三章 4話
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[王国暦426年9月下旬]
騒動の中心にいる男たちのもとへマリルが駆け寄ると、倒れた机や椅子をもとに戻そうと動かし始める。それを見てすぐにカイルも駆け寄り周囲の客たちに手を叩きながら声をかける。
「さぁ、みんなぼーっと立ってないで戻った戻った。せっかくの料理が冷めちまうぞ」
そう言うと、客たちを下がらせ落ち着かせている。そんな二人に動きを見ながらトマスは食堂の主人と給仕の女性に声をかける。
「アンちゃん怪我はないかい?ジムさんも災難でしたね」
常連としてこの店に通うトマスは、付き合いの長い食堂の二人に声をかける。
「あぁ、旦那さんか。すまんね騒がしくさせて。アンも大丈夫そうだし、大事にならずによかったよ」
食堂の主人は給仕のアンの心配をしながら答える。
「それなら良かったです。でもあそこで抑え込んでる方、すごかったですね。ご主人はご存じの人ですか?」
大男を投げ飛ばし押さえ込んでいる男は、隣に立つ若い男と何か話しながら笑っている様子が見える。
「いやぁ、見ない顔だよ。たぶん初めて来た客だと思うけど、アンは知ってるかい?」
主人のジムはアンに尋ねるが、首を横に振り知らないと示す。
「まぁ、ちょっと挨拶しておかないとな。あの大男の方もどうしたもんか・・・」
ぶつぶつとつぶやきながらジムは男たちの方へ近づく。
「私も一緒に行きますね」
トマスはそう言うとジムの隣に立ち一緒に近づいていく。
「お、お客さん。ありがとうございました。店主のジムといいます。お客さんには迷惑かけちまって申し訳なかったです」
ジムは抑えつけたままこちらをみている男性に頭を下げる。少し離れたところでアンもまた頭を下げている。トマスのところには、カイルとマリルもやってくる。
「あー、いやこっちこそ騒ぎを大きくしちまって申し訳なかった。身体が勝手に動いちまって。っと、こいつはどうしたもんかな?」
男は照れくさそうにしながら、押さえつけている男のほうをちらっと見てジムに尋ねた。
「あー、まぁ衛士さんに引き渡しするしかないと思うので。アン、ちょっと夜番の衛士さんに声をかけてきてくれるか」
ジムがアンに声をかけようとした時、トマスがそれを止める。
「ジムさん、まだ店も忙しくなる時間でしょう。この男、私が預からせていただいても構いませんか?」
トマスの唐突な提案にジムは少し驚いた表情を見せる。
「うちは構わないけど、旦那に迷惑じゃ」
「ありがとう。まぁ、任せておいてください」
そう言うとトマスは振り返り、押さえ込まれた男に声をかける。
「さぁ、落ち着きましたか。もう暴れないと約束していただいたら、衛士には届けずに済ませます。そのかわり少し私に付き合ってお話をさせてもらいたいのですが。どうします?」
顔を近づけ小声で提案してくるトマスを、不審そうに睨み返すがやがて、
「・・・好きにしろ。もう酔いも覚めたし、こんな押さえつられてたら何もする気なんか起きん」
そう言い放つと大男はすっと目をそらした。
「わかりました」
トマスは大男に声をかけると、次に押さえ込んでいる逞しい男に声をかける。
「ご主人のおかげで、怪我人も無く無事に納めることができました。改めて感謝させていただきます」
トマスは男に向かい丁寧に頭を下げる。
「申し遅れました、私はここの近所で商売をしているもので、トマスと言います。この店の常連でして、騒動が起きても何もできず心苦しかったのですが、ご主人のおかげで店の方たちも無事に済み安心しました。できましたらこの男の処理もありますので、ご迷惑でなければすぐそこにある私の店までご一緒いただけないかと思うのですが。あぁ、私の持ってるお酒もございます。お口直し程度ですが、いかがでしょうか。そちらのお連れ様も一緒に」
トマスの提案に男もまた驚き振り返ってもう一人の若い男を見る。若い男は軽く頷き、トマスに声をかけた。
「トマスさん、私はフレデリク、こちらはエルベールといいます。正直、あなたの申し出の意図はわかりませんが、騒動を大きくしてしまったのも私達なので、店にこれ以上迷惑もかけたくないですし、お付き合いさせていただきます」
フレデリクが目配せをするとエルベールは大男の腕をつかんだまま立ち上がらせる。
「ジムさん、それじゃぁ私たちはこれで失礼しますね」
トマスがジムに声をかけ店を出ると男を捕まえたままのエルベールとフレデリクがあとに続き、マリルとカイルがジムにいくらかお金を渡しその後を追いかけてきた。
トマスは三人を店の中へと案内し二階の応接室へと連れて行く。カイルとマリルにはそれぞれ屋台で料理の調達を依頼した。」
「さぁ皆さんこちらにおかけください。まずはお酒をお持ちしますので、少しだけお待ち下さいね」
そう言い残すとトマスは酒を取りに部屋を出る。エルベールとフレデリクは、捕物騒ぎを起こしたばかりの男と部屋に残され沈黙が続く。
「なぁ、フレデリク。なんの企みだと思う?」
沈黙に耐えきれずエルベールがフレデリクに声をかける。
「わかりません。それよりも、なんであんなことをしたんですか。旅の途中でも目立つことはやめるように言ってきたじゃないですか。もうそろそろ旅も終わるというのに。はぁ・・・」
フレデリクは顔を下げながら愚痴がこぼれる。
「悪かったよ。俺も我慢してたんだが、このあんちゃんの言ってる内容がどうも気になってつい」
エルベールは憮然とした態度でソファに座る大男のほうを見ながらフレデリクに謝る。
「・・・ふん」
大男は変わらず何も喋らないままソファに座っている。澱んだ雰囲気が部屋をつつみ、それぞれの口を一層重くさせているとトマスが戻ってきた。
「いやぁ、お待たせしました。普段飲まない上等な酒なんで、ちょっと探してしまいました、ふふっ。さぁ、皆さんまずは一杯どうぞ。お注ぎしますね」
トマスは酒の入った大きな瓶を持ち、三人に配った杯にそれを注いでいく。最後に自分の分を注ぐと皆に向かって杯を上げる。
「これもまた何かの御縁です。いろいろありましたがまずは飲みましょう。乾杯」
「乾杯」
トマスの挨拶にエルベールが続くが残りの二人は静かに酒を口に運ぶ。
「さて、エルベールさんとフレデリクさんにはご挨拶させていただきましたが、あなたにはまだでしたね。私はトマス・バロットといいます。この店で今は紙やインクなどを中心に取り扱う商人をしております」
トマスは自分の左側のソファに座る大男に向かって挨拶をする。
「・・・。ホルガーだ」
大男はひとことつぶやき再び酒をあおり沈黙する。
「ホルガーさんですね。どうぞよろしく」
トマスは杯をホルガーに近づけるが、ホルガーはそれに応じない。
「あんた、俺をどうする気だ」
低い声でホルガーはトマスに尋ねる。
「いえ、特にこれと言って何も考えていませんよ。ただ少し、ホルガーさんとお話がしたいと思っただけ、それだけです」
にこやかに返事をしながらトマスは酒を飲む。
「エルベールさんとフレデリクさんも遠慮せずお飲みください。まだお酒もありますし、もうすぐ簡単な料理も持ってくると思いますので」
「・・・私も一ついいですか?トマスさん」
フレデリクが落ち着いてトマスに尋ねる。
「私たち二人にも、何か話がしたかっただけということですか?」
「えぇ、そうです。ホルガーさんの前で言うのも申し訳無いですが、先ほどのエルベールさんの身のこなしが実に素晴らしかったので、つい興味を抱いてしまいまして。もしご迷惑じゃなければとお誘いさせていただいたんです」
トマスは笑顔で答える。やや照れたように頭をかくエルベールと、チッと言いながら横を向くホルガーの姿が対照的であった。
「・・・。私は、私たち二人は北部の王国の人間です。今は南部を旅しているのですが、正直南部の商人の方にいい印象を持っていません。小さな露店や屋台の主人なんかは良い方が多かったのですが、店を構えているような方々はあまり相性が良くないようなのです。トマスさん、あなたの真意が分からないままここに長居はできません。これが正直な気持ちです」
鋭い視線をトマスに向けながらフレデリクが話す。王国の人間という部分にホルガーが反応し、こちらも鋭い視線をフレデリクに向ける。エルベールは一人酒を注ぎ呷っている。
「・・・ふぅ。私も商人の腹芸ぐらいはしますが、あまり好きではないんです。・・・。わかりました、私がなぜ皆さんとお話がしたかったのか、それを説明させていただきます。そのうえで、ご判断いただくということでよろしいでしょうか」
トマスは笑顔を消し、真剣な表情で三人に向き合う。フレデリクは軽く頷き、エルベールも杯を置きトマスを見つめる。ホルガーは変わらずフレデリクとエルベールを睨んでいた。




