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第10話 鬼の『少女』

 父上に、久々の長期休暇が舞い込んできた。


 警察官(公務員)であるところの父上は、基本的に長期の休みを取ることができない――のだが、最近、とある大きな仕事に区切りがついたらしく、久々に長めの休みを貰えたそう。


 いつもお仕事ありがとね、パパン!


「日頃の疲れを癒やすなら――温泉だぁ!」


 というわけで、僕たち篝《かがり》家は山奥の温泉宿へ向かっていた。ちなみに、飼い猫のマタキチはお留守番である。儺流《なる》ちゃんを呼ぶための依代も置いてきたので、旅の間は修行しないつもりだ。


 僕にとっては、転生後、初の家族旅行。

 両親は当初、僕のために遊園地を提案してくれたのだが――。


(遊園地?お子様が行く場所でしょ?)


 僕は丁重にお断りした。


 遊園地なんか行かなくても、この世界は十分すぎるほどにファンタスティックなのだから。


 結局、パパンの要望を尊重する形で温泉旅行に決定。それと道中で、僕のわがままにより『妖怪展覧園』なる施設に寄り道することになった。


「ふわぁぁぁぁッ、すぎょいよォォッ!」


 そこはまさに、妖怪版の動物園だった。

 結界の檻に閉じ込められた妖怪たちが、ずらりと並んでいる。


 一反木綿がひらひらと舞い、化け狸が腹鼓を打つ。

 その反対側では、河童がキュウリを齧っている。

 車輪にオヤジの顔がへばりついた輪入道もいた。


 まさに、妖怪パラダイスである。


 奇声をあげて喜ぶ僕を、妖怪たちが「なんだこのガキ……」という目で見てくる。

 

(ふふ、妖怪たちの視線が僕に集まる。快感ッ!)


 僕はさらに奇声をあげた。


 そういえば、檻の中には餓鬼もいた。

 地獄にいる個体とは違い、驚くほど大人しい。


 ここにいる妖怪はすべて調伏済みなので、餓鬼たちが大人しいのもそれが原因かもしれない。

 

(なるほど。調伏すれば、地獄の餓鬼も大人しくできるのかも。あ、もしかしたら、労働力にもなるか?)


 などと考えていると、父上に首根っこを掴まれた。


「おい、もう宿のチェックインの時間を過ぎてるぞ!

 行くぞ灯弥《とうや》!」


「いやだい!

 僕はもっと垢舐《あかなめ》に全身をベロベロ舐め回してもらうんだい!」


 妖怪との触れ合いコーナーにて、

 僕は今、垢舐《あかなめ》と触れ合っている。


 なぜか興奮した様子で僕の体を舐め回す垢舐《あかなめ》。

 僕の体はそんなに汚いのか?

 まぁ、気持ちいいのでOKです。


「うわッ、ベトベトじゃねーか!

 はよ風呂入るぞ!」


 父上に無理やり引きずられる。


「うわーん、アカナメェ!」


 さようなら、垢舐《あかなめ》。

 君とはいい友だちになれそうだったよ。


※注:アカナメは灯弥の濃厚な霊力を食べていただけです。友情は芽生えておりません。


     ◆


 再び車を走らせること1時間。

 景色はすっかり深い山の中へと変わっていた。


 そういえば、妖怪展覧園の方ばかりが気になって、温泉についてはあまり話を聞いていなかった。


「父上、今日行く温泉はどんなところですか?」


「今日行くのは、『鬼堀谷《おにほりだに》温泉』って場所だ」


「おにほりだに?」


 聞いたことない温泉。

 いや、異世界だから当然か。


「鬼が掘った谷だから『鬼掘谷《おにほりだに》』って名前がついたそうよ」


 僕がきょとんとしていると、隣に座っている母上が温泉のパンフレットを広げながら教えてくれた。


(鬼が掘った谷……だと!?)


 まさか、ただの温泉宿だと思っていたところが、そんなファンタスティックプレイスだったとは。


 なんだか急にワクワクしてきたぞ!


「そのパンフレット、見せてください(キリッ」


「いいわよ〜」


 母上からパンフレットを拝借。

 さっそく、鬼の伝説について調べる。


==========

【鬼掘谷の鬼伝説】(CV : 僕)


 昔々、その山には、人々に悪さを働く鬼の集団が住み着いていたそうな。


 近隣の村から野菜や家畜を奪っていったり、堤防を壊して川を氾濫させたり、とにかく悪さばかりする鬼たちに、人々は困り果てていた。


 そんな時、村を立ち寄った1人の僧侶が、その様子を見かねて、鬼たちに『賭け』を持ちかけた。


「明日の夜明けまでに、この巨大な山を真っ二つに分ける谷を掘ってみせろ。それができたなら、人間を好きなだけ食ってよい。できなければ、二度と人々の前に姿を現すな」


 鬼たちは賭けに乗り、さっそく山を掘り始めた。


(いやいや、さすがに1日じゃ無理じゃろ〜)


 僧侶はタカを括っていたが、鬼たちは自慢の怪力でバリバリ山を砕いていった。


(え、ちょ、これヤバくない?)


 夜明けまでまだ時間があるのに、山はもう少しで真っ二つになろうとしていた。


 このままでは、人々を助けるはずが、人々を鬼の腹の中へ出荷することになってしまう。


(せや、ワシの術式で『偽物の太陽』を空にあげれば、鬼たちは朝が来たと勘違いするじゃろ!)


 僧侶は空に巨大な火の玉を打ち上げた。

 まばゆい炎が、東の空を煌々と照らす。


『ぐえー、負けたンゴ』


 朝が来たと勘違いした鬼たちは、その後、二度と人々の前に姿を現すことはなかった。


 そして、


 その掘りかけの谷から湧き出てきた温泉こそ、

 『鬼掘谷温泉』なのである。


==========


(……なるほど。

 『九十九谷』の伝説に酷似しているな)


 似たような話を、前世で聞いたことがある。

 長野や熊本の、とある集落に伝わる民話。


 『朝までに谷を百個掘れたら鬼の勝ち』という賭けをして、鬼が九十九個目の谷を掘り終えた時に、ニワトリの鳴き声をマネして、朝が来たと鬼を欺く話。


 ところどころ異なる点もあるが、ほぼ同じと言っていいだろう。


(……ふむ、じつに興味深いな)


 前世と異世界で、なぜ似たような伝承があるのか。


 もっと言えば、この世界に存在する妖怪たちも、前の世界で聞いたことがあるものばかりである。

 

(この世界と前世、何か繋がりがあるのかも……)


 まあ、難しい話は後だ!

 今は温泉を全力で楽しまねば!


     ◆


 宿に到着し、さっそく自慢の露天風呂へ。


 季節は初冬。


 葉を落とし切った木々が山を灰色に染めている。


 秋の紅葉も好きだが、

 冬の物悲しさもいとをかし。


(だが、そんなものどうでもいい!)


 僕の目はその先にある『結界』に釘付けだった。


 露天風呂のすぐ向こう側は、一般人の立ち入りが禁じられた『忌避区域《きひくいき》』。つまり、妖怪たちの領域が広がっていた。


 もしかしたら野生の妖怪を、この目で拝むことができるかもしれない!


「父上、あの奥には妖怪がいるんですよね?」


 露天風呂の対岸でぐにゃりと溶けているパパンに確認をとってみる。日頃の疲れを癒しているところ申し訳ないが、緊急の案件なんだ。


「いてもおかしくはないなぁ〜。

 ここは鬼の伝説があるし。

 もしかしたら出るかもな。

 ガオーッ、とかいって」


「本当ですか!

 ぜひ出てきて欲しいです!」


「……お、おう。

 お前は本当にブレないな……」


 父上とそんな他愛もない話をしていた、その時。


――ガサリ。


 結界の向こう側の茂みが、不自然に揺れた。


(……え?)


 そこには、

 僕と同い年くらいの女の子が立っていた。

 頭には、不釣り合いに深い帽子を被っている。


(え、ちょ、危なくない!?)


 ガッツリ、忌避区域《きひくいき》に入っている。

 いつ妖怪に襲われてもおかしくない。


 何やってんだ、あの女の子は!

 僕だって入るの我慢しているのに!

 ずるいぞっ!


「ち、父上!

 あそこに子供がいます!」


「え、あそこは結界の外だぞ。

 そんなわけ……いや待て。

 最近そんな行方不明事件が――」


 冗談だと思った父上も、たびたび起きる『神隠し事件』を思い出し、すぐさま『警官の顔』になる。


「どこだ、灯弥!」


「あそこです!

 ……あれ?」


 しかし、指差した先にはもう誰もいなかった。

 

「……いないじゃないか」


「あれぇ?」


「見間違いか、あるいは妖怪に化かされたか。

 まぁ、あんま気にするな。

 俺はもう風呂を出るが、灯弥はどうする?」


「僕は……まだ入ってます」


「そうか、夕飯までには出てこいよ〜」


 父上は湯船を出たが、僕は確信していた。

 あれは幻覚なんかじゃない。


 本当に、女の子がそこにいたのだ。


(こうなったら、もう一度出てくるまで待ってやる!)


 1人で露天風呂に残り、粘り強く待つこと10分。


(……ほら、やっぱり!)


 再び、木陰から女の子が姿を現した。

 じっとこちらを覗いている。


(迷子か、それとも妖怪の罠か。

 どちらにせよ――接触しない理由がない!)


 幸い、平日の昼間。

 風呂場には僕1人。

 僕が何をしようと、誰にも見られない。


 僕は腰にタオルを巻いたあと、右手を虚空にかざした。


「――死門遊観《しもんゆうかん》」


 空間が飴細工のようにねじれ、楕円状の黒い澱みが出現する。


 僕はその中に入って、地獄に降り立つ。

 そして、すぐに現世への出口を開いた。


 出口の座標は、少女の背後。


 そう、地獄からの出口は僕が決められる。

 一度見た場所を、出口として設定できるのだ。

 ※距離制限あり。


 一瞬の浮遊感。

 湿った土の感触。


 転移成功である。


 少女はまだ風呂場を覗き込んでいた。


 すぐ後ろに、全裸の少年が立っていることにも気づかずに。


「お嬢さん、あまり異性の風呂場を覗くものではありませんよ」


「ひゃっ!?」


 少女が跳ね上がる。


 無理もないだろう。

 さっきまで遠くの湯船にいたはずの僕が、いきなり背後に現れたのだから。


「え、な、なんでなん……っ」


「ここは危ないですから、一緒に戻りましょ

 ――あ、待って!」


 少女は脱兎のごとく山の奥へと逃げ出した。


(なんで逃げんねん!

 って、速ッ!?)


 少女は慣れた様子で、足場の悪い獣道を進んでいく。

 僕も闘気を使って、すさまじい速度で追いかける。


 が、向こうもかなり早い。僕が裸足ということもあるが、追いつくのは手間だ。


 こうなったら!


「もう一回!

 ――死門遊観《しもんゆうかん》!」


 仕方がないのでワープで先回り。

 少女の腕をがっしりと掴まえた。


「捕まえた!」


「きゃっ!」


 少女の体に、急ブレーキがかかる。

 その反動で、少女の被っていた帽子がふわりと宙を舞った。


 そこには、


「え……なに、それ?」


 露わになった彼女の頭頂部。

 そこには、小さな『ツノ』が、対になって生えていた。


(……鬼掘谷の鬼伝説)


 行きの車内で聞いた話が、脳裏をよぎる。


「もしかして……君、本物の『鬼』!?」


 少女の瞳が、みるみるうちに涙で潤んでいく。


「……う、うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 あ、やばい。泣かせた。


「あ、いや、驚かすつもりは、

 ――まぁちょっと、あったけど。

 泣かないで!」


 僕がパニックになりかけた、その時。


――ズドドドドドドドドッ!!


 地響きとともに、木々がなぎ倒される音がこちらへ近づいてくる。


 何かが、こちらへ向かってきている。


(な、なんだいったい!)


 そして、圧倒的な殺気と共に現れたのは――。


「おんどりゃぁぁぁ!!

 ワシの娘になに晒しとんじゃボケェェェ!!」


 身の丈2メートル。

 憤怒の形相を浮かべた、巨大な『赤鬼』だった。


 赤鬼の視界。


 そこには、泣きじゃくる自分の娘と、

 彼女の腕を掴んでいる、腰にタオル一枚の四歳児。


(うん、これはやばいね!)


 客観的に見て、これ以上ないほど最悪な誤解を招く状況だ。

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