一章 3話
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[王国暦426年8月19日ーー王都ドナティア]
「可愛がってもらった軍の将官たちの所に押しかけてよ、何とかしてくれと泣きついた。でもなぁ、俺にできるのはそこまでだった。すまんアンデル。まさか軍から引き離されることになるとは思わなかった」
エルベールは頭を下げた。
「それと、もう一つ謝ることがある。ほぼ確定だがこの先鋒大隊は無くなる。まぁ戦争も終わって軍の大規模な再編もあるらしいんだが、俺とフレデリクは軍を辞めることにした。部下の半分を失っちまったのは、大隊長の俺の責任だ。それにヴィルのジジイも先に行っちまいやがった。もう軍に居続けられんよ。大隊長、参謀、中隊長二名がいなくなる。この大隊は解隊だ。俺だけ勝手に逃げるような真似をしてすまん」
それはその場にいる皆に言っているようだった。エルベールに続きフレデリクが口を開く。
「私は、自分の無力さに限界を感じました。あの時の最初の爆発は地面に設置された罠と連動した爆発物だったようです。夜間であったため、気づく事ができなかった。すべて私の作戦の落ち度でした。事前の調査を入念に行う時間もあった。けれど、あの結果です。何が参謀だと。ヴィルジール隊長はじめ多くの仲間を失ったのは私のせいです。」
それを非難する事は誰も出来ない。生き残った者はそれぞれ自分に責があると、思っていた。あの戦いは、決して勝利ではなかった。一体何のための戦いだったのかを自問していた。
「まぁ正直、最終的にどんなやり取りがあってお前にあの恩賞となったかまでは分からん。上の方でかなりいろいろあったことだけは聞いたが。とにかくだ、アンデルだけじゃないが生き残ったからには生きていかなきゃいけない。皆、今までありがとう。お前らみたいな仲間と戦えたことは俺の一生の誇りだ」
エルベールの敬礼に続きその場の全員が敬礼をする。
[同年8月24日]
数日をかけ軍関係の知人に挨拶を済ませアンデルは兵舎をあとにする。ここからは軍人ではなく、王立中央大学所属の研究者となる。着任は明後日、士官学校を卒業し三年、前線で戦い続けようやく何も予定の無い休息日を迎えた。これまでは、学生寮、兵舎と生活の拠点を構えていた為今後自宅をどうするか考えていた所、用意された研究室には別室として生活できそうな部屋も一つつけられた。かばん一つで収まるほど私物のないアンデルはその部屋を自宅として使う事にした。
『やはりあの光景が頭から離れない。あの時の光や模様、そして発動された魔法。思い描き、発出を念じその過程を経ることですべての魔法は僕の意思で発動してきた。あの時は魔法の事なんて考えていなかったはずだ。ヴィルジール隊長が目の前で斃れる姿に、悲しみと怒りしかなかったように思う。いやむしろ、そんな感情すら無く頭の中は真っ白だったかもしれない。それならあれは・・・』
要塞戦後から今まで何度おんなじ事を考え続けただろうか。その思考のループにアンデルは沈み続けていた。エルベール隊長の話を聞いたときはもちろん、国王の言葉を賜った時でさえも、そのことだけを考えていたかもしれない。研究所への異動が発表されたときは驚いたが、都合がよいかもしれないとさえ思った。世話になった隊に対してや、散っていった戦友達のことよりもそう思ってしまった自分自身の冷たさに少しだけ落ち込んだりもしたが、それでもすぐにあの光景が浮かぶ。
まだ残る夏の熱が立ち込めている街路。ぶつぶつと一人下を向きながらたどり着いたのは、王都南区にある初等学校であった。
「ヴェスペリオ先生、孤児院を出て以来ご無沙汰してしまい失礼しました。本日はお忙しい中お会い頂きありがとうございます」
初等学校一階奥、校長室でアンデルは男性に挨拶をする。
「アンデル。めちゃめちゃ軍人みたいな挨拶じゃないかぁ。やめてくれよ、昔みたいにヴェス先生とか、いやいや、もっと昔みたいにヴェス父さんでもいいんだからさ。」
そう気さくそうに返事をするのは、この初等学校で校長として籍をおくヴェスペリオであった。
「いや、さすがに私も成人になりました。ヴェス父さんはご勘弁下さい」
「固い、硬い、堅いなぁ。昔はあんなに可愛かったのになぁ。ハッハッハ。まぁなんだ楽にしてくれ。お前の事、私にわかる範囲でもいろいろ聞いたよ。まずは軍人としてのお務めご苦労だったね。ずっと心配だったんだよこれでもね。怪我でもしていないか、お腹が空いてないだろうか毎日神に祈ってたよ」
「神に毎日祈るのはヴェス先生のお仕事ではないですか」
「ハッハッハ。言うねぇ。でも無事に戻ってきてくれて良かった。心からそう思うし、初めて心から神に感謝をささげたよ。ふふっ」
ヴェスペリオは教会の神父であった。今から18年前、王国と帝国の国境近くの教会に赴任していた時のこと。出産直後に容体が急変し亡くなった女性がいた。その夫も数日前に戦死したと連絡があったばかりだった。戦死の報せが妊婦にどのような影響があったのかは分からなかったが、そこには生まれながらに孤児となった男の子が遺された。村に夫婦の親族はおらず、また常に戦禍に見舞われていた国境の村には孤児を養う余裕もなかった。その子に手を差し伸べたのが当時のヴェスペリオ神父であった。男の子には両親が残したアンデルという名前以外には何もなかった。その村には孤児院もなかったためヴェスペリオ神父が父親代わりとなり育てることとなった。そしてアンデルの魔法の才能に初めて気がついた人物でもある。
「まぁ、そのアンデルに軍人になるよう勧めたのは私を含めて教会だからね。こう言ってはアンデルに申し訳ないが、これからは王都で安全に暮らせるだろう。ヴェス父さんとしては本当に良かったとも思っているよ」
「いえ。軍への道を最後に選んだのは僕自身です。ヴェス先生が気に病む必要はありません。それに今は魔法について考えられることは自分自身ありがたいとも思ってます」
「そうか、ありがとね。でもとにかくこれから会おうと思えばいつでも会えるしね、いくらでも遊びにおいで。困ったときも相談にのるよ。また今度一緒に食事にでも行こう。私もね年をとったせいか教会でも少し偉くなってね、余裕はあるから心配しなくて良いよ。ふふっ。あ、あとまたいつでもいいから孤児院にも顔を出しておあげ。覚えてる子もいるかもしれないし、ブランシュ院長もまだご健在だよ」
「わかりました。また時間をみて訪ねてみます。今日はありがとうございました。また会いに来ますね」




