三章 7話
41
[王国暦426年10月上旬]
エルベールとフレデリクが立ち上がりトマスを睨む。その姿にトマス以外の三人は緊張する。ホルガーは杯を置き、いつでも立ち上がれるよう足に力を入れる。カイルとマリルも自然と体に力が入る。
「なんでアンデルの名前を知っている?」
エルベールはこれまでになかったような低い声で、相手を威圧するかのようにトマスに問う。
「・・・」
フレデリクもまた、無言のままトマスを探るように鋭い視線を送る。
「アンデルは本当に大事にされていたんですね。・・・申し訳ありません。意地の悪いやり方でアンデルの名前を出したことをお詫びします」
トマスは二人の様子に萎縮することもなく、笑顔のまま二人に頭を下げる。
「改めて説明をしますので、どうかおかけください」
トマスはソファに向け手を伸ばし着席を促す。二人はしぶしぶとそれに従い腰をかけた。
「先ほど、ホルガーさんとの話でも言ったのですが私は王都から旧帝国領へと旅をしました。その旅というのは、アンデルに同行させていただいたものだったんです」
その説明に驚きを隠せずエルベールはフレデリクの方を見る。フレデリクは真剣な表情で頷いている。トマスはそのままアンデルに同行を申し入れた経緯を二人に説明する。
「それは驚きました。まさか、トマスさんがアンデルのお知り合いだったとは」
フレデリクはトマスの様子からおそらく嘘ではないと感じ、だからこそ自然と驚きを口にする。
「はい。私も驚いています。旅の道中、アンデルから、軍にいた頃の話をたくさん聞きました。それまでの孤独な環境とは違う、まるで家族のような居場所だったと、先鋒大隊のことを、本当に嬉しそうに話していましたので」
「そうか、あなたにそんな風に話したのか・・・」
エルベールは顔を上に向ける。三年という期間、ともに過ごしたアンデルの姿が頭の中によみがえってくる。
「そして、ベルク要塞で彼は祈りを捧げ、仲間と語らっていました。彼にとって、それはとても大切な時間だったと思います」
フレデリクは下を向ききつく目を閉じる。あのベルク要塞での戦いのあとから、アンデルは何かを必死で押し隠すようなそんな様子をフレデリクは感じていた。そんなアンデルがあの地で、仲間と語ったという。フレデリクに深い安堵の気持ちが駆け巡る。エルベールもまた、ふぅっと長く息を吐き出し目を閉じる。
「その後アンデルと私はベンリルに行きました。そこで、とてもいろいろあったのですが、私も分からない内容もあります。アンデルが何を見て、知ったのかはまた本人に聞いてください」
トマスは、バスチオンとアンデルにどのようなやりとりがあったのかは詳しく聞いていない。アンデルが言わない以上トマスから尋ねることもなかった。
「まぁ、私も短い期間でしたがアンデルといっしょに様々な経験をしました。信じていただけるかはわかりませんが、実はアンデルを私の三人目の弟として扱うとまで伝えているんです。だから私は絶対にアンデルの味方のつもりでいるんですよ」
トマスは再び笑顔でエルベール達を見る。
「そのアンデルが嬉しそうに家族だと説明してくれた、まさにそのご本人達にお会いしたのですから、そのあまりにも偶然さに驚くとともに、お二人のことをすぐに信頼することができたのです」
「そりゃ驚くわ」
エルベールはトマスに顔を向け笑う。
「疑うなら、どこまでも疑えるが・・・俺もトマスさんのことは信じるわ。アンデルにあったらすぐわかるしな。それにアンデルも、あんたのこと兄貴だと認めたんだろ。なら俺たちは家族みたいなもんじゃねぇか。なぁ、フレデリク」
そう言ってエルベールはフレデリクの肩をご機嫌に叩く。
「まぁ、エルベールの言う通り、アンデルに会えば真実はわかることです。そんな状況で嘘も何もないと思います」
フレデリクは腕を組みながらトマスに答える。
「ありがとうございます。私もお二人にこうして出会えて本当によかったです。それでは・・・」
トマスが話を進めようとするとエルベールがそれを止める。
「待ってくれ。その前に一つだけ話をしておきたい」
真剣な表情でトマスを見つめながら、エルベールは自らの話を進めていく。
「二十年と少し前、俺には結婚したばかりの妻と、生まれたばかりの男の子がいた。俺はまだまだひよっこの兵士で、必死であちこちの戦場を駆け回ってた。あの年、王国で流行り病が広がってな。妻と子供もその病にかかっちまった。本当なら薬を飲んで安静にしてれば治る程度だったんだけどよ、その時は貴族や軍にも広がったんだ。国中の薬は貴族や軍に優先して回されて、平民にはほとんど回ってこない状況だった。俺がようやく休暇を取り、家に帰ったときにはもう二人ともダメだったんだ」
皆が息を潜めてエルベールの話に耳を傾ける。
「泣いたよ、一生分な。戦争中の国の中ではよくある話の一つに過ぎない。けど俺は後悔した、家族も守れずに、偉そうに軍人やって国を守るなんてな・・・それから俺は無茶苦茶に戦った。いつ死んでもよかったからな。けど、死ねないまま肩書だけ偉くなっていった。いつの間にか俺の周りには、慕ってくれる部下ができ、信頼できる仲間が増え、俺はそいつらを守ってやらなくちゃいけなくなった。でっけぇ家族みたいだって思ってたんだ。そんな中で三年前、アンデルが俺の隊に配属された。あいつは戦争で父親を亡くし、病気で母親を亡くした孤児だ。・・・俺はまるで息子に会ったみたいに思えてな。他の隊員には悪いけど、あいつには少し気持ちが入っちまったんだ。こいつは絶対に死なせるわけにはいかないと思ってた。けど俺たちがいたのは、いつ死んでもおかしくない場所だ。正直苦しかった。まぁ戦争が終わってあいつは軍から離された。憤る気持ちもあったけど正直ホッとしたんだ。・・・まぁ、上手くまとめられんが、要はアンデルを裏切ったら俺は容赦しない。それだけは覚えといてくれってことだ」
そう言うとエルベールは頭をかきながら誰もいない部屋の奥へ顔を向ける。
「・・・。ふふ、エルベールさんがアンデルのお父さんなら兄である私もエルベールさんの息子です。私は誓ってアンデルを裏切ることはありませんよ」
「そんなおっさんの息子はいらん」
そう言うと大きな声をあげてエルベールは笑う。トマスもまた、つられて声を出して笑った。ひとしきり笑うと二人は力強く握手を交わす。
「まぁ、頼まれた分なら何でもしてやるよ」
エルベールはトマスの手を力強く握りながら伝える。
「頼りにさせていただきます。父さん」
トマスはもう一度笑いながらエルベールの手を強く握り返した。
話の中心となったアンデルが不在の中、その一風変わった家族たちが新たな繋がりを築く頃、街には朝の光が差し込み始めていた。




