二章 16話
24
[王国暦426年9月上旬]
「アンデル、街に入る前にもう一度確認しておきます。ベンリルの中では、私に付き添う形でお願いします。旧帝国領内の街の人はこれまでいくつか通ってきましたが、みな疑心暗鬼の状態です。王国の人間であることは極力隠し、南部からの商人として私が前面に出ます」
ベンリルの手前で二人は最後の休息を取りつつ、今後の確認を行う。
「はい」
「まだ不明ですが、王国軍が駐留している可能性は高いのでそれも頭に入れておいてください。王国軍自体に問題は無いのですが、我々が関係者であることが分かってしまうと、後々ベンリル内で動きにくくなる可能性もあります。接触はできれば避けて欲しい所です」
「そうですね、知り合いもいないとは言えませんので気をつけます」
ベンリルでの目的は基本的にトマスの情報収集に重きを置くことになっている。アンデルとしては、具体的な目的は特にはなくベンリルの様子を見て回れればよいと考えていた。
「昨日お伝えしたように、私自身はベンリルの製造業の状況などが分れば、それで十分だと思っています。なるべく無理なく、問題に巻き込まれないよう注意していきましょう」
「わかりました」
最終的な確認を行い、注意点を共有し終えると二人は再びベンリルへと進んでいく。
「お客さんかい。どうぞ入りな」
この不愛想な男が宿屋の主人だろうか、二人はベンリルに入るとまず入り口近くの宿を探し入ってきた。
「二部屋、空いてますか?できれば二泊ほどと考えていますが」
トマスが主人に部屋の空きを確認する。
「はは、ガラガラだ。好きな部屋を選んでもらって構わない」
部屋の一覧を確認し、二階の隣り合わせの部屋を借りることにする。
「あんたら王国からか?」
「いいえ、南部から商売のために来ました」
トマスはさらっと答える。
「へぇ、南部の商人さんか。まぁゆっくりしてってくれ。あと、一階の食堂は今やってないから、悪いが宿の周りか、好きなところで食べてくれ」
そう言われ、受付から振り向いて食堂を確認すると、椅子は机に上げられ暗いままであった。
「悪いな。食料品の値段が上がっててな、うちでは仕入れが難しくなっちまって」
「ほう、食料品の値上げですか」
トマスは少し間を置くと宿屋の主人に尋ねた。
「あぁ、というか物が入ってこねぇみたいだ。帝国内の食料が王国の方へ大量に流れ始めてるみたいでな、こっちにまで回ってくる量が減っちまってるみたいだ。はぁ、戦争に負けるとこんなにも惨めになるだ。たまらんよ。っと、お客さんに愚痴を言ってもしょうがないのに、すまんな。まぁとにかくゆっくりしてってくれ」
そう言うと主人は奥に下がっていく。
「ベンリルは直領と聞いてましたので、国が食料を集めているんですかね?」
アンデルはトマスに尋ねる。
「うーん。通常はあまりよいやり方では無いと思いますが、今はまだどのような流れがあるのか分かりません。荷物を降ろしたら早速街を回ってみましょう」
それぞれ部屋に入り荷物をしまい、二人は宿屋を離れ街へと出ていく。
「よいやり方ではないというのは、どういう事ですか?」
アンデルは先ほどの話が気になったのか歩きながらトマスに尋ねる。
「そうですね・・・。今回の戦争はベルク要塞から一気に侵攻した王国軍がほぼ抵抗なくベンリルを落としました。つまり帝国側はそれほど多くの被害を受けていないんです」
「確かにそうですね。ここまで通って来た道中の街も建物の破壊や、人への被害も特に見られませんでしたね」
ベルク要塞からの道のりを思い起こしながらアンデルは答える。
「そのような状況であれば、政治的には占領地の混乱を防ぎ、安定を維持する事が重要になるはずなんです。それを、無理矢理だとしても、そうでないにしても帝国人が必要としているものが王国側に流れ続ければどうなりますか?アンデル」
突然質問で返されたアンデルは少し考えて答える。
「帝国の人たちの生活が苦しくなり不満がたまるということでしょうか」
「えぇその通りです。ベルク要塞を除けば大きな被害がないだけに、帝国人の感情は今、複雑なのではないでしょうか。皇帝が捕らえられたと言っても、一般の人々は家も財産も残ったままです。おそらく負けたという実感が弱いのではないかと私は思っています」
「確かにそうかもしれません。軍人であれば、不落の要塞が落ち、首都まで入ってこられたという事実が重くのしかかると思います。自分たちはやられたんだと。でも確かに普通の人たちにしてみれば気がついたら負けていたという状態でしょうか」
「そう思う人が多いと思います。そんな中で、自分たちの物が取られている、と言うことになれば不満は高まるでしょう。であれば、征服した側は本来そうならないよう安定を図るのが良策であると思うのですがね。まぁ、いろいろと見てみましょう」
二人はベンリルの中心部に向かって歩いて行く。外縁部にも多くの店が立ち並んでおり、どこもやってはいるが、客が少ない。そんな状況に見えた。トマスはいくつかの店に入ると店主と話をし、時にその店のものを購入しながら進んでいった
外縁部を進んだ二人は、街を文字通り区切っている古い城壁まで辿り着いた。その城壁はベンリルの中心部を円状に包み内と外を明確に分け隔てている。
「立派な城壁ですね」
アンデルはアーチ状に開いた出入り口を下から見上げながら通り抜ける。この先は旧市街地であり、この街ができた当初の姿を残す。アーチ状の空間はおそらく当初は門であったのであろうが今はその役目を持っていない。門扉もなく出入りは当然自由であった。
「中心に近い場所は支配者層の邸宅という感じですね」
城壁から中心部に向かってまっすぐ大通りが走っている。その先を見つめながらトマスは続ける。
「アンデル、この先は少々気をつけて行きましょう」
「はい、ここから王国軍が増えていますね。特にあの中央の宮殿周りは警備が敷かれていますしそれに大きな邸宅の入り口も王国軍が封鎖しているようです」
帝国の降伏後、皇帝をはじめとした貴族などの支配者層はほとんどが拘束された。その皇帝一族を含めた一部は早々に処刑されている。
「しかし、宮殿はわかりますが、それを取り巻く邸宅にまで軍を置いているのはよくわかりませんね。占領してもう二月は経つ頃でしょうが、何を守っているやら。アンデル、この大通りは避け路地に入っていきましょうか」
トマスに促され、二人は大通りから離れ建物が密集している区域へと入っていく。中の路地は基本的に宮殿を中心とした同心円状に整備され、一定間隔で中心へと向かう道が交わっている。二人が円を描くように道を進んでいると一軒の大きな工房が目に入って来た。
「大きい工房ですね」
アンデルはその工房の様子を見つめる。一階部分は道に沿って築かれ、三分の二程は壁も扉もなく開放されている。そのため中の様子を伺うことができる。様々な器具が、奥や側面の壁一面にかけられ、奥の空間には大きな炉のようなものが二つ並んでいる。手前には大きな木製の作業台がいくつか並び一部は金属の天板が付いている。建物自体は四階建てで、非常に貫禄ある姿を見せている。炉とは反対側の側面には扉があり奥が部屋になっていることが分かる。大きく備えられたガラス窓から中に一人の男が何かの作業をしているのが見えた。
「少し声をかけてみます」
トマスはそう言うと奥の扉に向かい、ノックをする。奥で作業する男は振り返り、トマスの姿を確認している。眉間に皺を寄せた男はトマスをじっと見つめると静かに立ち上がり扉を開けた。
「なんだい、あんたら」
口の周りに立派な髭を蓄えた男の顔はまさに職人の気骨を感じさせる迫力があった。
「突然申し訳ありません。私は南部からやってまいりました、商人のトマスと言います。この者は私の従者でございます」
「帰りな・・・。商人に用はねぇよ」
「いやほんとに申し訳ありません。少しだけお話できればと思いまして。ご主人の工房では主に何を作っておられるのでしょうか?」
トマスは、凄む主人に怯むことなく質問を投げかけていく。
「あんたらに売るもんなんか作っちゃいねぇし、もう作られねぇよ、うちはな」
その言葉にトマスは鋭く反応する。
「それは、やはり材料が手に入らないということでしょうか?」
「違うな、迷惑だ。帰ってくれ」
そう言うと主人は部屋へと戻ってしまった。
「アンデル、私たちも戻りましょうか」
そう言うとトマスは工房を出ていった。
「アンデル今日はこれくらいにして、明日も今の工房へ行きます。あの職人と話ができるまで少し粘ります。アンデルには少しつまらない時間になるかもしれません。先に謝っておきます」
宿へと戻りながらトマスはアンデルに謝る。
「トマスさんはあそこが気になるんですか?」
「えぇ、私の予想があっていれば、面白い話が聞けるかもしれません。が、まずは食事のできる場所を探して今日はゆっくり休みましょう」
ようやく見つけた食堂で小さな肉を焼いただけの質素な食事をし二人は宿へと帰っていった。




