ、円形の砂場があった。
その上で、2匹の河童が、たくましい緑色の肉体をぶつけ合って押し合っている。
まわりの岸辺には、50匹を超える河童の観客たちが、ワーワーと声をあげて大興奮していた。
どうやら、相撲の真っ最中らしい。
「うおらぁぁぁっ!」
「ぐ、がぁぁぁっ!」
押し込まれていた片方の河童が、足腰を踏ん張って見事なうっちゃりを決める。
——バシャァァァァンッ!
大きな水しぶきをあげて、
相手の河童が沼に落ちた。
どうやら、勝負あったようだ。
——ウワァァァァァァァッ!
地響きのような大歓声が、沼を揺らす。
(うん——おもしろそう!)
河童といえば、相撲!
あの伝承は本当だったんだ!
——ウズウズ。
(……仲間になってもらうには、
仲間として認められる必要があるよね?
つまり、相撲で実力を証明すれば良いのでは?)
なにより。
せっかくの相撲大会。
観客として見ているだけじゃ、
もったいないよね?
◆
「オラァ!他に挑戦者はいねぇのか!」
土俵の上で、勝ちどきをあげる一匹の河童。
ひときわムキムキな緑色ボディ。
まるでカミツキガメのような、
テカテカと黒光りする硬そうな甲羅。
彼こそが大相撲沼場所の横綱にして、
この群れをたばねる親玉。
瓢山河汕。
河童たちは相撲の強さで群れの序列を決める。
彼は、ここ7年間、不動のトップに君臨し続けている最強の河童だった。
(今回も、オレの優勝だ……!)
仲間たちから向けられる、
羨望と畏敬のまなざし。
横綱とは、河童たちの中で最高の栄誉なのだ。
河汕は、心の中でガッツポーズを決めた。
「誰もいねぇなら、今回も俺が——」
これで閉幕だと、すべての河童たちが思った。
その時、
「ちょっと待った!」
——ダァァァンッ!
突如、勢いよく土俵に飛び乗る影。
砂ぼこりが舞い上がり、
河童たちがざわめいた。
「僕、人生初の土俵入り」
現れたのは、なんと人間の子供だった。
「こんにちは。
突然ですが、みなさん。
僕の仲間になりませんか?」
少年は、ニコニコと無邪気な笑顔で言い放った。
「……はぁ、仲間だぁ?
何言ってんだオマエ?
つか、誰だ?」
「僕は、ただの妖怪好きな紳士です。
無害なので安心してください」
少年がペコリとお辞儀をする。
「なんでオマエみたいなヒョロガキと仲間にならねぇといけねぇんだ!
あと、早く土俵から降りろ!
ここは神聖な場所だぞ!」
河汕は、イライラと声を荒らげた。
河童たちにとって、
土俵の上はとても大事な場所。
人間が入ってよい場所ではない。
しかし、少年は降りるどころか、
ニヤリと口角を上げた。
「あれ、おかしいな?
挑戦者を探していたのは、あなたですよね?」
「は?」
少年は、スッと両足を広げて腰を落とした。
相撲の構えだ。
「お望みの、挑戦者ですよ。
僕が勝ったら、僕の仲間になってください」
その言葉に、河汕の堪忍袋の緒が切れた。
「——おい、死にてぇのか?」
ドスの効いた声で威圧する。
しかし、少年は挑発するように手招きをした。
「できるものなら、どうぞ」
ここまで言われて、引き下がるわけにはいかない。
ガキだろうが人間だろうが関係ない。
ここで見逃せば、横綱としての尊厳が傷つく。
「……よし、服脱いで構えろ。
オレに勝ったら、望み通り仲間になってやる」
河汕は、仕切りの体勢に入った。
やる気だ。
服を脱ぐよう言ったのは、彼なりの矜持。
服を着たままでは、
相手に無数の持ち手を与えてしまう。
せめて対等の条件で戦ってやるのが情け。
しかし、少年はそれを首を振って拒んだ。
「いいですよ、このままで。
がっぷり四つを組むつもりはありませんから」
まさに、大胆不敵。
清々しささえ感じてしまう。
「本当にいいんだな?
それが最後の言葉で」
行司役(審判)の河童が手をあげる。
「ハッケヨイ——ッ!?」
——ズン。
その瞬間、空気が激しく震えた。
そう錯覚してしまうほどの凄まじい威圧感。
鳥たちが、獣たちが、妖怪たちが、
悲鳴をあげて我先にと逃げ出していく。
観客の河童たちも、
ブルブルと震えて言葉を失った。
だが、そのプレッシャーをもっとも感じているのは、他ならぬ河汕である。
なぜなら、このとんでもない威圧感を出しているのは、自分と相対している少年だったからだ。
「どうしました?
早く始めましょうよ」
(小細工はいっさい使わない。
単純な『力』だけで勝負する)
少年が、好戦的に笑う。
(——オレはきっと、ここで死ぬ)
河汕の顔から、さぁっと血の気が引いた。
少年からほとばしる『闘気』は、まるで強大な竜を前にしているかのような錯覚を与える。
河汕の心は、すでに敗北を受け入れていた。
だがそれでも、
試合を投げ出すわけにはいかない。
横綱としてのプライドが、
彼を土俵に繋ぎ止めた。
行司の震える声が、沼に響く。
「——ノ、ノコッタ!」
——バァァァァァァァンッ!
突っ張り1本。
少年が繰り出したのは、
ただポンッと胸を押すような、
最小限の一撃だった。
それにもかかわらず、
ダンプカーと衝突したような衝撃が、
河汕を襲った。
沼に落ちたら負け。
それが、この場所のルール。
しかし、河汕の体は優に沼を越え、
対岸の地面まで吹き飛んでいった。
見事な場外ホームランである。
「やった、仲間が増えたね!」
少年はパンパンと手を払って、無邪気に笑う。
そんな少年を見つめる河童たちの目は、
(ま、魔王だ……)
——絶望に染まっていた。
◆
「というわけで、皆さんは今日から僕の仲間です!
手を取り合って、一緒に助け合いましょう!」
僕は最高のスマイルで、河童たちに語りかけた。
しかし、河童たちの表情は僕と真逆だった。
みんな青ざめて、恐怖でブルブルと震えている。
中には、『ママ、僕たちどうなっちゃうの?』と泣き出してしまう子河童もいた。
いやいや、別にそんな、
取って食おうってわけじゃないんだよ?
ちょうど相撲をやってたから、僕の実力を見せて、手っ取り早く仲間として認めてもらおうと思っただけなんだけど……。
これじゃあまるで、
僕が悪の侵略者みたいじゃないか。
「皆さん、ちょっと待ってください。
ひょっとして、何か誤解していませんか?」
その後、僕は1時間かけて説明し、
なんとか誤解を解くことに成功した。
「……それじゃあ、オレたちは暇な時間に、野菜の世話をすればいいだけなんだな?」
河汕さんが胸をさすりながら、確認をとる。
まだ胸が痛むようだ。
ちょっと力みすぎたな。
今度からはもうちょっと力を抜こう。
「はい、そうです。
もちろん、全員でやる必要はないです。
交代制にして仕事の負荷を減らしてください。
収穫できた野菜は、みんなで均等に分けます。
キュウリあげます」
僕は超絶ホワイトな教団を目指している。
地下帝国に放り込んで強制労働させたり、
ペリカで給料を払うようなことはしないよ。
「負けたら仲間になるって約束したからな。
仲間の頼みだ、聞いてやるよ」
「ありがとうございます!
河汕さんも、何かあったら言ってください。
僕がケツ持ちするんで!」
「オマエが、ケツ持ち……そりゃ怖ぇな」
河汕さんが、顔を引きつらせる。
……あれ、引かれてる?
なんでだろう?
僕ほど優しくて、話のわかる人間はそうそういないと思うんだけどなぁ。




