二章 17話
25
[王国暦426年9月上旬]
「おはようございます、ご主人。部屋の方なんですがもうしばらく延長させていただきたいのですが」
朝の身支度を済ましアンデルが宿の一階に降りると、トマスが宿の主人に話しかけていた。
「おぅ、もちろん歓迎するぜ。それなら、明日から朝食ぐらいは出してやるよ。まぁ二人分の朝食ぐらいなら何とかなるしな」
「それは助かります。どれくらいになるかはまだ決まっていませんが、お願いしますね」
主人との話を終えトマスはアンデルを見つけた。
「おはよう、アンデル」
「おはようございます。宿の延長ですか?」
「えぇ、少し時間がかかるかもしれませんので、念のため。あぁ、今度は私が勝手に決めてしまいました。すみません」
「いえいえ、僕は問題ありません。早速昨日の工房へ?」
アンデルは、昨日の工房を思い出しながら尋ねた。
「はい。早速行こうと思います」
二人は宿から通りに出ると、中心部に向かって歩き出す。
「昨日は、つまらない時間になるかもと言いましたが、少しアンデルに協力してもらおうと思います」
笑みを浮かべながらトマスはアンデルを見る。
「協力ですか?もちろん、僕にできることならそうさせてもらいますが、どんなお手伝いですか」
二人は並んで歩きながら、トマスの考えを共有する。
「・・・ちょっと信じられませんが、トマスさんがそうおっしゃるなら僕は構いません」
「ありがとう。その時はお願いしますね」
そう言うと、二人は黙って工房へと向かう。
工房の前まで来た二人は中をのぞき、奥の部屋に昨日の職人がいないことを確認する。
「上の階にいるんですかね」
アンデルが尋ねる。
「うーん、どうでしょうか。まだ朝も早い時間なのでここで待ちましょう。もしかしたら少し長くなるかもしれませんが」
トマスが考えた通り、しばらく経っても職人の男は姿を見せなかった。
「どうしますか、後でもう一度来ます?」
アンデルは辺りを見回しながらトマスに尋ねる。
「いえ、ここで待ちましょう」
そう一言言うとトマスは工房をじっと見続ける。もう昼時が近づくことだろうか、それでも工房は変わらずひっそりとしている。
「帝国は教会の鐘が鳴らないので、時間が分からなくなりそうですね」
太陽はすっかり高い位置まで昇り、石畳の道から熱気が昇っている。
「今日は少し暑いですね」
アンデルは独り言のようにつぶやくも、トマスの反応はなく工房を見つめたままだった。
「おう、お前ら邪魔だ。帰れ」
工房の前で立つ二人の背後から突然声をかけられる。アンデルが振り向くと、昨日の職人が険しい顔をし腕を組みながらこちらを睨んでいた。
「こんにちは。それでは今日は失礼させていただきます。明日もお伺いさせていただきますね」
トマスはそう言うと、工房から離れていく。それをアンデルが慌てて追う。
「トマスさん、いいんですか?」
「えぇ、お疲れ様でした。今日は帰りましょう」
それから二日間、同じように朝から工房前に立っては職人から追い返される事を繰り返した。
そして三日目の朝。
「おはよう、アンデル。大分疲れたんじゃないかい」
宿屋の一階で、朝食を食べながら、トマスはアンデルの様子を伺う。
「やる事がないのは辛いですが、身体は大丈夫ですよ」
「良かったです。ではいきましょうか」
そう言って、今日もまた工房の前へと向かう。
『あと何日くらい繰り返すのかな、さすがにきつくなってきたかも』
アンデルがじっと立ちながら、トマスの顔を覗こうとした。
「おぅ、お前ら邪魔だ。中に入れ」
いつものように背後から声をかけてきた職人は奥の部屋を指さしそう言った。
「ありがとうございます。それではお邪魔しますね」
まるで当たり前と言わんばかりに職人の後を追うトマスの様子に、アンデルは驚きながらもついていく。
奥の部屋の中には書棚が並び、そこには何かの設計図らしきものが大雑把に積まれている。一番奥には木製の机があったが、天板が座る側へ向かって傾いているのが分かる。
「まぁ、座れ」
職人は小さな作業椅子を二つ出し座るよう促す。
「では失礼します。改めて、南部から来ました、商人のトマス・バロットと申します」
「カーターだ」
職人は何とか聞き取れるぐらいの声でさっと自分の名前を伝える。
「で、商人が俺に何をさせたい」
「カーター親方、私は何かをしてもらいたいわけではないです。お話をさせてもらえれば、それで」
「俺は職人だ。話すことなんてない」
カーターの顔は相変わらず険しく、腕を組んだままトマスの様子を伺っている。
「その窓を背にして立ってくれるかい」
トマスは並んで座っていたアンデルに、突然指示を出す。その様子を不審そうにカーターは見つめる。トマスはカーターの様子を確認すると、アンデルと目を合わせそっと頷く。
アンデルはゆっくりと右腕を伸ばすと、手のひらの上に火の玉を出した。
「おい!それはっ・・・」
カーターは突然の事に目を見開きながら、椅子を後ろに倒し立ち上がる。
「彼は魔法師です。親方、試してみたくありませんか」
アンデルは魔法を消すと椅子に座り直す。しかしトマスの言った意味が分からず、そのままトマスの顔を見る。
「・・・。お前なんで知ってる。どこの人間だ。それにこいつはドナシオンの貴族か」
カーターはトマスを強く睨みつけながら、続けてアンデルにも強い視線を送る。
「少し長い話になります。親方、構いませんか」
カーターを正面に見据え、姿勢を正しながらトマスは静かに伝える。
「待て、上で話を聞く。ついてこい」
カーターは部屋を出ると反対側の階段を指し、二階へと案内する。階段を登ってすぐのところに客間があった。扉を開け三人は部屋の中に進む。装飾も飾り気もない、武骨な客間だったが、整理は行き届いており非常に清潔感のある部屋でもあった。
「掛けてくれ」
部屋の中央に置かれたソファにカーターと向かい合うように二人は座る。
「商人、お前は何を知っている」
カーターは相変わらず、睨むようにトマスに問いかける。
「トマスです。親方、私は何も知りません。ただ、もしかしたらあなたが、ベルク要塞に配備されたという未確認兵器に関わっていると思っただけです」
「・・・くそ。俺を試しやがったのか。だから商人は好かん」
カーターが下を向く。
「あれは兵器じゃねぇ。あれは、抗魔法装置の試作機だ。さぁ、王国に突き出すにしろ何にしろ好きにしろ」
アンデルは一瞬カーターの言った意味が理解できなかった。それでもすぐにベルク要塞の城壁に置かれたあの兵器、いや装置を思い出す。そして驚いた表情でカーターを見つめた。
「親方、頭を上げてください。私たちはあなたの敵ではありません」
「敵はわざわざ自分を敵とは言わん」
「ふー・・・。おい、この頑固親父!なにグズグズ下向いてやがる。それでも帝国一の職人か!」
トマスの突然の怒声にアンデルは目を丸くし横を振り向く。一方のカーターも肩を震わせながら顔を上げる。
「商人、てめぇなんて言った。おぅ、この金工勲章持ちのカーターになんて言った!」
顔を真っ赤にしカーターも立ち上がり大声を上げる。
「トマスです。親方、我々はあなたの手伝いができるかもしれないことはお気づきでしょう。それをグズグズ、何が金工勲章だ、そもそもそんなもの知らん」
トマスはさらにカーターを煽る。
「てめぇこら商人、いい度胸だ、表出ろ!」
どうしたら良いか分からずあたふたするアンデルを他所に二人が部屋を出ようとした時、部屋の扉が開けられた。
「あんたたち、うるさいよ!ご近所迷惑だろ!」
髪を頭のてっぺんでくくり、腰にエプロンをつけ腕を組んで仁王立ちする女性がいた。




