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第2話 独特な『リハビリ』

 和風異世界に転生してから早9ヶ月。


「ダァ〜!(おい待てコラ!)」


『ニャーッ!(近づくにゃクソガキ!)』


 僕は今日も、マタキチを追いかけていた。


 マタキチ。


 ウチで飼っている猫又である。


 二股に分かれた尻尾と、漆黒の毛並み。

 尻尾の先には青い炎が灯っている。

 とても美しい妖怪だ。


 10年前、父上がとっ捕まえて調伏したらしい。

 人に危害を加えることは禁止されている。


 そう、コイツは人に危害を加えられない。

 つまり、無(・)抵(・)抗(・)というわけだ。


 まさに、リ(・)ハ(・)ビ(・)リ(・)にぴったりの相棒である!


「ダァ〜ヒャ!(フハハハ、捕まえたぞ!)」


「ニャヒンッ!(クソッ、ニャーは弱い!)」


 僕は『俺でなきゃ見逃しちゃう』速度のハイハイで一気に距離を詰め、マタキチに飛びついた。

 そのまま、胴体をだいしゅきホールドする。


 こうなったら、詰みだ。


 マタキチは人に危害を加えることができない。

 つまり、僕を傷つけるような行動は一切できないので、暴れて僕を振り払うことができないのだ!


 僕は大人しくなったマタキチの体に顔を埋め、


――すんすんすんすんすんすんすんすん!


 ファンタジー成分を、まるでドラッグ中毒者のように吸引する。


(まだ、まだ耐えるんだ!

 そう何度も絶頂していたら体がもたな――。

 アァァァァァァァァァァァァァァァァアッ!)


――ビクンビクンビクンビクンビクンッ!


 これが、僕のリ(・)ハ(・)ビ(・)リ(・)である。




 ここは、とても素晴らしい世界だった。


「灯弥《とうや》は式神と遊ぶのがホントに好きなのね!

 お母さん、張り切っていっぱい創るからね!」


「ダァ〜!(歓喜)」


 篝静江《かがりしずえ》。


 僕の新しいお母さんが、和紙をチョキチョキ切って人形《ひとかた》を大量生産してくれる。


「さぁ、式神さんたち!

 しっかり灯弥《とうや》を楽しませてね!」


 お母さんの号令とともに、

 数百枚の紙人形たちが一斉に、


――カサ♪カサ♪カサ〜♪


 こども番組でやっていたダンスを踊り始めた。


 その光景は、まさに神秘。

 陰陽術の極み。


(す、すぎょいッ!

 さすがは僕のママン!

 ダイスキィィィィィィィッ!)


 あまりの感動に、

 僕の体は理性を超えて反応してしまう。


――ビクンビクンビクンビクンッ!


「フフフ、灯弥ったら、またそんなに喜んで」


 痙攣《けいれん》する僕を、お母さんは「個性的な喜び方」として受け入れ、ニコニコと微笑んでいる。


 普通なら『忌み子』として座敷牢にぶち込まれてもおかしくはないだろう。なんて愛情深いんだろうか。



 そんなカオスで幸せな空間に、

 ガチャリと玄関の開く音が響いた。


「ただいまーっと!

 いや〜、今日の現場はシビアだったわ〜」


 軽い口調で入ってきたのは、長身の優男。


 茶髪に少しメッシュを入れた、いかにもチャラそうなこの男こそ、僕の父上。


 篝火矛累《かがりほむら》。


 見た目はホスト崩れみたいだが、これでも『特別警察』の剣術指南役。『真影焔流《しんえいほむらりゅう》』というカッコいい流派の達人らしい。


 人は見かけによらないものだ。


「あら、あなたお帰りなさい」


「おー、静江ちゃん愛してるよー。

 ……って、ん?」


 父上は僕の方を見て、ピタリと動きを止めた。


 そこには、大量の式神に囲まれながら、白目を剥いて痙攣している我が子の姿。


「おいおい静江ちゃん。

 灯弥のあれ、やっぱ病気だって。

 絶対ヤバイって。

 病院で再検査した方がいいんじゃない?」


 父上の指摘はもっともだ。

 極めて正常な反応である。


 しかし、それを聞いたお母さんの表情がスッと冷たくなった。


「何言ってるの?お医者様なら、生まれた時に診てもらったでしょ?『脳波も心臓も異常なし。極めて健康体です』って」


「いや、そうだけどさぁ……。

 あれはどう見てもおかしいだろ?」


「失礼ね!灯弥はね、他の子よりもちょっと感受性が強くて、情熱的なだけなの!それを病気扱いするなんて、父親失格よ!」


「えぇ……俺が悪いの……?」


 父上がタジタジになっている。


 僕の新しいお母さんは、モンスターペアレントの素質があるようだ。愛が重い。


(いや、悪いのは僕です。

 父上は悪くないです)


 僕は危機感を覚えた。


 こう日に何度も痙攣していては身が持たないし、僕のせいで夫婦仲が悪くなるのも嫌だ。


 それに、僕には大(・)い(・)な(・)る(・)夢(・)がある。この和風ファンタジー世界を思う存分楽しむという、壮大で輝かしい夢が。


 毎度毎度、ビクンビクンなんてしていられない。


――と、いうわけで。


 僕は『リハビリ』を始めることにした。


 内容はすごく単純。高濃度の和風ファンタジーを一気に摂取することで、精神に耐性をつける。


 違法ドラッグも使えば使うほど、効果が出るのに必要な量が増えるだろう?


 それを僕は、和風ファンタジーでやるのだ。並大抵の和風ファンタジーでは絶頂しなくなるまで、このリハビリは続く。


 我ながら、完璧な『医療』だ。



 そんなわけで、

 今日も僕はマタキチを追いかける。


「ダァ〜、ダアァ〜!

 (マタキチちゃ〜ん、逃げられないわよ〜)」


「ニャヒー!

 (オミャーはいったいなんにゃんだ!)」


――ガシッ!

――すんすんすんすんすんすんすんすん!


「ダアァァァァァァァァァァァァァッ!」


 全ては和風ファンタジーに耐性をつけるために。


 過剰摂取こそが、唯一の治療法なのだ。



 それから約2年後。


 過酷なリハビリの末、僕の絶頂はひとまず『寛解』した。もちろん、『完治』はしていない。だが、この世界で日常生活を送れる程度には、僕の和ファン耐性は鍛え上げられていた。


 いよいよだ。


 いよいよ、僕の和風ファンタジー生活が始まる!

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