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魔導革命物語ー彼は誰時の王国ー  作者: DONAU
二章

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二章 3話

8

[王国暦426年8月27日ーー王都ドナティア]


 両手いっぱいに抱えた袋の中のパンとリンゴを揺らしながら、アンデルは王都の南端、城壁近くにある孤児院へと向かう。大通り近くの商業地区を離れると南側は住宅と大小の工房がひしめき合うように並ぶ。この時期は特にだが、南に行くほど異臭も強く、慣れていないとむせ返るほどだ。そんな中をまだ小さな子供たちが笑いながら走り回っている。

「士官学校の寮に入ってから一回も来れなかったから、五年ぶりかな。ブランシュ先生に怒られそうだ」

しばらく歩くと、当時と変わらない孤児院がアンデルの目に入ってきた。白い壁と青い屋根、小さな尖塔が何箇所かに聳え、まるで小さな教会のような佇まいに、アンデルは懐かしさがこみ上げてくる。

「こんにちは。お邪魔します」

中央棟の扉を開け、荷物を下ろすと中に向かって大きく声をかける。入り口は教会の拝廊のような広間になっており、そこには誰もいなかった。奥の修道士たちの部屋から人が来る気配がする。

「はーい。どちら様ですか」

一人の若い修道士がやってくる。その修道士は、アンデルを一瞬怪訝そうな目で見つめるとすぐに驚きの表情に変える。

「アンデルか。お前、アンデルかよ!」

アンデルもすぐに修道士の事に気づく。

「うわぁ、ベンか。めちゃくちゃ立派になってる」

二人は近づくとお互い手を取りすぐに抱き合う。

「よく来たなぁ、アンデル。もうお前には会えないものと思ってたよ。いや、夢みたいだ」

「ごめんな。なかなか来ることができなかったんだ。ほんとごめん」

「いやいや、こうして来てくれてめちゃくちゃ嬉しいよ。あっ、いけない。すぐ院長呼んでくるから、奥の客間に入っててくれよ。場所覚えてるか」

「あぁ大丈夫」

アンデルの返事も待たずにベンは駆け出していった。

 ベンはアンデルと同じ頃に孤児院に入った、いわば幼馴染だった。一緒に遊び一緒に初等学校へ通い、孤児たちのなかで一番長く一緒にいた。

 拝廊から奥へ入り少し綺麗な扉を開け客間へと入る。

「そうだベンは先生達を手伝いたいってずっと言ってたもんなぁ。教会に入ってたとは知らなかった。でもここで会えるなんて驚いた」

そう子供の頃のベンを思い出していると、客間の扉がノックされる。

「アンデル、入るぞ」

ベンの声が聞こえ、扉が開き、初老の女性が入ってきた。真っ白なウィンプルと呼ばれる頭巾からのぞく笑顔はまさにアンデルの記憶のままの顔、優しさに溢れたブランシュ先生の笑顔だった。

「ブランシュ先生、大変ご無沙汰しております」

アンデルは深々とお辞儀をする。

「よく帰って来てくれました、アンデル。お帰りなさい。元気そうで、安心しました」

ブランシュ先生の言葉がアンデルに届くと、懐かしさや安心感が心を占めていく。アンデルの目には自然と涙がたまる。顔を上げながら誤魔化すように目をこするアンデル。

「先生もお変わりなさそうで、本当によかったです。長くお会いする事ができず、申し訳ありませんでした」

「気にすることはありませんよ。さぁ、おかけなさい」

ブランシュ先生に促され、アンデルはソファーに腰掛ける。

「実は、軍を離れ、先日から大学の研究所に勤める事になりました。ようやく、自由に動く時間ができたので先生にご挨拶をと思い参りました」

「そうですか。軍のお務めご苦労様でしたね。大変だったでしょう。ようやく戦争が終わったことやアンデルが活躍したことは、街にも広がり始めています。私も耳にし、アンデルが無事であった事を知り安心いたしました。本当に良かった」

ブランシュ先生が話していると、ベンがお茶を入れてくれた。

「ベンも一緒にかけなさい」

そう言われブランシュ先生の隣にベンも腰掛ける。

「それにしても、アンデルも立派な男性になりましたね。見違えました。最後は士官学校の寮に入るときでしたね」

「はい、五年程前ですね。いろいろありましたが、あっという間の五年だったように思います。あ、先生これを」

そう言うとアンデルは持ってきたパンとリンゴの袋を出す。

「急ですけど、みんなで食べてもらおうと思い、パンとリンゴだけですけど持ってきました。あともしよかったら今日一緒にお昼も食べさせてもらおうと思いまして」

少し照れくさそうにアンデルが説明をする。

「ふふ。ありがとうアンデル。お昼も構いませんよ。ぜひ皆でご一緒しましょう。丁度お昼時ですね。今日は皆一つ多くパンをいただけます。ベン、いただいたものを厨房に預け皆に伝えておいてください」

「はい。わかりました」

ベンが荷物を抱え部屋を出ていく。

「さぁ私たちもお茶をいただいたら食堂へ参りましょうか」

二人がお茶を飲み、食堂へ向かう途中に昼を報せる教会の鐘が大きく響いた。


 食堂に入るとリフェレクトリー・テーブルと呼ばれる長机が三卓、中央に縦に並べられ、両側に質素な丸椅子が並んでいる。隣の厨房から修道士や年上の子供たちが食事を運び、机に並べている。小さな子供たちは、足をぶらぶらさせたりきょろきょろ周りのうかがいながらも皆しっかりと椅子に座り待っている。

「あぁ、懐かしいですね。この光景、なんだか忘れていましたけど、今ものすごくあの頃のこと思い出しました」

アンデルは部屋の中を見回しながらブランシュ先生に話しかける。

「そうですね。あの頃も今もやり方は変わっていませんからね。さぁアンデルはこちらに掛けてください」

いわゆるテーブルの端、ヘッドの部分にはブランシュ先生が、その横にアンデルの席が用意される。食事も一通り並び終えたようで運んでいた子どもたちや、修道士たちもそれぞれ席につく。

「本日の昼食の前に、皆にご紹介させていただきます。知っている者もいるかと思いますが、この孤児院の出身者でもあるアンデルです」

ブランシュ先生が、集まった皆にアンデルの紹介を始める。

「これまで軍でご活躍されていましたが、この度大学の研究所の所長さんとして着任されることになりました。皆さんにとっては自慢のお兄さんです。またそれぞれご挨拶をして、お話もしてみてください。アンデル、一言どうぞ」

唐突にブランシュ先生に挨拶を促され、少し照れくさそうにアンデルは立ち上がる。

「皆さんお久しぶりです、それに初めまして。ブランシュ先生もおしゃられましたがこれからは王都で暮らしますのでまた時々お邪魔させていただければと思ってます。よろしくお願いします」

パチパチと子どもたちの元気な拍手が響く。

「アンデルありがとう。それではお食事を始めましょう。今日はアンデルが皆さんに、パンとリンゴを持ってきてくださいました。神とともに、アンデルにも祈りをささげましょう」

ブランシュ先生がいたずらっぽくアンデルの方を見て微笑むとすぐに神への祈りを始める。子どもたちもすぐに真剣な表情になり祈りを始める

『我らの守護者たる神よ 願わくばみ名の尊まれんことを

 み国の来たらんことを みむねの天に行わるるごとく

 地にも行われんことを

 ・・・

 神の御業と栄えとは 限りなく汝のものなればなり』

 今まで幾度となく唱えた祈りをアンデルもまた自然と口ずさみ、そして食事が始まる。アンデルの右側にはベンが座り、向かい側には、昔からのベテラン修道女が席につく。もちろんアンデルもよく叱られた肝っ玉母さんのような人だ。

「アンデル。本当にびっくりしたよ。もう戦場でおっ死んだんじゃないかと、毎日枕を濡らしたんだからね」

と、大きな声でその修道女、オルビアさんがアンデルに声をかける。

「オルビア先生、なかなか時間がとれなく、ご挨拶ができずすみませんでした」

薄い塩味の野菜スープを飲もうとしたアンデルは手を置きオルビア先生に謝る。

「まぁまぁ、丁寧な言葉づかいに、いい男になっちゃって。ベンなんかいまだに私に尻叩かれてんのにねぇ、ベン」

突然矛先が向いたベンはかしこまり返事を返す。

「オルビア先生、お食事中です。そのような言葉遣いはお控えください。子どもたちも見ておりますよ」

言った直後、ベンはにやぁと笑みを浮かべアンデルの方を向く。

「アンデル、オルビア先生も変わんねぇだろ。もうこの人はずぅっとこんな感じだ」

「ベン、あとで覚えてなさいな。

 まぁ、それにしても二人ともよくもまぁ立派になってくれたよ。あたしは嬉しいんだよ。あなた達がこの孤児院に来た時からずっと覚えてるからね。アンデルは三歳で、ベンは赤ん坊の時からここにいたからね」

ブランシュ先生も笑みを浮かべながら、周りの皆もパンをかじりながら、スープを飲みながら、オルビア先生の話に耳を傾ける。

「あんなちっちゃな身体で、ヴェスペリオに手を引かれてやってきたときの、アンデルの不安そうな顔は昨日のことの様に思い出せるよ。来てからしばらくはあんた結構お漏らしが多くてねぇ。多分不安とか緊張とか大変だったからだろうね」

「お、オルビア先生そんな恥ずかしいお話は、もう勘弁してくださいよ」

頭を抱えたくなるアンデルだったがオルビア先生の話は無情にも続く。

「何言ってんだい、あんたのお漏らしはこっちも命がけだったんだからね。濡れた布団から寝てるあんたを離そうとするとねぇ、布団から魔法が飛んでくるんだ。最初は死ぬかと思ったよ。毎回じゃなかったけど、あんたの後始末にはみんな命をかけてたんだからねぇ」

ガハハと、修道女とは思えない大きな声で笑うオルビア先生に、ブランシュ先生が苦笑いを浮かべ声をかける。

「オルビア先生、さぁお食事を済ませたらアンデルと子供たちを遊ばせてあげてくださいね。今日はベンもアンデルと一緒にいてかまいませんからね」

 ブランシュ先生の優しい提案で一旦話は終わり食事の手を進める。

「孤児院の食事は静かで厳かだったはず」

と自分の記憶を確かめながらアンデルも食事を終える。

 その日は夕方まで孤児院の子供達と遊んだり、せがまれて軍の話をしたり、少しだけ魔法を見せたりもした。もちろん魔法を見せたアンデルは子どもたちの英雄となるのに時間はかからなかった。


「つ、疲れた。ここ数日、毎日、なんか違う感じの疲れに襲われてる気がする。でも、今日はなんかスッキリしたなぁ。このまま帰ったらしっかり寝れそうな気がする」

皆に『また来る』ことを伝え、孤児院をあとにしたアンデルは、夕焼けに染まる王都の街を足取り軽く帰っていった。


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