四章 2話
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[王国暦426年10月中旬]
「うーん。父さんはそろそろ工房に戻ろうか。いないままでは職人も困るだろう。それからマリーはお茶を入れてきてくれるかい」
アンデルが答えられずに固まるなか、ケヴィンは家族に指示を与えていく。ドミニクもマリーもしぶしぶと従い動き出す。二人が部屋から出るのを待ちケヴィンはアンデルに話しかける。
「アンデル君、すまないね。困らせてばかりのようで」
「いえ、そんなことは」
ケヴィンの気遣いにアンデルは恐縮する。
「手短に、君に頼みたいことがあるんだ。マリーをしばらく預かってもらえないかい」
「・・・?」
予想もしない提案にアンデルは返す言葉も見つからない。
「私達兄妹は、まだ幼い頃に母を亡くしていてね。父が男手一つで育ててくれたんだ」
続けて身の上話をするケヴィンに戸惑いながら、アンデルは耳を傾ける。
「そのせいなのか、あの子はご覧の通り男勝りに育ってね。父はそのことを、自分のせいじゃないかって悔やんでいるんだ。だからつい仕事よりも将来の心配が勝って、いつも言い合いになってしまう」
マリーの態度を思い浮かべながらアンデルは頷く。
「私はね、あの子がやりたいようにすればいいとは思ってるんだが、父の気持ちも十分理解できる。なかなか、どうすればいいか悩んでいたんだ。そこに突然君が現れた。君は噂の新しい研究所の所長さんだろ?」
名前こそ発表はされていなかったが、英雄と魔法研究所のことは王都の住民に周知されていた。
「まだ若い君と大学に勤めているという話でだいたいそうだと思ったんだ」
そう言われアンデルは頷いて答える。
「どんな研究なのかもちろん知らないけど、君の持っていたものにマリーが興味を抱いていた。どんな風に使ってくれても構わないし、どうだろう。マリーを預かってもらえないだろうか」
ケヴィンはアンデルに対し深く頭を下げた。
「・・・いや、けどマリーさんはそれでもいいんでしょうか」
はっきり断れないアンデルは遠回しに答える。
「それは問題ないよ。私がそうさせるから」
笑みを浮かべながらケヴィンは顔をあげる。アンデルがさらに戸惑っているとお茶を用意してきたマリーが戻ってくる。
「兄さん、また悪そうな顔をしてるけど何を話してたのかしら」
ケヴィンの笑顔を横目で見ながら、アンデルとケヴィンにお茶を出していく。
「ありがとう、マリー。今、アンデル君にマリーを預かってもらえないか頼んでいたんだ」
「ちょっと兄さん何言ってるの!」
マリーが驚いてケヴィンを睨む。
「落ち着いて。マリー、今のままでは大学でせっかく学んできたことが無駄になってしまう。父さんにマリーの気持ちを理解してもらうには、もう少し時間が必要なんだ。マリーの発想や考え方は、私よりも優れていると本気で思ってるんだ。けれど父さんに認めてもらうのはまた少し違う問題なんだよ」
ケヴィンの優しさに満ちた説得にマリーは聞き入っていた。
「アンデル君の所で、マリーが役に立てるかはわからないけど、家ではない別の場所でお前の力を試して欲しいんだ。その間、私も父さんを説得するよ。とにかく今の状態を続けていては誰の得にもならないと思う」
ケヴィンは一気に言葉を続けマリーを説得する。
「仮にそうだとしても、アンデルは迷惑でしょ。いきなり過ぎるわ」
マリーはアンデルを見ながらケヴィンに答える。アンデルはケヴィンがマリーを説得する話を聞くうちに何とかしてあげたいという気持ちが芽生えてはいた。けれどやはり、魔法の研究に無関係な人を巻き込むことにためらいがあった。
「あの、まず預かるということですが、私の方からも研究所としても、マリーさんに給金をお渡しするのが難しいです。予算もありませんので。それと、大きな問題が一つありまして・・・私とともに研究を行うことは命の危険を背負うことになります。そのような状況ですので、お預かりというのはとても・・・」
いろいろ考えながらアンデルは決定的な理由を挙げ断りを入れようとする。
「ちょっとアンデル。何、命の危険を背負うって。すごいじゃない」
「えっ?」
マリーの反応が、思い描いていたものと違ったことに動揺するアンデル。
「なら一緒に背負うわ。よく分からないけど、命をかけて研究するんでしょ。かっこいいじゃない」
「えっ?」
「アンデル君、給金については心配しないでほしい。マリーの給金、というか生活費は工房が全部持つから何の心配もしなくていいよ。当然だよ、こちらからお願いしているんだからね」
「えっ?」
ケヴィンがさらに追い打ちをかけるように、アンデルの逃げ道を塞いでいく。
「それじゃ、今日からで構わない。アンデル君、マリーのことどうかよろしくお願いします」
まるで決定したかのように感謝を示すケヴィンに、アンデルはどう答えたら良いか分からず固まる。
「それなら、私は荷物を準備してくるわね。アンデル、少しだけ待ってて」
マリーもすでに決定したかのように動き始める。
「ここです。どうぞ・・・」
結局、何も言い返せず、勢いに負けてしまったアンデルはマリーを大学の研究室に案内していた。
「殺風景な部屋ですね」
マリーの第一声であった。
「すみません、他に誰も使わない部屋なので」
「それにしても・・・、そっちの部屋は?」
研究室の奥にある部屋を指し、マリーは困り顔のアンデルに尋ねる。
「そこは、僕が暮らしている部屋です・・・」
消え入りそうな声でアンデルが答える。
「えっ・・・。アンデル、君はここに住んでるの?」
マリーは目を大きく開きながらアンデルの方を見る。
「まぁ、そのはい。僕は孤児だったので、家がないんですよ」
返答を聞くとマリーはすっと近づきアンデルを突然抱きしめる。
「そう・・・大変だったんですね」
「ちょっ、マリーさん!離してください」
アンデルは顔を赤くしながら、慌ててマリーの体を離す。
「ふふ、照れなくてもいいのに。これからは私を姉さんと呼んでくれてかまわないわ」
「いきなり何を・・・無理です。それよりも、いろいろ確認しなければいけませんので、椅子にかけてください」
「わかりました。あっ、でも姉さんと呼ばれても私は問題ないので、慣れたらお願いしますね。私、弟か妹がずっとほしかったんです」
ラバール工房の人達の雰囲気は、アンデルのこれまでの経験の中には含まれていない類いのものだった。嫌な気分ではないもののアンデルは翻弄され続け疲れていた。
「マリーさん、少し真面目な話をします。いいですか」
お互い向き合って椅子に腰掛けると、アンデルはマリーを見つめながら話し始める。
「工房の方でも言いましたが、命の危険ということについてもう少ししっかりと説明させてもらいます」
真剣な表情で話すアンデルを見ながらマリーは頷く。
「僕が今取り組んでいるのは、魔法についてです。そしてその研究がもう少し進むと新しい発見、魔法についての新しい考え方が誕生する可能性が非常に高いんです」
「それはなんかすごそうだけど、何で命まで危険になるの?」
マリーにとってはごく当たり前の疑問だった。新しい発見や発明は職人にとっても目指すべき目標の一つ。それが命の危険とどう結びつくのか分からなかった。
「マリーさんは異端審問会をご存じですか?」
アンデルは一人緊張しながら問いかける。
「異端審問会・・・。確か教会の何かよね。昔何かのおとぎ話にあったような気がするけど、分からないわ」
アンデルにとっても異端審問会は実在するのかすら分からなかった存在。当然、魔法すら普段縁のない平民にとってはなじみがなくて当然であった。
「そうですよね。・・・異端審問会は、教会が説くその教義に、著しく背く言動や行為をした者たちを、人知れず消していく存在です」
「・・・人知れず消すって、殺すってこと?」
「はい。・・・僕の研究は結果によっては教会の教義を著しく侵す可能性が高いんです。なので、そうなった場合、僕は異端審問会から死ぬまで狙われることになると思います」
アンデルはバスチオンとの話を思い返しながら、静かに説明する。
「何それ、本当に教会ってそんな無茶苦茶なことするの?新しい発見とか、発明って素晴らしいことじゃない。王国は南部と比べるといろいろと遅れてる部分が多いと思うの。それなのに、新しいことをつぶしてたらますます遅れるじゃない」
マリーも南部で学んできた最新の学問を身体で経験することで、北部との差を実感し、そうした研究への取り組み方の違いに当初大きな衝撃を受けたことを思い出す。
「僕も最近まで、その審問会が実在するなんて思っていなかったんですが、教会の方から話を聞いたり、実際に審問会に追われ続けている人と出会いました。間違いなく存在し、かつ僕が今後狙われる可能性が高いことも確信しています。マリーさんがこのまま僕と研究をともにされた場合、おそらくマリーさんも狙われることになります」
深刻な表情で伝えるアンデルの様子をマリーもまた真剣な表情で見つめる。
「僕一人なら、審問会から逃げ続けることはできるかもしれません。王都には居られないでしょうが。でも僕の力で、マリーさんを守ることはできないんです。自分と同時に他の人を守る余裕はないと思うんです。だから、あなたはこのまま工房に帰って欲しいんです」
アンデルは悲痛な思いを込めてマリーに正直に告げる。マリーはすっと目を閉じながら腕を組む。研究室の空気が張り詰める中、昼を報せる教会の鐘の音が街に響いた。




