二章 2話
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[王国暦426年8月26日ーー王立中央大学]
仕立て屋の主人に教えてもらった店で、筆記具と大量の紙を購入したアンデルは帰り道、屋台で昼食としてパンとリンゴを購入した。ありったけの勇気を振り絞って。
「さぁ、買い物で疲れ果てるわけには行かない。まずはあの時の事を書き出さないと」
パンをかじりながら、買ったばかりの紙を取り出し筆記具を持つ。
「正確に、細かく思い出すんだ。
あの時は・・・」
[魔法の発動時について]
・意思を持って何かしらの魔法を発動していない
・光が発動される直前、前方の地面が広範囲に輝いた
・光が発動される直前、自身の魔力が流れ出す感じはあった
・発動された光は光系の魔法とも異なる、これまでの魔法には当てはまらないものであった
[周囲の状況について]
・地面に設置された罠によって地面はえぐれ、周囲は煙や砂塵に満ちていた
・仲間たちの血で染まっていた
・遅くとも発動後には雨が降っていた
[魔法発動後について]
・光の軌跡状の建造物は灰になっていた
・おそらく円形の光が直線上に伸びていった(抉られた地面が弧をえがいていたため)
・ヴィルジール中隊長を含め軌跡上にいた人は残らなかった
「くそっ」
最後の一文を書き付けるとアンデルは机を拳で叩く。いつまでも消えない記憶を正確に思い起こすことは、アンデルに途轍もない苦痛を与える。
「これはきついよ」
弱音を吐かないと決めていても、身体は反応し冷たい汗が流れる。落ちたペンを拾う指先は震えが止まらない。
いつの間にか日没が近づき部屋も暗くなり始めていた。日用品の店で、ついでに買った蝋燭を蝋燭皿に立てると指先から小さな火の玉を出し蝋燭を灯す。コップの水を飲み、まだ手をつけていないリンゴをかじる。
「訓練とは違う疲れだな」
目頭を押さえながらアンデルはつぶやく。あの魔法の解明は急がなければいけないと、自分自身焦りを感じてはいた。
「仲間たちの為にもあれが何だったのか。早く見つけなければ・・・」
[同年8月27日]
『カーン、カーン、カーン』
日の出を報せる教会の鐘が、開け放した窓から響く。東の空は白み始め部屋の中にも明かりが届き始めた。
「寝ちゃったか。これは思ったより大変な作業かも」
研究室の作業机から顔を上げると大きく伸びをした。研究一日目にして精神的な疲労感に打ちのめされそうになる。
「連続してあの時の事を思い起こすのはさすがに、もたない。あの時の事は少しずつ、だな。今日は別の事を考えよう」
残っていたリンゴをかじりながら早速別の紙を広げ、綴り始める。
[通常魔法の発動について]
・魔法発動の様子を頭の中で想像する
・体内の魔力を感じながら、基本的に手の先に集まるよう想像する
・同時に外へ押し出す形を思い描き魔法として発動する
[周囲の状況について]
・基本的に周囲の状況に左右されない
・極端に集中力を保てない状況下では発動出来ない
[魔法発動後について]
・出力に応じて魔力が抜けていく感覚が残る
・基本的に思い描いた形で発動される
「ざっくりとこんな感じだな。比べると、事前の思い描きの部分と意思の部分に大きな差がある。か」
記載された二枚の紙を並べ思考する。右手の上に小さな炎を出しその大きさを変えながら思考を続ける。
「うーん。どんなに小さな変化だとしてもやっぱり考えているんだよね。あの時も魔法の発動を考えていたのかな」
炎を上下に動かしながら、やはりあの時の事がすぐに浮かんでくる。
大きさを変える事、保ちながら位置を動かす事、どちらも瞬間的とはいえ頭の中で思い描く事で行なっている。炎を消すと壁に向かって光の魔法を当てる。光は太くなったり細くなったりしながら壁を照らす。
「まてよ」
アンデルは椅子から立ち上がると、照らされている壁に向かって歩いていく。伸ばした右手から光が伸び続けている。ただの照射魔法のため、熱や破壊する力は持っていない魔法だ。どんどんと壁に近づき、右手が壁に当たると光は消える。すぐに手を離しても光は消えたままであった。アンデルは右手を見つめると急いで研究室を出ていく。校舎の裏側、正門とは反対側にある小さな林の中まで走ってきた。
おもむろに膝を付き右の手のひらを地面におくと、火魔法を発動する。威力の弱い小さな炎を出す魔法だ。しかし、プスッという小さな音はするが発動はされない。続けて風魔法を出すが、手のひらの周りの砂が舞い上がるとすぐに消える。
水魔法はどうか。手を置いた砂が柔らかくなり、泥になっていく。そして魔法は止まる。
「まって、あの時はなんで魔法が地面から出ていったんだ。今は思い描いてもできないじゃないか。地面から火は出てこない。風も出てこない。水も土に交じるだけ。なぜだ」
しばらくの間アンデルは地面に手をつけながら魔法を繰り返す。どれだけやっても地面からは何も出てこない。
「そうだよ。魔法は基本的に発動する魔法師の身体から出ていくものだ。けれどあの時の光は間違いなく地面から伸びて進んでいった」
校舎のほうから学生たちの声が聞こえ始める。授業が始まる時間だろう。アンデルは立ち上がり膝の土を払うと研究室へ戻っていく。
「今まで考えた事もなかったな」
研究室の椅子に腰を下ろし、右手を見ながらつぶやく。
「でも、だから、あれは何だって事なんだよな」
悩みながら、空腹であることに気づく。
「あぁもう。もう少し食べ物多く買っておかないと。毎回買い物に行かなくちゃだめじゃないか」
当たり前の事に気付きながらアンデルは研究室をあとにする。近くの工房の煙突は煙を吐き出し始めている。親方だろうか、中年の男性が若い男に向かって怒鳴っている。その親方の姿をみているとヴェスペリオ先生の事を思い出す。
「そうだ早いとこ孤児院に行ってみようかな。パンを沢山買っていってあげればお昼も一緒に食べれるかも。正直魔法のことを考えるのが怖いよ」
屋台で沢山の黒パンとリンゴを買うと、両手に抱えながら南へと向かう。孤児院の場所ならわかる、と言わんばかりに大股で街を歩いていく。




