三章 6話
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[王国暦426年10月上旬]
トマスとホルガーの会話が終わり、応接室の空気も幾分和らいだものへ変わる。すでに日付もかわり、しばらくすれば空も白み始めるころだろうか。皆で空けた酒の瓶もずいぶん増えていた。
「お待たせしてしまいましたが、エルベールさん、フレデリクさん、お二人にも私の率直なお話をさせていただければと思います」
トマスが二人のほうに体の正面を向きなおし話を始めようとする。
「あぁ、ちょっと待ってくれ。先に俺たちのことを話させて貰うわ」
エルベールがトマスを制し自分から話を始めた。
「まず最初に言わないといけないんだが・・・」
エルベールはホルガーにちらっと視線を送り、やや言いづらそうに伝える。
「言うか言わないか、ずっと考えてたんだが、二人の話を聞いて俺も正直に言わないとだめかなぁって思ってよ」
エルベールは未だ迷っている様子でフレデリクの顔をそっと見る。フレデリクは静かに頷いていた。
「俺とフレデリクは王国の元軍人だ。それに、最後のベルク要塞の戦いの場にいた。というか、俺はその隊長だった」
エルベールの告白に、ホルガーは唇を固く結び顔を紅く染める。トマスもまたその告白に大きな衝撃を受ける。
『まさか・・・。エルベールさんはアンデルの上官か?』
少しの沈黙のあとエルベールが続ける。
「ホルガーには何と言ったらいいか、正直分からない。俺の事をどう思ってくれても、俺はそれを否定しない。それに、勝手なことを言わせてもらうと、俺達も多くの仲間を失った。だからその仲間たちのためにも、ホルガーに、ホルガーの兄さんに謝ることはできない」
部屋の空気は再び緊張に包まれる。殺す側、殺された側、両者の対峙は、状況によって逆であった可能性もある。戦争という異常な環境の犠牲者という点において両者に差はなかったのかもしれない。
「・・・。あんた個人に対して思うことなんかねぇよ。今ここであなたを殴って兄貴が戻ってくるなら、今すぐ飛び掛っていくけどよ。結局、戦争なんか続けてた馬鹿な奴らのせいなんだろ。・・・ただ、俺はあんたと仲良くする気は起きないだろうけどよ」
そう言うとホルガーは、新しい酒瓶をマリルから受け取ると空になっていた杯に注ぐと黙って飲み始めた。
「そう言ってもらえるだけ助かるよ」
エルベールは素直に感謝を示す。
「で、続きなんだが、俺とフレデリクは終戦後に除隊した。まぁ、いろいろあったとしか言えないけど、軍を辞め王国内をいろいろ回って、それから南部へやってきたんだ」
エルベールが酒を呑み込むとフレデリクが代わって話を続ける。
「私は軍でエルベールの部下でした。簡単に言って良いのか少し迷うところではありますが、私たちが南部を巡ろうと決めたのは、ホルガーさんと少し似た部分もあります」
フレデリクの話す内容に思考を巡らせながらもトマスの頭の中にアンデルの姿がちらつく。
「皆さんの話に出てきた通り、王国は勝利を得ましたが、我々平民にはそれ以上のものはありませんでした。そして、我々平民の軍人もまた、失うもののほうが多かったのです。貴族や王家の駒として戦わされ、その結果我々は何も得るものがなかった。そうしたことの積み重ねの中で、二人で未知の世界である南部をみて回ることにしました。少し現実から逃げ出したかったのかもしれません。私もまた疲れていましたから」
トマスは話を聞きながら、改めて戦争がもたらした傷跡の大きさを感じていた。
「西海岸のカシーネという街から旅を始め、森の道に沿って東へとたどってきました。そして昨日このメルリポートに着きました」
フレデリクは南部での旅を思い返す。今度はエルベールが話を引き継ぐ。
「カシーネに着いたときは興奮したんだ。人の熱気や、物にあふれた市場の光景にな。眩しくてよ、王国では見ない景色だった」
エルベールはさらに酒をあおりながら続ける。
「けれどな、東に向かいながらいくつかの街を巡るうちに、やっぱり王国と同じ様に影があることも分かってきた。南部では特に、貧しいやつらが多い。特に子供のな。いや、王国も確かに孤児は多いんだ。でもだいたいが戦争のせいだった。だから、戦争のない南部で孤児を見て驚いたんだ。まぁ、南部には居ないって勝手に思い込んでたんだろうけどな。それに王国は教会が孤児院をやってるせいか、街中で孤児を見ることは少ないんだが、こっちはそこらじゅうで見かけるだろ。近寄ってきて、花を買ってくれと、ボロボロの服を着た子供に言ったりされるとつらくてな」
南部での貧富の差は間違いなく広がりつつあった。富はより富めるものに集まり、そして一度落ちたものが再び上がっていくのが難しい、そんな社会であった。
「正直言って、北部も南部も種類こそ違えど厳しい世界だなって。結局、どこでも生きていくのが難しいことが分かっただけなんじゃないかって、この旅で突きつけられたよ」
北部と南部、社会の仕組みとあり方は大きく異なるものの、一部の人を除き多くの人にとって普通に生きることすら困難な社会、それが現実だと皆の心にのしかかる。
「エルベールの言ったとおりです。私たち二人も、いい年をして現実から逃げ、この先の身の振り方に頭を悩ませる、そんなろくでもない人間です」
フレデリクは皮肉気味に笑いながら、自分たち自身を辛辣に評価する。部屋は改めて沈黙し誰も言葉を継げずにいる。
「お二人とも、お話いただきありがとうございます」
トマスが沈黙を破り感謝を伝える。
「まずは、私のお二人へお願いさせていただきたいことを伝えさせていただきます」
雰囲気を明るくするように、なるべく軽い調子でトマスは話を切り替える。
「まずお二人にお願いしたいことは、ベンリルまでの道中の護衛です」
「・・・護衛?」
エルベールは、予想していない依頼の内容に思わず聞き返す。
「はい、私達はこのあとベンリルへ向かう予定なのですが、その際多額の現金を持って向かうことになります。数日間の行程ではありますが、その危険性を懸念し頭を悩ませていました。そんな中で、お二人を見てぜひ護衛をお願いしたいと、そう思いここまで案内させていただいたのが正直なところなんです」
「トマスさん、確かに食堂でのエルベールの立ち回りをみればそう思われるのはわかります。ただ、その話をすること自体、我々をどのように評価されたうえでなのかがわかりません。場合によって、今この場であなたたちを襲うことも可能です。もちろんベンリルへ向かう途中でも同じです。このわずかなあいだで、我々二人をそこまで信用に足ると判断ができたとは到底思えません」
フレデリクは当然のこととして、疑問をぶつける。商人としてあまりにも脇が甘いように思えた。ホルガーに対しての様子も、同じ様に不審に感じるものはあったが、確かに巧みな話術でホルガーの心に入り込んだように、フレデリクは感じていた。けれど自分達二人への判断があまりにも腑に落ちなかった。エルベールはいつもの感じで調子だけは良い感じだが、初見では掴みづらい性格のはず、それに自分自身は慎重に言葉を選んで対応したつもりだった。考え込むフレデリクの様子をみながら、トマスは優しく返事を返す。
「私も、実はギリギリまで迷っていました。ホルガーさんとは、正面からぶつかってなんとなく、それでも確かにお互い触れることができたと思いました」
ホルガーは相変わらず、チッとわざと聞こえるように口にし横を向く。
「けれどお二人は常に上手に躱されている、そんな感じでした。けれどエルベールさんが最初にお二人の事を説明してくださり私は確信しました。その話で、お二人がどれだけ信頼できる方なのかをね」
にやりと微笑むトマス。
「いやわからんぞ。俺の話のどこにそんな内容があった?」
エルベールは納得いかない様子で思わず強めに問いかける。
「理由は、アンデルです」
トマスが笑みを浮かべたまま答えると、エルベールとフレデリクは勢いよく立ち上がりトマスを睨んだ




