第1話 齢0才にして『絶頂』
――僕、異世界転生した!?
それも、恋焦がれた和風ファンタジーの世界に!
それに気がついてしまったら、もう止まらない。
肉体が0歳児になっていようと関係ない。
僕はいつものように、
いや、いつも以上に体を震わせ、
「オ――キャァァァァァァァァァッ!」
絶頂した。
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【時を遡ること1時間前】
何を隠そう。
僕は和風ファンタジーが好きだ。
それはもう、狂気的なまでに。
和風ファンタジーを好きになったきっかけは、子供の頃に図書館で読んだ妖怪図鑑だった。
付喪神、九尾の狐、地獄の鬼、河童、一反木綿、猫又、座敷童、鵺、がしゃどくろ、犬神、牛鬼……。
彼らはとても不気味な姿をしていながら、どこか愛らしさもあり、子供心をくすぐる個性豊かなキャラをしていた。
まさに、未知との遭遇。
その日、僕は急いでおうちに帰り、お母さんにおねだりして妖怪に関する本を3冊も買ってもらった。
――きっとお母さんは、あの日、僕に妖怪の本を買ったことを後悔しているだろう。
それから僕の興味は、妖怪だけでなく陰陽師や呪物、妖刀といったものにまで派生していった。
同級生たちが休み時間にドッジボールやバスケをして楽しんでいるなか、僕は1人、図書館にこもって空想の世界に没入し、夢を見る。
和風ファンタジーの世界で活躍する自分を。
そして願った。
こんな胸踊る世界に行けますように、と。
だから、僕は集めた。
いわく付きの品々を。
少しでも、あちらの世界へ近づけるように。
たとえば、
『血で汚れた能面』
……昔、舞台の上で死んだ役者がつけていたとされる般若の面。夜になると、怨念のこもった声を漏らすらしい。裏面は役者の吐いた血で赤く染まっている。そこはかとなくケチャップの香りがするのは気のせいだろう。
『鵺の尾毛』
……瓶に封じられた金色の毛。触れると鵺の呪いによって死んでしまうらしい。ただ、瓶から出して触ってみたけど何も起こらなかったし、どことなく金髪ヤンキーの髪の毛に似ている。
『首なし雛人形』
……江戸時代に作られたとされる、首がどこかにいってしまった雛人形。深夜、首を探して徘徊するらしい。ただ、足の裏に『MADE IN CHINA』と書いてある。誰だ、こんなイタズラ書きしたやつは。
こんな感じで、僕は呪物コレクターみたいに、いわく付きの品々を集めていった。
そして新たな品物が手に入るたびに、僕はまた1歩あちらの世界へ近づくことができたと歓喜し、ビクンビクンッと絶頂するのであった。
まぁ、そんな頭のおかしいことをしていれば、当然、お母さんも僕のことを心配するわけで。
ある日、
「あんた、こんな不気味な物ばかり集めて。
変なものが寄ってきたらどうするんだい」
怪しいアイテムに囲まれながら恍惚とした表情を浮かべる僕に、お母さんが苦言を述べた。
お母さんは、どうやら勘違いしているようだ。
僕はこう答えた。
「何を言ってるの、お母さん。
変なものが寄ってくるように集めてるんだよ」
お母さんは絶句していた。
そんなこんなで僕も僕なりに努力していたのだが、当然、不思議な体験をすることは一度もなかった。
頭では分かっていた。
妖怪や呪いなんてものはこの世に存在しないと。
こんなことをしていても無駄であると。
だから僕は、手軽にあちらの世界を体験できる、和風ファンタジー系のゲームに没頭するようになった。
時には陰陽師になって邪悪な妖怪を祓ったり、
時には侍になって悪の力に堕ちた敵を斬ったり、
時にはJKになって呪われた村に迷い込んだり、
和風ファンタジーの世界には、僕の夢があった。
コレクション(呪物)たちに囲まれながらゲームの主人公に感情移入することで、僕は現実では味わえない爽快感やワクワク感に打ち震える。
ビクビク痙攣したり、奇声を発する姿はもう、薬物中毒者と大差なかった。そんな様子をお母さんは震えながら見ていたが、僕は気にせず趣味を楽しんだ。
そして現在。
高校2年生の夏休み。
夏といえば、和風ホラーゲーム。
僕は新作ゲームを買うために玄関の扉を開いた。
「お届け物です」
ちょうどそこへ、宅配が届いた。
僕宛の荷物。
もしかしなくても、アレだ。
「やっと届いた!」
通販アプリ『マルガリ』で売っていた、いわく付きのブレスレット。
『輪廻の腕輪』
……これを身につけながら死ぬと、死後、この世界ではない別の世界へ輪廻転生できる呪いの腕輪。赤い宝石が埋め込まれている。送料込みで4000円。
信じているわけではないが、もしも本当に別世界へ輪廻転生できるならスゴイ、と即買いしたやつ。なんか変な文字がいっぱい刻まれてるし、埋め込まれた赤い宝石は綺麗だし、普通に買って良かった。
僕はそのブレスレットを装着してから、ルンルン気分でゲームを買いに外へ出た。
今日はどうやら、夏祭りらしい。
浴衣や甚平を着た大勢の人々が、祭り会場へと向かうべく駅に集まっていた。
きっと、同級生たちも祭りに行くのだろう。
もしかしたら、同じ駅にいるかもしれない。
そんなふうに思っていたら、案の定、いた。
クラスの女の子たちが、浴衣姿で楽しそうに喋りながら電車が来るのを待っていた。
会話の内容は、いかにもJKらしい恋バナ。
サッカー部の誰々が〜とか、そんな感じの話だ。
僕はあまりそういう話に興味はないし、他人の秘密を聞くのは良くないことなので、ポケットからイヤホンを取り出し、耳に装着した。
これから僕は、ホラーゲームを買ってプレイする。
今日のBGMは、稲川淳◯の怖い話にしよう。
ふぉう、いつ聴いても最高だ。
そんな感じで、僕は自分の世界に入り込もうとしたのだが、ふと違和感に気がついてしまった。
電車を待つ、クラスの女の子たちの後ろ。
帽子を深く被ってマスクをつけた、見るからに怪しい男が指をワキワキさせながら何かを待っていた。
何を待っているのかって?
そりゃ、電車が来るのを、だ。
(あいつ、電車が来た瞬間に僕の同級生を突き飛ばして殺すつもりだ!)
最悪な場面に出会してしまった。
しかも、
――ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン。
もうすぐ、電車が到着する。
怪しい男は興奮したように鼻息を荒げながら、目の前のJKたちを線路へ突き落とすために手を広げた。
(クソッ、間に合え!)
僕は柄にもなく走り出し、
「きゃっ、ちょっとアンタ、何すんのよ!」
クラスの女子を突き飛ばす。
ちゃんと線路に落ちないよう調整して。
次の瞬間、
――ドンッ!
横から強い力で押され、僕は宙を舞った。
死の間際、時間がスローモーションになる。
迫り来る電車に乗っていた車掌さん。
僕が突き飛ばしたクラスのJK。
僕を突き飛ばした殺人鬼。
祭りを楽しみにしている大勢の人たち。
みんな、驚愕の表情を浮かべている。
そして僕自身も、自分の行動に驚いていた。
考えてみれば、僕が助けたJKは同じクラスの仲間だけど、ほとんど話したことがない赤の他人である。
命を投げ打ってまで救うような関係でもない。
どうして、僕は彼女を助けたのだろうか?
それはきっと、
(アイツらなら、きっとこうする)
和風ファンタジーの醍醐味であり、
日本人の根幹をなすもの。
それは、『義理と人情』だ。
妖怪も、陰陽師も、侍も。
みんな、ちゃらんぽらんなところも勿論あるけど、自分の中に1本の信念を持っていた。
そして、彼らは往々にして、
愛する人や仲間のために、
親切にしてもらった恩を返すために、
自分に助けを求めてきた弱き者のために、
時には、見ず知らずの赤の他人のために、
彼らは命をかけて、戦った。
そういう生き様に、
僕はいつの間にか憧れていたんだと思う。
だから、僕はこの結末に後悔はない。
(我が人生に、いっぺんの悔いなし!)
――こうして僕の首は、吹っ飛んだ。
回転する視界の端に、あの腕輪が映る。
(そういえば、あれを付けたまま死ぬと、知らない世界に輪廻転生できるんだっけ?
まぁ、どうせ嘘だろうけど)
そう思った瞬間、
僕は腕輪と、目が合った。
腕輪に埋め込まれた赤い宝石が、いつのまにか赤い瞳に変わっており、こちらをギョロリと見つめていたのだ。
明らかに、この世のものではない。
(最後の最後にホンモノを引いちゃったよ)
僕は喜びを噛み締めるよりも前に意識をなくす。
そして次の瞬間には、
「灯弥はホントにカワイイでちゅね〜!
はい、チュー!」
突然、見知らぬ女性にキスをされた。
なんだこの状況は!
いきなりキスをするなんて、痴女なのか!
おまわりさん助けてください、襲われています!
逆痴漢です!
僕は必死に助けを求めようとしたが、
「ダァ〜」
声が上手く出せないし、体も拘束されている。
はっ、そういえば、僕は電車に轢かれたんだ。
どう考えても重症だろう。
声がおかしくても、体を包帯かなんかでグルグルに拘束されていても、なんら不自然ではない。
いや、待てよ。
――僕、首もげてなかったっけ?
生きてるの不自然じゃない?
事故直後の瞬間を思い出し戦慄していると、
「ちゅーーう!」
やっと、痴女のキスが終わってくれた。
やれやれだぜ。
まずは状況確認だ。
痴女の顔が視界から消えてくれたので、僕は周囲の状況を観察することにした。
そしてすぐに、違和感に気づく。
――嘘、だろ。
テクテクと、床の上を猫又が歩いていた。
2本ある尻尾の先に青い炎が灯っている、妖怪ウォ○チのジバニ○ンみたいな謎の生物。
デフォルメされていないので、ジバニャ○よりも生々しい見た目をしているが、それはそれで趣がある。
そしてさらに、
紙切れたちが、玩具を掲げながら屈伸していた。
どう見ても、式神だ。
人形ってやつだ。
――この状況はいったい。
僕は頭をフル回転させ、結論を導き出した。
『知らない痴女と、知らない名前(灯弥)』
『地球には存在しない猫又や式神』
『持ち主を輪廻転生させる腕輪』
――僕、異世界転生した!?
それも、恋焦がれた和風ファンタジーの世界に。
それに気がついてしまったら、もう止まらない。
肉体が0歳児になっていようと関係ない。
僕はいつものように、
いや、いつも以上に体を震わせ、
「オ――キャァァァァァァァァァッ!」
絶頂した。
このあと、僕の新しいお母さんは大急ぎで僕を病院へ連れていったが、特に異常は見つからなかった。
そりゃそうだ。
異常なのは体ではなく魂なのだから。




