三章 2話
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[王国暦426年9月下旬]
食事を終えた三人は食器を片付けたあと再び席につく。
「北部の状況はさっき伝えた通りだ。今後の事、やりたい事ができたといったが、その前に二人に改めて私の商売についての考え方を話しておきたい」
マリルの淹れてくれた茶を飲みながら、トマスは二人に改まる。
「私のと言うよりも、親父から学んだやり方だ。・・・」
子供三人を遺し亡くなった父親の姿を思い出しながらトマスは話し始める。
「難しいことではない。商売の基本は、商人、市民、そして社会がそれぞれ利を得ることのできるものでなければならない、ということだ。
商人は利益を得なければその営みを続けることができない、これは当然のこととしてわかると思う」
二人の弟は無言で頷き返す。
「けれどその利益は買う側、南部ではその多くが市民だが、ここにも利となる必要がある。例えば食料品などで考えると分かりやすいだろう」
すぐにカイルが答える。
「絶対に必要なもの、そこに商人が利を求めすぎては市民が困窮する、というあたりですね」
「あぁ、そうだね。もちろん、野菜を作る人、漁師達、そういった人たちの利も考える必要がある。それらが調整されてこそ社会もまた利を得る」
「確かに、みんながよければ一番だからな」
マリルもまた頷きながら耳を傾ける。
「けれど今の南部は、皆に利があるとは言えない。ごく一部の大商会に、多くのものや金が集まりすぎている。一見すれば安定してものが流れ続け、非常にいいように思えるが・・・。そこにはやはり自由がないんだ。利が大商会に集まり続けていることにも問題があると思っている。自由な競争ができる社会こそが健全な姿だと、親父はそう考えていた」
二人の弟はまだ幼くして父を亡くしたため、父親と商売の話をしたことがないままであった。改めて兄が語る父の考え方を聞き逃しまいと真剣に兄を見つめる。
「けれど、親父の考え方は理想ではあるが難しいとも考えている。現実はそう簡単には行かない。自由であれ、不自由であれ競争に負ければ立ち直れない。親父のようにな・・・。すでに存在する大商会と戦えるやつなんていないとも思うよ。けれどそれでもね、私も親父の考え方は嫌いじゃないんだ。
二人はこれから色々な経験をして、それぞれ自分の考え方を持ってほしいと思ってる。今は、私の下でやってもらっている中で、私もそういった考えを持っていると知っておいてくれればいいかな。
・・・それにこれから少し厳しい戦いがあるかもしれない。二人にも迷惑をかけるし無茶なお願いもするかもしれない。つらい時に自分の芯になる考え方は、自分を強くしてくれる。それを見つけてほしいんだ」
二人は目を閉じ大きく息を吐く。
「私もまだ勉強中の身です。それでも父さんの遺志を持った、兄さんの支えになりたいと、私たちを育ててくれた兄さんの為に働くことが夢でしたので・・・。私も兄さんが思い描く店の姿を一緒に見させてください」
カイルは静かに、それでも強く決意を伝える。
「トマス兄さん、俺はカイル兄さんほど賢くないことはわかってる。それでも気持ちは全く同じだよ。難しい事はわからないけど、沢山の人が笑える店なら俺にも出来ることを手伝わせて欲しい」
マリルもまた強く頷きながら、トマスに言葉を伝える。
「ちゃんと面と向かって二人にこうした話をしてこなかったから、今日話をする事ができてよかったよ。
さぁ、次はこれからのことについて聞いてほしい」
トマスはスッキリとした表情を浮かべながら、話を進めていく。
「まずはこれを見て欲しい」
トマスは机の上に黒い鉱石を置いた。
「兄さんこれは?」
カイルは鉱石を見回しながら尋ねる。
「帝国領から採れる鉱石でね、名前はまだついていない。この鉱石をこれから取り扱っていきたいと思っているんだ」
「鉱石を取り扱うのか?」
マリルは驚いた表情でつぶやく。
「兄さん、うちはこれまで植物紙とインクを取り扱ってきましたが、なぜこの鉱石を?何か関連したものですか?」
カイルも驚きを隠せないまま尋ねてくる。
「そうだね。羊皮紙や、布を使った紙、それに近年広まってきた植物紙。インクもあわせて紙を中心にして商売をしてきた。けれど今回北部へ行って、色々見てきたけど、どうしてもこいつを扱いたくなったんだ。それの説明も含めて、北部で出会った人達や、出来事を少し話すね」
カイルもマリルも黙って耳を傾ける。
「王都ドナティアに滞在を始めてしばらく経った頃、南モルド会社の支店開設を確認してどうしようかと悩んでいた頃だったかな。街の中で吸血鬼という悪魔のようなものの噂が広がっていることを知ったんだ。・・・・・・・・・」
トマスはアンデルと出会った日の事を思い出す。気になる青年に近づく方法を考えていた。毎朝同じ道で血を持って帰る青年。数日確認したがやはり毎回同じ道を急いで歩いていく。そして、わざとぶつかってしまえば何かしらきっかけを作れるとそう決めた夜のこと。
「魔法なんてほんとにあるのか!」
「トマス兄さんは魔法をみたのか!」
カイルとマリルは、アンデルの魔法でトマスのズボンについた汚れがきれいになっていく様子を聞いて同じ様に驚きの声を上げる。
「そう。魔法には私も驚いたよ、本当にね。そうしてアンデルと出会った。彼に血を運ぶ取引を持ちかけたんだけどすぐに問題が起きた。・・・・・・・・・、そうしてベルク要塞で過ごしたんだ」
研究の禁止令から、帝国領への旅の話を一気に話し終えるトマス。
「すごい・・・。すぐにそうなんだとは言えないけど、灰になった要塞か・・・。すごい景色だろうね」
カイルは想像すら難しい景色に思いを馳せる。
「そして、私たちは旧帝国の首都ベンリルへとやってきた。そこで一人の職人に出会ったんだ。カーターという職人に。・・・・・・、こうして私は南部に帰ることにした」
「・・・何から聞けばいいのか分からないくらい情報が多いけど、魔法で兄さんが殺されそうになったってところしか頭に残ってないよ、はは」
「・・・すごい。北部はやっぱりすごいねトマス兄さん」
カーターとの出会い、バスチオンとの戦い、そんな刺激的な話を聞き二人はしばらく放心状態となる。
「兄さん、そうなるとこの黒い鉱石は魔法に関わるものになるけど、それをどうやって商品にするんだい?」
落ち着きを取り戻しながらカイルは、鉱石を手に持ち疑問を口にする。
「南部では魔法なんてないんだし、必要無いと思うけど」
カイルの疑問にトマスが答える。
「確かにこれは魔法に関係する鉱石ではあるんだが、実はそれとは別の効果がわかってきたんだ。アンデルと別れたあともすこしカーターさんと話していたんだが、この鉱石を他の金属と混ぜて合金にすると加工がしやすくなるらしいんだ。カーターさんが抗魔法装置を試作する段階で気づいたそうなんだが、当時は装置の完成に気を取られて深く考えていなかったようなんだ。けれど、私とカーターさんでいろいろ話をしているときに思い出したみたいでね」
「なるほど、合金として優れた素材ならそっちの方で回せるってことか」
カイルは頷き理解を示す。
「あぁ、ただ商品にしていくにはもう少し研究が必要なようだ。それに資金もね」
「それをうちが投資する、ということでですね」
「そうだ。商品化までは私たちがすべて援助する。そのかわり流通がかなえば、売り上げから回収させてもらうよう話を詰めてきた」
カイルはしばし考える。
「金属関係の製品を取り扱ったことのないうちの店にとってはリスクですね。けれどその賭けに勝てれば確かに儲けは大きくもなりますね」
マリルは二人の話に置いていかれている気がして、慌てて口を挟む。
「なら、その金属を使った製品が売れれば売れるほど金が入ってくるってことだろ。頑張んないとな」
優しく微笑みながらトマスは返事を返す。
「そうだね、しかもその商品を最初に取り扱うのもうちの店だ。売れた分の利益と初期投資の回収もあわせて、通常の商品よりも実入りのいいものになる。もちろん失敗すれば何も返ってこない。私たちもまたいい仕事をしなければならないね」
皆の拳に力が入る。人任せの賭けではない、自分たちの働きもまた成功の可否に影響してくる。トマスにとっては久しぶりの、二人の弟たちにとっては初めての大きな仕事であった。
「あとうちの仕事に関係することでも一つ案があってね。実はアンデルと別れる際に、彼はこの鉱石を使ってとある図を描こうとしていると言っていたんだ。バスチオンさんに、ある図を書いて渡しているときに思いついたそうなんだが。この鉱石を使って図を書く。つまりインクなんじゃないかと思うんだ。アンデルもまだはっきりと決まっている感じではなかったけどね。ただこれを使ったインクってのにも興味があるんだ。とにかくこの鉱石は集めようと思ったらまだいくらでも集められる。それだけ帝国領には豊富に存在するんだが、今はまだ全く使われていない。わかるね」
トマスの投げかけに頷いたカイルは答える。
「未知な鉱石ながら極めて安い原価。そこに様々な利用価値が見つかれば、ですね」
カイルは一人前の商人かのようににやりと笑う。
「その通りだね。金属、インクほかにも研究は必要だと思う。利用方法が増えるほどにこの鉱石の価値は上がるよ」
マリルも理解したのか大きく頷く。
「これから本当に忙しくなるよ」
そういってトマスもにやりと笑みを浮かべた。




