二章 15話
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[王国暦426年9月上旬]
朝、目覚めたトマスがテントから出るとすでにアンデルは朝食の準備を終えていた。
「おはよう、アンデル。準備すまないね。よく休めたかい」
アンデルは笑顔でトマスを見る。
「おはようございます。正直あまり眠れませんでした。でも、悪い気分もないですし、身体もそれほど問題ありません」
アンデルは水の入ったコップをトマスに渡すと、自分もコップの水を飲む。
「ここからどうするんだい?もう王都へ帰るのかい」
「夜、テントで考えていたんですが、まずここでの魔法の実験は、もうやめようと思います。昨日、僕が通常使う魔法は一通りやり尽くしたつもりです。それに、やっぱりここは仲間たちが眠る土地です。将来、ここが開発され人が集まる場所になっていくかもしれないのはしょうがないんですが、今僕がここで独りよがりな実験を続けるのは失礼かなって」
日が昇り始めた、雲一つない、美しい空を見上げアンデルは答える。
「そうか、そうだね」
「ただせっかくここまで来たので帝都、今は旧帝都ですがベンリルに行こうと思います。ここからなら馬で二日もかからないと思いますので。あぁ、トマスさんの都合も聞かずに決めてしまったんですが」
「ベンリルか。私も行ったことがまだ無いんだ。お供させていただこうかな。ここまでの道中でも、立ち寄った街の情報は手に入れてるし、また帝国領の情報も手にはいるしね。私にとってもありがたい」
パンをかじりながら、トマスは朝日が昇る東を見つめる。
「良かったです。トマスさんと一緒なら安心です。ベンリルを一通りみたら、王都へ帰ろうと思ってますので」
朝食を終えると、二人は来たときのようにそれぞれ片付け作業に入る。
「トマスさん、最後にあのベルク要塞のあった場所でもう一度仲間達と話してきます。すみませんが少しだけ待っていてください」
「あぁわかった。少し離れておくよ」
馬に荷物を載せ終えると、アンデルは馬にまたがり進んでいく。それを見送りながらトマスは馬を曳き少しずつ進む。朝日に照らされた要塞跡はキラキラと光を反射している。
「あれは、昨日は良く見えていなかったが。そうか灰が積もっているのか」
積もった灰が辺り一面に広がっているその中央、抉られた跡が続く場所だけ灰がなくぽっかり穴が空いたようになっている。そこにアンデルが馬をおり近づき跪く姿が見える。その姿を確認するとトマスは少し離れた場所へ行き灰を手に取る。
「そうか、灰の中に、ガラスのようなものが混じってる。だから光が反射して見えたのか。確か、ガラスも砂を高温で溶かして作るんだったか。これ一つで魔法の威力がうかがい知れるということか・・・」
そう考え事をしているとトマスを呼んでいる声が聞こえた。
「お待たせしました。では東へ向かっていきましょうか」
二人は再び轡を並べ激戦の跡地を離れていった。
「アンデルはベンリルや帝国領に来たことはあるのかい?」
「いえ、実は僕も初めてなんです。ベルク要塞戦で隊が半壊となったので、僕の隊はそのまま帰還しましたし、それ以前もないんです」
二人は馬を並べながら、帝国領について話を続ける。
「・・・なるほど。では帝国には魔法師は居ないということか」
「王国側の記録ではそうなっています。もしかしたら、少数ながら魔法師がいる、もしくはいたことはあるのかもしれませんが」
「当然、南部でも魔法師なんてのは聞いたこともない見たこともありませんでした。そう考えると、ドナシオン王国の貴族しか魔法は使えない、極めて特殊な存在ということになりますね」
「はい、王国の礎と言われるほど国内でも特別な存在です。それに神から与えられた御業として、教会においても魔法は特別な存在でもあります。しかし、僕たち平民にとって魔法は身近ではないんです。新年を迎える祭りの時に、魔法師が教会で魔法を披露するという行事があるんですが、平民にとってはその時にしか見ることができないんです」
「そんな中でアンデルの存在は、特殊中の特殊ということになるんですね」
魔法師の居ない南部出身のトマスにとって、魔法の話は興味をそそられるものばかりであった。
「まぁ、そうなります。僕自身なぜ魔法が使えるのか全く分からないんですけどね」
そういって苦笑いを浮かべる。
「あぁ、そういえば帝国領と魔法についてのお伽話があるんですよ」
「ほう、どんなものですか?」
「この前、吸血鬼の噂が出ましたけど、あの噂話も一つのお伽話から作られているんです」
アンデルはトマスに吸血鬼のお伽話を説明する。
「なるほど、神の敵が吸血鬼を送り込んでくると。確かにそれは教会にとっては都合が悪いはずだ」
「えぇ、だからこそあの実験を禁止しなくてはならなかったんだと思います。吸血鬼の話はほとんどの人が、子供の頃に聞いた話なんで。で、同じぐらいみんなが知っているお伽話が『東の悪魔』という話なんです」
神が人々に御業を与えた後、人は世界に遍く広がっていった。やがて東の人々は神のご意思に逆らい、悪魔を祈るようになった。それを見た神はお怒りになりその手を天に掲げられた。すると東の地には火の雨が振り注ぐ。ようやく雨が止むと東の人々はすっかり御業を失っていた。
「こんな感じです。だから東では魔法が使えないとされています」
お伽話をし終えるとアンデルは右手から火の玉を出す。
「途中で何回か試していたんですけど、東に向かうほど魔法が使いにくくなっているんです。同じ見た目でも王国領で出すときよりも大変というか、やりにくいというか、うまく言えないんですが」
「うーん。それも研究の一つになってしまいそうな謎ですね」
「魔法師の中では、実際に帝国領内での魔法を発動させる際に、いくつか注意事項が決められていました。おそらく戦争の経験を積み上げることで作られたと思うのですが。例えば、持続魔法は負担が大きいので控えるべきとか、攻撃時は通常よりも多い魔法師で対応するべき、みたいな感じで、とにかく魔法師の負担が増えるからなるべく分担しなさいという感じのが多いんです」
「そういった事実がお伽話につながってるのも興味深いね。魔法発動以外に何か体調に影響するとかは大丈夫かい?」
「今のところは全く感じないです。魔法以外は全く問題ないです」
ベルク要塞を発ち翌日の昼、丘陵から山地へとかわる。
「しかし山道だけどこれだけ整備してあると楽で助かるね」
山地でありながらも、馬車がすれ違えるほどの道が整備され続けており、ベンリルへと導いている。
「はい。おそらくこの山地はもうすぐ抜けると思います。抜ければすぐそこがベンリルのはずです」
事前に調べていた地理を思い出しながらアンデルは答える。
「いよいよ帝都ベンリルか」
会話が終わる頃には先がひらけてきた。山地を抜けなだらかな下りが続く先にかつての帝都、ベンリルの街が広がっていた。二人が立つ場所よりも低地にあるためその全容を伺うことができる。中心部は円型の道が組まれ、外縁に行くほど不規則な街並みが広がっている。時代の流れとともに外へと広がった歴史を感じさせる、そんな都市の中央に一際大きな建物が見て取れる。おそらく宮殿であろうか。二人の場所からははっきり見ることができないが、その存在感を隠しきれていなかった。
「いやぁ、街の立派さにも目を奪われるけど、あれもまた見事な絶景だ」
トマスがベンリルから北へ視線を移していることに気づき、アンデルもそちらを目で追う。ベンリルの北方には雄大な山がそびえていた。なだらかな円錐形は雄大さを示し、唯一独立してそびえる様は威厳を示す。そして山頂付近は雪で白く染まり、得もしれぬ甘美さを見せている。かつてより帝国が誇る、アラニア山であった。




