二章 23話
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[王国暦426年9月中旬]
「私の魔法研究の発端は、ベルク要塞での戦いです」
アンデルはこれまでを思い返しながらゆっくりと説明を始めていく。
「・・・地面から発動された魔法によって、ベルク要塞は消滅しました」
あの戦いを、そのすべてを思い描きながら、アンデルは強く思っていた。今なら、いや今だからこそすべてを吐き出していく、と。
「地面からの発動か・・・」
バスチオンもまたアンデルの言葉を自らの中に落とし込みながら思考を続ける。
「研究室に異動し、仮称ですが、魔法の外部発動について試行を重ねました。・・・・・・。水だけでは、威力、持続性に問題があったので、血の利用を試すことにしました」
研究室で重ねた実験を思い返す。バスチオンの若かりし頃の話と自分の姿が重なりアンデルは苦笑いを浮かべる。
「ただ血と言っても、私は鶏の血を使った実験でした。結果は水よりも威力、持続性ともに良好でした。ただ、私が迂闊だったこともあり、実験は吸血鬼の噂となり広まりました。そのため、大学から血を利用した実験は禁止されました」
「ほう、大学も慎重だのう。お主、教会に気に入られとるのか」
「よくはわかりませんが、孤児院からずっと守られてはきました」
「ふむ、で禁止された実験はどうなった?」
「禁止された日の夜、残っていた血で最後の実験を隠れてやりました」
「それはそうじゃろう、で?」
アンデルはひと呼吸おき、光る模様の説明をする。最後の実験とベルク要塞でトマスとともに行なった実験も説明し、魔法の種類により、模様が異なることも伝えていく。
「光の模様・・・」
バスチオンは目を閉じ深く考え始める。アンデルはバスチオンが目を閉じるのを見つめしばらく沈黙する。
「お主、その模様を一度描いてみよ。おい、カーター、紙を持ってこい。・・・。おい、カーター。何じゃおらんのか。全く肝心な時に」
バスチオンは倉庫の入口に向かってカーターを呼ぶが返事はなかった。
「しかし、模様か・・・。やはり、全て話す必要があるか・・・」
そう言ってバスチオンは再び目を閉じた。
「儂は逃亡生活を続けながら二つの事柄について結論を出した。無論、儂だけで実験を行い思考を続けたものゆえ、本当に正しいのかはわからん。そもそも魔法について、魔法師以外に話したところでまるで理解はできんじゃろうしな。あと儂は外部発動という発想は出んかった、悔しながらな。儂も含め魔法師は自らの体から魔法を出すもんだと思い込んでいるんじゃろうな。ゆえに、光の模様については初めて聞いた。また後で紙に書いておけ」
アンデルは頷く。そもそも自ら魔法が使えない者にとっては紛れもない奇跡にしか見えず、その仕組み、ましてや新しい発見などさらに理解し得ない。
「儂が導き出した二つの事柄じゃが、それらは組み合わせて理解してもらいたい。つまるところ、魔法の発動にかかわる真実じゃ」
バスチオンは右手から水の玉を出すとそれを倉庫の壁に当てた。
「今儂がやった事を全て説明できるか?」
「・・・。」
アンデルはすぐには答えられない。魔法師であれば当然理解している魔法の流れ。しかしそれを言ったところで正解にはならないことは分かる。
「ふむ、そうじゃろう。今の流れを全く逆から考えて行くぞ。水の玉が壁に向かって飛んだ。その前は、手のひらから水の球が出現する。よく考えてみよ。例えばお主が魔法師ではないとしてじゃ」
質問の内容に戸惑いながら想像する。
「・・・。奇跡です」
「正解じゃ」
「へ?」
アンデルは戸惑う。
「つまり、そんな事ありえないんじゃ。井戸でくんだ水が、玉になって飛んで行っては困るじゃろ。飯を作ろうと火をおこしたら殺されかけた、そんなことあろうはずが無いんじゃ。じゃぁなぜ魔法として水は飛んでゆくのか。火の玉で攻撃ができるのか・・・。それは、そうさせている物質があったんじゃ。儂がそれに気づいたのはアラニア山のおかげじゃ」
ベルク要塞から隘路を抜けたその先、ベンリルを抱くようにそびえる雄大な様がアンデルの脳裏に浮かぶ。
「そうさせている物質・・・それにアラニア山ですか?」
「そうじゃ。なぜ大陸東部で魔法が弱くなるのかを長く考えていた時、アラニア山の近くで黒い鉱石が多くあることを知った」
アンデルは、カーターといった店で見た黒い鉱石を思い出す。
「あの山、今は大人しいが五百年以上前には噴火を繰り返しておったそうじゃ。度重なる噴火によって東部にはその堆積物や鉱石が広範囲にわたって分布している。その中の一つがその黒い鉱石じゃ。細かい経緯は忘れたが、カーターと知り合って大分経った頃、あの鉱石を金属に混ぜ、炉で合金を作った。特に狙った意図もない実験じゃった。しかしその出来上がった金属は魔法を打ち消した。お主も見た抗魔法装置の材料じゃな。儂は仰天した。何が起きたのかとな。それからずっと黒い鉱石の研究をした」
アンデルにはまだ理解ができない。何がどうなってそうなるのか、置いていかれないよう必死で話を聞く。
「そこらで見つかる黒い石に直接魔法を放っても消えない。黒い石のみを炉で溶かし、再度冷やし、固まった物は魔法を打ち消した。そういった様々な研究を重ねて導かれた答えは、魔法とは、この世界に満ちる何かしらの物質が反応を示すことで起きる現象の一つであるというものじゃった。そして、黒い鉱石はその物質を吸収もしくは吸着させる力を持っておるという事も分かった。言ってみれば魔法の素が存在しそれが無い、もしくは少ないと魔法は消えるか、弱くなるんじゃ」
アンデルはすぐには理解できなかった。話を一つ一つ整理しながら反芻していく。しかしバスチオンの説明が続けられる。
「例えば、炉で溶かし固めた黒い鉱石はすぐには魔法を打ち消すことはできん。吸収に時間がかかると考えれば辻褄が合った。ただ面白いことに、そのような性質を持たないある特定の普通の金属と黒い鉱石の合金はできてから比較的早く魔法を打ち消すことができた。金属同士で何らかの相乗効果があったのだと考えておる。そのように反応の早い合金を利用したのが抗魔法装置というわけじゃ」
必死で考えるアンデルは自信なさげにバスチオンに尋ねる。
「魔法の素となる物質が満ちているとして、なぜそれらが魔法になるのですか?我々魔法師は体内の魔力をもって魔法を発動していると考えていますよね。外部発動についてもその魔力が外部で働いていると・・・あぁそうか。魔法の素は我々の魔力に反応するということですか?実際は魔力が放出され、それが魔法の素と反応すると」
アンデルは自分で答えながら何を言っているのか混乱しそうになる。
「ふむ、そういうことじゃ。ただここで儂のもう一つの発見がかかわる」
「もう一つ・・・」
「最初に言ったように儂は二つの事柄を導き出した。一つは魔法の素となる物質の存在。もう一つは魔力についてじゃ」
『もうどうとでもなれ』
アンデルは開き直りながら話を聞くことに決めた。




