第23話 計画は『超順調』・前編
あの出来事から、早くも1ヶ月が経った。
僕は、自身が掲げた『決意』に従い、
今日も今日とて『正義』を執行する。
◆
笹鳴山の奥深く。
普段は人が立ち入らないような、
うっそうと茂る森の中。
そこにある古いトンネルの中で、
1人の青年が腰を抜かしていた。
「ひっ、あ、あああ……!」
山奥のキャンプ場へ向かう途中、
道を間違えてしまったのが運の尽き。
ナビにも載っていない不気味なトンネルへ迷い込み、気がつけば、乗っていた車はまるで空き缶のようにクシャクシャに潰されていた。
車を破壊したのは、落石でも事故でもない。
――見上げるほど巨大な蜘蛛のバケモノだった。
トンネル内には、白い糸が張り巡らされている。
いや、ここはトンネルではない。
巨大な蜘蛛がエモノを誘い込むために作った、
偽物のトンネルだったのだ。
『シャアァァァァァァァァッ!』
8つの赤い眼球が、ギラリと青年を見下ろす。
第1級指定妖怪『土蜘蛛』。
人を食らう、凶悪な妖怪だ。
土蜘蛛の鋭い牙から、
ジュワッと音を立てて毒液がしたたり落ちる。
(もう、ダメだ……食われる!)
青年は絶望に顔を歪ませ、両腕で頭をかかえた。
逃げる場所なんてない。
助けが来るはずもない。
それでも、叫ばずにはいられない。
「た、助けてくれぇぇぇッ!」
喉が裂けるほどの叫び声をあげて、
最後に、青年はギュッと目を瞑った。
無様に体を丸めて、死を待つ。
……1秒。
……3秒。
……5秒。
だが、何も起きない。
牙が肉を裂く痛みも、骨が砕ける音も。
何も訪れない。
「……あれ?」
恐る恐る、青年が目を開けると。
そこには、潰されたマイカーと、
気味の悪い糸だけが残されていた。
自分の命を奪おうとしていた巨大な土蜘蛛は、
まるで最初から存在しなかったかのように、
跡形もなく消え去っていたのである。
◆
『ココハドコダ!?』
突然、目の前の景色がぐにゃりと歪んだかと思うと、土蜘蛛は黒い澱みの中へ引きずり込まれた。
落下した先は、見渡す限りの荒野。
地面からは赤い炎が噴き出し、
空は分厚い煙に覆われている。
ムワッとする熱気。
濃密な瘴気。
ついさっきまでの薄暗いトンネルとは、
まったく違う世界だった。
「一応、聞いときますか」
背後から、ひどく場違いな声が聞こえた。
幼い、子供の声だ。
土蜘蛛が振り返ると、
そこには1人の『人間』が立っていた。
身長は1メートルにも満たない。
どう見ても、人間の子供だ。
だが、その格好はあまりにも異様だった。
漆黒の陰陽師服を身にまとい、その手にはギラリと光る小太刀が握られている。
さらに不気味なのは、
少年のつけているお面。
立派な白い髭をたくわえた、
能で用いられる翁の面を被っている。
子供が、翁のお面を被っている。
チグハグで、まさに滑稽。
だが、土蜘蛛は笑えなかった。
(ナンダ、コノ威圧感ハ……!?)
ふざけた見た目に反して、その小さな体からほとばしる『闘気』は、百戦錬磨の老齢の術士と比べても遜色がない。
いや、それ以上かもしれない。
翁の面を被った少年は、
小太刀をスッと構えて言った。
「人を襲うのをやめて、
人のために生きていくと誓うなら。
命だけは助けてあげます」
圧倒的な強者が、弱者へかける『最後の情け』。
土蜘蛛の本能が、『屈服しろ』と警鐘を鳴らす。
しかし、土蜘蛛とて生半可な妖怪ではない。
長年、人を食らい続けてきたプライドがある。
『人ヲ食ベルナダト?』
土蜘蛛は、ギリッと牙を鳴らした。
『小童ゴトキガ、何ヲホザク!
マズハ、オ前ヲ食ベテヤル!』
たとえ強大な闘気を纏っていても、
相手はただの人間。
しかも、ちっぽけな子供だ。
己の持つ毒の牙さえ突き立てられたら、
一瞬で溶かして食らうことができる。
土蜘蛛はそう判断し、8本の脚をバネにして、少年へと勢いよく飛びかかった。
「それは残念。
――では、さらばだ」
少年の声は、ひどく冷たかった。
『真影焔流・陸の太刀。
煉獄不知火・彷徨ウ幽鬼』
ゆらり、と。
少年の姿が、夏の陽炎のようにブレた。
『ガアァァァッ!』
土蜘蛛の巨大な牙が少年の体に突き刺さる。
――しかし、そこには何の手応えもなかった。
幻影。
噛みついたのは、ただの残像だった。
『ドコニイッタ!』
土蜘蛛は焦って周囲を見回す。
気配を探ろうにも、辺り一面に少年の莫大な闘気と霊力が充満しており、どこに本体がいるのかまったく分からない。
全方位から殺気が突き刺さってくる、
異常で恐ろしい空間。
「目の前にいますよ」
『――ッ!?』
「僕を食べるんじゃないんですか?」
声は、正面から聞こえた。
いつの間にか、
土蜘蛛の目の前に、
翁の面を被った少年が立っていた。
小太刀はすでに、天高く振りかぶられている。
『グオォォォォォ――!』
土蜘蛛は慌てて牙を剥き出しにして襲いかかろうとする。
しかし、
刀が振り下ろされる方が、圧倒的に速かった。
――ザンッ!!
抵抗など、許されなかった。
土蜘蛛の巨大な体は、綺麗に縦半分に両断された。
次の瞬間、
切り口からボォォッ!と爆発的な炎が吹き出す。
断末魔の悲鳴をあげる暇もなく、土蜘蛛の体は燃え上がり、黒い煙となって少年の体へと吸い込まれていった。
「ふぅ」
少年――篝灯弥は、顔から翁の面を外し、小太刀を鞘に納めた。
「よし、今日のパトロールは終了っと」
4歳児らしい、あどけない笑顔。
しかしその足元には、圧倒的な暴力でなぎ倒した『邪悪な妖怪』の残滓が、静かに焦げ跡を残していた。




