四章 1話
いつもご覧いただきありがとうございます。
本日の投稿より四章に入ります。
ここまで、毎日投稿を続けて参りましたが、ストックが少なくなり、また終盤に掛けての構想の調整もあり、当面毎日の投稿を中止し、週二回ほどの更新に変更させていただきます。またストックができ次第もしくは最後まで書き上がった際には毎日の投稿に変更させていただきます。
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[王国暦426年10月中旬]
日中は暑さを幾分残す中、朝晩はすっかり寒さを感じるようになっていた。街路樹の種類によってはすでに葉の色を変えつつある。帝国への勝利に沸いてからすでに三ヶ月近く経ち、自分たちの生活に劇的な変化は起きない、と理解した平民たちの暮らしはこれまでと同じように営まれている。
王立中央大学の研究所では、今日もまたアンデルが机に向かい、一心に図形を描いてはその図形に向け雷魔法を発動している。
「円の中の図形が、魔法の属性を決定づけていることはわかっているんだ。火は円、風は三角、水は四角、土の五角形。それに光は楕円、結界魔法は五角形と楕円・・・」
雷流が特定の形状で流れることで、魔法が発動されることを発見したアンデルは、それ以来、その図形の応用にのめり込んでいた。三角形をずらしながらいくつも配置してみたり、異なる図形を組み合わせたりと、それこそ果てしない組み合わせを試していた。
「上手くいかない。中の図形を増やしてみても威力や魔法の種類は何も変わらない・・・」
アンデルは夜中に、濡れた紙を使って光の模様を浮かび上がらせる実験も繰り返していた。これは雷魔法ではなく特定の魔法を紙から発動させるもの。そのため、瞬間的に模様を確認することができる。浮かび上がるわずかな時間で模様を覚え、それを紙に写すと、雷流を流す。その繰り返しであったが、実験はうまくいかなかった。
アンデルが図形を描いた紙の束を脇に挟みながら、一枚の紙を眺めぶつぶつとつぶやきながら街を歩いている。買い出しの途中ですら、この有様であった。
「だから、私にやらせてよ。この設計ならもっと強度が上がるんだって!」
王立中央大学の南、工房が建ち並ぶ一角から若い女性の叫ぶ声が響く。
「必要ない。今までこれでやってきたんだ。変える必要はない」
一階部分が工房の作業場となり何人かの職人が、そんな騒ぎを気にすることなく、自分たちの作業を続けている。女性の訴えを軽くあしらっているのは、その工房の親方だろうか。髭を蓄え、坊主頭の男性は、その女性のほうを見ることもなく答えている。
「親父・・・。南部の大学まで行って、学んだことを生かしたいだけなの。なんで一つも聞いてくれないの」
親父と呼ばれた男性は、作業場の椅子から立ち上がり工房前の道に立つ女性のもとへと近づいていく。
「マリー。俺はお前に仕事をしてほしくて南部に行かせたわけじゃねぇ。戦争の中、気の強いお前をもらってくれるような男もいねぇと思って、南部で気ままにやってくれれば良かったんだ」
この言葉に、マリーはさらに感情を昂ぶらせた。
「なっ・・・、何言ってんのよ。私はそんなつもりこれっぽっちもなかったわ。勝手に南部に行ってこいって言われて、しぶしぶ行って、まじめに勉強して、戦争終わって戻ってきたらそんなこと言って。私は、なに・・・、私は父親の言う通りに生きなくちゃだめだったの?」
マリーは、これまでの自分なりの努力が全くの無駄だったかのように言われ頭が真っ白になる。こちらを向かず、工房の方を向く父親の背中に感情を抑えられずに手をあげる。何度か父親の背中をたたくと、男は振り返りマリーの手を払いのける。父親の背中に届こうとしていたマリーの手が横に払われると、マリーはバランスを失い道の真ん中へと倒れ込みそうになる。
ぶつぶつとつぶやきながら歩くアンデルは、まわりが見えていない。研究をするようになってから頻繁に見られる悪い癖であった。その時もアンデルには、道を囲む野次馬も、工房の前で声をあげる女性の姿もまるで目に入っていなかった。
紙を見つめながら下を向き歩くアンデルに突然女性がぶつかってきた。
「うわぁ・・・」
情けない声を上げながら、アンデルはぶつかってきた女性をとっさにかばいながら道に倒れる。脇に抱えていた紙の束が道にばらまかれた。
「おい、大丈夫か」
マリーの父親が慌てて二人に近づいてくる。アンデルと重なるように倒れたマリーの身体を支え起き上がらせる。
「私は大丈夫よ。この人が支えてくれたから」
マリーは体に怪我がないことを確かめると、服についた土ぼこりを払いながら答えた。
「おう、兄ちゃん悪かったな。怪我はないか」
父親はアンデルの手を取りながら申し訳なさそうに謝る。
「はい、私は大丈夫です。こちらこそ前を見てなかったもので、すみませんでした」
アンデルは頭をかきながら立ち上がった。
「いや、悪いのは俺の方だよ。怪我がなくてよかった」
アンデルとマリーの父親がお互いに謝り合っているとマリーが声をあげる。
「ちょっと、これはなに?」
アンデルが声のする方を見ると、マリーが散らばってしまった紙を手に取り驚いた表情で見入っている。
「マリー、大声を出すな。よそ様の物を勝手に見て、失礼だぞ」
父親がマリーをたしなめる。
「親父、ちょっと待って。この図形はあなたが描いたの?」
父親の言うことに耳を貸さずにマリーはアンデルに尋ねる。
「えっ、はい。それは私が書いたものですが・・・」
「これは何?図面には見えないけど、何を描いてるの」
アンデルの返答に被せるように問いかけを続けるマリー。
「それは、その・・・」
どう答えるべきかアンデルが迷っていると工房の方から声がかけられる。
「マリー、まずはその紙を拾ってその方に返しなさい。さぁ、父さんも一緒に。迷惑をかけた上に困らせてどうするんですか。失礼すぎますよ」
工房から若い男が歩いてくると、散らばってしまった紙を拾い上げながら二人に注意をする。三人が紙を拾い集めると若い男がアンデルに手渡しながら謝る。
「申し訳ありません、父と妹が大変失礼しました」
「ありがとうございます」
アンデルは、父親とマリーとは違い非常に丁寧に対応され、安堵の表情を浮かべる。
「兄さん、待って話を・・・」
マリーがそれでも兄にすがりつく。
「申し訳ありません。もしお時間があるようでしたら工房のほうにお越しいただいてもよろしいですか。お詫びもございますので。可能なら、妹のマリーにお付き合いがてらお茶でもいかがでしょうか」
丁寧な言葉ながらも、同じ家族であることを感じさせる強引さで男はアンデルを工房へと連れて行く。
「はぁ、まぁ少しなら・・・」
アンデルの弱々しい同意は、誰の耳にも届いていなかった。
「さぁ、かけてください。父さんも、マリーも座りな」
工房二階にある応接室に連れてこられたアンデルは、勧められるままに椅子に座る。
『なんだか「工房の二階」には縁があるなぁ・・・』
などとのんびり考えていると、アンデルの正面に腰掛ける男が話を始める。
「改めて大変失礼しました。申し訳ございません」
男はやはり丁寧に頭を下げる。
「まず自己紹介を。こちらは我々の父、このラバール工房の親方でドミニクです。私はその息子でケヴィンと申します。で、これが私の妹マリーです」
ケヴィンはさっと三人の紹介をする。
「私はアンデルといいます。王立中央大学で働いています」
「大学の研究者なの?」
マリーが大学という部分に真っ先に反応する。
「マリー待ちなさい。お前もまずアンデル君にしっかりと謝りなさい」
そう言われると少し申し訳なさそうにアンデルをみながらマリーは謝罪の言葉を告げる。
「ごめんなさい、アンデル。父さんとの喧嘩に、あなたを巻き込んでしまって」
「怪我もありませんでしたし、私のほうは問題ありません。ところで、この工房はどのような物を作っておられるんですか?」
アンデルは巻き込まれたことを気にする様子もなく、興味を持った工房について尋ねた。その質問にドミニクが答える。
「ここは、主に建築に関わっている工房だ。建物やそうだな、橋の建設なんかもする。ついでに家具なんかも触ったりする」
ドミニクが自信を持って工房を説明していることが伝わるほど堂々と答える。
「そうでしたか、橋なんかも手がけてるんですね。すごいですね」
アンデルが素直に称えるとドミニクの表情が明るくなる。
「はは、俺の父親が開いた工房なんだがな、まぁここまででかくしたのは俺だ。ははは」
「私はその跡取りとしてここで働いています。まぁまだ学ぶことが多いのですが」
父親の自慢を流すようにケヴィンが話を続ける。
「マリーさんもこちらで働いておられるんですか?」
アンデルの何気ない質問にマリーは表情を険しくさせる。
「ふん、私みたいな女が工房にいて悪かったわね」
冷たく言い放つマリー。
「えっ、いや全然そんなつもりではないのですが。・・・申し訳ありません」
意外な反応にアンデルは戸惑いながら謝る。王国では確かに、製造に関わる工房で、女性が働くことは稀であった。ただアンデル自身はそういったことを知らなかった、純粋な質問であった。そのため自身の質問がマリーの機嫌を損ねるとは思っていなかった。
「あぁ、ごめん・・・。親父と喧嘩ばかりで、私も少しひねくれていた。あなたにそんなつもりはないってこと、わかるわ。ごめんなさい」
戸惑うアンデルの姿にマリーは罪悪感を感じ謝る。
少しの間部屋に沈黙が流れると、先ほどのことを思い出したアンデルが再びマリーに口を開く。
「そうだ。マリーさんは先ほどこの紙を見て驚かれていましたが、この模様に何かありましたか?」
アンデルにそう問われるとマリーはハッとしてアンデルを見つめる。
「私も忘れてた。そう、その図形、何を描いてるの?最初何かの設計図かと思ったんだけど、ちょっと違うみたいだしね」
マリーの純粋な好奇心に、アンデルは非常に困っていた。簡単に説明できる話ではなかった。再び沈黙が部屋を支配した。




