二章 1話
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[王国暦426年8月26日ーー王都ドナティア]
王都ドナティア中心部のやや東寄り、商業地区と住宅地区の境に、広大な敷地を持つ王立中央大学がある。アンデルが正門から入ると三階建ての校舎が左右に二棟ずつ、中央にある五階建ての塔が目に入ってくる。
「神学、法学、人文学、医学部かぁ」
事前に渡された大学概要を見ながら校舎に入っていく。学生数はおよそ二千人とされているが戦争の影響で在籍者は減少傾向にある。それでも校舎内には多くの学生たちが行き交っている。
「失礼します。本日より魔法研究所に着任しましたアンデルです。よろしくお願いいたします」
向かい合うのは学長を務めるドロテオ大司教であった。
「よく来たね、歓迎するよ。実は、私は君が王都の孤児院にいる時、何度か話したことがあってね。あまり気を張らずこれから楽にやってほしい。何かあればいつでも相談にのるから」
笑顔で伸ばされた手を握り返すアンデル。
「そうだったのですね。記憶になく初対面のつもりでした。申し訳ありません。今後よろしくお願いします」
「まだ君が幼い頃の話だもの、聖職者なんか皆同じような格好だ、そんなものだろうね。気にする話じゃないよ。着任にあたり確認しなくてはいけないこともある。さぁかけたまえ」
二人は向かい合いソファーに腰掛ける。
「まず研究所についてだが、正直なところなかなか悩みどころでもあってね。私も立場的に、君の事をある程度聞いている。今回の所長就任はおそらく貴族の何かしらの嫌がらせか圧力なんだろう。けれど大学内では彼らも簡単には手を出せない。そこは安心してくれて構わない。で、君への給金も大学から支払われるから問題ないのだが、研究室への予算に問題がある。通常大学の教員が研究を行う時は、国から研究費が支給されるんだが、今回君に対しての研究費は認められなかったんだ。安心してくれて構わないと言ったそばからで申し訳ない。そのかわりではないが、大学からの給金を通常規定よりも少し多めにしてある。心苦しいところではあるが、当面はそれでやり繰りをして欲しい」
「ご配慮いただきありがとうございます。正直言いますと、私自身突然研究をと言われても何をどうしたらよいのかという状態です。まずはその、あの特別な魔法の解明をできればとは思っていますが」
「うん。それで構わないだろうね。それにあまり焦ることもない。我々は君を守るべき立場にいる。何かあれば手助けを惜しむことはない。じっくり腰を据えてやってくれればいいよ」
「わかりました。そのようにさせていただきます」
「うん。あと一つ少しお節介かもしれないけど、助言だ。君は孤児院で育ち、学校を経て軍に入っている。おそらくだが王都での日常生活を送ったことが無いだろう。いい機会と思って王都をよく知るといい。それもまた君の仕事だ。その事で分からなければヴェスペリオ司教を頼ってもいいからね」
「ご配慮ありがとうございます。まさにおっしゃる通り、ごく普通の生活をしたことがないこと、この数日だけでも痛感していました。この服すら最初どこでどうすれば手にはいるのか分からなかった始末です。ご助言通り、街に慣れるようにもしていきます」
こうして、学長への挨拶を終えアンデルは一度自室へと戻っていった。
「ふぅ、朝から緊張した。ドロテオ大司教か、全然覚えていなかったなぁ」
自室に用意されていたのは、机、椅子、寝台、寝具、棚。実に質素であった。着任挨拶を終えた部屋に戻ったアンデルは椅子に腰掛ける。
「さぁ、今日から正式に魔法の研究だ」
士官学校時代から使っている木製のコップを机に置くとそれに向かい右手を広げる。空中に小さな水の球が浮かび始めたかと思うと、すぐに膨らみコップに飛んでいく。水で満たされたコップを持ちアンデルはゴクゴクと喉を潤す。
「ふぅ。魔法の研究って言われても何をすればいいのかさっぱり分からない。とにかく一番の目標はベルク要塞の時の魔法をもう一度発動できるようにする事か」
飲み終えたコップに風の魔法を当て、乾かしながら棚の一番上へと飛ばす。
「まずは、もう一度あのときのことを整理しないとなぁ。頭のなかからずっと離れないけど、もう一度一つずつ丁寧にやっていこう」
そう意気込むと立ち上がり、隣の研究室へ向かう。扉一枚で隔てられた研究室。しかし、ここにも何もない。自室のものよりは大きな机と椅子、反対側の壁に並ぶ書棚。これだけだった。
「まてまて。まずはいろいろ物を準備しなくちゃ何もできない。筆記具と紙は多めに準備して、あと何がいるんだ。とりあえず買いに行こう。ついでに少し近くを見て回るのもいいか」
アンデルは鞄に財布を入れると大学をあとにする。
厳しい暑さの日は減ってきている。もうしばらく残暑は残るが日没後は風を涼しく感じる日も出てきた。それでもこうして昼間の日差しの中で歩くと汗は出てくる。
大学から西へ、大通りの商店街に向かう。大通りに近づくにつれ街の喧騒がアンデルの耳に響く。
『みずー。みずー。みずだよ』
『さぁさぁ、南部からの商品が届いたよー。見ていっておくれ』
水売りの男、露天商の呼び込み、大通りからは馬車の車輪が石畳の上で大きな音を響かせている。大通り沿いには大きく立派な商店が立ち並び、一本通りを入ると露天商が並び、売り子たちの声が響き行商人が行き交う。にぎやかな王都の様子はアンデルを圧倒する
「はぁ。やっぱり買い物だけでも緊張する」
幼少期を孤児院で育ったアンデルは一人で硬貨を握り買い物に行ったことがない。せいぜい修道女と共に荷物持ちを手伝った程度。士官学校に入ると寮生活を送り、生活用品、消耗品は支給された。学問や訓練に打ち込んだアンデルは一人で出かける事もなかった。そしてそのまま軍に配属され戦場へ赴く。王都に帰還しても訓練か休息日はひたすら疲労回復に努めた。街の中を一人でしかも目的もなく歩いたことはなかった。
「最近、弱音しか出てこない。だめだな、これからは一人なんだ。早く慣れなくちゃ」
買い物のためにぐっとこぶしを握り気持ちを奮い立たせたアンデルは一軒の店に入る。
「こんにちは。あのー、いらっしゃいますか」
アンデルは緊張を隠しながら店の奥に声をかける。
「はーい。いらっしゃいませ。あっ、こないだの、大学勤めの兄さんか、もう一着服が必要になったかい」
「いえいえ、あの大変申し訳ないんですが、筆記具や紙を売っているお店を教えていただけないかと思いまして」
アンデルが入ったのは、先日研究所着任前に服を購入した仕立て屋だった。
「はははっ。兄さんほんとに街に慣れてないんだねぇ。まぁ、かまわんよ。そうだな、ここからもう少し南にいけば細かな日用品を売ってる店がある。もっと安い方がいいなら露天商だけど、これは自分で探さないとわからんね」
「ありがとうございます。南のお店に行ってみます。ほんとにありがとうございます」
「あぁ、どういたしまして。また服が必要になったらうちに来てくれよ。それに、どこでもかんでも尋ねてたら簡単にだまされるよ。十分気をつけな」
お礼をして店を出るとアンデルは南に向かう。
「良かった。あのお店のご主人ほんとに親切で助かった」
このエピソードから二章になります。
よろしくお願いします。




