三章 8話
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[王国暦426年10月上旬]
メルリポートの街の朝は早い。露店が連なる港の市場では日の出とともに商人たちの呼び込みの声が響き、屋台ではすでに仕込みを終えた数々の料理から食指を誘う香りを漂わせている。
トマスの店に集まった男達は、夜通し語り合った疲れも見せず動き始めていた。それぞれの役割を確認し合い必要な準備を整えていく。
「まず、ベンリルに行く者についてだが、私とマリルそれにエルベールさんとフレデリクさんの四人だ。カイルとホルガーは街に残ってもらう。カイルは言っていたようにこの店を回しながら、鉱石の活用法を当たってもらう。ホルガーはカイルについて店のことを学びながら、いつでもベンリルに移動できるように準備をしてもらいたい」
トマスはそれぞれの役割を指示していく。
「出発は三日後を考えているが、これはまだ未確定だ。マリルはそれまでのあいだ、ホルガーから旧帝国領についてなるべく多くを学んでおいてくれ。エルベールさん達は基本的にお任せします。一応護衛契約は出発時からとしていますので、私から特に行動を制限するつもりはありません」
トマスは一息つきながら皆を見回す。
「わかりました。一つお願いなんですが、私も出発までカイルさんについて、商売を見させていただいてもよろしいでしょうか」
フレデリクはトマスに尋ねる。商売について詳しくないフレデリクの純粋な好奇心であった。
「えぇ、それは構いません。カイル頼めるか」
トマスが自分の後ろに立つカイルに確認をおこなうとカイルは力強く頷き、任せてくれと返す。
「まぁ、俺は街をぶらぶらしておくよ。あぁ、できれば出発まではこの店で寝泊まりしたいんだが構わんか?」
エルベールも続けてトマスに尋ねる。
「えぇ、三階に空き部屋がありますので、後でマリルに案内させます。あとホルガーも落ち着くまでは三階の部屋を使ってくれて構わない。慣れてきたらメルリポートで部屋を借りてくれてもいいし、そこは任せるよ。ただホルガーは、この街とベンリルを行き来したり、北部を回ってもらう事も多くなると思う。部屋を新しく借りるよりは三階を自由に使い続けてもらったほうが都合はいいかもしれないね」
トマスの店の三階は住居になっており、中央の廊下を挟みいくつかの部屋があった。兄弟三人がそれぞれ部屋を使っているが、それでもまだ部屋は余っていた。
「わかった。当分はその部屋を使わせてもらう。後のことはまたその時考える。ただ、俺も最初からベンリルに行くと思ってたけどこっちに残るんだな」
自分が帝国出身であることから、ベンリル行きについていくと思っていたホルガーにとって、この街に残ることは意外に思えていた。
「えぇ、もちろんベンリルにあなたがいてくれたほうが良い事も多いと思うのですが、やはりあなたの運送経験は我々にないものなんです。大量の物資などを取りまとめて自分で動かすことのできる能力は私達にとっては非常に貴重な存在です。おそらく最初はベンリルから物を動かすよりも、ベンリルに物を集めるほうが先だと思います。ですので最初はこの街で、自分で物資を取りまとめ、運べるように準備をしてもらいたい」
「なるほど、わかった」
頷きながらホルガーは短く返事をする。ホルガーは、これまで続けてきた仕事をもう一度挑戦できることを内心喜んでいた。ただ、上手くいかない南部での日々、昨日の食堂で騒ぎを起こしてしまったときから今までの短い時間にあまりにも変化してしまった環境に、戸惑いを隠せないのも事実であった。
「いつでも対応できるようにしておく。・・・カイル、よろしく頼む」
ホルガーは不器用ながらも、カイルの方を向き小さな声でつぶやきカイルと手を交わした。
ベンリル行きの準備は大方済んでいた。最終的な護衛問題を残す段階で、新たな仲間を得たトマスは、すぐにでも出発したい気持ちを抑え、仲間との時間を取りながら過ごした。
三日後、ベンリルへ向けた出発の日を迎える。
「カイル、こちらでのこと頼んだよ。無理をして焦る必要はない。何か難しければ手紙で尋ねればいい。返事を待ってからで構わないからね」
トマスは大きな鞄を横に置き、カイルの肩に手を添え、優しく話しかける。メルリポートの港で乗船を待つ人々の中で、二人もまた別れを惜しんでいる。
「はい、兄さんも体に気をつけてください。無理をするのはいつも兄さんの方ですから」
カイルも笑顔で答える。
「マリル、兄さんのことくれぐれも頼むぞ」
カイルは、トマスの横に並ぶマリルにも声をかける。
「はい。まずはトマス兄さんの足手まといにならないよう頑張ります。カイル兄さんも頑張ってください」
下の兄弟二人で互いに手を握り交わす。
「ホルガー、カイルの事見てやってくださいね。あれは少し一人で無理をしすぎる。私はあなたの人生の経験を頼りにしています」
トマスは兄弟たちに聞こえないよう、ホルガーに近づきそっと耳打ちするように伝える。
「まぁ、俺にできる事なんてたかが知れてるが、あなたには感謝してる。その分は働くよ」
相変わらずぶっきらぼうな物言いで答えるホルガーを、笑顔で見つめながらトマスはその大きな背中を叩きながら笑っている。
「はぁ、いよいよ北部への帰還だな」
港に広がる市場を眺めながら、エルベールは隣に立つフレデリクに話しかける。
「えぇ、これだけ旅をしたこともありませんでしたが、あっという間でしたね」
フレデリクもまた、北部にはなかった賑やかな景色を見つめながら答える。
「あぁ、そうだな・・・」
朝の賑わいにはそぐわない、浮かない表情のエルベールはそこで口をつぐむ。
それぞれがこの先に思いを馳せながら、ひとときの別れを惜しむ中、乗船の開始が高らかに告げられる。トマスたちもまた、その合図とともに船へと乗り込む。街に残る二人が港から見つめる中、船はゆっくりと進み始める。港から離れ始めた船は大きな帆を広げ、北へと船首の向きを変える。徐々に遠ざかる船はやがて航跡を残しつつ、港からはその姿が見えないほどに進んでいった。海の先、地平から昇り始めていた太陽が海面を照らし、まるで光の帯が揺らめくように見せている。トマスたちの新たな一歩は今まさに始まった。




