二章 21話
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[王国暦426年9月中旬]
「おう、カーター、久しぶりじゃの」
老人は落ち着き払った様子でカーターに挨拶をする。
「バスチオン、あんたも変わらんな」
カーターは疲れた表情で答える。
「なんじゃ、その含みのある言いようは・・・。おう、後ろの二人、お主ら本当にカーターの知り合いじゃったか、はっはっ」
バスチオンと呼ばれたその老人は、自分を不審そうに見つめているアンデルとトマスに声をかける。
「バスチオン、俺があの二人にあんたを捕まえるよう頼んだんだ。それをまぁよくも攻撃なんかしよって」
「そんな事わしが知っとるわけなかろう。てっきり久々に処理人が来たと思ったわ」
処理人という言葉にアンデルが反応する。
「あ、あの・・・」
問いかけようとするとカーターがそれを制した。
「アンデル待ってくれ。まずは順番に話を整理するぞ。皆一度席についてくれ」
カーターに言われそれぞれが机を囲み椅子に腰掛ける。
「バスチオン、この二人はわしも知り合ったばかりじゃ。まずこいつらの話を聞いてくれ。その後の判断はあんたがしたらいいだろう?アンデル、トマス。お前らはまず自分たちのことを説明してやってくれ。・・・何を話すかは任せるが、こいつはまぁ、大丈夫だ」
そう言われるとトマスがバスチオンに向かって姿勢を正す。
「初めまして、私はトマス・バロットと申します。南部出身の商人です。終戦の話を聞きこの北部に参りました。今は、こちらの彼に同行させいただいています」
トマスは簡潔に自己紹介を終えるとアンデルをそっと見る。
「バスチオン様、私はアンデルと申します。先ほどは誤解させてしまい申し訳ありませんでした・・・。
もともと王国軍に所属しておりましたが、終戦後王立中央大学にて魔法の研究をしております。帝国領へは、その知見を広めるためにやってまいりました」
「ほう、お主どこの家のもんじゃ?」
バスチオンは目を細めながらじっとアンデルを見つめる。
「あ、あの家とは・・・」
「何を言っとる・・・。そなたの家の名はなんじゃと聞いとる」
「あ、あの、私は孤児です。孤児院で育ちましたので、家の名と言われましても・・・」
「・・・。さっきから何を呆けたことを、お主魔法師じゃろ」
バスチオンはさらに鋭い視線をアンデルに向ける。
「あー、わかりました。私は平民です。簡単に言いますと平民なのに魔法が使えます」
バスチオンの誤解を理解しアンデルはあっさりと答える。そう思われることはアンデルにとってはいつものことであった。
「・・・・・・。ほう、まことお主平民か?もう少しお主のこと詳しく聞かせよ」
「はい、私は旧帝国領との国境近くで生まれました。父は王国軍の一兵士だったそうです。母は私を産んですぐに・・・・・・」
アンデルはこれまでの生い立ちを順にバスチオンに説明する。
「・・・・・・そのようにベルク要塞の戦いが終わり、その後終戦を迎えます。それから勅命にて軍を離れ、大学の研究所で研究をすることになりました」
「・・・・・・」
バスチオンは目を閉じながら考え込む。周りも口を閉ざし待っている。
「カーター、わしは少しこやつと二人で話をする。長くなるかもわからん。そちらのやつとお前は好きにしといて構わん」
そう言うとアンデルに椅子を運ばせ倉庫の奥へと進んでいった。
「カーターさん、大丈夫でしょうか。二人だけでというのは・・・」
トマスが不安げにカーターを見る。
「ここでまた戦うとかそんなことはせんよ。ただあの人が長くなると言った話は相当に長くなるぞ。俺は工房に戻ってかぁちゃんに話をしてくる。トマスもついてこい。なに、話してる間あの人は周りは見えなくなる。心配せんでも大丈夫だろう」
トマスは二人きりにさせることを心配したが、しぶしぶとカーターに従い倉庫を出ていった。
アンデルはバスチオンに指示されるままに椅子に腰掛ける。
「さて、お主に聞きたいことがいくつもあるが・・・まぁ少しわしのことも話さなくてはなるまいな」
アンデルの正面に椅子をずらしそこに腰掛けたバスチオンは話始める。
「わしの名は、バスチオン・ド・ドナシオンじゃ」
その言葉を聞きアンデルは慌てて椅子を離れ片膝をつく。左のこぶしを胸につけ頭を下げた。王国、いや大陸を含め、ドナシオンを家名として名乗ることが許されているのは、ドナシオン王国、その王家のみ。アンデルに緊張が走る。
『理解が追いつかない。でたらめに名乗れる名前ではない、はず・・・』
自らドナシオンを名乗る老人にアンデルは混乱する。
「ははは。お主、本当に軍人じゃの。良い良い、名乗ってみたが、今のわしにその名を使うことは許されておらん。わしはバスチオンじゃ。さぁ座れ」
やはり理解に苦しむアンデルだったが、それでも言われるがまま立ち上がり椅子に座り直す。
「お主の跪礼、見事な軍式じゃ。貴族式の作法が全く含まれておらん。本当に平民なんじゃな・・・」
「はい、恐れながら申し上げます。私は確かに平民の両親より生を受けた、平民でございます」
「わかった、わかった。それは理解した。もうそのように畏まるのはやめぃ。それにカーターもわしのことを知っておる。でもやつは普通に話しておろう。構うな、普通に会話せんなら難しい話もできんじゃろ。良いか」
「・・・。はい、わかりました」
アンデルは顔を青くしながら何とか答える。
「まぁ少し固いが。良いか・・・。で、じゃ。端的に言えばわしがドナシオンの名を使えない理由は、王国教会に異端の認定をされたからじゃ。異端の認定を受け、王家の名をはく奪され、おそらくその歴史からも抹消されておろう。そして異端審問会はわしを殺そうとしておる。やつら風に言えば処理じゃな」
アンデルの汗が止まらない。
『これは聞いていい話なのか。王国の人間であり、元兵士であり、教会に囲われている自分が聞いても・・・』
アンデルはすでに限界だった。名前一つ、そして抹消された歴史の危険さに飲み込まれていく自分の姿が浮かぶ。
「安心せぇ。そなたが王国に戻り正直に報告しようが、なんじゃったらそなたが刺客としてもう一度来ようが、わしは戦い生き延び、そして逃げるだけじゃ。わしのことを知っているだけでは審問会は何もしてこんぞ。やつらは余計なことは一切せん。淡々と対象者の調査、認定、処理の三つを遂行するのみじゃ。その周囲は一切気にしておらん。事情を知っているものへの調査は確かに少々しつこく行うじゃろうがまぁ命までは奪わん。処理するのは対象者のみじゃ。安心せぇ」
次々とアンデルの知らない世界の事情を説明し、安心させようとするバスチオンの話は、一層アンデルを身体をこわばらせた。アンデルの様子をうかがいバスチオンはしばらく口を閉じて待つ。
「あの、バスチオン様・・・バスチオンさんは、なぜそこまで異端審問会に詳しいのでしょうか。それに一体なぜ異端認定されたのでしょうか」
ようやく少し落ち着いたアンデルはそれでもおそるおそるバスチオンに尋ねる。しかしバスチオンはそれには答えず沈黙を保つ。
「それを知ることはお主も処理されることに繋がるやもしれん。わしのしたことを知ればお主も同じ事をするかもしれん、もしくは違う形で近づくかもわからん。そうなればお主も立派な対象者になりうる。・・・。それでも知りたいか?」
今までになく真剣な表情でバスチオンはアンデルの顔を見つめる。
『バスチオン様の異端認定の理由・・・。知りたい。しかし・・・。自分には失うものはないはずだ。よくしてくれたトマスさんや、みんなには・・・そう中身を知らなければ審問会は手出しをしないと言った。僕の中だけに留めれば皆に迷惑は掛からないはず・・・』
長い沈黙のあと、アンデルは口を開く。
「それでもお聞きしたいです」
アンデルの唇は震えていた。




