二章 25話
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[王国暦426年9月中旬]
『何からどう考えたらいいのか頭が追いつかない。魔法の素、雷流・・・。もしバスチオン様の考えが合っているなら、いや色々な辻褄が合う以上、限りなく事実に近い気がする。何より魔獣の存在は完全に神の奇跡の範囲を超えている・・・。』
アンデルは衝撃的な話の連続に混乱しつつも頭の整理を続ける。
「バスチオンさん、これまで平民が魔法を使うことができていない、という点はどのように考えていますか?」
一つずつ聞いていくしかない、そう決心したアンデルは尋ねる。
「ふむ。魔法の素、雷流ともにそこら中に存在しているとするなら、それを使えるのがなぜ王国の貴族に限られるか。確かに大いなる矛盾かもしれん。そして魔法を神の奇跡たらしめている最大の要因じゃ・・・」
バスチオンは嬉しそうにもったいぶる。
「子は親に似るじゃろ」
「えっ?」
予想外の返答に困惑する。
「見た目、髪質、時に得意な物事も、親と子は似ることがある。雷流を上手く扱えるという物事もそうではないかと儂は考えておる」
「親から受け継いでいるということですか?」
「いや。絶対に受け継ぐというわけではないじゃろう。父親に似る子もおれば、母親に似る子もおる。子が親のどの部分を生まれながら持っておるかはそれぞれじゃ。兄弟でも全く違う部分を引き継ぐことが多い。しかしな、王国の貴族は、これまで長い時間、貴族同士で婚姻を繰り返し、そして子をなしてきた。特に魔法が得意な貴族は引く手あまたじゃ。長い時間それを繰り返してきた結果、王国の貴族はその魔法の能力を引き継ぎ続け数を増やしてきたのではないかな。そして魔獣も同じ仕組みではないかと思っておる」
「つまり、雷流の扱いが上手いというのは、例えば足が早いとか髪が黒いとかそういった次元の話に過ぎないという感じですか?」
少し落ち着きを取り戻しながらアンデルは自分の考えを伝える。
「わかりやすくて良いのではないかの。その通りじゃと思う。ただし、雷流を上手く扱えるのは稀で難しいことであるやもしれんな。だからこそ、そういった能力を引き継ぐ機会のない平民は、その珍しい特技を獲得できなんだ、ともいえる」
バスチオンの説明がすっとアンデルの身体に染み渡っていく。
『とても綺麗な仮説だ。バスチオン様のこれまで重ねられた実験の数々と、長い時間考えてこられたその理論は、今僕が考えられる範囲で全くおかしな所がない。それが真実なら、神は・・・・・・。それに僕は・・・』
どうしてもバスチオンに聞いてみたい、尋ねなければならない、そうアンデルは強く思う。
「バスチオンさん、僕はなぜ・・・魔法が使えるのだと思いますか」
「・・・。儂の話はこれで終いじゃ」
「えっ?」
答えを、いや何かしらきっかけでももらえると思っていたアンデルは戸惑う。
「そなたの親が何者かも儂は知らん。突然能力を持って生まれただけかも知らん。それこそ、神の奇跡によってそなたが生まれたのかも知らん。ふふふ。じゃがな、そなたが何者かはどうでもよいことじゃ。お主が魔法が使えることもどうでもよいことじゃ。しかし、今世界で魔法の真実を知っておるのは儂とアンデル、お主だけじゃ。それこそが重要なことなんじゃ。儂は今後二度と表に出ることはない。教会が、異端審問会がなくなろうとも王家を捨てた男が再び世に出ることはあってはならんのじゃ。それにお主の見つけた外部発動、ここまでの話と組み合わせてもう一度整理してみぃ。ここから先はお主の時代じゃ。全てお主に任せる。世の中がひっくり返るじゃろうて、ハッハッハ。ただし模様だけは紙に書いて渡せ。儂もひっそりやってみたい」
バスチオンは実に愉快そうに、実に満足げに笑い続ける。
『世の中がひっくり返る・・・だろうな。そうなれば僕も異端審問会に追われるか・・・。少し落ち着いて考えないと、焦る必要はない、うん』
アンデルがバスチオンの話を振り返りながら考えを巡らせていると、カーター工房の倉庫の入口が開けられた。
「バスチオン、どんな具合だ。もう邪魔してもいいころか?」
カーターとトマスが荷物を抱え立っていた。
「カーターか、勝手にどこ行っておった。肝心な時におらんで儂がどれだけ困ったか」
「何言ってやがる。それに全然困った顔もしねぇで、嬉しそうじゃねぇか。まぁ、よくわからんが、かぁちゃんが飯作ってくれた。ほら、みんなで食うぞ」
カーターとトマスが持っていた荷物を下ろすと事務室の机に料理を並べている。料理からはまだ湯気が立ちのぼっている。
「アンデル、大丈夫でしたか?」
トマスはアンデルに近づくと心配そうに尋ねる。
「はい、バスチオンさんから貴重なお話を聞けました。少しこれからについて考えなくてはいけないと思っていて・・・」
トマスは目を細めアンデルを見つめる。
『まるで短時間で大人になってしまったかのような変化ですね。魔法師同士のとんでもない話でもあったのでしょうが・・・』
「ふふ、アンデル、まぁとりあえず食事にしましょう。私も少し考えていることがありますし」
四人で食卓を囲み、エリーナの料理に舌鼓を打つ。
「アンデル」
トマスは食事の途中アンデルに真剣な表情で話しかける。
「私はこのまま帝国領の港から南部へ戻ろうと思っています」
「えっ!」
突然の報告にアンデルは立ち上がる。
「落ち着いて。実は私もカーターさんとお話をしてきたんだ」
トマスはゆっくりとアンデルに話を続ける。
「このベンリルに店を構えようと思う。大陸北部での1号店だ。その準備のため一度戻って弟たちとも話を詰めなくてはいけないんだ」
「トマスさん・・・。もちろん僕がトマスさんを止める事は出来ないのは分かってます。少し突然だったのと、寂しいなと思ってしまってつい・・・」
アンデルは下を向く。
「ありがとう、アンデル。私は必ず戻ってくるよ、君にも会いに行く。アンデルについていくと、わがままを言ったのは私なのに、今度は勝手に離れるというのは本当に申し訳ない。けれど、この選択は、これからもアンデルを支えるためにも必要だと思っている。まだ詳しくは、いや上手くは説明できないけど、信じて待っていてほしい。私は兄として必ずアンデルを支えるよ」
トマスの真剣な表情にアンデルは頷き返す。
「短い間でしたが、ここまで来れたのはトマスさんのおかげだと思っています。僕はトマスさんを信じていますし、僕こそトマスさんに頼られるようになりたいと思っています。次お会いするときまでにはトマスさんに頼ってもらえるように頑張りますね」
「あぁ、お互い前に進んで行こう。私たちは、私たちなら出来るよ」
そういって二人は強く握手を交わす。
「若いってのはいいね」
カーターが二人を冷やかす。
「まぁ、トマスやアンデルに会って俺もよかった。戦争に負けて柄にもなく頭を垂らして暮らしてたが、俺もこれからもう一度、前に進む覚悟ができた。二人とも俺も混ぜてくれや」
カーターが二人の背中を力強く叩く。
「い、痛いですよ、カーターさん」
トマスが不満を伝えるとアンデルが笑い、つられてカーターも笑い出す。
「みな若いな。・・・儂には儂の役割が回ってきそうじゃの・・・」
バスチオンは笑い合う三人を見つめながら、カーターが持ってきた酒を勢いよく口に流し込んだ。




