幕間5
34
[王国暦426年10月上旬]
旧帝国領そしてベンリルから王都へ戻ったアンデルはそれ以来、バスチオンの語った話を考え続けていた。
『魔法の真実、そして外部発動の謎。それをつなぐのがこの模様であることは間違いがない』
アンデルはここしばらく覚えている限りの模様を書き記した紙の束を眺め続けている。
『雷流を調整する能力、そして調整された雷流が魔素ーー最近ではそう呼ぶことにしたーーに何らかの影響を与え、魔法という形になって表出する』
アンデルはふとバスチオンとのやりとりを思い出す。
『全く逆に考えてみる・・・か』
バスチオンは相手に答えを導かせるのが得意だった。少ない質問を重ね答えに近づかせる。
『例えば火魔法の外部発動で考えろ。
炎が浮かぶ。それは魔素に雷流が影響を与えたから。その雷流は・・・媒体、つまり濡れた紙や布団に雷流が流れていた可能性が高いのか・・・。通常の魔法、思い描く・・・雷流の調整は外部発動の時はどうなる。媒体に流れた雷流はまさに調整された雷流ってことじゃないか!そして光る模様はまさか・・・そうだ、光の模様は調整された雷流の通り道ということか』
アンデルは研究室の棚から黒い鉱石を取りだす。ベンリルを発つ際にカーターに分けてもらっていた。アンデルは鉱石を握り魔力、いや雷流を流す。ベンリルの店で見たのと同じ様に鉱石は淡く輝く。
『そう。この鉱石は魔素を含んでいる。そこに雷流が流れることで含まれた魔素と反応している。それがこの光・・・。けれど魔法は発動されない。処理された道を正しく流れていないからだろう。ただ雷流を流すだけでは何も起きない。雷流は正しい道を通らなければ魔法にならないんだ』
アンデルは鉱石を砕き始める。金槌で叩き続け、粉々にしていく。
『これだけじゃ上手く描けないか』
砕かれ粉々になった鉱石に、少しずつ水を足していく。少量の水と砕かれた鉱石をよく混ぜると、それを小さな木の棒の先に付ける。そして紙の上に慎重に模様を描いていく。棒が紙を破いてしまったり、滲んで模様がうまく描けない。水の量、付ける量を変えながら試行を繰り返す。
『できた・・・』
アンデルの眼の前に、大きい円の内側に三角形が一つ描かれている紙が置かれた。
『集中しろ。バスチオン様に出来たんだ。僕にも出来るはず・・・』
アンデルは雷魔法の調整を続ける。弱く細い雷ができるまで繰り返す。やがて雷魔法の調整がうまくいき始める。
『よし、これぐらいなら・・・』
アンデルは模様の描かれた紙に向かって、小さく細い雷魔法を当てる。
『あぁ・・・』
アンデルは目の前の現象に言葉が出てこない。鉱石を使い描かれた黒い模様は淡く光っている。そしてその模様の上には小さなつむじ風が発生していた。
『僕が使ったのは雷魔法。そして発動された魔法は風・・・。全て繋がりました、バスチオン様。自分で思い描いた魔法ではない、ただ道に従って進んだ雷流が魔法を発動させました』
アンデルは力が抜けたように膝をつく。魔法が神の奇跡から、一つの現象になった瞬間であった。
[王国暦426年10月某日ーー王都某所]
「予備調査対象二十三号について、旧帝国領から王都へ帰還しています。道中ベルク要塞からさらに東へ移動しましたが旧帝国領内での諜報体制の不足から詳細は不明です。なお出立時には同行していた商人ですが、帰還時には不在でした」
一人の男が中央円卓に座る七人に報告を行う。
「彼の地では中々うまくいきませんな」
「悪魔に魅入られた地であるからな。忌々しいことじゃ」
「しかしいつまでもそう言ってもいられんな。戦争も終わった以上彼の地も我らが王国、神の御威光に照らされた地になる。我々も彼の地での良好な活動ができるようにせねばならん」
卓を囲む者たちが次々と旧帝国領について語る。
「二十三号については、今のところ大きな問題は見られないということで良いのか」
「明確な問題は無いように伺えるのぉ」
「ふむ、まだ予備調査対象の維持で構わんじゃろう。ただ、予備にしろ調査対象者が東の地でしばらく過ごすというのは気に入らんなぁ」
「それはそれ、としか言えんのぉ。調査で疑惑が出た際には容赦なく当たればよかろう」
続いて予備調査対象者二十三号と呼ばれる者について話を広げる。
「ふむ。まぁ今はそんなとことであろう。しかし、皆のものよ。わかってはおると思うが、王国に不穏な澱みが溜まり始めておる。この審問会とは関係のない話ではあるが、注意は怠らないようにのぉ」
「戦争が終わったばかりというに、欲深い者たちは誠に業が深い」
「状況によっては当然我々にも影響する。今のところ教会の立場は決めておらんとのことじゃ」
部屋の明かりが消えると、石造りの部屋は一層ひんやりとした空気が漂う。
[王国暦426年10月上旬]
「ふむ。戻って来たみたいだね」
ロレンシオ枢機卿が自らの前に立つドロテオ大司教に尋ねる。
「猊下のお耳にも入っておられます通り、先日旧帝国領より戻ってまいりました」
「特に問題になりそうなことはないかね」
「はっ。今のところは、ベルク要塞で祈りを捧げ、ベンリルでは戦中にみた魔法を防ぐ兵器とやらの調査をしてきたと、報告を受けました」
ドロテオ大司教はアンデルの帰還時の報告を素直に伝える。
「中々よい結果は得られなかったとも言っておりましたが」
ロレンシオ枢機卿は頷きながら聞く。
「まぁ、何かしらの成果は求めておらんからの。好きなようにさせて構わんが、以前のような失態だけは無いように注意を払ってやれ」
「はい。それは確実に」
緊張感を持ってドロテオ大司教は答える。
「ただ、いつまでも何もなしではなぁ・・・。教会にも魔法師がおる、ということはゆっくりとでもわかってもらわんとな」
「最近の奴らの動向はいかがなのでしょうか?」
ドロテオ大司教は尋ねる。
「動いておるよ。人も、物も、食糧もかき集めておる」
ロレンシオ枢機卿は首を振りながら答える。
「王家にとどまらず、我々教会すら軽んじているのですね」
「あたかも奴らこそが王国の主だと、そう思っているんじゃろう。しかしな、大司教。教会もまた時代の流れ、変化を見極めねばならん。王家が軽んじられたとしても、正しく進んでゆくならば、それが正義になる。大切なのは見極めじゃ。念のためではあるが西にも声をかけておる。常に準備だけは怠ることないように、とな」
王都大聖堂の奥、小さな部屋の中蝋燭の明かりが二人の影を揺らしていた。




