二章 22話
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[王国暦426年9月中旬]
ベンリルの街から南東にわずかに離れた場所に、帝国に拠点を置く工房や商店などが所有する倉庫が立ち並ぶ場所があった。その倉庫群の中で他よりも一回り飛び出た大きさの倉庫がある。帝国随一と名高い、カーター工房が所有する倉庫であった。今は閑散としたその内部の奥に、椅子に腰掛け向かい合う二人の姿がある。
「ふむ、であれば話を続けるか」
バスチオンはアンデルの決意を確認すると静かに話し始める。
「儂は、今の王の従兄弟にあたる。王の父、先王は自身を含めて五人兄弟であった。その三番目が儂の父親にあたる。儂は子供の頃から魔法が得意でな、いたずらをしては従者を困らせる、そんなしょうもない王子じゃった。王位継承順位はついておったが、まぁ下の方から数えた方が早いくらいじゃったか」
王国の歴史を学ぶ機会は多いが、王家内部の細かい話は基本的に、市井になどは流れてこなかった。アンデルは自分が国家の機密に触れ続けているのではないかという不安をぬぐえないまま、バスチオンの話に耳を傾ける。
「儂の素行を不安に感じた父は、儂に軍人としての道を歩ませることを決めた。父の決定に逆らうことなどできんからな、そのまま士官学校を経て魔法師の部隊に配属された。戦場では、自由に暴れられるから儂自身はそれでよかった。多くの戦線に参加し、戦闘を重ねるうちに、本当に小さな疑問が生じたんじゃ」
バスチオンは口を大きく開くと指先から出した水を口に入れ飲み込む。アンデルは一瞬驚くように見つめるがすっと目をそらした。
「はは、このような魔法の使い方をする貴族はおらんじゃろう。やつらは魔法を神聖なものとしておるからなぁ。教会はそれに輪をかけたように、神の御業とまでぬかす」
それは確かだった。アンデル自身便利さから人目に気をつけながらも魔法を日常的に使ってきた。しかし士官学校時代を含め、戦場においても魔法師たちは戦闘以外に魔法を使う姿は見せなかった。
「そういうところも含めてな、魔法への小さな疑問が生まれたんじゃ。魔法とは何なのか、なぜ貴族にしか使えんのか、とな。その疑問が一気に膨らんだのはとある小さな戦闘の際じゃ。戦いが優勢に進み、部隊は今までにないほど帝国領へ侵入した。するとどうじゃ、帝国領内に入るほど魔法が弱くなるではないか。お主もそれは分かるじゃろう」
「はい。おっしゃる通り、こちらでの魔法発動は王国内での発動と全く異なりました」
満足そうに頷くバスチオン。
「そこにどうしても引っかかってな。神の御業がなぜ帝国領で衰えるのかとな。神の奇跡であるにも関わらずなぜそのような脆さを持つのか?お主はどう思う」
「士官学校時代、帝国領での魔法の取り扱いに関する注意を習った際はそのようなものかと、疑問を持たずに受け入れていました。ただ実際にこの地での変化を身をもって体験し感じたのは、神の奇跡云々と言うより何故かという疑問が先に立ちます。それに、ベルク要塞の際に配備されていた抗魔法装置を前にした際もその仕組みについて考えました。魔法は何かしらによって妨害され得る現象ではないのかと。ただ、そう思っただけでその先へは至っていませんが」
アンデルはこれまでの経験を思い出しながら、丁寧に言葉を選び答えていく。
「ふむ、まぁ、いいところに目が向いているとは思うがな。とりあえず儂はそのことが頭から離れなくなってな。軍を辞め自宅にこもるようになった」
「それはまた思いきったといいますか・・・」
「ははは、儂はわがまま王子じゃからの。とりあえず軍の実績も作っておったし、その時文句を言うやつはおらんかった。丁度二十歳頃じゃから、まぁ今から四十年程前かの」
アンデルはいつの間にかバスチオンの話に聞き入っていた。王国の機密と言うよりも、自分と似た部分を持つ境遇に近しさを感じる内容に共感し始めていた。
「しかしじゃ、儂は最初から躓いてしまう。いくら儂が王子であっても、研究と言って堂々帝国領に赴くことは不可能じゃ。まぁ当たり前なんじゃが、若い儂には苦痛にしかならん。やりたい事ができず何も進まん中で徐々に方向性が変わっていった。なぜ貴族のみに使えるのかという方向ヘ。その時お主のようなものがおったら、すぐに捕らえておったじゃろうな。ハッハッハ・・・」
アンデルは当時に生まれていなくてよかったと心底安堵する。
「しかし、それをどう研究する?そこでもまた躓いた。全く分からんかった。悩みながら、儂は人の道を外れていった」
バスチオンの目線がわずかながら下がる。
「貴族と平民、何が違うか。どうじゃ、お主は何かあると思うか?」
貴族の中でも頂点にいた人物に平民との違いを問われる。アンデルは返答に詰まる。
「正直申しまして、生まれが違うとしか・・・」
「ははは、それじゃ。見た目は同じ人、指の数も目の数も。食べるものだって言ってみれば肉と野菜、味付け以外何も変わらん。そう一見すれば貴族の平民も何も変わらん、同じ人間じゃ」
アンデルはごくりと息を呑む。
「しかし儂は王族として生まれた。貴族と平民が同じなはずないと思ってな・・・たどり着いたのが『中身が違う』のではないかというところじゃ。儂はまず、平民で処刑された罪人の遺体を裏で手配し手に入れ、解剖した」
アンデルはその告白に息が止まる。遺体を傷つける行為は例え罪人であっても許されていない。神の作った、神の子である、王国の民を傷つけることは許されず、まして神の御下へ向かうその遺体を傷つける行為は禁忌とも言えた。
「あまりにも、のめり込みすぎたのじゃ。詳しくは言う必要もないが、儂は貴族の身体も手に入れた。そして結果は同じじゃったよ。中身もな。貴族も平民も何も変わらんかった、そう分かった時の衝撃はすさまじかった。王家の一員として、神の御業を与えられた魔法師としても、そこに特別な違いなど見当たらん。なら、ならばこそ、魔法とは一体何なのじゃ。また振り出しに戻った」
バスチオンの告白はアンデルには重すぎた。遺体を解剖したという事実も、魔法という存在も。
「貴族の遺体に手を出したことで、儂の実験内容がどこからか漏れた。そして当然のようにそれは異端審問会に流れたんじゃ。神に仇なす者として異端認定を受けると、すぐに身分の剥奪、追放令が下された。そして当然、審問会から処理人がやってきた。儂は逃げるしかなかった。戦時下の国境を越え帝国へとな。審問会の追っ手は執拗に迫ってきた。そのたびに戦い返り討ちにしてやったが、それからも何度も何度も襲ってきおったわ。やつらにとっては国境もあまり意味を持っておらんのだろう、帝国だろうとどこだろうとな。儂は帝国内を転々としながら身を隠し続けた。処理人がやって来れば別の場所へ行き、しばらく住み続けたなら離れての繰り返しじゃ」
審問会の行動など普段は知る由もない中で、まさに長く追われ続けているその人物からの話もまた衝撃的であった。姿や形を含め想像すらできない、本当にいるのかも分からなかった存在が一気に現実的なものとして見せられ、アンデルは血の実験を思い出していた。
「その逃亡中に、偶然にカーターと知己を得た。やつの技術は一流で、儂に刺激を与えた。隠れながら、やつとの交流を重ねて儂の知識も少しずつ伝えた。その中であの抗魔法装置に至るわけじゃが、あれについてはまた別の話をせんならん。その前に、お主の研究についてまぁ言えるだけでも構わん。説明してみぃ」
突然の要求に戸惑いながら、それまでの話の重さに打ちのめされながらアンデルもまた静かに語り始める。




