二章 12話
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[王国暦426年9月上旬]
街道沿いの小さな街に宿を借り、一夜を明かした二人。二日目も平原に敷かれた道を馬で進んでいく。
「あぁ、トマスさん忘れてました。もうすぐ進むと、王の直領地を出て、貴族領が続きます。その際身分の確認される事もあるので覚えておいてください」
「はい、心得ております。あの、アンデルさんは身分改めは大丈夫なんですか?」
「えぇ、実は出発前に大学の学長から偽造証明証をもらってまして」
苦笑いをしているアンデルは、外套の内側から書類を出しトマスの方へ向ける。
「大学勤めの、えーっと、デルーノです」
「ほう、偽名までとは。大学もなかなかやりますね」
書類を再びしまいながらアンデルは答える。
「まぁこれが教会の過保護の表れといいますか、ね」
トマスは昨日のアンデルの話を思い出しながら納得する。
『教会はどこまでもアンデルを守る姿勢か。まぁ、すでに私の事も把握されているつもりで動けば、大丈夫だろう。少しでもアンデルの迷惑にならんように気つけよう』
三日目の昼。すでに二つの貴族領を抜け、川沿いにある比較的大きな街に宿をとる。宿の一階にある食堂で二人は昼食を注文する。
「アンデルさん、ここまで順調に来れましたね。私はこの後食料など買いに行ってきます。明日は早めに出発ということで大丈夫でしたか」
「はい、あと、できれば馬の交換をしてもらえると助かります。ここから東は貸馬屋が整備されていないそうなので」
「あぁ、そうみたいですね。わかりました、手続きしておきます。まだ東側の整備は手が回っていないようですからね。アンデルさんはこの後はどうしますか」
食事をとりながら、アンデルは答える。
「少し街の中をみて回りたいと考えています。特に予定はないので、夜までには戻ります」
それぞれの予定を確認し、食事を終えると二人は分かれて街に出ていく。
アンデルは商店が並ぶ大きめの通りを歩く。
「明日の夜には、ベルク要塞に着いているか。なんか緊張してしまうな」
自分で決めた目的地ではあったが、いざその場所が近づいてくると緊張が増す。
「あの場所はもう一度行かなきゃいけない場所だ。僕が新たな道を進むために避けては通れない、ふふ。本当に大した要塞だ」
あたりをうかがいながら進んでいくと、小さな食堂から怒鳴り声が聞こえる。野次馬が囲み中の様子はアンデルの場所からは見ることができない。それでも中から声が漏れ聞こえてくる。
『だから言ってんだろ、帝国人に飯なんか出してんじゃねぇよ』
人相の悪い男が、店の主人らしき老人に怒鳴り声をあげている。その老人の横には一人の男が床に倒れているようだ。帝国人という言葉に興味をひかれ、アンデルは野次馬のなかに混じり中をのぞき込む。床に倒れている男はどうやら顔を殴られたようだった。口からうめき声をもらしながら体を横にし倒れている。倒れた男の体に目をやろうとした時、アンデルは突然激しい動悸に襲われる。
「腕が・・・無い・・・」
男の外套がめくれ上がり、左肩から先が失われている姿が見える。もちろん今失ったわけではないようだが、その姿にアンデルの目は釘付けになる。呼吸は荒くなり、顔が熱くなるのを感じる。こぶしを強く握りしめ、音が出そうなほど歯を食いしばる。
「・・・さん・・・、デルさ・・・アンデル。おい、アンデル」
腕を強くつかまれていることに気づき、アンデルはハッとして後ろを振り返る。そこにはトマスがいた。
「大丈夫か、アンデル。顔色が悪い、それに汗も・・・」
「トマスさん・・・。助かりました。ちょっと思い出してしまったようで」
「離れよう。あまり居心地も良くないし、巻き込まれても困る」
「・・・はい」
トマスに腕を引かれながら野次馬の群れを抜け出し宿へと戻る。一階の食堂の席に腰掛けるとトマスは飲むものを注文する。
「少し飲んで落ち着いてください」
「・・・ありがとうございます」
このあたりの名産でもある果実酒が置かれるとアンデルは一口飲むと長く息を吐く。
「ふー。もう大丈夫です、すみませんでした」
「いや、私は大丈夫です。何があったんです?喧嘩だったようですけど」
「『帝国人に飯なんか出すな』って聞こえたので、気になってしまって、近づいて見てみようとしたんですが」
再びコップを口に運ぶ。
「ふー。床に倒れた人の姿をみたら、急に頭に血がのぼってしまって」
「そう、ですか。そういったものは慣れていそうですが・・・」
「はい、喧嘩とか、そんなのはもちろん問題ないんですが、その男の人片腕がなかったんです」
「そうですか」
「あー、実はベルク要塞の戦いの時、私の目の前でよくしてくれた先輩が腕を失い、そしてすぐに亡くなったんです。その腕のない姿に、あの夜の闇に浮かぶその先輩の姿を思い出してしまったようで」
「なるほど、そうでしたか・・・。それは無理をしないほうが良いですね。軍人さんは、戦場から帰ったあと突然記憶がよみがえり苦しむ、という話は私も南部で聞いたことがあります。今日はどうかゆっくり休んでください。明日、難しければ少し滞在も延ばしましょう。ねっ、旅は長いですから、ゆっくり行きましょう」
トマスは優しく微笑むと、背中をさすりながらアンデルを部屋まで送る。
「私も用事は済んでます。この後は部屋にいますので、何かあれば声をかけてください。私も夜にもう一度お声がけしますね」
そう言うと自分の部屋へと戻っていった。
「あんなやつを一人にさせて大丈夫なのか」
トマスは借りた部屋の小さな椅子に腰掛け、腕を組みながらアンデルの姿を思い出す。
買い物を終えトマスも街をぶらぶらと回っていた時、沢山の人だかりで騒然としている場所を見かけた。普段なら何かしら面白いものでも見られるかと近寄るところだが、今は控えておこうとその場から離れようとした。
「うん・・・アンデルか、ふぅ、巻き込まれたらかなわんぞ」
群衆の中にアンデルを見つけ、連れ戻そうと近寄る。しかしどうもアンデルの様子がおかしい事に気づき、慌てて近寄っていく。
「アンデルさん、アンデルさん、おい、アンデル」
腕をつかみ声をかけても反応がなく、顔は紅潮し汗が流れている。つい大声で呼んでしまった。
「宿に戻っても、ふわふわと危なっかしい感じは抜けてなかったか。明日の出発は延ばしたほうがいいかもしれんな」
そう考えていると扉から、声がかけられる。
「アンデルです。トマスさん少しいいですか」
「どうぞ入ってください」
部屋に入ってきたアンデルは少し落ち着きを取り戻した様子であった。
「トマスさん、改めて助かりました。ありがとうございます」
「さっきも言ったけど構わないです。それよりアンデルさん、明日の出発は少し延ばしませんか。しっかり休んで、整えてからのほうが良いと思いますが」
「いえ、出発は予定通りにお願いします。多分ですがどれだけ休んでもあまり変わらないと思います。ベルク要塞に近づいていることが原因だと思うので」
「そうですか。アンデルさんがそうお決めになるなら、私は従います。ただ、調子がおかしければ必ず私に言ってください。そしてまず、一旦そこで休むようにしましょう」
「はい。そうします。・・・。あとお願いなんですが、実のところ当初からベルク要塞でやりたい事があって、その時はトマスさんに離れていてもらうつもりでした。あまり見せたくなかったので。ただ、さっきの事からも、僕自身ベルク要塞を目の前にしてまともでいられるか、少し自信がなくなりました。なので、トマスさん、申し訳ないんですがベルク要塞に着いてからも僕の隣にいて欲しいんです。何かあったら、さっきみたいに僕を呼び戻して欲しいです」
「・・・。わかりました、その役目は誓って果たさせていただきます」
「あと、『アンデルさん』とか、丁寧な言葉ではなく、さっきみたいに『アンデル』と呼んでもらってもいいですか。何言ってんだと思われるかもしれないんですが、そう呼ばれたほうが安心感があるようで、僕が助かるんです」
トマスはそれを聞くと少し驚きアンデルを見つめる。
『この子は、あまりにも幼い・・・ということか。周囲に翻弄され、歪みの中で育ち、家族に飢え・・・。あまりにも・・・。いや同情はだめだ。それは今のアンデルを否定しかねない。なら俺は、アンデルの兄貴になればいい。弟が一人増えるだけ。なんてことはない。そうだな』
「・・・。わかった、アンデル。俺は、お前を弟として扱う。俺の三番目の末の弟だ」
アンデルは驚きの表情を浮かべるとすぐに笑顔に変わる。
二人は夕食後それぞれの部屋に戻り明日、早朝の出発に備えるため部屋に戻っていった。アンデルの足取りは軽くなっているように、兄には見えていた。




