二章 14話
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[王国暦426年9月上旬]
アンデルは鞄を下ろし、静かに片膝を地面につける。頭を下げ、左のこぶしを胸に当て目を閉じる。トマスはその様子を見つめ同じように膝をつけあたりをうかがう。
『ここが戦場か』
二人の目の前には、他よりも明らかに深く抉られた地面が広がる。そしてその先から、丘からも見えた抉れた跡が伸び始めている。
『商人の戦争などと偉そうに言ってみても、やはり本物の戦場は圧倒的だ。こんな異様な空間で、仲間を失い、敵を殺し自分も傷つき、か。軍人の苦しみなど軽々しく理解できるはずもないな』
トマスは黙祷を続けるアンデルを見ながら、その場の圧倒的な雰囲気に飲み込まれまいと抗う。
どれほどの時間が流れただろうか、ようやくアンデルは祈りの姿勢を解きトマスを振り返る。
「トマスさん、お待たせしました。あの日からようやく、初めて、仲間達に気持ちを伝えることができたように思います」
そう言ったアンデルの表情は、トマスが驚くほど晴れやかであった。
「この場所での事からずっと逃げたかった。けれど、研究の為にもあの日の事は考える必要があったんです。それでも僕は、場所のことしか思い出さないようにしていました。でも今、ようやくあの日この場所で斃れていった仲間達の顔を思い出すことができました」
アンデルの目から、一筋の涙が流れる。
「僕の目の前で斃れた先輩、ヴィルジール中隊長も最後の最後まで僕を叱っていたんです。『はよ撤退せぇ』って、最後なんて『小童』です。ずっとずっと僕を叱ってくれました・・・。中隊長を・・・皆を、失いたくなかった!僕なら、僕が、皆を守らなくちゃいけなかったのに・・・。みんないってしまった・・・」
アンデルの目から止めどなく涙が溢れる。嗚咽を漏らしながら、頭を下げ、拳で地面を叩く。
「アンデル・・・。よく頑張った。お前はここまで一人でよく頑張った」
トマスはアンデルの頭を力強く撫でながら抱きしめる。傷ができ始めたこぶしをそっと取り包み込む。
日は落ち、辺りは闇に包まれる。一層大きく響く虫の声は、命の温かさを感じさせむしろ心地よかった。
「トマスさん、トマスさんが隣にいてくれて良かった」
落ち着きを取り戻したアンデルは顔を上げ、そっと離れるとトマスに頭を下げた。
「役に立てたなら良かったです」
二人は笑顔を取り戻す。
「あとはもう一つのやり残しをしますね」
そう言うとアンデルは鞄の中から一枚の布を取り出し準備を始めた。
「まず、研究室での実験を再現します」
トマスに説明をしながら、アンデルは布を地面に置く。
「乾いているただの布では、魔法の発動は起きませんでした」
布に手を置きアンデルは集中する。しかし何も起きない。
「何も起きないな」
トマスも確認する。
「はい。次は地面です。一度大学の林でも試しましたが、地面でも魔法は発動できませんでした」
布から手を離し、次に地面に手を当てる。
「これも、大学の時と同じです」
「大学の地面も、ここの地面も同じってことか」
「次に研究が進んだのは、発動させる外部の環境が濡れているということでした。濡れた環境下で初めて魔法の外部発動に成功しました。トマスさん、今からこの布を濡らして実験をします。多分ですが瞬間的に模様が出ると思っています。トマスさんもそれを観察してもらえますか」
「わかった」
トマスは息を呑み緊張する。アンデルは広げた布に水魔法を出し濡らす。
「行きますね。火の魔法を出しますが、危険ではないので」
そう言うとアンデルは水で濡れた布に手を当て集中する。
「おぉっ」
トマスが思わず声を上げ見つめた先に淡い光の模様が浮かび上がるが、すぐに消えるとかわりに小さな火の玉が飛び出す。その小さな火もすぐに消える。
「見えたよ。火の玉が飛び出てくる前に、うっすら模様が」
興奮気味にトマスが伝える。
「はいやはり出ました。けど・・・。形が・・・」
「あぁ、全体に円が浮かび、その中にいくつか小さな円が重なっていたと思う」
「そうですね。僕もそう見えました。以前の研究から、水だけで濡らした場合、非常に弱い魔法しか出ないことが分かってます。今も僕が流した魔力に比べるととても弱い発動です。でもこれは研究室の時と同じなんです」
「でも今日アンデルが話していたのは円の中に三角だったな」
トマスは午前中、馬上で聞いた話を思い出す。
「えぇ、そうです。あの時の最後の実験は円の中に三角でした・・・」
「ふむ、何か他に大きく違う状況はあるのかい」
「・・・。あの時は結界で囲んで、そう、あまり光が漏れないように風魔法でした。今は火魔法を使ってしまったのでそこが違いますね」
そう言うともう一度布を濡らし広げ直す。
「やります」
再び濡れた布に弱い光が浮かぶ。そこには確かに円と三角の重なりが見て取ることができた。
「おお、三角だ」
「はい。少し色々試してみます」
そこからアンデルは様々な魔法を試す。
トマスはアンデルから紙を受け取り浮かび上がる形の特徴とそれに応じた魔法を記していく。
「これは面白いですね」
アンデルが嬉しそうに笑う。
「少し整理してみるかい」
トマスが記したメモを見ながら尋ねる。
「実験室通り、風魔法は三角。それ以外に火魔法は円。水魔法は四角。土魔法は五角形。光魔法は楕円。という感じだね」
「すごいです。発動される魔法によって、浮かび上がる模様の種類が変わる。その図形の形に何か意味があるのか・・・」
アンデルは手を顎に当て考え込む。
「アンデル、あの、ほら結界の魔法ってやつはどうなんだい」
「そうですね。やってみます」
同じように準備をし、手をそっと置く。
「あっ・・・」
瞬間的に浮かび上がった模様は、円の中に五角形と楕円の形がいくつか組み合わさっていた。
「すごいもんだね、アンデル」
「単一の図形ではなく初めて複数の図形が出ましたね・・・。やはり図形そのものに何かしら意味があるって事か?」
「ならその結界魔法は、えーっと土魔法と光魔法を組み合わせた魔法なのかい?」
「いえ、そう言った感じでは出してないつもりなんですが。結界魔法はただ結界魔法として意識して構築しているので・・・」
再び思考に沈む。
「あまり考え込んでも進みませんので、ちょっと別のやり方を試します」
「別のとは?」
「やろうと思いながら結局できなかったのですが、布ではなく地面を使って発動させます」
トマスは少し緊張しながら、アンデルの話を聞く。
「さっきやったように、乾いた地面では何も起きません。なので濡れている地面で試すんです。トマスさんの所に結界魔法を出します。念のためそこから出ないでください」
そう言うと、トマスを結界魔法で囲む。次に反対を向き、地面に向かって広い範囲に水魔法を発動する。
「少し染み込むのを待ちます」
アンデルにも若干の緊張が見られる。
「アンデル、あまり無茶はするな」
「はい。気をつけます」
そうして、水魔法でぬかるんだ地面に手を置く。
「あー、アンデル。なんの魔法にするんだ。教えといてくれ」
「すみません。まず、風魔法にします。小さな竜巻ができるような感じです」
「わかった。こっちへ来ないように頼む」
「ふふ、わかりました。行きます観察もお願いします」
そう言うと手の先に集中する。
「おおっ」
トマスは再び感嘆の声を上げる。
地面に大きな円、そしてそのなかに三角の形が重なり、いわゆる星形のような図形が見えていた。
「おお、威力もそれなりに強い。これは・・・」
そこからしばらく地面からの発動実験を繰り返す。魔法の種類による形の違いを二人それぞれで記録を残していく。
「布を水で濡らした時や、血で染めたとき以上に地面のほうが威力と持続性が高いです。外部発動は血が優れているわけではないんです。水よりも血、血よりも地面ということか」
ぶつぶつとつぶやきアンデルの思考は止まらない。
「アンデル、もうそろそろ実験はやめておこう。続けたい気持ちは十分分かるが、旅の途中だ、無理はやめておこう」
トマスの声にハッとするアンデル。
「そうでした。すみませんまた周りが見えなくなってました。今回はこれくらいにします」
二人は先ほど設営した拠点まで戻る。すっかり遅くなってしまった夕食をとると二人は床についた。




