幕間4
23
[王国暦426年9月下旬]
「やっと着いたぜー!おらよっと。やっぱ人間、地面がないと調子が出んな」
係留された大型船から桟橋に飛び降りると、横でぐったりと下を向く男の背中を勢いよく叩く。
「あなた、頭おかしいですよ」
背中を叩かれた男は青ざめながら文句を伝える。
「何がだよ。お前の方こそ、やっと着いたのに喜ばないなんておかしいだろ」
「はぁ、おかしいですよ。昨日一日、嵐の中、乗船客が軒並み倒れてるのに、あなた一人酒飲んで歌ってるなんて。やはりおかしいのはあなたです、エルベール」
フレデリクは、激しく揺れ続けた昨日の船内を思い出し慌てて口を抑える。
「いや、あれだけ揺れるなんて初めてだから、つい興奮しただけじゃねぇか。まぁ、ちょっと休める場所でも探すか」
桟橋の先には市場が広がっている。大陸南部でも有数の港町、カシーネ。そしてその中でも広く名を知られているのが、二人の目の前に広がるカシーネの朝市であった。
「しかし、すごい人ですね。賑やかで活気がある」
少しだけ調子を戻したフレデリクは、横でキョロキョロと辺りを見回すエルベールに声をかける。
「あぁ流石だ。噂には聞いてたが、ここに来たら頷ける」
昨日の嵐の影響で海産物はいつもよりかなり少ない、と近くの露店の主人に聞かされ改めて驚く。港を埋め尽くすように並ぶ露店の数々。それぞれの店が色とりどりの布を張り、陽射しを防ぎながら商品を売っている。野菜、果物、肉、食料品にとどまらず日用品から家具まで、ここを回れば何でも揃う程豊富な商品が並ぶ。そこら中から、客を呼び込む店主の声が聞こえ、客の値切る声も同じくらい聞こえてくる。人々で埋まる道の隙間を縫うように二人は進む。
「ようやく出られたな。揺れる船よりよっぽど疲れるぜ」
「早くどこか座れる所へいきましょう。本当にきついです」
再び顔を青くしながら、フレデリクは絞り出すようにつぶやく。
市場から少し離れた通り沿いに食堂を見つけた二人は、そこでしばし休憩をとることにする。
「フレデリク、なんか注文するか?」
「冗談はよしてください。飲み物だけお願いします。お酒以外」
それを聞きエルベールは、笑いながらフレデリクの飲み物と自分用に料理を注文する。
「さて、ようやく南部に辿り着いたが。着いて早々と俺は心が折れそうだ」
「いや、めちゃくちゃはしゃいでいたじゃないですか?」
フレデリクが飲み物を口にし、エルベールに言葉を返す。柑橘類を搾り砂糖水で割った飲み物は、船酔いで苦しむフレデリクの喉を爽快に潤す。
「あぁ、はしゃいでしまうくらいに豊かだ。王都を離れ、王国中を見て、お前も分かっただろう」
二人は、失った仲間達の家族に会い、彼らの最後の姿を伝え続けてきた。
「ええ。沢山の街を回り家族を失った遺族の悲しみと・・・疲弊しきった国民の姿を」
「あぁ、俺たちは戦争には勝った。国の悲願だ。けれど、長すぎたんだ。俺たちの国は長く戦いすぎた」
戦争の終わりの報せに、国民は歓喜の声を上げた。その声はまもなく溜息へと変わっていった。戦争の終わりで変わると、生活はより良くなる、と考えていた国民に待っていたのは何も変わらない生活だった。一部の貴族領は戦争前よりも厳しい税を課した地域もあった。
「この街を見せつけられ俺は愕然としているよ。俺たちは一体何の為に戦ってきた。あいつらは一体何の為に散っていった。悔しい」
「そうですね。仲間達の叫びは王に、貴族に届くことはないんだと。はっきり理解できました」
「あぁ。まぁ、とにかくこっちをみて回ろうぜ。王もお貴族様もいねぇ自由な場所なんだろ。わくわくすんじゃねぇか。湿っぽくなるのはやめだ。早くかわいいオネェちゃんを探してやる」
エルベールは海老やイカをコメと一緒に炊き込んだ料理を口にかき込む。
「ちくしょう!うめぇ」
[王国暦426年9月某日]
「なんじゃと!もう一度言ってくれんか!」
長く伸びた髪は白髪が混じり、手入れもされていない。また口元から伸びるひげも胸に届いている。一人の老人が、とある店の前で主人に詰め寄っている。
「じいさん、あんまり大きな声を出さんでください。目立って人でも呼ばれたらかなわない。いいかい、帝国はなくなったんだ。ドナシオンに負けたんだよ。なんで知らないんだよ。それにほら見てねぇのか」
店の主人は街の中心部の上空を指差す。
「宮殿の塔、無くなってるだろ。ドナシオンが攻めて来た時に壊しちまったんだよ。じいさん、それにも気づかなかったんか。もう二月は経つぜ」
老人は街の中央を見つめながら呆然と立ち尽くす。しばらくすると突然外套のフードを深くかぶり足早に走り去ろうとする。
「じいさん、品物忘れてるよ!あぁ、行っちまいやがった。くそ」
「厄介なことになった。王国の奴らがこちらへ流れて来てはまずいな・・・」
老人はぶつぶつとつぶやきながら、それでも見た目とは異なり見事な足運びを見せている。
「ふむ、もうベンリルにはおられんとなると、森へ入るしかないか。せっかくこちらに戻ってきたばかりなのに、また行かねばならぬのは癪だが。わしはまだ死なんぞ」
ギラついた目でまっすぐ前を見つめると、老人はフードを抑えながら南へと走っていく。




