第11話 赤鬼の『親子』
「おんどりゃぁぁぁ!
ワシの娘になに晒しとんじゃボケェェェ!!」
――ズドドドドドドドドッ!!
現在、巨大な赤鬼が、めちゃくちゃ怒った様子で僕に向かってきている。拳を振り上げているので、たぶん、僕をぶん殴るつもりだ。
「ちょ、話を聞い――『死門遊観』!」
会話する気などさらさら無いらしい。
一片の躊躇もなく拳を振り下ろしてきた。
僕は間一髪で、地獄に逃げ込む。
「どこ行ったワレェェエッ!」
現世から僕の気配が消え、赤鬼が怒号をあげる。
(うおぉぉぉぉ、危なかったぁ!
あと、赤鬼カッケェェェェェ!)
マジで唐突すぎる。
赤鬼ってこんなに簡単に出会えるものなのか?
本当に来てよかった、鬼掘谷温泉!
僕は僕で、めっちゃ興奮していた。
(さて、どうしたものか。
せっかくの機会だし、色々と話してみたい。
もっと言えば、僕のコレクショ――。
いや、それは無理か)
あの赤鬼を僕のコレクションの1つに加えたい、という欲望が一瞬頭をよぎったが、彼には娘がいる。仲睦まじい親子の生活を、僕のわがままで崩壊させるのは流石に気が引けた。
僕はそこまで外道ではない。
ホントだよ?
(まずは誤解を解くところから始めようか)
「死門遊観」
赤鬼から少し離れた場所に出口を設定。
遠巻きに、話しかけてみようと思う。
――ガサッ。
木の上に転移し、木陰から様子を伺う。
「なんやアイツは!
おい、菊千代、大丈夫か!」
「うわぁぁぁん!あの子が、いきなり後ろにおってから、ヒック、うちを、追いかけてきよったんよぉ!」
「とんでもねぇ変態小僧だな!」
(悲報。僕、変態認定される)
まぁ、誤解されても仕方なくはある。
現在、僕は『腰にタオル1枚巻いただけのほぼ全裸フリーダムコーデ』で山の中にいるわけだ。
それだけでも十分変態なのに、さらに、少女に襲いかかっている(ように見える)場面を見られてしまった。
もちろん、僕にそんなつもりはなかった。忌避区域は危ないので、安全な場所まで少女を送り届けようと思っただけなのだ。
(ちゃんと真実を話すしかないな)
「あのー、すみませーん!」
木の上からひょっこり顔を出すと、赤鬼が鋭い眼光でこちらを射抜いた。
「まだいたんか変態小僧!
ワシの娘に近づくんじゃねぇ!
はよ消えろ!」
「いや、僕は変態小僧じゃありません!
誤解なんです!
その女の子を助けようとしただけなんです!」
「嘘つくな変態!
第一、その格好はなんじゃボケェ!
変態そのものじゃねぇか!」
「気持ちよく風呂に入ってたところだったんです!風呂に浸かりながら山を見てたら、女の子の姿が見えたので、急いで追いかけたんです!」
「そもそも、人間は信用ならん!
変態じゃねぇなら、とっとと消えろ!
ワシらに構うんじゃねぇ!」
(ダメだ、話が通じない。
これじゃ会話もろくにできんぞ)
せっかくの赤鬼との邂逅だが、これ以上の対話は火に油を注ぐだけだ。そろそろ帰らないと両親にも怪しまれてしまうし、今日のところは退散するとしよう。
僕は諦めて、ズコズコと来た道を引き返した。
◆
「どうした灯弥、浮かない顔してるな。
あんま美味しくないか?」
夕食の時間。
旅館の豪華な会席料理を前にしながら憂鬱な表情を浮かべる僕を、父上が心配そうに覗き込んできた。
ちなみに、飯はめちゃくちゃ美味しい。
山の幸はもちろん、
海も近いので刺身も鮮度抜群だ。
「いえ、そんなことないです。
すごく美味しいですよ」
「そうか……せっかくの旅行なんだ。
何かあったら、なんでも言えよ」
父上、優しい。見た目はチャラいホスト崩れだが、なんだかんだ良いパパである。
(そういえば、あの女の子。
ツノは生えてたけど、見た目は人間だったな。
父親が赤鬼なら、肌は赤くなるんじゃ?)
思い返せば、彼女の肌は『人間』の色をしていた。
僕たちと同じ、黄色人種っぽい肌色。
ツノさえ無ければ、どこにでもいる普通の女の子だ。
というか、そのせいで僕は、彼女を『忌避区域に迷い込んだ人間の少女』だと勘違いしてしまったのだ。
もしも、彼女が父親と同じ赤色の肌をしていたなら、あんなに必死で追いかけ回したりしなかった。
(まったく、いい迷惑だよ。
助けに行ったのに、変態扱いされるなんて。
妖怪なら妖怪らしい見た目をしていて欲しい。
妖怪だと分かっていれば、僕だって……あれ、妖怪だと分かったら、今度は嬉々として絡みに行っていたんじゃないか?)
結論。
どちらに転んでも、僕は彼女とコンタクトを取ろうとして、結果的に彼女のパパンである赤鬼の逆鱗に触れていただろう。
つまり、僕はどのみち変態認定されていたのだ。
じゃあ、僕は正真正銘の変態だね!
よかった、解決だ!
「このご飯、すっごく美味しいです!」
「え、なんで急に機嫌良くなったん?」
父上が引き気味に僕を見ているが気にしない。
それよりも、気になることがある。
赤鬼の子なのに、肌の色は人間。
もしかすると、あの少女は――。
――コンコン。
「失礼いたします。
食後のデザートをお持ちしました」
扉を叩く音と共に、30代くらいの落ち着いた雰囲気の女性従業員(仲居さん)が入ってきた。僕たちは軽く会釈をして、彼女がテキパキと皿を並べるのを待つ。
その間、僕は我慢できずに口を開いた。
「父上、1つ質問があります!」
「お、なんだ急に?」
「妖怪と人間の間に、子供はできますか?
例えば……『赤鬼』と『人間』のような」
――ガシャンッ!!
突然、乾いた音が部屋に響いた。
見ると、給仕をしていた仲居さんがデザートの入った皿を床に落としていた。
「も、申し訳ございません!
すぐに新しい物を持ってきます!」
彼女は顔を真っ青にして、震える手で破片を拾い集め始めた。
「気にしなくて大丈夫ですよ。
お怪我はありませんか?」
ママンが優しく声をかけるが、仲居さんはパニックを起こしたように謝り続けている。
「こら灯弥、お前が変な話をするから従業員さんが動揺してしまったじゃないか。本当にすみません、うちの息子が突拍子もないことを」
父上に軽く頭を小突かれた。
え、これ、僕のせいなの?
「い、いえ、私の不注意が原因です」
仲居さんはペコペコと何度も頭を下げる。
だが、その視線は一瞬だけ、僕の方を射抜くように凝視した。
(……ん?)
その瞳に宿っていたのは、単なるミスへの焦りではない。もっと根源的な恐怖――まるで、知られてはいけない『秘密』を暴かれたかのような驚愕。
(――え、ちょ、まさか)
点と点が、線でつながりかける。
もしかすると、この仲居さんが母親――。
(いやいや、まだ分からない。
あまりにも憶測がすぎる。
まずは、父上から話を聞こう)
「それで、どうなんですか、父上」
「んー、すごく難しい話だが。ごく稀に、そういうことはあるらしい。いわゆる、『半妖』ってやつだな」
「半妖、ですか」
なるほど。
半分人間、半分妖怪。
だから半妖。
アニメやゲームでは定番の設定だ。
僕も昔、憧れたことがある。
母か父、どちらかが妖怪だったらな〜と。
「ごく稀に、ということは結構珍しいんですか?」
「たとえば、カエルと人間が結婚しても、カエル人間は生まれてこないだろ?それと同じさ」
「なるほど……」
確かに、妖怪と人間は全く別の存在だ。
そもそも、妖怪は『生物』なのかも怪しい。
そんな存在との間に子が成されるとなれば、それはまさに『奇跡』と言って良いだろう。
「失礼、しました」
仲居さんが、後片付けを終えて部屋を出ていく。
彼女の表情は、この部屋に入ってきた時とは別人のように真っ白だった。
彼女があの少女の母親なのかはまだ確証がない。だが、少なくとも何かを知っているのは間違いないだろう。
(ちょっと話を聞いてみるか)
「父上、母上、僕ちょっとトイレ行ってきます!」
僕は席を立つと、足早に廊下へ出た。角を曲がった先、小走りで去っていく彼女の背中を追いかける。
「おねーさーん、追加の注文いいですかー?」
「えっ、君は――追加の注文ですか?」
仲居さんは僕の顔を見て、頬を少し引き攣らせる。
だがすぐに平静を装い、従業員らしい口ぶりで対応を始めた。
秘密を隠すつもりはあるらしい。
正直、関係者であることはもうバレバレだが。
(まぁ、偶然にも『不意打ち』が成功してしまった訳だし、顔に出てしまったことを責めるのは酷だ)
僕みたいな小さな子供が、急に、秘密の確信を突くような話をすれば、誰だってビックリする。
「まさかこのガキ、秘密を知っているのか!」と。
動揺が顔に出ても、それは仕方のないことである。
運が悪かった、不幸だったと言っていい。
(そして、不幸はまだ終わっていないのであった)
「はい、オレンジジュースが飲みたくて!」
「承知いたしました。
では、デザートと一緒に持っていきますね」
「あ、それと!――赤鬼と、その娘について教えていただくことはできませんか?」
僕は再び、不意打ちを仕掛ける。
今度は偶然ではなく、意図的に。
「――!?」
不意打ちは、またも大成功をおさめた。
(あー、めっちゃ顔に出てるよ。
やっぱり何か知ってるな、この人)




