三章 1話
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[王国暦426年9月下旬]
中天にかかる太陽に照らされた海面は、銀色にきらめいている。大陸東部の沖合を、大型船が南に向かって進み航跡を刻んでいた。
「明日には南部か・・・」
船の上階層に並ぶ客室の一室、トマスは北部での日々を思い返す。
「終戦と王国勝利の報せを聞いて南部を発ったのが七月下旬、二ヶ月で戻るとは思ってなかったが・・・。色々見させてもらったな。王国側はすでに南モルド会社が支社を置いて手を広げ始めてた。まぁ終戦前から仕込んではいたんだろうが」
王国領は南部と違い、もともと大商会と呼ばれるものは無かった。商人ギルド、各職人ギルドが存在し依然として力を持っていた。従来、大きな商売をするには商人ギルドに加盟し許可を受ける必要があった。ギルドに加盟しない場合、行商や露店といった形が基本となり店を構えることはできなかったのだ。しかし終戦をきっかけに南部の商会がそこに入り込んでいった。その中でもいち早く店舗を構えたのが南モルド会社であった。
「南モルドの奴らはおそらく貴族連中に食い込んだんだろう。貴族に金を流す事で、ギルドを無理矢理押さえつける。そうして作った隙間に入り込んだ奴らは、王国の貴族になんかじゃ抑えられんだろうな。今はまだそこまで市場に物を流していないようだが、東部の食糧をかき集めて貴族へ売ってんのも奴らだろう・・・。気に食わない・・・、ただ私は幸運にもベンリルで知己を得た。ベンリルには南部の商人の手がまだまだ伸びていない。やるなら今、あの街しかないだろう」
旧敗戦国側への商人の進出は、やはり戦勝国側に比べれば遅くなる。その隙間にトマスは賭けようとしていた。
「カーターさんのおかげで鉱山ギルドともつながることができた。あの一帯が王国直領なのもついていたかもしれん。当面従来のギルドによる経済面の維持の方針があったおかげで、私も食い込むことができた。やはりギルド式の経済は横のつながりが弱い。さらに新たな産業を興すことも苦手だ。そこに商人が上手く道を作ってやれば上手く回り出す。まずはそこからだ。大商会はすべてをあいつらの手のひらのうえで回そうとする。手のひらの上にいるやつらにとっては自由に感じてるかもしれないが、すべては大商会の管理下に過ぎない。私はそのかたちには納得できない」
翌朝、トマスを乗せた船は大きな街の港に着岸する。
「予定よりも早く戻ってきたとはいえ、久しぶりの南部を見ると流石に何やら安心しますね」
大きな鞄を担ぎ、賑わう大通りを街の中心部に向かって進む。
「ただいま」
街の中心部と港の丁度中間辺りの、大通り沿いにトマスの店はあった。一階は石組みで作られた店舗となっており、二階と三階は木造の事務所と住居になっている。大通りに面した壁は、大きなガラス窓がはめられており外から店の中を伺うこともできる。トマスは入り口の扉を開けると店に中へ向かって声をかける。
「兄さん!帰ったんだ。おかえり、もう少し向こうにいるもんだと思ってたよ」
店の中、カウンターの奥にいる、茶色がかった髪を後ろで一つにくくった背の高い青年が返事をする。
「カイル、ただいま。やりたいことが急に見つかってね、手紙を出すよりも早く帰ってきてしまったんだ」
トマスの上の弟、カイル・バロットであった。
「マリルは外かい?」
トマスは下の弟、マリルのことを尋ねる。
「あぁ、マリルは今、市場に買い出しに行ってるよ。もう帰ってくると思う」
「そうか、じゃぁ荷物だけ片付けてくるよ」
そう言うとトマスは三階に上がり、自室で荷物の整理を始めた。しばらく続けていると下からカイルの呼ぶ声が聞こえる。
「トマス兄さん、おかえり」
一階に降りたトマスに、声がかけられる。カイルと同じ色の髪を短く切り、カイルほど背は高くないものの鍛えられた筋肉が目立つ若者、マリル・バロットである。
「マリル、ただいま。二人とも店のこと、ありがとうね」
トマスは二人の肩に手を当てながら労いの声をかける。
「兄さんも疲れただろう。どうする、今日はもう休むかい?」
カイルがトマスに尋ねる。
「いや、二人に話したいこともあるしね。そうだな昼時に飯でも食いながら時間をもらおうかな。それまでは荷物を整理しておく。何かあったら、呼んでくれ」
「わかったよ」
自室に戻ったトマスは椅子に腰掛けると、机においた黒い鉱石を見つめる。
「この鉱石に、自分のこれからを賭けるかと思うと、少々不安な気持ちも出てしまいますね」
ふーっと息を吐き身体を伸ばす。
「しかし、鉱山ギルドとの契約もした以上は進めなければ、それこそすべてを失いますからね。まずはカーター工房の再稼働にあわせて、素材の独占契約もできたので当面はしのげる・・・。現地での調達、供給管理はやはり二人に任せたいな・・・」
トマスが当面しなくてはならないことをメモにしながら整理していく。
「トマス兄さん、食事の準備できたよ」
部屋の外からマリルの呼ぶ声が聞こえる。
「あぁ、今行くよ」
食堂へ入ると、ツンとした香りがトマスの鼻に届く。
「ありがとう、マリル。すごいいい香りだね。何の料理だい?」
ここ数年、家での食事はマリルが担ってくれている。当初に比べ料理の腕は上達し、市場で話を聞いては新しい食材を利用するなど、本人も
料理を気に入っているようだった。
「だろ、最近東部群島から香辛料が大量に入ってくるようになって、それ使った料理が流行ってるんだ」
香辛料の効いたスープ、じゃがいもを使ったサラダ、白いパンが机に並ぶ。
「流行りの変化も早くなっているね。私が北部に行く前は珍しい果物が流行り始めていたと思ってたけど。まぁ、追いかける方も流行らせる側も大変な事だ。さぁ、いただこうか」
三人は食事を始める。
「さて、北部であったことの報告と、これからの事を二人にさせてもらいたい」
食事をとりながらトマスは二人の弟達を順番に見る。カイルもマリルもトマスを真剣な表情で見つめながら頷く。
「私は予定通り森の道の都市を通り、西海岸から北部王国領へ入った」
南部地域の北側には大森林が広がる。それはさらに北側に広がる大山脈とあわせて大陸を南北に分断する境界を築いている。大森林は深く広大なものであったが、資源も豊富な地域であり、古くから大森林沿いに東西に点在する都市国家とそれらを結ぶ長大な道が作られた。この道を南部では森の道と呼んでいる。
「まず第一印象として、王国は小さな村から街、さらに王都に至るまで極めて疲弊していたよ」
「そうなんですか?戦勝による祝賀の雰囲気では?」
カイルが尋ねる。
「私もそう考えて向かったが、『祝う』というよりは『安堵』という雰囲気だった。あの国は長く戦争を続けてきた歴史を背負っている。その重みは私たち南部の人間には想像できないものなのかもしれないね」
「何百年も続いた戦争が終われば、お祝いよりもやっと終わったていう安心か。そう言われれば分かる気もするね」
マリルが納得したように頷く。
「そうだね。それに国としてのあり方も影響があるんだと思う。王や貴族といった支配体制は平民、あの国では市民を平民と呼んでるけど、そんな普通の人々に戦勝による利が回ってくるのは、おそらく想像以上に時間がかかるんだと思う」
「僕たちにはなかなか実感しにくい部分ですね。確かに南部は南部で大商会には逆らえなかったり、商売で負ければ父さんみたいに簡単につぶされる。けれど多くの市民にとっては大商会から受ける恩恵も多いですしね」
カイルは腕を組みながら南部との違いを想像する。
「あぁ、それにそういった支配体制ともう一つ、ギルドがなかなか厄介でなぁ。話を聞いた所以前に比べれば大分種類が減って融通が利くようになってきたらしいが、私たちにしてみればやりづらいものだったよ。あれを取り扱うならあのギルド、これはこのギルドみたいにされては大きな商売にはならんからな」
「そんなめんどくさい仕組みがなぜいまだに残っているんですかね」
カイルは素直に理解できないとと言わんばかりにトマスに尋ねる。
「利点はあるんだと思う。それぞれのギルドの内側にいる人たちにしてみれば非常に心強い組織なんだと思う。職人を守る仕組み、定期的に仕事が回ってくる安定感、技術や知識を守りやすいとかね」
「あぁ、そりゃ自分たちから外には出れねぇな」
マリルが頷く。
「そう。でも、そのかたちは職を越えたつながりを生まない。新しいことへの挑戦や失敗にひどく臆病になってしまっている感じだね。そう言う意味では旧帝国領は幾分よかったかな。王国領に比べれば大分とギルド同士が柔軟に結びついていたからね」
「旧帝国領ですか。確かに私たち含め東海岸の商人はもともと帝国ともある程度取引もありましたしね」
大陸北部と南部の交流は、大陸中央に横たわる大森林と大山脈によって遮られてきた。交流のすべすら持ち得なかった両地域は、やがて船の発達によって交流が始まり、ようやく広まりつつある。
「王国と南部はどれ程繋がっているんですか?」
カイルが尋ねる。
「私たち東側と帝国との交流ほど積極的ではなかったようだね。王国とは大森林と山脈だけじゃなく、王国と領地持ちの貴族から二重に税をかけられていたこともあって、なかなか儲けにくかったようだね。それでも終戦後すぐに王国の王都に南モルド会社が店を構えていたよ」
「なっ!早いですね。流石というか、何というか。けれど南モルドが動いたということは、そこに何かしら利を見つけたということですよね」
カイルの質問にトマスは答える。
「確かに早かった。おそらくだけど水面下では動いていたんだろう。それを終戦で一気に形にしたんだと思う。それにどうやら、王国の貴族とも『強く』結びついたかもしれない」
トマスは、帝国領で安く買い叩かれる大量の食品や消耗品の話をカーターを通じ聞いた。貴族の権力をかさに不当に買い付ける。トマスの商人の矜持としてそれは許されざる行為であった。




