二章 13話
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[王国暦426年9月上旬]
「おはよう、アンデル。どうだい、調子は」
翌朝、宿屋の一階でトマスは声をかける。
「おはようございます。おかげさまで、大分楽になりました。問題なく出発できます」
笑顔で答えるアンデル。
「よし、それなら早速、行くとするかい?」
「はい」
二人は新しく借りた馬に荷物を載せ、街を離れる。
「で、だいたい日没頃にはベルク要塞に着けるって話だね」
「そうですね、もう少し東に行くと街道の整備がされていない地域になります。距離はそこまでないんですが、少し速度が落ちますので、だいたいそれくらいにはなると思います」
「へぇ、要衝の地の割には道を通してないのか」
「王国と帝国の長い戦いで、両国の国境は常に変動してきたのですが、このベルク要塞だけはずっと変わらない国境でした。王国中央を東西に横断する大平原が、丁度ベルク要塞を境に終わります。要塞から東はしばらく丘陵地が続きます。王国側に大軍を集めても、その先しばらく隘路が続いていますので防がれやすい環境です。逆に帝国側から見れば、要塞から西へは一気に大軍を展開できるように見えます。そのため王国はこの土地を突破された時に備えベルク要塞周辺には街道の整備を行わなかったようです」
「なるほど、戦争の歴史が作った場所なんだね」
「はい、帝国側は要塞から帝都までの幹線路を整備し迅速な援軍対応ができるように整えてはいたようですが」
「今回、要塞そのものを消され、幹線路を通り帝都まで一気に攻め込まれたと」
少しずつ平原の景色が変わりつつあるのを眺めながら馬を進める。
「ところでアンデル」
「はい何ですか」
「その、ベルク要塞で何をするんだ。あっ、いやなら全然言わなくて構わないし、もちろん言えないこともあるだろうしな。隣にいて本当にいいのかい」
馬上で少しの間アンデルはうつむき、考え込む。
「ベルク要塞で、僕は・・・。あの時の再現を試します」
「あの時、かい?」
「はい。あの戦いの日、帝国の罠にはまり、隊は壊滅状態になりました。その時、地面から見たこともない魔法が放たれ、それが要塞を消してしまったんです。ただ、僕から魔力が流れた事は分かってるんですが、なぜ、どうやってあの魔法が放たれたのか、全く分からないままで。それからずっと、あの魔法の正体を知るために実験をしてきました」
「見たことのない魔法か」
トマスはアンデルに無理がかかっていないか慎重に見つめながらも話を聞く。
「はい。あの血の実験も、その戦場の再現のためでもありました。あの時の戦場は仲間の血で染まっていたのを思い出したからなんです・・・」
「そうだったのか。いや、無理に思い出さなくてもいいからな。これぐらいにしようか」
「いえ、大丈夫です。血の実験は、吸血鬼の噂を呼び込んでしまったせいで、大学から禁止が言い渡されました。あの日、トマスさんに血の桶の購入をお断りに行った日の夜・・・。実はもう一度だけ、残っていた血を使い最後の実験をしました。その最後の実験の時、血染めの布から、今まで見たことのない模様がかすかに浮かんで、そして魔法が発動されたんです」
「模様?」
「はい。布いっぱいの円の中に三角の形がいくつも重なり合っている模様でした」
「それは、普段は無いことなんだね」
「そうです、ほら」
手綱から手を離したアンデルは右の手のひらに火の玉を、同時に左に水の球を浮かばせる。
「ほう」
「魔法は身体から出てくるもの、そしてその時模様が浮かぶなんてことはないんです」
「なるほど」
上空に昇り消えていく魔法をトマスは見上げる。
「研究の中で、身体ではなく外部、つまり布や布団が濡れた状態であればそこを起点に魔法が発動される事がわかりました。そして最後の実験の時、ようやくベルク要塞の時の条件と実験の条件の違いが分かったんです」
「夜って事か」
「そうです。要塞戦の作戦は夜でした。最後の実験も光を隠した夜の部屋です」
「夜に発動すると、模様が浮かぶかもしれないということかい?」
「いえ、通常の魔法は夜や暗いとこで発動してもそのような模様は出てきません。なので僕は・・・外部発動の魔法はその発動時、常にあの模様が浮かび上がっているのではと考えています。けれど、昼間にしか実験をしなかった僕はその事に気づけなかったんじゃないかと」
「なるほど、確かにその仮説なら辻褄が合うってことだね」
「はい。ただ、血の実験の禁止もあり、夜の実験をためらいました。研究室にしろ外にしろ、また迂闊なことをして色々迷惑になっても困ると思いまして。悩んでるうちに、実験もそうなんですが、一度ベルク要塞へ行って、仲間達の鎮魂をしなきゃいけないんじゃないかと思うようになり、こうしてここまで来ることに決めたんです」
「そうだったんだね。うん、それはいいと思うよ。戦争とか軍とか、私は直接はよく分からない。けれど、大切な人の為に祈ることは今のアンデルにとても重要だと思う」
途中、昼食の時間を挟みながら二人は東へと進む。やがて二人の前に長い影が伸び、背中は茜色に染まる。目の前には小高い丘が見え始める。
「ほう、ようやく平原も終わりかな」
「そうです。この丘は、戦争時に僕たちを指揮していた魔法旅団が陣を構えていた所です。この丘を登ると、ベルク要塞一帯が見渡せるようになります」
「いよいよだね。気分が悪くなったらすぐに伝えるんだよ」
「はい。わかりました」
少し緊張が見えるアンデルを心配そうに見つめながらゆっくりと登り始める。
「でもあれだね、この辺りはなんだか地面の色が濃くなっているんだね」
緊張を紛らわせようとトマスはアンデルに声をかけながら進む。
「そうですね、帝国領はだいたいこういった色の地面が多いですね。戦争中、どの戦線でも一つの目安として教えられていました。帝国内の火山から排出されたものだそうです」
「なるほどね、色が変わるとそこが帝国領か。はは、わかりやすくていいね」
「えぇ、そろそろ頂上付近です」
二人が丘を登りきると眼前に広がる景色に言葉を失う。おそらく長く続いた戦争の影響だろう、高い木も草もまばらな荒涼な土地。そして何より異質を放っているのは、その土地を貫くように、長く続く地面を抉ったような跡。
「これは、すごい」
トマスから思わず声が漏れる。しかしその跡をさらに東へとたっどていくが、ベルク要塞らしきものは見当たらない。ハッとしてアンデルの顔をのぞく。アンデルの口は固く結ばれ、まっすぐに前方を見つめている。
『とりあえずは、大丈夫か?』
「もう少し進んで、丘を降ります。その先で野営の準備をしましょう」
前方を見つめながらアンデルはトマスに伝える。
丘を降り、少し進んだ所で馬をおり設営を始める。
「寝床もここでいいのかい」
「はいここを拠点にします」
アンデルがテントを二つ設置し寝床を作る。トマスは持ってきた杭を打ち込みそこに馬をくくる。二人は手際よく作業を行うとすぐに設営を終える。
「あの先に、何か塊のようなものが広がっているのが見えますか?」
アンデルにそう言われ、先を見つめるトマス。
「あぁ、確かに何か見えるね。何かが積もってる感じだ」
「あれがベルク要塞です。ベルク要塞だった、ですね」
そう言われ慌ててもう一度確認をする
「あれが要塞だった・・・」
トマスはもともとベルク要塞を見たことはない。そんな状態であそこがベルク要塞だったと言われても想像すら難しかった。それほど、そこには何も無かった。
「あの手前、だいたい三百メートル程手前まで行きます」
そう言うとアンデルは鞄を一つ背負い歩き出す。トマスは慌ててアンデルの横に立ち進む。日が沈み始め、あたりも暗くなり始めていた。また大地も暗い色のせいだろうか、辺りは一層異様な雰囲気が漂う。もともとこの地の持つ特徴なのか、長く続いた激戦の地であったせいだろうか、独特の臭気を帯びた風が時々漂う。辺りからは虫の声が響くが、異様な静寂を感じる。今までにない緊張感にさらされながら、トマスは離されまいとアンデルの歩調に合わせる。




